北の砦にて

 到着した増援部隊を見たマークは、興奮を隠せなかった。

 今日、昼前に砦に到着したのは、工兵を含むと百五十人もの大部隊だった。

 広いと思っていた中庭は、人と荷馬車、騎竜で埋め尽くされてしまった。

 しかし彼らは驚く程段取り良く、あっという間にそれぞれの配置に付いていった。

 もう見張りも、交代要員がいなくて一日中張り付いている必要は無い。

 安心して、宿舎の手配や騎竜達の世話、荷馬車の荷下ろしなどを、手分けして必死になって手伝った。



 同い年だと聞いた途端に仲良くなった、フィルと名乗った二等兵と一緒に兵糧の荷下ろしを手伝っていると、彼がしみじみとこんなことを言い出した。

「貴方が竜を発見されたんですよね。凄いなあ。僕もそんな手柄を立ててみたいです」

「て、手柄なのかな?」

 面と向かって褒められた事なんて、生まれてこの方記憶にある限り一度も無いし、第一、今回の件は自分では手柄だなんて全く思っていなかったので驚いた。

「だって、貴方の発見で、これだけの人数が動き、放置されていた古い砦まで直して使おうって言うんですから、これが手柄でなくて何なんですか?」

「そんな事言われてもなあ。俺は自分の仕事をしてるだけだよ」

 照れて誤魔化すように頭をかいて、空を見上げた。



 この数日降り続いた雨も止み、すっかり良いお天気になった春の青空が広がっている。

 遠くで、雲雀の鳴く声も聞こえる。


「人生、何が起こるか分からないもんだよな。この暇な砦に、兵があふれる日が来ようなんて、去年の俺達には想像もつかなかったよ」

 肩を竦めて笑うと、こっちを見てフィルも笑った。



 その時、急に周りが騒がしくなった。

 何事かと見回すと、全員が空を見上げている。

 同じ様に空を見上げると、遠くに二つの小さな影が見えた。

「まさか、まさか……」

 みるみる影は近くなり、もう、肉眼でも大きな翼を広げた二頭の竜だと確認出来る。

 周りの兵達が、慌ただしく中庭に停めてあった荷馬車を端へ寄せる。マークとフィルも慌てて、それを手伝った。

 一度、砦の上空で旋回した二頭は、中庭が片付いたのを確認してからゆっくり降りて来た。

 驚いた事に、軽く一度羽ばたいただけで、翼を広げた体勢のままだ。

 竜の背には、それぞれ一人ずつ、まだ若い青年将校が乗っている。

 彼らは揃いの薄緑の軍服を着て、同じ色のマントを羽織っている。マントの背には柊を抱いた竜の紋章。間違いなく、彼らが本物の竜騎士だ。

 二人は荷物を持って竜の背から飛び降りると、駆け寄った兵と何か話した後、砦の方へ行ってしまった。

 中庭には、二頭の竜がそのままだ。

 駆け寄った兵が、そのまま竜の横に立った。別の兵士四人が、水の入った大きな桶を竜の横に運んで、水を飲ませ始めた。彼らは、竜騎士隊の補助と竜の世話をするために来た、第二部隊の竜騎士隊付きの兵士達だ。

 第八部隊とは、軍服の色が違う。

「大きい……竜って、あんなに大きいんだ」

 マークとフィルは、少し離れたところから呆然と二頭の竜を見ていた。

 この古砦に竜がいるなんて、とても、現実の事とは思えない。

 もう少し近寄っても大丈夫だろうか。そう思い近寄ろうとした時、慌てたように走って来た先輩に後ろから呼び止められた。

「マーク! 今直ぐ会議室へ来い! 竜騎士様が、竜を発見した時の、様子を、直接聞きたいそうだ」

「は、はい! 今行きます!」

 思わず直立して返事をすると、大急ぎで息を切らせた先輩について走った。その姿を、フィルが羨ましそうに見送っていた。



「いいな! 絶対に、失礼のない様に! 聞かれた事には素早く答えろ!」

 先輩に真顔で念を押されたが、そんな事言われなくてもわかっている。

 緊張のあまり、歩くと右手と右足が一緒に出そうだ。

 扉の前で大きく深呼吸して、なんとか飛び跳ねる心臓をなだめてから、そっと扉をノックした。

「マーク二等兵、参りました」

 返事を聞いてから、扉を開ける。

 いつもは机が二台置いてあるだけの、無駄に広かった会議室は、今日は本来の仕事をしている様だった。

 奥の半分は、何人もの事務方が、早速机を並べて仕事を始めていた。

 手前側半分にも大きな机と椅子を並べてある。その端に、先ほど見た、薄緑の軍服を着た、背の高い二人の竜騎士様が立っている。

「貴方が、第一発見者ですね。発見した時の事を、もう少し詳しく聞かせてください」

 茶色の短髪の竜騎士様が、こちらを見て尋ねる。

 直立したまま、必死にあの時の事を思い出して答える。

「発見時間は、午前の十点鐘の直後でした。定期観測のため東西南北各方向を確認中、北側にて巨大な影を発見。蒼の森から北東の竜の背山脈方面へ飛行していました。肉眼での発見の後、遠眼鏡にて竜である事を確認、階下に報告しました。その後、複数人数にて監視を続行。夕刻五点鐘の後に、竜の背山脈から蒼の森方面へ飛行するのを、四名の兵が再度確認しました。それ以降、本日まで、竜の姿は確認できておりません」

 我ながら、良くまとまっていると思う。

「成る程。発見は、新兵が真面目に定期観測してくれたおかげって訳だ」

 二人はそう言うと、書類を手に顔を寄せて話を始めた。



 その時、黒髪の竜騎士の肩に何かが座るのが見えた。



「……なんだ、あれ?」

 思わず呟くと、驚いたように黒髪の竜騎士様が振り返った。

「え? 君、この子が視えるの?」

「……は?」

 我ながら間抜けな返事だと、呆然とした頭で考える。

 無言で見つめ合っていると、目の前に、黒髪の竜騎士様の肩に乗っていたあの不思議な小さな少女が飛んで来た。

 笑って手を振るので、思わず振り返してしまった。

 振り返してから、ここが何処だか思い出して我に返って無言で慌てたが、時すでに遅し。

 しかし、特に叱られることも無く、逆に感心したように竜騎士様がマークを見て質問してきた。

「驚いた。君はこの子が視えるんだね。適性検査は受けたのかい?」

「あの、一体何の事だか分かりませんが……」

 本当に、見えるこれが何なのか、さっぱり分からず困って答える。

「タドラ様、通常一般兵は、自分から申告しないと適性検査は受けません。恐らく、彼は自覚が無い事から最近覚醒したばかりだとと思われます。至急本部へ連絡して適性を確認させます」

 側にいた第二部隊の兵が、マークを見ながら答える。

「頼む。適性のあるものは貴重だからね。必要なら配置換えを含めて対応するように」

「了解しました」

 敬礼すると、その兵は、奥の事務方の兵のところへ行って、何か報告し始めた。時々、自分の名前が聞こえる。

「ありがとう。一旦自分の仕事に戻ってくれ」

 黒髪の竜騎士様が、そう言って敬礼すると、書類を片手にもう一人の方を向いた。

「はい! 失礼します」

 直立して敬礼してから退出した。

 しかし、廊下に出た途端に足が震えてその場にへたり込むようにして崩れ落ちた。

 外で待っていた先輩が、慌てて駆け寄ってくる。

「おい、どうだった。ちゃんと報告出来たんだろうな」

 助け起こされて立ち上がったが、また膝が震えている。立ち上がった時に手を引いてくれた先輩の腕に、両手でしがみついた。

「ど、どうしよう先輩、俺、俺、配置転換されるかもしれないです……」

「何だと! お前、一体何をやらかしたんだよ!」

 先輩の悲鳴のような声を聞きながら、余りの現実感の無さに、もう笑うしかなかった。

「だって、だって……どうしよう。本当に、何が何だか分かりません」

 半泣きになりながら、必死になって首を振った。




 その頃、会議室の竜騎士二人は、マイリー副隊長からの幾つかの報告をシルフを通じて聞いていた。

『ブレンウッドの街からの報告が届いた』

『蒼の森にドワーフと竜人の二名は住民登録があるそうだ』

『可能なら会って森の竜の事について何か知らないか話を聞いて来い』

『王都の書庫に蒼の森の竜に関する記録が残っていた』

『やはり蒼の森には老竜がいる可能性が高い』

『充分に気をつけるように以上』

「そうか、蒼の森にも住人はいるんだな。了解だ。それなら、後程行ってみて、出来れば話を聞いてみよう」

 ルークがそう言うと、タドラも頷いた。

 頷いて、ルークが机に座っているシルフに話しかけた。

「シルフ、声を飛ばしてくれ。ルークです。こちらからの報告です。砦に到着後、特に新しい報告は無し。今から二人で蒼の森へ出向き捜索を開始します。森には降りずに上空よりの目視と、可能であればシルフ達による捜索のみとします。それから、その森の住人にも会って話を聞いてみます。ああ、それから別件でもう一つ報告があります」

 タドラが交代して話し始めた。

「シルフ、声を飛ばしてくれ。タドラです。砦にて、最初に竜を発見した二等兵ですが、どうやら最近覚醒した未発見の視える者だったようです。本人には自覚無し。第二部隊の者に確認と適性検査の実施を頼みました。対応よろしくお願いします」

 しばらくの沈黙の後、またシルフが話し始めた。

『その視える兵士の件了解した』

『適性検査の後対応を考えよう』

『森での捜索は絶対に無理はするな』

『少しでも危険を感じたら直ぐに引き返せ』

『その森は他とは違うようだ以上』

 そう言うと、シルフはいなくなった。

「さてと、それじゃあ飯を食ったら遠足に出掛けるとするか」

「簡単にはいきそうもないみたいだね。さて、何日かかるかな」

 苦笑いすると、第二部隊の兵に案内されて食堂へ向かった。




「うん、辺境の砦にしては良いもの食ってるな」

「そうだな、なかなかに美味い」

 期待していなかったが、砦の食堂で出てくる食事は、思っていたよりもずっと美味しかった。

 味も量も、辺境の地である事を考えると十分な出来だ。

「ご馳走様。美味かったよ」

 食器を返しながら、タドラが洗い物をしていた衛生兵に、声をかけてから出て行った。

「あ、ありがとうございました。皆に伝えます」

 衛生兵の、嬉しそうな声が追いかけてきた。

「お前は、そう言うところ、本当に愛想が良いな」

 ルークが感心したように笑いながら、タドラの顔を見る。

「だって、やっぱり食事は大事でしょ? 家畜の餌みたいなのを食べさせられるより、ずっと良いよ」

「確かにな。お愛想しておけば良いもの出るかもな」

 顔を見合わせて笑った。



 中庭に出ると、水を飲んで元気になった二頭の竜が待っていた。

「パティお待たせ。じゃあ行くとするか。何が出るかは、行ってみてのお楽しみだぞ」

 ルークが、自分の相棒である、全身真っ白な竜の首を叩いた。

 タドラも、綺麗な濃い緑色の、自分の相棒の横に立った。

「よろしくねベリル。蒼の森へ行くよ。何が出るか分からないから充分に気をつけてね」

 二人ともそれぞれの竜の頭にキスすると、素早く背中の鞍に跨った。

「それでは、行くとするか」

「ええ、まずは現場を確認しましょう」

 ルークの言葉にタドラも頷き、軽く翼を広げた竜達は、そのままゆっくりと上昇した。

 初めて見る竜の動きを砦の兵達の多くは呆然と見ていたが、我に返って慌てて敬礼をして、一気に遠ざかるその姿を見送った。

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