火蜥蜴達と火送りの準備

「全部入ったよ、ねえこれでどう?上手く出来たよ」

「おお、綺麗に出来ましたね。これは素晴らしい」

 洗い物をしていたニコスが、振り返って笑った。

 机一面に広げられたお弁当箱には、色とりどりの料理が綺麗に詰められて並んでいて、それぞれの箱には、水の精霊ウィンディーネの姫達が座っている。

「こっちの四つが今日の昼と夜に食べる分、奥の六つが明日一日分だからな。よろしく」

 ニコスの声に、姫達が一斉に頷いた。

 残りの食器を洗って片付けると、もう今日の仕事は終わりだ。

「ご苦労様。手伝ってもらえて助かったよ」

 ミルクと蜂蜜をたっぷり入れたお茶をレイの前に置いて、自分の分を持って席に着いた。

 お礼を言って受取ると、出してもらったビスケットを齧りながら顔をあげた。

「ねえ、聞いてもいい?」

「もちろん良いよ、何だい?」

 ニコスもビスケットを齧っていたが、顔を上げてレイを見る。

「えっと、火送りと火迎えの儀式って何なの? ギードは、火の精霊魔法使いのする事だって言ってたけど?」

「ああ、その事か。まあ、私達は立ち会うだけで特に何もしないので、心配はしなくていいよ」

「何もしないって、儀式なんでしょ?」

「火送りと言うのは、年が改まる前に今まで使っていた火を消して供養すると言う意味があります。そして、火迎えと言うのは、新しい年に、別の新しい火種を使うという事です。その為、昔は精霊魔法を使えない人たちは、年が改まる前に火起こしを始め、年が明けてから最初に起こった火を新しい火として大切に火種として使い、古い火を消したんですよ。貴方も言ってただろう? 村ではいつも火種を取っておき、次の火を付ける時にそれから取ったと」

 納得して頷いた。

「それが火の精霊だと、どうなるの? だって、火蜥蜴なんて体の中にずっと火がある状態なんでしょ?」



「火蜥蜴とて同じ事だ。体の中に火種を持っており、それを使って火を起こす。それ故、新しく火を改めるんじゃよ」



 突然後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、ソファから身を起こしたギードが伸びをしながら笑っている。

「おはようさん。お茶は飲むか? まあ、もう昼ご飯だけどな」

 ニコスの声に、ギードは笑って首を振った。

「腹が減って目が覚めたわ。飯にしよう。我ながら腹時計は正直じゃわい」

「僕はまだお腹空かない」

 ビスケットを齧りながら、レイが笑う。

「飯の前に、そんなものを食べるとはけしからん!」

 側へ来たギードが、そう言って笑いながらレイの脇腹をくすぐる。

「やだ! くすぐったい! じゃあ、組手でもする?」

 立ち上がって構えたが、笑われて頭を軽く叩かれてしまった。

 まあ、さすがに居間で格闘訓練は冗談にならない。

「まあ、そんな意味もあって、今日の午後から明日の午前中までは、竃や窯の火を落として休ませるんだよ。それで、わざわざお弁当を作ってるってわけだ。まあ、そのまま食べられるハムや野菜なんかは、当日用意するけどね」

「そっか、お家で食べるんだね。僕はまた、どこかへお出掛けするのかと思ってたよ」

 お弁当箱を撫でながら照れて笑う姿に、二人は顔を見合わせて笑った。

「何なら、どこかへ出かけるか? 雪が止んでるとは言え、遠足日和って訳じゃ無いがな」

「そうだな、今ならヤンとオットーも、ゆっくりなら乗っても走らせられるだろ」

「寒いって! 無理無理!」

 顔の前でばつ印を作って、笑いながら首を振った。

「賑やかですね、何処かへ出掛けるんですか?」

 丁度その時、一眠りしてすっかり元気になったタキスが居間に戻ってきた。

「おはようさん。寝不足は解消できたみたいだな」

 ニコスが、二人分のお茶の用意をする為に立ち上がった。



 竃の火は既に落とされていて。大きなやかんに沸かしたお湯が入っている。蓋の上にはいつもの火蜥蜴が番をしていた。

「そっか、火蜥蜴がいてくれるから熱いお茶が飲めるけど、そうじゃなかったら、丸一日温かいものが口にできないって事だよね」

「そうですよ。まあそんな事情もあって、火の儀式そのものをやらなくなっていったんだろうな」

 全員分の新しいお茶を入れて、お弁当の蓋を開けた。

「レイが詰めてくれたんだよ。綺麗に仕上がってるだろう」

「作るのは無理だけど、出来上がったものを詰めるくらいは誰でも出来るよ」

 二人が口々に褒めてくれるので、恥ずかしくなってレイはニコスの後ろに隠れた。

「美味しいお料理を作ってくれたのはニコスです! すごいのはニコスで、僕は詰めただけ!」

「ありがとうなレイ。詰めてくれるだけでも、充分有難いよ」

 振り返って笑ったニコスが抱きしめてくれた。



 温かいお茶と一緒に、皆でお弁当を頂く。

「お家の中でお弁当を食べるのも良いね」

 自分で詰めた野菜を取りながら、嬉しそうに言ったら皆に頷かれた。

「毎年、種まき時期と、秋の収穫の時期は、こんな風にお弁当を用意するぞ。家で交代で食べる事もあるし、畑でそのまま食べる事もあるな」

「畑って、家の前の? お家に帰って食べれば良いのに」

 パンを齧りながら喋って、ニコスに注意された。頷いて、ちゃんと飲み込んでから、もう一度言うと、三人が顔を見合わせて笑った。

「そうか、レイが来た時には、もう収穫は全部終わっとったからな」

「そうでしたね。あんまり熱心に働いてくれるから、全部知ってると思ってました」

 ギードとタキスが笑いながら言うと、ニコスも頷いている。

「確かにそうだったな。それじゃあ、これは春のお楽しみだな」

「どう言う事?」

 首を傾げて尋ねる。

「いつも上の草原へ上がる坂道があるでしょう。あの横の南側が全部畑になっているんです。何年もかけて開拓して、すっかり良い畑になりましたよ。小麦や大麦、トウモロコシも育てますよ。夏には他にも豆類や芋、葉物の野菜や人参も作りますね」

「畑の横には小さいが水源のしっかりした川もあるから、魚釣りもできるぞ。その奥には湖もある」

 タキスの言葉に、笑顔でギードも頷いている。

「早く春にならないかな……」

 思わずそう言ったら、三人に笑われた。

「まあ、気持ちはわかりますよ。冬の間はゆっくり出来ますが、雪が溶けたら、畑仕事が山ほど待ってますからね。頑張って働いてください。期待してますよ」

 タキスの言葉に何度も頷いた。



 食事が終わると、日が暮れるまではする事がないので、レイもソファでお昼寝させてもらった。

「何もせずにお昼寝するなんて、なんて贅沢なんだろう。まるで貴族になったみたいだね」

 ソファに横になり、お腹に毛布をかけてもらって嬉しくなってそう言うと、ニコスが笑顔で頷いた。

「それでは坊っちゃま、夕方までごゆっくりお休みください」

 そう言って、優雅に一礼をする。

 今までと全く違う優雅な物腰に、びっくりして思わず起き上がってしまった。

「今のって……」

「貴族の坊っちゃまなら、こんな風にお昼寝だな。まあそもそもソファでは寝ないけどね」

 その仕草に、以前彼が貴族の館で働いていたと言っていたのを思い出した。

「さあ、ゆっくり寝なさい。儀式の前にはちゃんと起こしてあげるからね」

 もう一度横になると、笑って普通に言われた。

「こっちの言い方のほうが僕は良いな」

 照れたように笑うと、ニコスも肩をすくめて笑った。

「俺もこっちの方が楽で良いよ。自由を知った今となっては、貴族の生活なんて……不自由しかないよ」

 ニコスの横顔が、少し寂しそうに見えたのは、気のせいじゃなかったと思う。




「レイ、そろそろ起きてくださいよ。準備を始めますからね」

 タキスの声に起こされて体を起こすと、部屋が暗い。

 まだ日は暮れてはいないが、いつも付いている蝋燭ろうそくやランタンの灯りが、ほとんど消されているのだ。

 急いで起きると、小さな蝋燭を渡されて、温かい服に着替えてくるように言われた。

 頷いて、蝋燭を手に廊下に出ると、いつもなら灯る明かりもすべて真っ暗なままだ。

 真っ暗な廊下に少し怖くなって、思わず身震いして急いで自分の部屋へ向かった。

 部屋も薄暗い。そう言えば、村にいた頃は、日が暮れると部屋の中はこんな風に暗かった。早く寝ていたのを思い出し、少し切なくなった。

 机に蝋燭を置き、手探りで厚手のセーターと、ズボンを取り出して着替えた。マントも持って居間へ戻ると、三人もすっかり身支度を済ませていた。

「それでは行きましょうか」

 それぞれに蝋燭を持ち、部屋を出る。ニコスはお弁当の包みを持ち、ギードは大きな籠を下げている。

 薄暗い廊下を歩いていると、火の守役の火蜥蜴がレイの肩に現れた。

 火蜥蜴は、頬にキスをするとくるりと回って消えてしまった。

「え? どこへ行ったの?」

 慌てて周りを見渡すと、壁にいくつもの火蜥蜴の影が見える。そのうちの一匹が火の守役の影だと気付き安心した。

 改めて周りを見ると、何匹もの火蜥蜴が、壁や廊下を伝って、ついて来ている。

 その時、ギードの肩には、以前一度見た一際大きな火蜥蜴が現れた。

 また、ニコスの肩に現れたのは、とても細い火蜥蜴だ。手足が無ければ赤い蛇と間違えそうだ。

「俺のいた地方は、これが普通だったからな。この辺りの子が丸くて驚いた覚えがあるよ」

 レイの視線に気づいたニコスが、火蜥蜴を撫でながら教えてくれた。

 振り返ってタキスを見ると、彼の肩にもギードの火蜥蜴と変わらないほどの、大きな火蜥蜴が乗っている。しかも、その火蜥蜴はたてがみを持っていた。

「すごい、綺麗な鬣だね」

 思わずそう言うと、タキスも笑って火蜥蜴を撫でながら教えてくれた。

「私のいた地方では、鬣のある子もいましたからね。まあ、全員ってわけではありませんでしたが、珍しくは無かったですね」

「精霊って言っても、色々いるんだね」

 感心して、タキスの火蜥蜴に手を伸ばして撫でてみた。

 仕方がないな、と言わんばかりに火蜥蜴は首を伸ばして鬣を撫でさせてくれた。

「はじめまして。とっても素敵な鬣だね」

 そう言って笑うと、レイの火の守役の火蜥蜴が、肩に現れて、彼の手に頭を擦り付けた。

 まるで、そいつじゃなくて自分を撫でろ、と、催促しているかのようだ。

「ごめんごめん、君が一番だよ」

 そう言って、両手で火蜥蜴の頭を揉みくちゃにして撫でてやった。

『ぴぃ』

 聞いたことのない、笛のような声で火蜥蜴が鳴いた。

「え! 今の声、聞いた?」

 慌てて横にいたタキスに聞いたが、彼は首を振っている。

 その隣のギードを見ると、嬉しそうに頷いて教えてくれた。

「火蜥蜴というのは、無闇に喋らぬからな。よほど仲良くならんと話すどころか声もきこえんぞ。しかも、火蜥蜴は決めた相手にしか声を出さんからな。聞こえたと言う事は、そろそろ話せるかもしれんな」

 嬉しくなって、もう一度、今度はゆっくり火蜥蜴を撫でた。

「早く君と話しがたいよ。これからもよろしくね」




 真っ暗な廊下を出て、ギードの家の玄関から外に出る。

 辺りは一面の雪景色で、せっかく作った厩舎への道も、すっかり埋もれてしまっている。

 空はすっかり日が暮れて綺麗な星が一面に瞬いている。

 吐く息が真っ白になるほどに寒い。

 ふと見ると、雪の上にはあちこちに火蜥蜴が現れて集まり始めている。

 やがてたくさん集まった火蜥蜴が走り寄り、円陣を作るように輪になって回り始めた。次々に火蜥蜴達が合流して、やがて真っ白な雪の上に巨大な赤い円が現れた。

 その円は、回りながら足元の雪を溶かし始める。膝の上まであった雪がどんどん溶けていき、やがて地面が現れた。

「もう少し近付いても大丈夫ですよ」

 タキスに言われて、一緒に近付いてみる。穴を覗き込める位置に行くと、そこで見る事にした。火蜥蜴達は、無心に円を描いて走り続けている。やがて真ん中部分に残った円柱状の雪も、走る火蜥蜴の熱気を受けて溶け始めた。

「大丈夫なようですね。じゃあ一旦戻りましょう」

 タキスの声に、三人は家の中へ戻って行く。慌ててレイも後を追った。




 ギードの家の居間で、一旦上着を脱いで椅子に座る。

「少し冷めちまったな」

 ギードがそう言って、火蜥蜴がいなくなったポットからお茶を注いでくれた。

「じゃあ、私たちは食事にしましょう」

 そう言って、ニコスが机にお弁当を並べる。

 もう、灯されているのは机の上に置かれた数個の蝋燭だけだ。

「外は寒かったね。この後、日付の変わる深夜まで何かするの?」

 肩の上にシルフが現れて、教えてくれた。


『日が変わるまで待つの待つの』


「待つんだ……」

 食べながら、後は何をしようか考える。

 多分、寝てしまったら朝まで起きられない自信がある。なので、もう寝るのは駄目だ。

「ギードの仕事部屋ってどんな風なの?」

 折角こっちの家に来ているんだから、ちょっと見てみたい。

「見せてやっても良いが、今は真っ暗だから何も見えんぞ」

 顔を上げたギードが笑いながら首を振る。

「そっか、そうだよね。えっと、それじゃあ何をしたら良い?」

 困ったように言う彼に、三人は顔を見合わせて考える。

「ゲームでもするか?まだかなり時間はあるし、カードならあるぞ」

 食べ終えて片付けているニコスとレイを見ながら立ち上がったギードがそう言うと、引き出しから箱を取り出して来る。

「何をしますか? 言っておきますがレイがいる事をお忘れなく」

「さすがにレイにはまだ、賭け事は早かろう」

 そう言うと、箱から手のひらほどのカードの束を取り出した。

「これは、アルカナカードとか、トランプカード。或いは単にカードと呼ばれておる。見た事があるか?」

 広げて見せてくれたカードには、いろいろな柄が描かれている。

「大人がやってたのは見た事あるけど、子供がするもんじゃないって入れてもらえなかったよ」

「まあ、そうだろうな。でも、今からするのはレイでも出来るぞ」

 そう言うと、鮮やかな手つきで、カードを配り始めた。全部配り終えるとにっこり笑って言った。

「ここに数字が書いてあるじゃろ。人の絵が描いてあるのも文字があるから、同じカードを二枚あればここに出しなされ」

 他の二人は納得したようにカードを見て選び始める。レイも自分のカードを広げて見てみる。

 その後、順番にカードを取り合いながら二枚合ったら出していき、最後に一枚のカードが残ったのはタキスだった。

「ああ。この道化師の憎らしい事」

 タキスが出したカードは、踊る道化師が描かれている。

「こいつが一人だけのカードじゃ。これを最後まで持っとったのが一番負け、無くなったのが早い順に一番二番となる訳じゃ。どうだ、面白かろう?」

 一度でルールを覚えたレイは、ご機嫌でその後も何度もカードで遊び、まわりで楽しそうに見ているシルフ達と一緒に、何度も皆で笑い合った。

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