帰宅
夕陽が空を赤く染める頃、少年を背に乗せた蒼竜が戻ってきた。
ゆっくりと降りてくる姿に気付き、薬草園で作業をしていたニコスが籠を手に立ち上がった。
「ただいま、すっごく楽しかったんだよ」
興奮のあまり上気した頬は、夕陽に負けない位に真っ赤だった。
「おかえり、ずいぶんと楽しかったようだな。そんな事なら俺も行けばよかったよ」
ニコスが笑いながら、蒼竜の背から飛び降りてくる少年に手を貸した。
ギードも、声を聞き厩舎から顔を出した。
「おかえり、楽しかったようだな。おお、すごい花だの」
ギードの言う通り、肩から掛けた鞄の中は、摘んできた花が文字通りあふれていた。
「いっぱいお花が咲いてたの。綺麗だったから摘んできたんだけど、これって街で売れるかな?」
無邪気なその言葉に、二人は顔を見合わせて吹き出した。
「さすがは逞しいの。しかし、野の花は日持ちせぬから、残念ながら売る事は出来んな」
「そうなんだ、残念。 じゃあ、テーブルに飾ってくれる?」
ニコスに鞄を渡しながらレイが言うと、受け取ったニコスは花を見ながら考えた。
「これは、折角なので押し花にしてみるか。それなら、細工次第で売れるかな?時間はかかりますが、教えてあげるからやってみると良い」
「押し花って何?」
聞いた事のない言葉に、レイは首を傾げた。
「花を紙で挟んで、重しをして乾かすんですよ。出来上がるとペタンコの花になるので、それを使って飾りや小物に細工するんですよ。王都では、女性に人気があるんだぞ」
「それなら、小ぶりの宝石箱や薬入れを作ってやるから、蓋にガラスで細工するといい。それなら高く売れるぞ」
横からギードも話を聞いて、案を出した。
「それは良いですね。丁度、冬の仕事に良さそうです。では、本体の細工はお願いしますね」
「任せておけ」
すっかり話が決まったところで、蒼竜が話しかけた。
「摘んできて良かったな。では、我は戻るとしよう。家へ戻るといい」
「ありがとうブルー、今日は楽しかったよ。えっと、明日は一日働いて、明後日は、街へお買い物に行くんだって。何か欲しいものある?」
大真面目に竜に欲しいものを聞く少年に、二人は吹き出すのを必死で我慢した。
「我は特に無いな。街は危ないことも多い、気をつけるのだぞ」
レイの体に頬ずりすると、大きな翼を広げて、ゆっくりと飛び立ち、上空を旋回してから帰っていった。
「さあ、寒くなってきましたからね、部屋へ戻りましょう」
三人は、揃って家へ入っていった。
一旦部屋へ戻り、マントを片付けて居間へ戻ったが、一人足りないのが気になった。
「あれ? タキスは?外にはいなかったよね」
二人は、一瞬口籠った後、無言で顔を見合わせる。
ギードが、立ち上がってレイの前に来た、しゃがんでレイの手を取る。
「タキスはちいと具合が悪くてな、今は部屋で休んでおる。今日のお前さんと同様に、お休みの日じゃ」
「どうしたの?病気?」
急に不安そうな顔になり、縋るようにギードの手を握る。
「ちょっと疲れが出ただけだから心配はいらんよ。あいつはいつも、秋と春の終わり頃に体調を崩すんじゃ。困った事に、医者のくせに自分の面倒は見られんらしい。お前さんも気をつけてやってくれな」
レイの小さな手を優しく握り返して、ギードは困ったようにそう言って笑った。
「そうなんだ、じゃあ、今日はタキスもお休みの日なんだね」
頷く二人を見て、気付いた。
「じゃあ、もしかして今日は……二人で四人分働いたの?」
二人は、思っても見なかったことを言われて、また顔を見合わせた。
「いつもと同じだ、たいした事はしておらんよ。とは言え、明日はしっかり働いてもらうから、覚悟しておれよ」
戯けて笑うギードを見て、レイは大真面目に頷いた。
「じゃあ、僕の残りのお休みはタキスにあげるから、今から働くよ!」
良い事思いついた! と、言わんばかりの笑顔でそう言うと、お皿を出す為に戸棚へ向かった。
「晩御飯はなんですか? どのお皿を出せばいいの?」
「おやおや、そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」
丁度その時、居間に入ってきたタキスが笑ってレイの頭を撫でた。しかし、その顔色は悪く、無理をしているのは一目瞭然だった。
「そんな顔色で何を言っとるか。飯は運んでやるから今日は大人しく寝ておれ」
ギードが怒ったように言うと、タキスの腕を掴んでそのまま部屋へ引っ張って行った。
「では、シチュー用のお皿を出してください」
何事も無かったかのように、素知らぬ顔でニコスが大きな鍋を机に置いた。その蓋の上には、いつもの赤い火蜥蜴が座っている。
「放っておくと、無理してまた倒れるんです。なので何を言おうと強制的に寝かせるのが一番です。寝てれば治りますから心配はいりませんよ」
扉の方を見たまま固まっている少年に、ニコスは優しく声をかけた。
「……本当に?」
不安そうに呟く彼の前にしゃがむと、小さな体をそっと抱きしめた。
「こんな事をあなたに願うのはいけない事かもしれませんが……どうか、彼の救いになってあげてください」
「どう言う事?」
「なに、簡単な事です。元気でいつも笑っててください。そして、あなたの成長する姿を、彼に見せてやってくださればそれで良いんですよ」
そう言うと、もう一度抱きしめてから立ち上がった。
「さて、まずは食べてしまいましょう」
部屋へ戻ってきたギードを見ながら、笑って鍋の蓋を開けた。
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたが、レイはタキスの事が心配でたまらなかった。
そんな彼を見て、シルフが髪を引っ張る。
『大丈夫大丈夫』
『もう起きてる起きてる』
『心配ないない』
「それほんと!」
思わず聞き返すと、シルフ達は揃って頷いた。
「ありがとう、じゃあ僕起きるね」
シルフ達に礼を言うと、急いで洗面所へ向かった。
「おはようございます」
元気に挨拶をして居間へ入ると、いつもの席に三人が座ってお茶を飲んでいた。
「おはよう」
「おはようさん」
ニコスとギードが答えてくれた。
「おはようございます。昨日はせっかくのお出掛けだったのに、心配かけてすみませんでしたね。もう大丈夫ですから」
タキスが立ち上がって目の前でしゃがんでくれたので、じっと顔を見る。
確かに、顔色も良くなっているようだ。
ギードを見ると、笑って頷いてくれた。
そのまま力一杯抱きつく。タキスも、そっと背中に手をやって抱き返してくれた。
「約束して、具合が悪い時は絶対無理しないって」
「ええ……約束します。約束しますよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
笑って頷くタキスに、もう一度抱きついてキスしてから離れた。
ギードが後ろで親指をあげて、良くやったと合図してくれた。どうやら約束させるのは有効だったらしい。
相変わらず豪華な朝食の後、今日は何をするのか聞くと、まずはいつもの掃除の後、午後からはタキスと一緒に、街へ持っていく薬を数えるのを手伝うようにと言われた。
「さて、ワシは売る物の整理をしてくるわい」
食器を片付けながら、ギードがそう言って自分の家へ戻った。
「さ、まずは厩舎の掃除からですよ」
タキスに言われ、レイも食器を片付けてついて行った。
自分の家へ戻ったギードは、仕事部屋へ行き、昨夜と同じように幾つも鉱石を取り出しては天秤で重さを計り、麻布で包んでいった。
鉱石の大きさは昨夜のものよりもはるかに大きい。それを順番に大きな箱へ詰めていく。
大きな箱を全部で十個作ると、一旦手を止め、何度か箱の中身を確認してから蓋を打ち付けて行った。
ちょうどその時、家の扉を叩く音がした。
「ギード、晩御飯の準備が出来たって」
レイの大きな声がここまで聞こえた。
「おお、もうそんな時間か。すぐに行くゆえ戻っておってくだされ」
その場に座ったまま、ギードも大きな声で返事をする。
「早く来てね」
足音が遠ざかるのを聞いてから、小さく笑って最後の箱に蓋をした。
「後は、食後にするか」
立ち上がって、仕事場の扉を開けた。
夕食は、柔らかく煮込んだ土ウサギのモモ肉で、初めて食べる骨付きの肉に、レイはナイフとフォークで難儀していた。
「気にせずこうすれば良い」
見かねたギードが、モモ肉を手に取って齧り付く。
吹き出した二人も、笑ってそうするのを見て、レイも噛り付いた。
食後のお茶の後、いつものように勉強を始める二人を見て、ギードは笑って立ち上がった。
家へ戻ると、まずは先程荷造りした大きな木箱を、扉の前に運んで並べる。
それが終わると、もう一度仕事場へ戻った。
先程とは別の、道具が置いてある棚の前へ行き、棚の奥の壁に付いた小さな扉を開けた。
そこには一人のノームが座っていた。
「すまぬが開けてくれ。そこの物を出すからな」
ノームは顔を上げて手を差し出す。ギードは笑って右の掌を上にしてノームの目の前へ見せた。
『これは働き者のドワーフの手良い手良い手知ってる手』
そう言うと、ギードの手を撫でてから返す手で壁を叩いた。
途端に、棚が枠ごと左右に開く、その奥には更に大きな部屋があった。
部屋に入ると、壁と机の上に置かれていたランプに、勝手に火が灯り、一気に部屋が明るくなった。
突き当たりの壁には、ガラスの嵌った扉の付いた大きな戸棚があり、中は七段に区切られている。
その中は、上質な
「さて、どれを持って行こうかのう……」
あご髭を撫でながら、ガラス越しに覗き込んで考える。
「このダイヤは……さすがに、これを出したら騒ぎになるか」
真ん中の段に置いてあるダイヤモンドは、子供の握り拳ほどの大きさがあり、しかも濁りが全くない。
これは表面を軽く研磨されているだけで、カットはされておらずやや歪んだ丸い形をしている
「うーむ、大きすぎるのも問題だな。しかし、割るには惜しい……」
首を振って扉を開けると、その下の段の箱を二つ取り出した。
「ふむ、こっちなら……まあ、なんとかなるだろう」
それは、どちらも親指の爪程もある見事にカットされたダイヤモンドだった。
一つは完全な無色透明だが、もう片方は薄いピンク色をしている。
それぞれの箱の隙間に真綿を詰めると、丁寧に蓋をした。
下の段からも、色の付いたもう少し小さな宝石を幾つもとり出していく。
同じように真綿を詰めて蓋をすると、大きな四角い箱の中へ並べていく。
全部で20個入れてしまうと、机の上に置いた。
「ノームよ。明日、これらを街のドワーフのギルドへ売りに行くが、問題はないか?」
作業を少し離れたところで見ていたノームは、机の上に飛び乗ると箱を撫でた。
『問題ないでもこんなに沢山珍しい』
ギードは、ノームに顔を近づけて内緒話をするように言った。
「大切な人の為に使う金を作るんです」
『あの子供か?』
「そうです。成り行きで世話をしましたが、もう今となっては、彼のおらぬ生活は考えられませぬ」
ノームは笑って頷いた。
『良い良いアレはほんに良い子だ』
「ありがとうございます。箱に守りを頂けますかな」
ギードがそう言うと、ノームはギードが差し出した箱に手をついて言った
『守れ守れ愛し子のための物守れその代価を得るまで守れ』
箱が一瞬光ってすぐに光は無くなった。
「ありがとうございます。それではまたよろしくお願いします」
箱を手に部屋を出ると、ランタンに入っていた火が勝手に消える。真っ暗になった部屋を再び動いた棚が完全に隠してしまった。
「さてと、ワシも寝るとするか。明日は早いからな」
箱を机に置くと、自分の部屋へ戻った。
机の上に置かれた箱の上にシルフ達が一斉に座る、箱の横にはサラマンダーが四匹取り囲むように並んで座る。
どうやら、寝ている間も箱の守りは完璧のようだ。
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