村の惨状

「一体どうした、その勇ましい格好は」

 大きな斧を肩に担いだギードに、ニコスは驚いて声をかけた。

 てっきり、夕食の為に早めに来たのだと思い扉を開けたのに、完全装備の彼は、中に入ろうともしなかった。

「お前らは、彼の事だけ気にしておれば良い」

 担いだ斧を足元に下ろして、ちらりとニコスを見ながら言った。

「だが、ワシはそうはいかん。レイ殿のおられた村の様子を見てくるわい」

「それは……考えもせなんだ。どこの村か分かるのか?」

 言われてみれば、彼のいた村がどうなったのか知っておく必要がある。少年の意識が戻れば、間違いなく彼は気にするだろう。



 ギードは、頷くと一振りのナイフを手渡して口を開いた。

「レイ殿の目が覚めたらこれを返してやってくれ」

 即席の革の鞘に収められたナイフは、小振りながらしっかりとした重みがあり良い物のように見える。

「それは間違いなくエドガーの作品じゃ。さすれば、彼の家はエドガーのいたゴドの村だろう」

「俺には誰の作品かまでは分からんが、お主が言うのならそうなのだろう。……そうか、それでその勇ましい格好か」

「最悪、居残った野盗と蜂合わす危険もあるでな。あくまでも念の為だ。それでは夕飯までには戻るわい」

 背を向けて出かけようとするギードを慌てて呼び止めた。

「それならば、ベラに乗って行かれよ。その方が早いし安全だ」

「おお、確かにその方が安全だな。ではそうさせてもらおう」

 苦笑いするギードに、ニコスは首を振った。

「すまぬが頼むよ。彼の村の事など考えもしなかったよ」

 話しながら、家を出て厩舎に向かう。


 そこには二頭の使役竜がいた。


 翼は無く、ごく小さな鱗が全身を覆い、二匹とも新緑の森のような明るい緑色をしている。首の周りには、白い鬣があり、なだらかな身体のラインは先の細くなった長い尻尾に続いている。前足はごく短く小さい。逆に後ろ足はがっしりと太く長い。鉤爪のついた細い指先でしっかりと大地を踏みしめて立っている。それは、この竜が走る事に特化している証だった。

 これが、この世界で広く乗られているラプトルと呼ばれる騎竜だ。



「ベラ、ギードを乗せてくれるか」

 ニコスが、大柄な方の竜に話しかける。

「よしよし今日も別嬪だな。すまぬが、森の外に出るからよろしく頼むよ」

 背中に鞍を取り付けながら、逞しい太腿を軽く叩く。

「クルルルー」

 仕方ないな、と言わんばかりに鳴きながら、ベラと呼ばれたラプトルは、ギードに擦り寄った。

 鞍の下に斧を差し込み固定すると、ギードは軽々と竜の背に乗る。軽く手綱を打つと放たれた矢のように走り出し、あっという間に見えなくなった。

「エドガー殿も、無事であれば良いが……」

 林の中に消えるギードの背中を見送り、ニコスは小さく呟いて厩舎の扉を閉めた。



 普段の蒼の森は、精霊達の結界の術によって閉じられていて、精霊達の声を聞く事が出来ない普通の人間は、迂闊に迷い込めば絶対に出る事は出来ないようになっている。

 しかし逆に言えば、精霊達の声が分かる者であれば、ある程度までは森の中を自由に歩く事が出来るのだ。

 ギードにとってこの静かな蒼の森は、自分の庭も同然の馴染みの森だった。

 それが、今日の森はいつもと違い、精霊達が不安げにざわざわと騒ぎ何となく落ち着きがない。

 ベラの手綱を軽く引き、枝の上にいた風の精霊に話しかけた。

「シルフよ。何やら森が騒がしいようだが、何か問題でもあるのか?」

 すると、話しかけられたシルフはギードを見て嫌そうに体を震わせてから答えた。


『少し前人が森に入ってきた』

『良くない精霊達を連れてた』

『皆で追い返したけど』

『火をつけようとした奴がいて騒ぎになった』


「何だと!どこの馬鹿どもだ」

 野盗ならば、この森に手を出せばどんな恐ろしい事になるか知っているはずだ。

『硬い鎧と鉄の剣を持って』

『ラプトルに乗ってた』

「……何人いた?」

 風の精霊がぴょんぴょんと三回跳ねた。

「鎧を着た兵隊が三人? しかも、精霊使いがいただと?」

 一番近いブレンウッドの街から、村が襲われた事を知って兵隊が来たのだと考えるのが普通だが、それならば、最低でも一部隊十人単位で来るはずだし、精霊使いなど守備隊に普通はいない。

「分かった、皆に被害はないのか?」

『大丈夫』

『あいつら逃げてった』

「知らせをありがとう、皆しっかり森を守ってくれよ」

 手を振ると、風がクルクルと舞って消えた。

「これは用心せねばならぬな……」

 ベラに進むよう合図して、小さく呟いた。




 到着したゴドの村は、酷い有様だった。


 家は全て焼け落ち、村の入り口には布をかけられた亡骸が並べられている。

 何度か見かけた事のある、ブレンウッドの街の守備隊の服を着た兵隊達が、何人もの遺体を運んでいた。

 村の入り口の門の横で鎧を着てラプトルに乗っているのは、おそらく隊長だろう。

 ここで引き返せば逆に不審に思われるだろうと思い、ギードは素知らぬ振りで周りを見渡してから話しかけた。

「兵隊様方、この有様は一体何事ですか」

「ドワーフが何の用だ」

 横にいた若い兵が槍を向けて鋭く問う。

「知り合いがこの村におりましてな、久しぶりに酒でも飲もうかと思って来たのですが……」

「知り合いだと? 誰だ?」

「エドガーと言う鍛冶屋の男です」

 思わず、答えながら手綱を握りしめる。

「誰が誰なのか全くわからぬ程の酷い有様でな。すまぬが……知り合いがいるかどうか確認してもらえるか」

 隊長から予想した答えが返ってきて、ため息を吐きながらラプトルから降りる。

「私が知っておるのはエドガーだけですが、彼がいるかどうかは見てみましょうぞ」



 若い兵士と共に、集められた遺体を一人ずつ確認する。

 五人目の布をめくった時、思わず唸り声を上げて目を閉じた

「おりました……彼です」


 無言で俯き両手で顔を覆う。


 若い兵が持っていた書類に何か書き込むと、彼の背を撫でてから黙って立ち去った。

 気遣いに感謝して、ポケットから小さな酒瓶を取り出しその場に座り込んだ。

「何があったと言うのだ。お主ほどの男が盗賊風情に遅れを取るわけがあるまいに」

 首を振り、目を閉じて精霊王への祈りの言葉を唱えた。

 一口だけ酒を飲んでからエドガーの口元にも酒を少しだけ注ぎ、別のポケットから干したキリルの実を取り出し、残りの酒の入った酒瓶と一緒に手に握らせてやる。

 籠手の内側から細い短刀を一本抜いて、それも持たせてやる。

 それから、ベルトの小物入れから銀貨を一枚取り出して胸元に置いてやる。

「すまぬな、これくらいしか持ち合わせがないわ。なれど、輪廻の輪への道行きの露払いくらいにはなろう」

「丁寧な事だな。故人も喜んでいるだろう」

 掛けられた声に振り仰ぐと、先程の隊長が背後に立っていた。

「長い付き合いでしたからな。これくらいは当然です」

 ため息を吐きながら前を向いてそう答える。

「盗賊が時折街道沿いに現れると言う報告は来ていたが、まさか、村ごと襲って全滅させるとはな……酷いものだ」

「見たところ、襲われて間もないようですが、何処から報告が?」


 通常、自由開拓民の村は街の守備隊の管轄には入っていない筈だ。彼らが何故こんなにも早くここにいるのか、ギードは聞かずにはいられなかった。

「行商人がな、注文されていた荷物を届けに行く途中、大きな炎と煙が上がってるのを見て怖くなって戻ってきたらしい。それで、ブレンウッドの警備隊の詰所に駆け込んできたのだ。聞いた以上放置は出来まい。それで確認の為に来てみたら……この有様よ」


 無言で首を振る。


 その様子を見た隊長は、前を向き、目を閉じて話し始めた。

「これは、私の独り言だ。答えずともよい。……この村の惨状は、どう考えてもおかしい。私は守備隊の任に就いてそれなりに長く経験を積んでおる。その経験から言って、秋の収穫の真っ最中の自由開拓民の村を野盗が襲うのは……まあ、こう言ってはなんだが、分からんでもない。収穫を根こそぎ持って行かれる事もあるだろう。抵抗すれば、場合によっては怪我をしたり、最悪死ぬ事もあろう……。だが……だが、襲った村をいちいち全滅させて焼き払っていては、野盗共も困るはずだ。獲物は生かさず殺さず、それでよいはずだ」

 ギードは黙ったまま下を向いている。

「それなのに、この村の惨状はどうだ。全ての村人を殺し、全ての家も、倉庫までも焼き払ってある。まるで、何かを消し去ろうとしたかのようだ……。或いは……或いは、ここに居た誰かに生きていてもらっては困るかのようにな」

 ギードは目を閉じて無言で考えた。

 この隊長は信用出来るだろう、ならば先程、風の精霊から聞いた事を伝えておくのも悪くはなかろう。

「ワシはドワーフですので、精霊達とも少しは話が出来ます。なので、先程森でシルフから聞いた話を……少し前、ラプトルに乗った三人組が森の中に入ろうとしたそうです。嫌がった精霊達が追い返したそうですが、そのうちの一人は……良くない精霊を連れていたと言っとりました。森に火をつけようとした為に少々騒ぎになったようでした。余りにも襲撃とタイミングが合いすぎる。この村を襲ったものの一味かもしれませぬ……確信はございませぬが」

「三人の人相や特徴は分かるか?」

「ラプトルに乗り、硬い鎧を着て剣を持っていたそうです。それ以上は何も」

「……そうか。ありがとう。報告しておこう」

 無言で礼をすると隊長は立ち去っていった。



 ギードは立ち上がり、足元に横になった友を見る。

「お前は何か知っておったのか? 長い付き合いだったのに、何の相談も無いとは……それほどワシは信用無かったか?」

 目を閉じて、友の顔を思い浮かべる。


 彼は困ったように笑っていた。


「そうだな、もし何か知っておったとしても……無関係のワシを巻き込むことを良しとせぬか」

 冷たく、固くなった友の手に手を重ねる

「後は任せろ、お前はのんびり精霊王の御許で、酒でも飲んでおれ」

 立ち上がると、もう振り返る事もなくベラの元へ行き飛び乗った。

 取り急ぎ、蒼竜様に報告しなければならないだろう。

 恐らく野盗共の狙いは、母親本人か、あのペンダントのどちらかで間違いない。ならば、あのペンダントをあのまま彼が持っているのは危険だ。

 蒼竜様に預かってもらうか、或いは母親がしていたように呪をかけて、見かけだけでも変えておかなければなるまい。

 頭の中で、どうすれば良いのか必死で考えながら、蒼の泉へ向かってラプトルを走らせた。

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