第20話_零番街の大きな皿
一枚の写真に触れる手は大柄だが、どんな手よりも優しい動作で棚の上へとそれを戻す。毎日そうして触れるわけではない。ただ時折、不意に触れて、ウーシンは目を細めていた。誰がいつ撮ったものだったのか、ウーシンはそれを覚えていない。レベッカなら覚えているのだろうが、もしそれを問い掛けたとしたら、彼が今もこの写真を大切に持っているのだと知られてしまう。彼からすれば、あまり心地の良いものではないのだろう。だからきっとこの先も、彼がそれを問うことはない。
写真の中には、ウーシン、レベッカ、フラヴィ。そして、イルムガルドが入る前にチームメイトだった一人の少年が笑顔で写っている。
彼はNo.5、レイモンド。享年は十六歳。ウーシンよりも一つ歳下の子だった。二人は番号からも分かるように付き合いが長く、彼らは認めないかもしれないが、とても仲が良かった。ライバルのように常に競い合い、互いを高め合っていた。電撃の能力を持っていたレイモンドは時々無意識に帯電してしまい、周りが静電気の被害を被っていた。その度にフラヴィは彼を『電気うなぎ』と揶揄していたが、それも彼等の仲の良さだったのだろう。その力はどのようにも応用が利き、シンプルに扱っても破壊力は凄まじく、彼はウーシンに劣らぬほど多くの戦果を上げた。それでも、彼は戦場に沈んだ。
彼の死について問われたウーシンは、「特別なことは何も無かった」と語る。それは真実だったのだろう。レイモンドが落ちた瞬間を、誰も見ていない。レイモンドはいつものように当たり前に戦場に出て、そしてその日、当たり前に死んだ。戦場はそういう場所だった。珍しいことでは無い。――ウーシンもそんなことは話に聞いて知っていたはずだった。
狙っていた戦車と相打ちになったらしいレイモンドの亡骸は、身体の半分が無くなっていて、軽かった。ウーシンは小さくなってしまったその身体を更に小さく抱いて、己の身体の影へと隠した。そして後ろに居たレベッカとフラヴィに「見なくていい」と震える声で告げる。二人は、隠しもせずに泣いていた。その声を聞いていたウーシンがどんな顔をしていたのかは、誰も知らない。
今も戦場に立つウーシンは、傍で聞き続けていた電撃音を探すように辺りを見回すことがある。その音が彼の隣へ戻る日は永遠に来ない。それでもまるで儀式のように、ウーシンは繰り返し、戦場を見渡した。一年が過ぎても、変わることは無い。ただ、だから彼がイルムガルドに強く当たっているわけではない。そもそも、おそらくウーシンには強く当たっているという意識など無い。これは彼のいつもの関わりであり、イルムガルドに特別厳しいわけではないのだ。
「――何をしている? イルムガルド」
食堂でメニューを眺めながらぼんやり立っている彼女の姿に、ウーシンは眉を顰めて話し掛ける。それは一見すれば厳しい対応かもしれないが、邪魔になるわけでもない場所に立つイルムガルドに声を掛けるだけ、彼の気遣いだった。レベッカが居ればそのような旨のフォローがあったかもしれないが、残念ながら彼女の気配は無い。
驚く様子も怯える様子も無くのんびりとウーシンを見上げたイルムガルドは、一度彼の身体へと視線を落としてから、再び目を合わせて口を開く。
「あー、『エネルギーになる』メニューって、どれ?」
彼ならよく知っているかもしれないと、暑苦しい筋肉を見て思ったのだろう。イルムガルドはアシュリーの言葉を健気に守ろうとしていた。
「それは勿論、肉とライスだ! 俺のオススメはこのハンバーグとチキンステーキが入ったデラックスセットを、ライス特盛で食うことだな!」
ウーシンが指差したメニューをまじまじと見つめながら、イルムガルドは少し難しい顔をしている。
「特盛……どれくらい?」
その大きさをウーシンが手振りで表わすと、イルムガルドは更に考え込むように眉を顰める。
「入るかな……」
「余ったら俺様が食ってやろう、頼んでみろ!」
「んー、じゃあそうする」
二人は揃ってそのデラックスセットを頼み、大きな皿をテーブルの上に狭そうに並べて食べる。職員達はその様子を穏やかな笑みで見守った。結局イルムガルドは特盛ライスも含めてそのセットを全て平らげてしまい、ウーシンが意外そうに眉を上げる。
「そんなに食えるのならお前は普段からもっと食うべきだな! 折角強いんだ、早くデカくなれ! 俺のようにな!」
「うーん、そこまではいい」
アシュリーからも良く言われる言葉を、イルムガルドはゆっくり瞬きをしながら聞いていた。日頃イルムガルドのことを「どうでもいい」と言いながらも、忘れることが出来ない戦友のように、戦場で『当たり前』には失ってしまいたくない思いがウーシンにもきっとある。それがレベッカのような素直な形ではない為に、分かりにくいものであるかもしれないけれど。
ただ二人を遠くから眺めていたフラヴィは、人ではない生き物を眺めるような顔をしていた。
「何あれ怖……どんだけ食べるんだよ」
絡まれるのを避けるように、フラヴィはそそくさと食堂の端、目立たない席へと足を進めた。
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