【三振前のバカ当たり】SFPエッセイ064

 時折ぼくはデモに参加する。特定の主義主張があってというのではなく、一種の社会見学としてデモに参加する。ただの社会見学ならオンラインの中継でも見るか離れたエリアから遠巻きにしていればいいようなものだが、参加する。行進の中に入り、時には見知らぬ人と手をつなぎ、座り込みの中にまざってみる。その場に集まる人々の熱気を感じ、意志を感じ、その流れが育っていきそうか、それほどでもないかを探る。

 

 ぼくはデモが嫌いだ。ぼくのように極端に集団行動が苦手な人間にとって、デモの行進に、あるいはデモの輪に加わるのは苦痛でしかない。ひどく苦手なデモもあれば、さほど苦痛でないデモもある。例えば昨日ぼくが「包囲網」に加わったデモは苦痛だった。東京の政治の中心地の永田町にある国会議事堂の前には主催者の発表で3万人の人々が集まり、「国会を包囲」していた。街区のあちこちにスピーカーを設置し、国会議事堂の正門前に設営されたステージのところまで来なくても登壇者やシュプレヒコールの音声が聞けるようになっていた。主催者も国会議事堂の正門前は混雑しているので、スピーカーの近くの空いた場所を見つけてその場に留まるようにとアナウンスしていた。

 

 アナウンスを無視して国会議事堂の正門をめざすとなるほど最後の100メートルくらいが大混雑で坂を登り詰める手前あたりで身動きが取れなくなった。そして熱心な人々の真っ只中で数十分過ごすことになった。何が苦痛かというと、こういう状況が最も苦手だ。坂の上まで来るような人々の多くはふだんから熱心にデモに参加している人らしく、登壇者の言葉の端々で「そうだそうだ!」「その通り!」「よく言った!」などと掛け声をかけ、シュプレヒコールが始まると一斉に唱和する。シュプレヒコールの言葉はぼくなどには聞き取れないようなものも多いのだが、ちゃんと唱和する。時折はさしもの彼らも聞き取れないことがあって、そうなると急に声が弱まるのがご愛嬌だが、結構難しい言葉も唱和するところを見ると、日頃からそういう言葉遣いに慣れているということだろう。

 

 そしてそのシュプレヒコールにもある種の「型」がある。「軍拡法案絶対反対(軍拡法案絶対反対)」「軍拡法案絶対反対(軍拡法案絶対反対)」と2回繰り返すと次の言葉に移り「軍拡する国絶対反対(軍拡する国絶対反対)」を2回繰り返す。その次は「軍拡法案いますぐ廃案(軍拡法案いますぐ廃案)」を2回繰り返し、そのうち「いますぐ廃案(いますぐ廃案)」になり最後は「廃案(廃案)」の連呼でテンポアップしていく、という具合。みんなで一緒に何かをするということが極端に苦手なぼくとしては黙って聞いているしかない。仮に言っている内容に共感できても唱和はできない。ましてや「小田島政権いますぐやめろ(小田島政権いますぐやめろ)」「小田島退陣(小田島退陣)」のような言葉遣いとなるともはや耳にするのも苦痛だ。

 

 では、なぜデモに参加などするのかと言われると、ぼくはデモを信じているからだ。それもデモの参加者の「数」を信じているからだ。選挙や投票によってものごとを動かせないとき、いますぐ何かを主張したいとき、民衆が使える手段としてデモは有効だし、その参加者の数がどんどん膨れ上がることは為政者に対する大きなメッセージになる。それは「このまま続けると政権維持が難しい」と悟らせることにもなるし、国によっては「いまは整然としているが、いざとなったらこの人数が暴動を起こすぞ」というアピールになることもある。政権を持つものは方針を転換するか、弾圧して対立を決定づけるしかなくなる。いずれにしても変化を引き起こせる。だからデモの数が有効だと信じているのだ。

 

 しかし、そのためにはぼくのように集団行動が苦手な人も参加できるようにならなければいけない。例えば昨日の小田島政権に対する「軍拡法案絶対反対」のデモでは、人数は増えない。もともとそういうデモが大好きな人だけの内輪の集まりに終わってしまう。ああいう「型」が大嫌いな人間でもやむにやまれず足を運び、その参加者の「数」を膨れ上がらせることができなければ意味がないのだ。内輪に閉じないための工夫が必要なのだ。ぼくがデモに足を運ぶ理由は、デモのスタイルにそのような進化があるかどうかを確認するためなのである。だから、オンラインで中継を見たり、離れた場所から高みの見物をするのではダメで、そのど真ん中にいてどれくらい苦痛か苦痛でないかを確認しなければならないのだ。

 

 苦痛なデモもあればそれほど苦痛でないデモもある。

 

 たとえばバリ島にいたとき、たまたま村のデモがあった。聞けば、水道会社が料金をいきなり引き上げ、あちこちで水道が止められるという事態が発生し、耐えられなくなった村人たちが抗議のために集まっているのだという。お世話になった家庭もその被害を受けているというのでぼくもデモに参加した。人数こそ数百人程度だったが、それは村の総意を体現していた。そこにはスピーカーもなく、演壇もなく、演説もなく、シュプレヒコールもなかった。村人は悲しみと憤りと困惑をたたえて集まり、村の中を行進をしていた。みんなが顔なじみなので挨拶を交わし、窮状を語り合い、ときには談笑も漏れていた。静かであたたかなデモだった。水道会社は折れて無事に水道の供給は再開された。

 

 パラグアイでは大統領の退陣を求めるデモに巻き込まれ、これは警官隊と乱闘状態になり、とても危険な状況を体験した。警官に殴られ血を流して倒れる市民を至近距離で見たし、逃げ出す途中でぼく自身誰かに殴られたり、押し倒されたりして、軽い怪我ではあるが何箇所も怪我や痣を作った。倒された時にはものすごい恐怖を感じた。このまま殴られたり蹴られたりしたらもう逃れることはできないと思ったからだ。幸いぼくを構うものはなく、すぐに立ち上がって逃げ出すことができたのだが、あの時に感じた恐怖と絶望は忘れることができない。けれどそのデモが苦痛だったかというと苦痛ではなかった。それはやむにやまれず集まる人々が、武力弾圧があっても集まらざるを得ない人々が集うデモだったからだ。

 

 要するにぼくは、デモのプロが集まるデモは苦手で、ぼくのような集団行動が苦手な人間ですら足を運ばずにいられないようなデモを評価しているのだ。デモなんか無効だ、何の役にも立たないという人もいる。デモに参加するのはただ自己満足に過ぎず、実際には政治をピクリとも動かせないという人もいる。デモの主催者はデモこそが民意を示し政権の横暴を許さない手段だと息巻く。一方で、デモが役にたとうが立つまいが、やむにやまれずデモに足を運ぶ人々がいる。日本で2回目の原発事故が起きた時、日本中が沸き立った。あの時各地で起きたデモはまさしくやむにやまれぬ人々が起こしたデモだった。東京で150万人、大阪でも100万人に迫る規模、各地の主要都市で10万人規模は当たり前、全国で1500万人が参加したとされた。実に国民の10人に1人以上がデモに参加したのだ。集団行動が好きとか嫌いとかいうレベルではない。そして当時の政権は打倒され、皮肉なことにもっと独裁的な政権が取って代わった。

 

 三振前のバカ当たり、と嘲笑する人がいる。あれ以来日本は軍事独裁政権のもとで軍拡を進めている。国防軍が組織され、義務ボランティアという失笑もののネーミングの事実上の徴兵制が敷かれ、海外ボランティアと称して派兵され、そして国を挙げて反対した原発は次々に再稼動されている。ぼくはこうして民意を探る国の手先としてデモに参加し、その運動が育ちうるものか内輪で止まるものかを判定し、レポートをしている。世界各地のデモに参加しているのは、職業的なアンテナを磨くための自主トレのようなものだ。デモを運営する人々から見ればぼくは政府の犬であり、裏切り者だ。反論はしない。ただひとつアドバイスをさせてほしい。あなたたちの1500万人デモはあなたたちにとって不幸な結果を生んだ。しかし政治を動かしたことは間違いない。無効ではなかったのだ。

 

 三振前のバカ当たりでいいではないか。次はもっと別な未来につながるかもしれない。ぼくは主義主張とは関係なく、デモの力を信じている。

 

(「【三振前のバカ当たり】」ordered by 阿久津 東眞-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・6.24国会包囲行動などとは一切関係ありません。

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