農園

 そうして辿り着いた場所を前に、私は思わず歓喜の声をあげていた。


「やったー! やっぱりだわ! 最後に見たままじゃない!」


 農園。破滅世界のファンタジアに何故か実装されていた、ミニゲーム機能。

 いわゆる箱庭ゲーム的要素で、食材を育てる事が出来るのだ。

 そして「農園」は本編よりも人気で、何度かアップデートされてる。ふざけんじゃないわよ。

 ともかく、目の前に広がる広大な畑は私を喜ばせるには充分すぎるものがあった。


「なんだコレは……畑? こんな場所にまで異常なほどの魔力が満ちているぞ」

「そうよ、畑よ! これで色々作れるわ!」

「作るって、お前……こんな場所で育てた野菜で何を作る気だ?」


 何故か困惑した様子のアルヴァを放っておいて、私は足元のニンジンを引き抜く。

 ポポーン、と軽快な音を立てて飛び出してくる数本のニンジンに、アルヴァが「はあ!?」と声をあげる。


「いや待て、今のおかしいぞ! 何故ニンジンが増える!?」

「そういうものだからよ! 次!」


 別の場所からジャガイモを収穫すると、やっぱり幾つかのジャガイモが。


「だから待て! よく見ると土もついていないし……何故つるも取った状態で……ええい! 俺にもやらせろ!」


 アルヴァが適当な場所のつるを引っ張ると、豚肉の塊がポーンと飛び出してくる。


「うあああああ! 何だコレは! あ、頭がおかしくなりそうだ!」


 ……あー、やっぱシュールよねアレ。開発は何考えてたんだろうなあ……。

 普通、畑からお肉は出ないでしょ。何の儀式よ……。

 まあ、一番シュールなのは植える時の「豚肉の種」だけど。ディストピア感あるわよね。

 ともかく私は豚肉をキャッチして、うんうんと頷く。


「あとはタマネギが欲しいわよね。アルヴァ、ちょっとそこのやつ抜いて?」

「……どうせ完成品で出てくるんだろう。俺には分かるそ」


 うん、その通り。ポポポーンと飛び出てきたタマネギを前にアルヴァが遠い目をしてたけど、私は気にしない。

 でもお米をゲットした時に「精米されてるのはもう諦めた! だが何故パッケージングされている! そもそも此処は畑だろう、ふざけるなよ!」と叫んだのはどうかと思う。私も同感だけど。

 食材を抱えて、向かうのはキッチン。

 無限クッキーと無限紅茶しかない段階では意味のない場所だったけど、ゲーム通りであれば食材をゲットした今は意味がある。


「さて、と……それじゃあカレーを作りましょうか!」

「カレー?」

「そうよ、カレーよ!」


 食材をキッチンの台に載せると現れた寸胴鍋に、どんどんと食材を投入。

 ボタンをカチッと押せば、ぐつぐつと食材が煮え始める。


「待て、今食材を切ってなかったし水も」

「気にしたら負けよ」

「それに野菜でも肉でも有り得ない香りが漂い始めたが」

「気にしたら負けだってば」

「米を」

「気にするなって言ってるでしょ」


 カレー粉とか水が何処から出て来たかなんて、私も知らない。

 ともかく、数分後の鍋の中には美味しそうに仕上がったカレーの姿。


「……この茶色いのは何処から出て来たんだ」

「知らないわよ」


 言いながら、私は鍋の端をコツンと叩く。すると、そこに現れたのは綺麗に盛り付けられたカレーが二皿、スプーンつき。


「さ、出来たわ。運びましょ?」

「……今思ったんだが、これを見たら錬金術師どもは発狂するんじゃないのか?」

「こっちの錬金術師って何作ってるの? やっぱり金? 賢者の石とか?」

「錬金術とは『金の如き価値のあるものを作り出す』というだけであって、金の精製自体は究極目的ではないのだがな……」


 ブツブツ言いながらも、アルヴァは自分の分のカレーを机へと運んでいく。

 おいしそうな香りを放つポークカレーを一口食べて、私は「はあー」と声をあげる。


「……幸せの味がするわ……やっぱりカレーは心の故郷よね」

「確かに美味いな。作成過程を思い返すと憤死しそうだが」

「いつまで言ってるのよ……」


 私が呆れたように言うと、アルヴァはスプーンを置いて真剣な表情になる。


「俺を味方にしておいてよかったな。これ程の不可思議を実現する施設……貴様の件を抜きにしても、欲しがる者は多いだろう」

「……まあ、そうね」

「たとえ善良な者であっても、これを目にして正気でいられるとは思えん。それ程の価値がある」


 一瞬、グレイ達の事を思い出す。きっと彼等にもこの場所の事は言えない。

 それを考えると、ほんの少しだけ寂しかった。


「それで? あの理不尽を体現した農園で、貴様はまた1つ世界と関わる理由を消失させた。いっそ此処に一生引きこもるか? これ以上ないくらい平穏に暮らせると思うぞ」

「……それはどうかと思うわ」


 私がそう言うと、アルヴァはフンと鼻を鳴らす。


「まあ、そう言うだろうな。真に他者との関わりを断つなど、誰にもできん事だ。故にどのような独裁者であろうと『滅亡』ではなく『支配』を望むのだ」

「……貴方もそうだったの?」

「俺か? 俺が望むのは魔法の深淵だ。それすらも、貴様のせいで見えなくなってきたがな」


 そう言うと、アルヴァは……少し楽しそうに笑う。

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