022「ササキの布教」
それから写真ができるまでは、特に語るようなこともない、平坦な学校生活を送った。大槻は毎朝僕に「写真出来た?!」と聞いてきたが、僕がまだ完成していないことを告げると「そっか~楽しみにしてるね!!」と言うだけだった。
あの時、ササキが写真を撮っているときの会話は、掘り返されることはなかった。大槻が意図的に避けていたのか、その場限りの雑談として忘れてしまったのかはわからない。ともかく、僕の人間性について、大槻が触れることはなかった。
撮影から三日後、ササキからの呼び出しを受けて、僕はまたヤツの事務所がある「希望ビル」へと向かった。
「できたのか? ササキ」
「うん。上出来。ほとんど思った通りのものができたよ。はいこれ」
茶封筒を差し出しながらそう言うササキの顔は、いつもより少し柔らかい表情で、どこか満足気だった。
「この袋の中に写真が入ってんのか?」
「うん。二枚入ってるよ。一枚は送る用、もう一枚は、大槻ちゃん用、かな」
送る、とはつまり大槻のお姉さん、「大槻いなほ」を巻き込んだ交通事故を起こしたあの爺さんに送るのだろう。もう一枚は、大槻用? よくわからんが保管するためのものだろうか。茶封筒にはすでにのりで封がしてあった。
「完成品、僕は見られないのか?」
「あれ? 見たかったのかな? だったら来るのがちょっと遅かったね。もう封しちゃったから、どうしても見たかったら大槻ちゃんに頼んで見せてもらいな」
「ああ、チャンスがあったら聞いてみるよ」
僕がそう言うと、ササキは満足げに頷いて、現像室(風呂場を改造して作ったものだ)に引っ込んでいった。
この茶封筒を大槻に渡せば、今回の依頼は完了。随分時間と手間がかかったような気がする。「部誌の記事をつくる」なんて依頼から、大槻の過去、真の依頼と、かなり紆余曲折あった。大槻がこの写真を気に入るかどうかはわからないが、どっちにしろこの依頼はひと段落だ。
最初、僕が「心霊写真を撮る」なんて話から始まった時はどうなることかと思ったけど……
ん……? ちょっと待てよ……?
「ササキ、一つ聞いていいか?」
「なんだい?」
ササキは現像用の器具や薬品を片付けながら返事をした。
「今回の依頼、僕が写真を撮る必要、あったか?」
ササキが、大槻の最初の依頼「部誌のために心霊写真を撮る」という依頼に、僕を担当させた理由がよくわからない。何であいつは僕に写真を撮らせたんだろう。
僕の質問に対して、ササキは珍しく返答を濁した。
「シュン君、細かい男は嫌われるよ? ただでさえ嫌われやすいんだから」
「おいおい、悪口のキレがないぞ。もう少しウィットを効かせてくれないと良質な返答はできないぞ」
「シュン君、いじられるのに慣れすぎだよね……」
ほっとけ。誰のせいだと思ってんだ。
ササキは僕の方を見ずに続けた。何というか、渋々、といった口調だ。
「まあ、大きくは二つだね。一つは時間稼ぎ。ボクが取材に出てしまうと大槻ちゃんのことを調べる時間がとれなかったから、彼女の依頼を受けつつ、ボクが図書館に行く時間を稼いでほしかったんだよね」
「周りくどいな……取材しながら大槻に直接聞けばよかったじゃないか?」
「んー。ボクを警戒してるみたいだったし、無理だったと思うよ?」
「む。確かに」
大槻の警戒心は相当高かった。僕らにブラフの依頼を吹っ掛けて実力を試そうとするやつだ。簡単に真相を話してくれることはなかっただろう。
「で、二つ目の理由ってのは?」
「……ふう」
ササキはなぜかため息をついた。そのため息は、いつもの僕に呆れた時のようなものではない。単純に、この先を話すかどうかを迷っているかのような印象を受けた。
「なんだよ。はっきり言えよ」
「……シュン君に、写真を撮って欲しかったんだよ」
観念したみたいに、ササキは言った。
「どういうことだよ?」
「……ま、シュン君には僕の助手としてもう少し成長して欲しくなったんだよ。いつまでも荷物持ちだけってわけにはいかないだろう?」
そういうササキの声は、なぜか照れ臭そうだった。
どこに照れる要素があるのか。単に僕をより扱いやすいアシスタントにするためじゃないか。いつものように軽口交じりで言えばいいのに。
もしかして、布教のつもりか? 僕を写真の世界に招いている?
……正直その世界は、ちょっと魅力的だけど。
「それより、ちゃんとバイト代払えよ。今回はそれなりに働いたぞ」
「うーん。それはシュン君次第かな」
「なんだよそれ……」
「とにもかくにも、経験を積むことさ」
ササキはそう言いながら現像室から出てきた。そして、自分の鞄から黒いケースを取り出して僕に差し出した。
「これ、シュン君にあげるよ。この前のデジタルカメラ」
「え、いいのか?」
「うん。いろんなものを、思うままに撮ってごらん。きっと、楽しいよ」
そう言って笑ったササキの顔は、何故かいつもより優しげだった。
「大槻、写真、できたぞ」
「おお、とうとう!! 待ってたよ~」
放課後、無人となった教室で、僕は大槻に茶封筒を渡した。
「赤坂君は中身見たの?」
「いや、まだだよ」
「ホント? じゃあ一緒に見よっか!」
「いいのか? じゃあお言葉に甘えて……」
大槻は茶封筒を机の上でトントンと叩き、中身を端に寄せた。そして、はさみで糊付けされた部分を丁寧に切り取った。中に手を入れてごそごそやっている。
「あれ、二枚入ってる?」
「ああ一枚は送る用、一枚は大槻用、らしい」
「私用? 保存用ってことかな? 了解了解!」
そのまま写真を引っ張り出すかと思いきや、大槻は封筒に手を入れたまましばらく固まっていた。
「どうした?」
「中身、心霊写真、なんだよね? お姉ちゃんの」
「ああ、多分そうだな」
「……なんか、ちょっと緊張するね」
「……そうだな」
しばし沈黙。大槻は手を動かさない。
「ねえ、赤坂君……なんか面白いこと言って」
「それ、考えうる限り最悪のフリだからな?」
女子の「なんか面白いこと言って」ほど恐ろしいフリはない。「今から面白いことを言う」と宣言してから話始めるようなものだ。異様に高いハードルが設定されることになる。つまり絶対にスベる。
「そんなこと言わずに~!この謎の緊張感をほぐしたいの~。絶対笑ってあげるから~」
「ええ……じゃあ、そうだな……」
「あ、話してくれるんだ」
お前がやれって言ったんだろうが……。
「とある夫婦がいてな、妻の方がかなり乱暴だったらしい。ある日、夫との夫婦喧嘩をした時、仲裁に入った人がこういったそうだ」
仲裁人「おいおい、お前ら何回おんなじことすれば気が済むんだ……で、今回はどっちが悪いんだ?」
妻「あの人が悪いに決まってるじゃない! 殴り返してきたのよ!!」
……
僕の渾身のギャグを聞いた大槻の反応は「あ~ね」だった。
「笑ってくれるんじゃなかったのかよ!!」
「え~だってほら、そういう落語家さんのネタは演者の技量あってこそだし、文字におこしてもそんなに面白くないよ?」
「冷静な分析だな……」
普通にすべるよりもきつかった。無駄な傷を負うことになった。
「ま、頑張ってくれたし、写真、見ちゃいますか!!」
「黙って見てくれればそれでよかったのに……」
「過去は戻らないよ! 前を向いて歩こう!!」
「お前が言うとその言葉重いよ……」
僕のつぶやきをかき消すように、大槻は茶封筒の中から写真を引きだした。そして、写真を見ると……。
「なに……これ……」
と、一言つぶやいた。
僕も大槻の持つ写真をのぞき込む。そして、息をのんだ。
「……そういう、ことか」
大槻と僕は、黙り込んだ。さっきまでの談笑が嘘のように物音一つ、身動き一つしなかった。写真を端から端まで、なめるように見た。
その写真は、まぎれもなく「心霊写真」であった。
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