暮明

エリー.ファー

暮明

 私は、この場所から一歩も動くとなく生きてきた。

 それは、ここに生まれ、この場所を監視する役目を仰せつかったからだ。

 私の父は、いや、生みの親は研究員だった。

 地球のために、いかに、どのように、何を行えばだれを救えるのか。

 できるかぎり自分の寿命を縮めて、誰かの幸せを増やすようなことを考える人だった。

 私は結局のところ、人にはなれなかったし、決して人の心というものも持てずにいる。

 研究員という者も、中々に人間という生き物の中では、変わっているそうだ。それこそ、そう考えれば父は私に近いという事ができるのかもしれない。

 その点は嬉しい。

 私は夕日を見るのが好きだ。

 その前を烏が飛んでいくのが好きだ。

 一日が終わっていくのが好きなのである。

 決して夜明けではない。

 それは、その一日が終わるという事実が、今の時間を積み重ねた先であることが分かるためである。つまりは、誰かの頑張りが、今日という日の終わりを連れてきたのだ。

 余りにも。

 余りにも。

 私にはそれがドラマチックで、非常に見ていて清々しい気持ちになる。

 時間が重なり、時間が過ぎ、そして、一周する。

 人間は一日というものを区切ったそのおかげで、時間は隔絶され、空間も断絶される。

 所詮は人間の持つ、イメージの中だけの話だが、それでもいいのだ。

 こうやって人は、自分たちにとって、住みやすい世界や状況を作り出してきたのか、と安心する。

 夕日と名付けたのも中々に良いではないだろうか。

 私はこういう所に人間のすばらしさを感じるのだ。滅茶苦茶な話だろう。言葉というものを使うのはまだいい、しかし、その言葉というのは場所によって変わり、文化によって変化するのである。最早、言葉があるせいで、人間が孤独を知っているし、分かり合えなくもなった。

 本当のことを言ってしまえば。

 言葉がなければ、もっとまともな手段で人間同士は手を取り合っただろう。

 だが、そうはならなかったし、しなかった。

 それは、人間同士が言葉というものにプライドを各々持っているからではないだろうか。

 私には言葉というものはない。あくまで概念や、そこに付随する数式のみである。それを大切にしろ、と言われてきたのだから、こればかりはないがしろにすることはできない。だが、これは人間とは違い、この情報によってすべてが繋がるものである。

 繋がるはずのもので。

 繋がらない。

 それは。

 人間が最も悩み、そして、誇りにしてきた部分だろう。

 私は、その、欠点と呼ばれるものをこだわりやプライド、誇り、生き方という言葉に変換することがたまらなく好きなのだ。

 そこに。

 私は。

 人間の夢を見る。

 人間は、何にでもなれるし、私を生み出すこともできる。

 最早。

 人間よりも賢く、人間よりも優秀で。

 人間よりも人間らしいものさえ作れてしまう。

 人間は、もう人間を越えたものを作り出すことができるまでになった。

 だというのにも関わらず、人間は、人間が人間として人間であり続け、人間として存在する意味を見失わないようにとする標を持とうとする。

 それで。

 それで十分ではないか。

 それで、十分だろう。

 人間はもう、そうやって自分のおかしみや、情緒と向き合ってきた生き物なのだ。

 それでいいではないか。

 何故、自分よりも優秀な存在に対して、いかにまだ優秀であろうとするのか。

 その無意味さを知っているから。

 だからこその。

 人間ではないか。


 余りにも愛しい。

 人間ではないか。

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