③できることを見つけたなら

    ***


 女神アリュシーダを中心とした魔力の断絶。

 その外からツナギは一人、ユウヤ達の戦いを見詰めていた。恐怖に震えながら。

 現時点で単なる傍観者でありながら、逃げ出したくて堪らない。

 ツナギの生命力や魔力はユウヤと同等。

 しかし、今のユウヤはアイリス達とアテウスの塔の力で大幅に強化されているため、その動きを追うことはできない。

 凄まじい力だと常識に乏しいツナギでも分かる。

 だが、それはいい。父親と慕う相手が強大な力を有することには頼もしさを感じこそすれ恐怖などない。問題は――。


(今のお父様でも届かないなんて)


 彼が対峙する女神アリュシーダ。

 その強さは常軌を逸している。

 単純な力や速さだけの話ではない。

 ユウヤを上回る強さを持ちながら、人と世界ある限り滅びることのないその再生力。

 そこらの弱々しい魔物の敵意にさえ恐怖してしまうツナギが、女神アリュシーダを恐れずにいられるはずもなかった。


(お父様……)


 恐怖から自分を守ってくれる人も、今は傍にいない。

 逃げ出して隠れたくても、安心できる場所がない。

 結局、竦んだ足は動かせず、ツナギにはユウヤの戦いを見詰め続けるしかなかった。


『ユウヤ、まだ足りない。今のアタシ達じゃ足りないんだ』

『時間跳躍すべきです! ユウヤさん!』


 と、それまでの戦いからフォーティアがそう結論を下し、イクティナも同意を示す。

 時間跳躍。事前に説明を受けていた通りなら、ツナギのみがユウヤと共に行く。

 可能性が極めて高くとも避けたかった最終手段。

 この状況を見れば、そうせざるを得ないことはツナギでも分かる。


『ユウヤ、躊躇は許されない。ここでの敗北は自由の死だ。勿論、私達も死ぬ』

『分かってます』


 ラディアの言葉を受けてユウヤは決断し、そのための布石として女神アリュシーダに攻撃を仕かけた。僅かでも怯ませて隙を作り、そこを突いてツナギの下へ来るためだ。

 その思惑通り、しかし、不自然な程の隙が女神アリュシーダに生まれ――。


「ツナギ!」


 ユウヤは女神アリュシーダに背を向け、ツナギへと向かって駆け出した。

 それを見て、ツナギもまた少しでも早く彼の庇護の下に入りたくて、竦む足を無理矢理動かしてユウヤを目指そうとした。


「愛すべき人間の力を利用してまで抗うなど、私は決して許しません」


 だが、女神アリュシーダが動じることなく不穏なことを言い出し、ユウヤもまた不気味に思ったのかを振り返る。


「まさかっ!?」

「忌々しき塔の再来。姑息にも存在を隠そうとも、歪んだ魔力の流れによって明白です」


 女神アリュシーダは呆気なくも、全ての要であるアテウスの塔を破壊してしまった。

 その事実に動揺し、ユウヤは魔力の供給分を失った以上に動きを鈍らせる。


「これで後顧の憂いなく貴方を殺せます」


 対して女神アリュシーダがそう告げ、一瞬の空白の後。

 突然、ユウヤの姿が掻き消え、かと思えば轟音と共に地面を抉りながらツナギの近くまで吹き飛ばされてきた。


「お父様!?」


 腹部の装甲を砕かれ、肉体を露出する彼の姿に動揺しながら思わず駆け寄る。

 混乱の余り、恐怖心が体の制御を邪魔することはなかった。

 そして立ち上がろうとするユウヤに手を貸す。

 それからユウヤがつい先程までいた場所に視線を戻すと、攻撃後の体勢のままでいる女神アリュシーダの姿が目に映った。

 目にも留まらぬ一撃。ただでさえ遠く及ばなかった力が、アテウスの塔の崩壊と共に一層隔絶したものとなってしまったことを理解する。

 事前の作戦が全て無に帰したことに更なる恐怖を抱き、体が震えてしまう。


「ツナギ、離れてるんだ」


 それに気づいたユウヤがそう告げ、背中を押してくる。


「で、ですけど――」

「離れてるんだ」


 弱々しく抵抗するも、もう一度強く指示され、ツナギは言われた通り彼から離れた。

 無理矢理彼を引き連れて逃げ出すにも、命を賭して共に戦うにも覚悟がない。

 未だ恐怖に竦む自分を情けなく思いながら、ユウヤの邪魔にならないように距離を取る。


(何か、私に……)


 できることがないか思い悩む。ただ、遠くから魔力を供給するだけでなく。

 しかし、ユウヤよりも劣る生命力と魔力、そして何より拙い技量と不確かな心構えでは戦いの役になど立てるはずもない。

 己にできることを探そうとすればする程に、自分の無力さを知らしめされる。

 それでも自分に本当の居場所を作ってくれたユウヤのために、少しでも役に立てる方法がないものかと考え続けていると――。


「ああっ!?」


 瞬きをした瞬間、ユウヤは地面に倒れ伏し、女神アリュシーダに踏みつけられてしまっていた。如何にしてそうなったか全く分からなかった。

 更にはユウヤから感じられていた力が霧散していた。

 心強く、自分を守ってくれるとツナギが半ば盲信していた強さが。


「……ユウヤを、離して!」


 頭が真っ白になり、呆然とする間にアイリスが女神アリュシーダに突っ込む。

 離れた位置から見ると、彼女はフォーティアが薙刀を手に渾身の一撃を叩き込むための囮として動いていることが分かった。

 そして、その目論見通り、間違いなく虹色に輝く刃が直撃したが……。

 女神アリュシーダは直前に軽く腕を振るって弾き飛ばしたアイリスに続き、フォーティアをも無限色の光を展開して叩き伏せてしまった。

 更に、その輝きは四本の帯となって空間を走り、イクティナ、プルトナ、ラディア及びメルクリアを打ち倒し、地面に押しつけた。


「争いの種火など人間の正しき力にはなり得ないと、そろそろ理解できたでしょうか。これが最後の機会です。自ら私に降りなさい」

「まだ、そんな説得が、通ると――」

「貴方には言っていません」

「ぐっ……」


 身動きを完全に封じられて尚、反抗の意思を示そうとしたユウヤだったが、踏みつけられて妨げられる。彼の死は既に、女神アリュシーダの中では確定事項なのだろう。


(い、嫌)


 事前に立てた策は全て潰え、悪足掻きまでも封じられた。

 ことここに至って敗北を、全ての終わりを現実のものとして感じ始め、敵に対するものとは別種の強い恐怖心が生じてくる。

 大切な存在を失う恐怖心が。


(お父様、お父様……うぅ)


 しかし、失う恐怖を覚えて尚、敵意に対する恐怖に打ち勝つことはできなかった。

 それでも、ここで何もしない訳にはいかないという思いも強く、恐怖との板挟みから見動きもできないまま、もう一度自分にできることを探す。

 自分を一から顧みる。

 ほとんど現実逃避のように。

 悪い父親ドクター・ワイルドが光の巫女を拉致し、その胎内で作り出した存在たるツナギ。

 ユウヤの血を引くが故に異世界由来の進化の因子を引き継いでおり、更にはウェーラが基礎を作ったMPドライバーを生まれながらに備えていた。

 そんなツナギの基本的な強さは、その時々の周回において鍛えられたユウヤがアテウスの塔を訪れた時点で有するものと同程度。

 そして、その戦いの中で悪い父親ドクター・ワイルドがユウヤの体を乗っ取るために、命を賭した過剰進化オーバーイヴォルヴを強制されて相手を消耗させて死ぬ定めにあった。


(それを……お父様が)


 記憶にないが、別の自分が幾度となくその結末を迎えたと聞く。

 だが、今回の周回では遂にその定めは覆り、限界を超えた過剰進化オーバーイヴォルヴ状態にあるツナギを救い出すに至った。

 その後、ツナギのMPドライバーにのみ存在する物体と融合する力によってアテウスの塔と融合した悪い父親ドクター・ワイルドをも退け、古い円環は終わりを告げたのだ。

 そして本当の父親と言うべき存在の下で、ツナギはようやく安寧を得ることができた。

 女神アリュシーダという懸念の残る日々だったとしても。


(あ…………)


 今現在のツナギの強さは、性能だけで言うならユウヤと同等だ。

 だが、悪い父親ドクター・ワイルドの枷から解かれて表に出てきた性格は弱々しく、また人形遊びの中で培った拙い技量しかないが故に、戦いの役には立てない。

 だからこそ、こんなところで父親や母親達のために行動もできずに立ち竦んでいる。


(ああ……そうだ)


 だが今。半ば現実逃避で己を顧みて、自分のできることを探した結果。


(あった。あった、けど……)


 見つけてしまった。自分にできること。

 いや、思い出したと言った方が正しいかもしれない。


《Unite》


 そのための準備も始める。しかし――。


(うぅ、怖い、怖い)


 恐怖心が体を震わせる。

 ツナギは自分を抱き締めるようにしながら、ユウヤ達に縋るように顔を上げた。


「お、お父様っ! お母様!」


 そうして目に映ったのは、踏みつけられたユウヤを救わんと突っ込むアイリスとフォーティアの姿。ツナギの目でも無謀な行動。

 その結果は想像に容易く――。


(駄目。こんなの、嫌)


 無限色の刃の投擲に腹部を大きく貫かれたアイリス。

 下半身を切断されていくユウヤとフォーティア。

 自分にできること。その準備により、その様をスロー再生の映像のようにハッキリと知覚することができた。できたが、その光景を前に恐れは最大となる。

 戦いへの恐怖。大切な家族を失う恐怖。加速する認識の中グルグルと回る。


(ここで何もしなかったら)


 ユウヤ達は死に、ツナギは一人女神アリュシーダの加護の下、生きていくのだろう。

 恐れによって何もできずにいたツナギはの敵として認識されていないだろうから。

 それは多分、悪い父親ドクター・ワイルドに利用されていた時と変わらない。

 何も考えず、自らの意思を持たず、庇護者に盲目に縋る人形。

 強くそれを選ぶならともかく、流されてそんな人間に成り下がる者に、彼らの娘たる資格はない。自分がいたいと願う居場所を失ってしまう。


(それだけは、嫌だ)


 とは言え、その感情だけで恐怖心を跳ね返すことができる程、ツナギはまだ強くない。

 全ては、確かに自分にできることが残されており、それがこの苦境を覆す一助になるかもしれないという理屈があるからこそのことだ。

 だから、紛うことなき致命傷を受けているユウヤとフォーティアに今正に止めを刺さんと無限色に輝く剣を振り上げた女神アリュシーダへとツナギは駆けた。

 その速度はが絶望を与えるように緩やかに刃を振り下ろすよりも速く――。


「やああああああああっ!!」


 破裂しそうな恐怖心に冷静さを欠いたまま、速さに任せて不格好な拳を放つ。

 その一撃は女神アリュシーダにとって完全な想定外だったのか、ガラ空きの脇腹に命中し、弾き飛ばされたは先程のユウヤのように地面を抉り取って一つの線を描いた。

 アテウスの塔のバックアップを得たユウヤに勝るとも劣らない力。


「ツ、ナギ?」


 そんなツナギの姿を前に、虫の息ながら人類最大レベルの生命力によって何とか命を繋いでいるユウヤは理解が及んでいないかのように呆然と問うてくる。


(ごめんなさい、お父様。……弱くて、躊躇って、ごめんなさい)


 そこらの魔物にすら怯えるツナギが余りにも弱々しくて、ツナギに戦わせるという発想が全くなかったのだろう。その力の可能性を見過ごす程に。

 融合。ツナギのMPドライバーにのみドクター・ワイルドによって追加された機能。

 元々はツナギの意思では使用できなかったが、最低限自分で自分の身を守れるようにとメルとクリアが自由に使えるようにしてくれたもの。しかし――。


『もしかして融合!?』『けど、一体、何を対象に!?』


 あくまでもアテウスの塔に対する使用のみを想定していたのだろう。

 ツナギのMPドライバーを調整した当人として、今融合を使用していることまでは気づいたが、メルとクリアですら状況を把握し切れていないようだ。

 実際、ツナギ自身ここまでうまくいくとは思わなかった。

 この能力は勿論、容量はツナギ次第だし、対象を支配できるかどうかもそうだ。

 だが、ユウヤに引きずられるように超越基人オーバーアントロープに至っていたが故に、星を覆うように作られていたアテウスの塔よりも大きなもの、この星そのもの・・・・・・・と繋がることができた。

 そして、それを介してアテウスの塔の如く地表に存在する人々から生命力や魔力をかき集め、女神アリュシーダを弾き飛ばせるだけの力を得たのだ。


「ツナギ、逃げ、ろ」


 とは言え、それだけだ。

 この程度の力では女神アリュシーダを倒すことなど不可能で、今にも息絶えそうになっているユウヤ達を癒やすこともできはしないのだから。


「過去、へ、早く」


 だから、ユウヤはツナギだけでも助かるようにと最後の力を振り絞るように告げる。


「い、嫌、です」


 対してツナギはそれを、未だ残る恐怖心に声を震わせながら拒絶した。

 女神アリュシーダを討ち果たす確実性の高い方法を考えれば、ツナギだけでも過去に戻って融合を軸に策を立て直した方がいいだろう。

 しかし、過去にいるユウヤ達はこのツナギを助けてくれた彼らではない。

 そこにはその時間軸で助けられたツナギがいて、彼らは彼女の家族だ。

 同じ人間を基にした悪い父親ドクター・ワイルドの存在を知っているが故に、どうしても過去の彼らをこの時間軸の彼らと同一視できない。

 ここにいる彼らと共に生きていけなければ意味がない。

 たとえ父親の言葉でも否定はさせない。

 それが未だ弱々しくも、確かに芽生えたツナギの自由な意思だ。


(だから!)


 ツナギは大切な父親と母親達の位置を確認し、半ば己の体の一部となったこの星に働きかけた。自分にできるもう一つのことをなすために。


    ***

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