④真の力
「どうしても、私を拒絶するのですか?」
どことなく苛立ちに似た感情を滲ませた口調で問いかける女神アリュシーダ。
「まだ受け入れられる可能性があると思ってるのか? 神様ってのも意外と馬鹿なんだな」
それに対して雄也は挑発を繰り返しながら、その背中に展開されている無限色の光を束ねた六本の腕へと幾度目かの弾丸を放った。
「貴方の攻撃は無意味。受け入れる以外に道はないことなど明らかでしょうに。争いの種火に穢された思考が、それ程までに愚かだとは思いませんでした」
尚のこと不愉快そうに告げた女神アリュシーダは、六本の腕へと更に力を注ぎ込む。
その動きは加速し、更には急激に経験が蓄積されたが如く冴えていっている。
徐々に徐々に、回避の難易度が上がっていく。
元から雄也よりも強大な力を有する存在。
もし技量で上回られたら手がつけられなくなる。それでも――。
「悪いけどな。進化の因子の有無は関係ない。たとえ進化の因子を奪われようと、俺はお前なんかに迎合するつもりはない」
侮蔑に近い口調で告げ、そのまま続ける。
より確実に、最大の一撃と叩き込むために。
「あの日のウェーラのように、命を賭してでも最後まで反抗してやる」
この雄也にとっては記憶の中だけの存在である彼女。
それでも、そのあり方は異なる己が意思を引き継ごうとしただけあって好ましい。
そしてウェーラの最後の姿は、単なる伝聞であっても強く心に刻み込まれている。
ドクター・ワイルドの記憶を得て以来、この時間軸の仲間達とは異なった形で、同じ考えを持つ同志として今の雄也にとっても一つの支えとなっていた。
「ウェーラ……覚えています。千年前に排除した
雄也の言葉に、どこか納得したように言う女神アリュシーダ。
慈悲ある神の意思を変えさせた唯一無二の人間だっただけに、ウェーラは
「成程。無意味な足掻きに命を捨てようとする様。あの者と同じですね」
「いいでしょう。貴方もまた人ならざる者と見なします。貴方は人間のための秩序ある世界に相応しくありません。人の社会に入り込もうとする
どうやら、雄也に関しても排除以外にないとようやく結論したようだ。
こちらからすれば遅過ぎるぐらいだが。
いずれにしても、この存在から人外呼ばわりされるのは少々腹立たしい。
「はっ、お前に従う人間こそ人であることを放棄してるようにしか見えないけどな」
だから雄也は、殊更煽るように言い放った。
勿論、誰かが人であるかそうでないかを決める権利など他者にはない。
あくまでも雄也の価値観ではそう見えるというだけの話だ。
しかし、その権利がないのは眼前の存在とて同じことだ。
自分が何者かを決められるのは、自分だけなのだから。
「秩序を望む善良なる者達を侮辱することは許しません」
雄也の嘲りに対して明確な怒りを見せる女神アリュシーダ。
「許さなかったら、どうする?」
それを受けて小馬鹿にするように軽く問うと――。
「あのウェーラと同じように、今この場で
雄也を掴み取ることで直接進化の因子を取り除かんとするような生温い挙動は、もはや望めないだろう。その予測を証明するように……。
「死になさい」
女神アリュシーダは六本の腕の先に鋭い刃を作り出すと、欠片も躊躇なく振るった。
反撃の隙を与えないようにするかのように、雄也を細切れにするような勢いで連続に。
一度。二度。三度。
攻撃を重ねる度に動きも洗練されていき、一撃ごとに急激に鋭くなっていく。
加えて、殺意と共に意識が攻撃に集中し始めているようで、背中から展開されている腕の延長線上に作られた刃へと無限色の光が更に集まっていっていた。
(よし)
それに伴い、目に見えて本体の障壁が薄くなってきている。
これだけ弱まれば、確実に貫くことができるだろう。
(…………思った以上に、やれてる)
そうした状況を前に、雄也はそう思った。
ドクター・ワイルドの記憶にある彼と女神アリュシーダの戦いとはまるで違う。
今のところ、まるで敵わないという感じはない。手応えがある。
それだけ、あのドクター・ワイルドが作り出した円環を乗り越えることによって得られた力は強大だったと言うべきか。
雄也と同等に進化したアイリス達仲間が、その力を分け与えてくれているのも大きい。
とは言え――。
「くっ」
技量の改善に伴い、つけ込むことのできる攻撃の無駄、隙がほとんどなくなり、余裕を持って回避することが難しくなってきている。
ここから攻撃に転じることは不可能ではないが、相手の成長が予測以上だ。
(自分の実力の過小評価と、神は成長しないものって誤った考えとで相殺ってところか)
いずれにしても
それでは雄也が決め技をぶち込む前に、六本の腕とその先の刃へと回している力を全て障壁に戻されて防がれてしまう可能性がある。
挙句、消耗したところを狙われて敗北してしまうだろう。
今現在どれだけ食い下がることができていようとも、それでは何の意味もない。
「よもやただ一体でここまで。やはり争いの種火は存在すべきではありませんね。混沌の果てに、いずれ世界をも滅ぼしかねません」
あちら側はあちら側で、この時点でも由々しき事態であるらしく、もはや忌々しさを全く隠さずに言う女神アリュシーダ。
しかし、その言葉は後半は勿論、前半部分も正しくない。
一見すると一対一とは言え、雄也の力は自分一人だけのものではないのだから。
そして、その事実こそ次なる一手を生んでくれる要素だ。
『皆!』
女神アリュシーダとの攻防の中、雄也は気づかれないように各々配置を変えていた彼女達に〈テレパス〉を以って呼びかけた。
それに対して彼女達は――。
《 《 《 《 《 《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》 》 》 》 》 》
《 《 《 《 《 《Over Convergence》 》 》 》 》 》
言葉による応答の代わりに、電子音を鳴らして応えた。
距離としては離れているが、現在の雄也の聴覚ならば聞き取ることができる。
彼女達の位置は女神アリュシーダが作り出す魔力の断絶のギリギリ内側。
詳細な打ち合わせはなくとも、雄也の戦い方から意図をくんでくれたようだ。
《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Heavysolleret Assault》《Over Convergence》
「〈
だから、ほぼ同時に雄也もまた
再び鉄靴を両足に生成しながら。
加えて
その力が臨界を超えた正にその瞬間――。
《 《 《 《 《 《Final Cannon Assault》 》 》 》 》 》
「「「「「「「オーバーイリデセントアサルトカノン!」」」」」」」
雄也とは別に、有線の魔動器と魔力結石を介して外部から限界以上に魔力を蓄積したアイリス達は、各々虹色の色彩を持つ光弾を解き放った。
それらはそれぞれ、女神アリュシーダが背中に展開している六本の腕の内の異なる一本へと向かって真っ直ぐに空間を翔けていく。
《Final Arts Assault》
「オーバーレゾナントアサルトブレイク!!」
それに合わせ、雄也もまた蓄えた魔力を全て右足へと収束させると共に地面を蹴った。
現時点における最大最高の威力を有する一撃。
それを女神アリュシーダ本体へと叩き込まんと突っ込む。
「なっ!?」
女神アリュシーダが害ある敵と見なしたのは、この時点では雄也のみ。
故にある意味で眼中になかった存在によって六方向から攻撃を受け、その対処のために六本の腕へと力を込めたことで本体はほぼ無防備となっていた。
「うおりゃああああああああっ!!」
再び障壁に魔力を集められる前に。
完璧なタイミングで雄也の蹴りは弱まった障壁を貫く。
そして、右足の先に込められた魔力は絶大な破壊力となって女神アリュシーダに叩き込まれ、一瞬だけ
『や、やったの?』
その様を見て半信半疑の様子で呟くフォーティア。
正直その発言はフラグでしかないが……。
ほぼ間を置かず、その大爆発が引き起こした閃光が収まる。
それから目に映った空には女神アリュシーダの姿は影も形もなかった。
一瞬、フラグが折れたかと思う。
『どうやら
しかし、案の定と言うべきか、まさかと言うべきか。
明らかに
そうである以上、女神アリュシーダを倒すには至らなかったということだ。
フォーティアが立てたフラグの通り。
だが、不思議なのは姿が見えないことだ。
『それにしても顕現した肉体を消し飛ばされるとは思いませんでした。争いの種火。やはり今この場で全て消し去らなければなりません』
その言葉が正しければ、今の一撃は確かに十分な破壊力を持っていたということになるが……それにもかかわらず声が聞こえてくる理由は分からない。
肉体を消し飛ばしても倒せないとでも言うのか。
「貴様、どこにいる!?」
『勿論、どこにでも』
雄也の問いに女神アリュシーダが答えた直後。
空に再び光の帯が幾重にも生まれ、複雑な幾何学模様を作り出した。
そして、そこから再びその存在は姿を現す。
先程の繰り返しのようだが、顕現に要した時間は段違いに短い。
あるいは、これもまた女神アリュシーダが慣れたということだろうか。
「私は人の求めし女神、アリュシーダ。人と世界ある限り、消えることはありません」
「なっ!?」
と、事実を突きつけるように再度自己紹介をした
それは即ち女神アリュシーダを完全に滅ぼしたければ、人間と世界を滅ぼさなければならないということだ。雄也達自身を含めて。
(そんな方法は――)
当然ながら取れるはずがない。
女神アリュシーダを倒すために守るべき人々を滅ぼすなど、正に人の自由を奪うことに他ならない。本末転倒以外の何ものでもない。
しかし……ならば一体どうすればこの敵を倒せるのか。
「今は貴方達を滅ぼすことに専念しましょう。それが秩序ある世界への近道でしょうから」
雄也がそうこう思考を巡らしている内に、女神アリュシーダは淡々と告げる。
すると、周囲に撒き散らしていた無限色の光が徐々に失われ始めた。
いや、それら全てを体内に取り込んでいるようだった。
周囲の存在から進化の因子を取り除く影響力を持つそれを放出し続けるよりも、今正に口にした通り雄也を、雄也達を消し去ることを優先しようと言うのだろう。
そこではたと気づく。
ドクター・ワイルドの記憶の中でも、
女神アリュシーダの真の力。それが遂に明らかになる訳だ。
「人ならざる者。安寧の礎となりなさい」
羽や衣の如く広がる光も全身を覆うように纏っていた光も体の中心に取り込まれ、この世全ての存在の特徴を持つかのような女性の姿がよりハッキリと現れる。
その大きさは雄也と同程度。
服らしきものは見えないが、裸とも思えない不可思議な姿だった。
羽や衣が消えたせいか小さくなったようにも見えるが……。
(どう見ても強化フラグ。それも、たちが悪い方の)
巨大化ならば負けフラグだが、小さくなったり、放出されていた力が収束したりは間違いなく苦戦を強いられるパターンだ。
故に警戒心を最大に高めて身構えながら、その存在を注視する。
幸い、既に過剰な強化によるダメージは癒えている。
万全の状態で――。
「なっ!?」
待ち構えていたはずなのに。
その姿はぶれて、目で捉えられなくなった。
《Towershield Assault》
その一撃の直撃を受けなかったのは偶然だ。
咄嗟に右手に生成して前面に構えた盾が、たまたま何かを防いだ。
何かと表現したのは、全く認識できなかったからだ。
拳なのか蹴りなのか体当たりなのか。別の何かなのかも分からない。
加えて、その衝撃によって雄也は恐ろしい程の速度で弾き飛ばされ、建物をいくつか全壊させながら地面に深い軌跡を描く。
苦悶の声を上げる間もなかった。
街の外まで飛んでいかなかったのは無意識に左手を地面に突き立てて制動をかけたからだが、そのせいで左腕全体が痺れている。
「はあっ、はあっ」
衝撃を受けた盾は砕け、右手は圧し折れてあらぬ方向に曲がっている。
全身の苦痛と、大きく変動した女神アリュシーダの強さへの混乱に息が荒くなる。
両手が使えないせいで仰向けのまま起き上がれない。
「耐えましたか。本当に危険な存在です」
と、称賛するような声と共に、傍らの地面に緩やかに降り立った女神アリュシーダが見下ろしてくる。
「……その脅威、心に刻みましょう。安寧を保つために」
そして、
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