②最後の手合わせ

 過剰進化オーバーイヴォルヴしたアレスの姿は雄也の二倍程度。

 雄也へと迫る間に再生成した大剣もまた、その巨躯に合わせた倍率で大きくなっている。

 単純な大きさでは過去最高ではないものの、無駄な肥大化を抑えて最小限の巨大化に留めている印象があり、むしろ他にはない強さを感じてしまう。

 実際、これまで対峙してきた過剰進化オーバーイヴォルヴ状態の真超越人ハイイヴォルヴァーは変化に戸惑い、その肉体を上手く扱うことができなかったが、アレスの動きは僅かたりとも鈍っていない。動揺もない。

 あるいは、事前に過剰進化オーバーイヴォルヴを超えた過剰進化オーバーイヴォルヴ状態をも経験しておいたのかもしれない。

 巨大化した体に対する慣れのようなものが見て取れる。


「はああああああああっ!!」


 そして一撃に全霊をかけるように叫び、その全身を使って放たれる大剣の一閃。

 むしろ身体能力の上限値が増した分だけ、己の理想とする戦い方に近づけると言わんばかりに攻撃の鋭さが遥かに増している。

 当然、威力は先程までとは比べものにならず、食らえば相応のダメージを負うだろう。

 それでも純然たる生命力と魔力の差によって、回避自体は不可能ではないが……。


《Gauntlet Assault》

「おおおおおおおっ!!」


 振り下ろされた斬撃を前にして、雄也はミトンガントレットを生成すると共にアッパーを放つように下から拳を突き上げることで応じた。

 交錯した一撃は空気抵抗を減衰する魔力も消し飛ばし、遥か遠くにまで聞こえそうな衝突音を撒き散らす。

 魔力で作られたとは言え性質は金属的な武装。

 それらがぶつかり合った音と考えるには余りにも重々しく、低い爆発音とでも表現した方が正確かもしれない。


「ちっ」


 互いの武装は打ち合った状態で膠着し、アレスはそれを見て舌打ちをする。

 攻撃の重さという点ならば、たとえ使用する武装を統一していたとしても、力を込め易く重力も味方につけることができる振り下ろしの方が有利だ。

 更に単純な体重差や武装の形状、重量差まで加味すれば尚のこと。

 しかし、結果は互角。しかも――。


「……随分余裕を見せてくれるな」


 下にずらした彼の視線の先、雄也の足下。

 互いの攻撃の衝突、その威力のほとんどを受け止めた地面。

 のみに留まらず、一対一のフィールドとなっている領域。魔力の断絶の手前まで。

 戦闘の影響によって荒地とならないように、雄也が土属性の魔力で強化していることに気づいて苦々しげにアレスは言う。

 全力ではない証拠以外の何ものでもないから。


「この一撃だけで負けを認めるか?」


 いずれの事実も不利な状態で単純なパワー勝負をしても、巨大化したアレスよりも体格で遥かに劣る雄也の方が上であることを明確に示している。

 彼の様子からして、それを十二分に理解しているのは確かだ。

 アレスはそれすら認められないような弱い人間ではない。とは言え――。


「まさか。まだ、これからだ!」


 今この場においては別に腕力の比較を行っている訳ではない。

 アレスはそう主張するように言い放つと、装甲を纏った拳と大剣の鍔迫り合いの如き釣り合いを自ら柄から手を離すことで崩して後方に飛び退いた。


《Twinsword Assault》


 そして着地と同時に新たに両手に剣を作り出し、再び間合いを一気に詰めてくる。

 黒基調の片手剣だが、雄也と比較して二倍の体格に合わせた形状であるため、普通の人間からすると変わらず大剣も同然のものだ。

 それでも使用者からすると全く違う。

 先程までとは対照的に、速さと技を競おうとするかのように挑みかかってくる。


「気が済むまで、受けて立つ!」


 MPキャンセラーを使用すれば、自滅直前からでもアレスを元に戻すことは可能だ。

 だが、アレスの言動を鑑みるにそれだけでは事態は収まらないだろう。

 彼自身の気持ちも、恐らく国からの指示に関しても。

 強制的に過剰進化オーバーイヴォルヴを解除しても、再び過剰進化オーバーイヴォルヴして挑みかかってくるに違いない。

 彼自身に敗北を認めさせなければならない。


「はあっ!!」


 そのアレスの戦意は欠片も衰えることなく、右の剣を中心に、左を補助として使いながら連続した斬撃を放ってくる。

 雄也から見ると左側を中心に襲ってくる連撃。

 そちらに意識を向け過ぎると、図ったように右側から刃が一閃される。

 もし同等の身体能力だったなら、間違いなく技量の差で細切れにされていただろう。

 しかし、生命力と魔力を頼みにした力任せとも言える速さでそれを埋め、雄也はアレスの全ての攻撃を手甲で受け切った。とは言え――。


(……まだまだ、俺は未熟だな)


 さすがに技量の差は計り知れず、また、熟練の剣士と言って差し支えない力を持つ相手の間合いの中で無手で戦うのは少々難しい。

 無論、殺し合いであれば相手の有利な形で戦うなど愚の骨頂だ。

 いずれにしても、アウトレンジからの攻撃を行えば済む話だが……。

 この場はそれを選択すべき時ではない。

 こうした部分で力を見せつけて圧倒できなければ、アレスに敗北を認めさせることなどできはしないのだから。


「くっ」


 届かない刃にもどかしげに息を吐くアレス。

 当然ながら彼自身、技量では完全に上回っている自覚があるだろうから尚のこと。

 積み重ねてきた努力を、純然たる身体能力の差で覆されては堪ったものではない。

 アレス相手に限ったことではないが、そこは少しだけ申し訳なくも思う。

 もっとも、雄也が対峙してきた相手は人の自由を奪った存在であり、純粋に強さの高みを目指して拳を交えた相手など他にフォーティアぐらいしかいないが。


「そろそろ、体も辛くなってきたんじゃないか?」


 留まることなく襲いかかってくる二振りの刃を捌きながら問いかける。


「問題ない。苦痛は魔法で消している」


 やはり通常の過剰進化オーバーイヴォルヴだけでなく、体への負荷が大きいこの状態もまた既に経験済みと見て間違いない。

 それ故に、戦闘におけるデメリットを解消する術も用意できていた訳だ。

 そうなると恐らく、負荷が限界を超えて挙動に影響が出るレベルにならなければ、我が身を省みることはないに違いない。

 あるいは、そうなった段階になっても一時的に過剰進化オーバーイヴォルヴを解消し、同時に身体も治癒する方法も確立しているかもしれない。

 いずれにしても、やはり勝敗はアレス次第だ。


「これならどうだ!」


 次なる手を繰り出すことを宣言し、更に苛烈に刃を振るうアレス。

 だが、少しばかり勢いが増しただけ。


「同じことを繰り返しても――」


 だから若干肩透かしに思って「無意味だ」と続けようとしたが……。


「そこだっ!」


 突如として補助に使用していた左を主体に切り替え、かと思えば、そちらに意識を向けた雄也を嘲笑うように左の剣を捨て去る。

 それは一瞬雄也の視界を遮り――。


「はああああっ!!」


 その隙を突いてアレスは柄を両手で持ち、大上段から鋭い斬撃を放ってきた。


「うおっ!?」


 雄也からすると、突然目の前に刃が降ってきたような状況。

 冷やりとするが、それでも常識の埒外にある生命力によって裏打ちされた反射神経はその見惚れるような美しい軌道を完全に捉える。

 そして、つい先程の再現をするように、両手で持って振り下ろされた黒基調の巨大な片手剣を雄也は手で挟んで抑え込んだ。

 それから、ほぼ同時に。それを奪い取って後方へと放る。

 一瞬緊張させられたせいか、無意識的な行動だった。


「だあっ!!」


 更に、武装を失ったアレスが態勢を整える前に、雄也は地面を蹴って彼の懐に入り込むとその腹部を掌底で以って殴打した。


「がはっ!?」


 それによってアレスは肺の中の空気を吐き出すと共に体がくの字に折れ曲がり、雄也の二倍以上の巨躯が数メートル程も浮かび上がる。

 そこへ蹴りで追撃を入れようとしたところで、雄也はハッとして攻撃を止め、無防備に落下してくるアレスから距離を取った。


「う、ぐ」


 直後、彼は地面に叩きつけられ、呻き声を上げた。


「だ、大丈夫か? アレス」


 意図したものではなく咄嗟の反応だったが故に実感が伴わず、思わず間抜けにもそう呼びかけながら駆け寄ろうとしてしまう。


「敵の心配など、するな」


 しかし、アレスはそれを手で制すると、即座に立ち上がった。


《Greatsword Assault》


 そうしながら彼は最初に手にしていた大剣を再生成する。

 が、小さくないダメージが入ったようで、僅かに足元が揺らいだ。


「アレス、さすがにもういいだろう」

「まだ……まだ、足りない。彼らに知らしめるには」


 これ以上は本当に命に関わりかねないと説得を試みるが、アレスは頑なに拒み、その意思を示すように大剣をしっかりと構えた。


「少しは本気を出して貰わなければ、困る」

「そうは言っても、俺の全力は皆がいてこそだぞ」


 魔力の断絶の中では彼女達から魔力を借りることはできない。

 この状況では真の最大値を発揮することは不可能だ。


「お前一人の本気だ。次で、証明して貰う!」


 と、アレスは意味深なことを言いながら、黒の大剣を大きく振りかざした。


《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》

《Convergence》


 同時に量産型のRapidConvergenceリングを使用して魔力を収束させる。

 さすがに、アレス程のレベルにある人間が全ての属性の魔力をフルに活用した一撃を食らえば、致命傷を負う可能性は十二分にある。


《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》

《Convergence》


 だから、雄也もまた左手の黄金の腕輪RCリングを起動させた。

 こればかりは全意識を集中して応じなければならない。


《Final Greatsword Assault》

《Final Arts Assault》


 そうして収束した魔力を、アレスは頭の上まで振り上げた大剣に、雄也は両腕を覆うミトンガントレットに集中させた。


「行くぞ、ユウヤ」


 それから掲げた大剣を振り下ろし易いように少しだけ構えをずらし、宣言するアレス。

 そんな彼を前に雄也は黙したまま拳を眼前で握り締めることで応え、攻撃を待ち構える。

 一瞬の静寂。その後。


「はあああああああああああああああっ!!」


 アレスは全身から力を捻り出すように叫ぶと、己が出すことのできる最大威力を生み出すことを第一に考えてか、真正面から愚直に突っ込んできて――。


「あああああああああああああっ!!」


 避けられるより先にぶち込むとばかりに、六属性の魔力を帯びた刃を振り下ろしてきた。

 対する雄也。

 ここで回避してしまっては、振り出しに戻ってしまうのは確実。

 逆に、アレスの口振りからすればこれを凌げば、それで終局となるはずだ。


「おおおおおおおおおっ!!」


 だから雄也は斬撃の軌道上から外れることなく、その刃を見据え、掴み取らんとするように開いた左手を突き出した。

 互いに小細工を弄することなく、三度似たような攻防となりながら……。

 直後、前の二度とは全く比べものにならない程に強大な魔力を帯びた雄也の左手とアレスの大剣が交錯した。


「む、うう……」


 正真正銘、これこそアレスの全身全霊の一撃。

 しかし、雄也の左手を傷つけることは叶わず、刃はそれ以上切り裂き進むことはできなかった。それでも、その重さに吐く息に力がこもる。


「おおおおおおおおおおっ!!」


 尚も絶叫と共に押し込もうとしてくるアレスに、並々ならぬ意思を感じるが――。


「うう、お、おおりゃああああっ!!」


 諸共に薙ぎ払うように、雄也は大剣を受け止めた右手を握り込んで刃を砕きながら掴み取り、そこに魔力を強引に流し込んだ。


「なっ!?」


 許容量を超えた強大な魔力が内部で荒れ狂い、アレスの大剣は脆くも砕け散る。

 結果、力を込めていた得物が失われたことで彼はバランスを崩し……。


「はっ!!」


 倒れ込むように眼前へと落ちてきたアレスの頭部、その顎を打ち抜くように雄也は温存していた右手を叩き込んだ。

 と同時に、残存する魔力を以って仮面を破壊し、更にMPキャンセラーを発動させる。

 最後の攻防。今が使いどころだろう。

 そして、それによって。

 命を奪いかねない威力を持つ雄也の殴打が生んだ衝撃がアレスの体の芯を突き抜ける前に、彼は通常の真超越人ハイイヴォルヴァーへと戻ってことなきを得る。

 元の大きさに戻ったことで不可避的に足元に空間が生じ、打撃の影響で体が半回転したせいで背中から地面に落ちてしまったが。


「魔力収束まで行ったが、あしらわれた、か」

《Return to Anthrope》《Armor Release》


 アレスはどことなく満足そうに言うと、四肢を投げ出しながらMPリングを停止させる。


「終わりか?」

「ああ」


 仰向けになりながら僅かに頷くアレスに、雄也は体の力を少し抜いた。

 その表情を見る限り、本当に敗北を認めたと考えて問題ないだろう。


《Return to Anthrope》《Armor Release》


 だから、雄也もまた鎧を脱ぎ、彼に手を差し出した。

 アレスはそれに応じて立ち上がり、それから口を開く。


「これでお偉方も理解するだろう。電波、だったか。あれを利用した魔動器でこの戦いの様子を見ていただろうからな」


 電波が届かないというのはブラフだったらしい。

 いずれにしても、引き延ばしの感もある茶番染みた戦いをしていたのは、その辺に理由があるようだ。詳しいところは分からないが。


「結局、お前の目的の本当のところは何だったんだ?」

「それは――」

『それは儂が説明しよう』


 色々問い質そうと尋ねた雄也に答えかけたアレスの言葉を遮り、聞き覚えのある声が〈テレパス〉とは違う響きで耳に届く。


「貴方は……」


 それは雄也の命を狙う決定を出した七星ヘプタステリ王国の相談役の一人、元賞金稼ぎバウンティハンター協会の協会長にしてフォーティアの祖父であるランド・イクス・ドラコーンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る