第二十八話 約束

①完全封殺

 六大英雄が一人。真獣人ハイテリオントロープリュカ。

 突如として目の前に現れた彼女の存在に、心のどこかで閉塞的な状況が大きく変わる期待を抱きつつも、突然のことにさすがに僅かながら動揺も抱いてしまう。


(確かこいつは……)


 雄也は気持ちの揺らぎを隠すように好戦的な構えを取りながらも一歩下がり、正に獣人と言うべき彼女を見据えた。


(近接戦が得意な、アイリスと似たタイプだったか)


 以前使用していた武器は、くの字に湾曲した独特な刀身を持つ二本の短刀。元の世界では、ククリ刀とかククリナイフとか呼ばれているものに分類されるものだったはず。

 形状は違えど武装もアイリスと似通っている。

 足場を作り出す魔法を用いて機動力にものを言わせた戦い方をするのもそう。

 しかし、アイリスが〈エクセスアクセラレート〉を使用した状態でも終始押されていたことを考えると、現時点では明らかに彼女よりも実力は上だ。

 単一属性の形態では、間違いなく雄也も敵わない。

 初手から〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉、場合によってはLinkageSystemデバイスを使用すべきだ。


闘争ゲームはやり直し……どういう意味だ?」


 そのための隙を見定めるために、リュカの言葉を拾い上げて問いをぶつける。


「言葉通りの意味だ。ワタシの糧となるべきあの娘は既に死に体。貴様は闘争ゲームを全うできない失敗作。ならば、処分して新しく駒を用意しなければならない」

「なっ!?」


 返ってきた答えに、雄也は思わず言葉を失ってしまった。

 それでは事態を覆すどころの話ではない。

 リュカの言葉通りにことが運んでしまえば、雄也どころかアイリスまでもが命を落とすことになる。僅かな猶予すらも奪われて。

 その事実に一層焦りが心を満たす。

 だが、それ以上に今は、降って湧いた新たな理不尽に強い憤りを抱く。

 今に始まったことではないが、身勝手にも程がある。


「俺達の意思なんて関係なく駒に据えて、思い通りにいかなければ処分する、だと? 人間を軽んじるのも大概にしろ!!」


 これまでの積み重ねと、閉塞感に満ちた現状の鬱憤。

 自分のみならず、アイリスを使いものにならない駒として扱ったことへの怒り。

 それらによって胸の奥に渦巻いた、雄也の人生で最も大きいと言っても過言ではない激情を全て叩きつけるように叫ぶ。


「……言いたいことはそれだけか?」


 しかし、リュカの心には全く響かなかったらしく、冷たく返されてしまった。


「貴様はここでワタシに殺される。既に決まったことだ」


 そして彼女は簡潔に告げると小さく構えを取る。


「……アサルトオン」

《Evolve High-Therionthrope》


 小さくもハッキリとしたリュカの呟きに続き、やや鈍い電子音が鳴り響いた。

 同時に、彼女の全身を琥珀色の装甲が覆い隠していく。

 そして一瞬の内に、それらは端々が鋭角で攻撃的な意思を感じる鎧となった。

 リュカの戦闘準備が完了する。

 しかし、その刹那の間は雄也が行動できる空隙でもある。


《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》


 だから、雄也は即座にRapidConvergenceリングを起動させ――。


《Change Therionthrope》《Convergence》

《Change Drakthrope》《Convergence》

《Change Phtheranthrope》《Convergence》

《Change Ichthrope》《Convergence》

《Change Satananthrope》《Convergence》

《Change Anthrope》《Maximize Potential》

《Gauntlet Assault》


 更にミトンガントレットを両腕に作り出し、雄也が単独で出せる最大の力を以って眼前の敵を迎え撃たんとその武装を構えた。


「アイリスを殺させはしない!」


 そうしながら六大英雄たるリュカに対し、感情をむき出しにして己の意思を宣言する。

 閉塞感に押し潰されそうになっていた自分自身を無理矢理鼓舞する意味も込めて。


「この場で貴様を殺せば、それで終わりだ。呪いを解くことができなれば、あの娘はワタシが手を下さずとも自然と命を落とすのだからな」


 対照的にリュカは、雄也の強い感情など意に介さず淡々と告げる。


「手を下さずとも、か。同族を自らの手で殺すのに忌避感でもあるのか?」


 そんな彼女の態度に苛立ちを覚え、雄也は言葉尻をとらえるように問いを投げつけた。

 しかし答えはなく、かと言って無視して攻撃を仕かけてくることもなかった。


「……他の六大英雄もそうだけど、非道な真似をしてる癖によく情を仄めかせるよな」


 それを、己の言葉が図星を突いたと考えて更に糾弾するように言い放つ。

 ドクター・ワイルドの闘争ゲームに巻き込まれ、一体何人のこの世界に生きる人々が自由を奪われ、命を落としたか分かったものではない。

 仲間内にすら家族を失った者がいるぐらいだ。


「確かに、ワタシは六大英雄に列せられる者、獣人テリオントロープの代表者として同族の繁栄を願わなければならない立場にあるし、実際に願っている」


 対してリュカはようやく口を開き、今度こそ戦端を開くことを合図するように二振りのククリ刀を構えた。


「だが、それはあくまでもワタシ達がかつて愛したような真っ当な獣人テリオントロープだけが対象だ。この時代に存在する多くの木偶では決してない」

「アイリスも木偶だってのか」

「……あの娘を木偶とは思わない。が、獣人テリオントロープのために犠牲になっては貰わなければならなかった。指揮官たる者、私情で種全体の危機を見過ごす訳にはいかないからな」


 その返答に、少しだけドクター・ワイルドとの違いを感じる。

 彼ならば、たとえ進化の因子を有していようとも、それが他者から与えられたものである限りは決して人間とは認めない。

 だが、リュカは、現時点では因子を持つアイリスを同族と見なしているようだ。

 持たざる者についてはドクター・ワイルドと全く同じ考えのようだが。

 そこを突いてどうにか説得できないものか、という期待が一瞬頭を過ぎるが――。


「とは言え、もはやあの娘に生きる目はない」


 リュカの静かな怒りの滲んだ冷たい声に、雄也は自分に対する敵意を強く感じ取り、説得は無理と即座に甘い期待を捨て去った。


「ワタシの糧になることすらもできず、無意味に朽ちていかなければならない。それもこれも全て貴様が愚鈍なせいだ!」


 アイリスを同族として扱っているからこそ、と言うべきなのだろう。

 納得はできないが、理解はできなくもない。

 意味ある死が無意味な死になるとなれば、未だにどうすれば闘争ゲームを突破できるか皆目見当つかない雄也を責めたくなることも。

 雄也自身、己を責める気持ちはない訳ではないのだから。

 それを敵から言われるのは腹立たしいことこの上ないが。


「疾く死ぬがいい!」


 そして彼女は感情を一気に噴出させ、間合いを詰めてきた。

 六大英雄の中でも恐らく地上最速と言っていいだろう。

 二振りの短刀を構えて低い姿勢で突っ込んでくる様は、さながら弾丸のようだ。

 しかし、今の雄也は〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉状態にある。

 このレベルならば対応は不可能ではない。


「現代の騒乱は全て、ドクター・ワイルドによって引き起こされたものだろうが!」


 雄也は右、左と振るわれた刃をガントレットで受け流すように弾き、カウンター気味に正面衝突させるように装甲に覆われた拳を叩き込まんとした。

 が、敵もさるもの。彼女は直前で急制動をかけると共に僅かながらバックステップをしていたようで、威力が完全には伝わらなかった。

 彼女は大きく飛び退り、身軽に着地を決める。

 そのしなやかな動きは正に獣のようだ。


「あの男が馬鹿な真似をしなければ、アイリスだって苦しまずに済んだ。女神にすら逆らったという六大英雄が、何故あんな奴に従う!?」

「……現状、奴の計画以外に同族を救う術はない。少なくとも、それを完遂するまでは総司令官には服従する。だが、いずれはワタシの手で奴を含む六人を討ち果たすつもりだ」


 リュカは雄也の問いにそう返答し、更に「獣人テリオントロープの栄光のために」とつけ加えた。

 面従腹背。

 これまでの六大英雄達の言動を鑑みれば、それは彼女に限ったことではないようだ。

 それこそドクター・ワイルドとて真意は分からない。

 にもかかわらず呉越同舟状態にあるのは、それだけの大義があるからとでも言うのか。


「救うも何も、この千年、この世界は平和だったはず。問題なんてないじゃないか」

「問題がないとすれば、それこそが問題だ。だが、基人アントロープたる貴様が、何一つ問題がなかったと言えるのか? 如何に異世界人とは言え、失われたものの影響は見てきたはずだ」

「……それは――」


 進化の因子を持たない基人アントロープは器用貧乏以下の役立たず。

 自分自身は特殊な立場にあるため、それを直接目の当たりにする機会は少なかったものの、そういった現実があることは知っている。

 しかも、程度の差はあれ基人アントロープに限ったことではなく、進化の因子がないことによって文明の発達もないのだ。

 千年間平和だったのも、根っこのところにはそれがある。

 だから正直、反論をしつつも言葉が上滑りしている実感があった。

 自由を信条とする身として、本来人間が持つ可能性に制限がかけられているが如き状態は気に食わない。だからと言って、彼らの行動を是とできる訳がないが。


「それでも……お前達が人間の自由を奪ってるのは事実だ。それを許す訳にはいかない」

「馬鹿なことを。最初からないものを奪うことなどできはしないだろうに。ワタシ達は奪われたものを取り返そうとしているだけだ」


 その言葉に雄也は決定的なボタンのかけ違いを感じた。

 あの男との対話の中で抱いた感覚に似たものを。


「……結局お前もドクター・ワイルドと大して変わらないってことか」


 進化の因子なきこの時代の人間には何もないと、最初から期待していないのだ。

 自分達は絶対的に正しく、それを前提に施しを与えようと言うようなその上から目線。

 大きなお世話としか言いようがない。


「それで何故そんな手段に出るのか、理解に苦しむな」

「別に、闘争ゲームを達成できもしなかった愚かな貴様に理解して貰おうとは思わない。何より貴様は今この場で死ぬのだからな」


 リュカはそれ以上の対話を拒絶するように告げると、再び正面から突っ込んでくる。

 しかし、そこから仕かけてきた攻撃は先程の展開をなぞるようなものだった。


(これは、いくら何でもなめ過ぎだ!)


 対して雄也は先程よりも強く、相手の体勢を崩す勢いで短刀をさばき――。


《Final Arts Assault》

「レゾナントアサルトブレイク!」


 侮った代償を見せつけてやろうと右手の拳を覆うガントレットの先端一点に全ての魔力を集め、一撃で勝負を決めるつもりで攻撃を放った。

 それは確かにリュカの顔面を捉えた。……捉えたはずだった。


(手応えが、おかしい!?)


 直撃のはずが、つい先程彼女がバックステップした時と同じような軽い感触だった。

 にもかかわらず、リュカは微動だにせずにいる。


「所詮貴様は奴の掌の上という訳だ」

「くっ!!」


 雄也はリュカの言葉にハッとして、戸惑いによって一瞬飛んだ思考を無理矢理引き戻すと共に全力で後方に飛び退った。


《Change Therionthrope》


 同時に収束した魔力を使い切ったため、獣人テリオントロープ形態へと変わる。


「〈アトラクト〉」


 そのまますぐにRapidConvergenceリングに魔力結石を再装填しようとするが――。


(転移できない!?)


 魔法は発動したはずなのに、魔力結石が補充された気配はない。

 範囲は分からないが、どうやらこの近辺は外界と魔力的に断絶させられてしまっているようだ。間違いなく、彼女らの仕業だろう。


(これじゃLinkageSystemデバイスも使えない)


 距離で減衰する以前に、魔力が届かなければ意味がない。

 更には〈テレパス〉も通じない訳で、仲間に助けを求めることもできないことになる。


「どうやら気づいたようだな。貴様にもう逃げ場はない」


 リュカはそう告げると、再び間合いを詰めてきた。

 同じように反撃を繰り返そうととするが、彼女はいつの間にか短刀を放り捨て、先程まではデモンストレーションだったと言わんばかりに雄也の拳を掴み取った。

 かと思えば、空いている方の手で殴打を繰り出してくる。


「が、ぐあっ!?」


 明らかに動きの変わった彼女に虚を突かれた上、片手を掴まれたままでは回避が間に合わず、雄也は腹部に直撃を貰ってしまった。


(何て、重い)


 鋭く全身に走った痛みに耐えながら思う。

 こちらの攻撃と比較して異常な程だ。

 彼我の戦力差以上に、威力の差を感じる。

五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉状態の攻撃が全く効かなかったことを考えても、魔力無効化の魔動器を使用していると見て間違いない。

 一撃目を避けたのも、決め技を使わせるための振りだったのだろう。

 だが、魔力無効化の魔動器は全ての属性魔力を打ち消すことができる訳ではない。

 起動と機能の維持のためには魔力が必要なのだから。

 そして、その魔力は基本的に使用者の属性が使われる。

 自分自身の魔法を封じてしまわないように。

 とは言え、それだけでここまで攻撃力に違いが生じるのはおかしい。

五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉には収束した土属性の魔力も使われているのだから、多少なりダメージを与えられるはずだ。。

 それがないということは――。


「土属性も無効化してるのか?」

「ほう。そちらにも気づいたか」


 半信半疑ながらの呟きに、少し感心したように正答だと告げるリュカ。


「馬鹿な。自ら魔法を封じたのか?」

「外界に効果を及ぼす魔法が使えないだけだ。肉体強化は使用できる」


 彼女はその証拠と言うように、〈アクセラレート〉系統の身体強化魔法を使わなければ出せない速度で再び間合いを詰めてくる。

 確かに魔力無効化の効果は体の表面という話だった。

 であれば、彼女の言う理屈は理解できる。

 以前とは違い、拳を武器にし始めたのもそれが理由という訳だ。


「くっ」


 迫るリュカの攻撃を受け止めないように、触れられて魔力無効化の影響を受けないように回避に専念しながら、徐々に危機感を強める。


(レゾナントアサルトブレイクが通じなかったってことは……)


 即ち火、水、風、土、闇の五つの属性が無効化の対象ということ。

 しかし、魔動器の起動には魔力が必要。

 そこから導き出される結論は、今リュカの魔力無効化は光属性の魔力によって行われているということだ。

 つまり、彼女に攻撃を通すには光属性の魔力が必要不可欠となる。


(今の俺に六大英雄にダメージを与えられる程の光の魔力は、ない)


 だからこそ、アイリスの呪いも解くことができず苦しんでいるのだ。


(完全に、俺が手も足も出ないようにって形じゃないか?)


 詰んでいる。と言うか、無理矢理詰まされた状況だ。

 冷静に考えて、今の雄也にリュカを倒す術はない。


「諦めたか? ならば、面倒をかけずに殺されてくれ」


 思考の檻に囚われかけたのを見破ってか、リュカは徒手のまま更に攻勢を強めてきた。

 それを前にしながらも、ネガティブな考えに動きが鈍ってしまい、危うく迫る殴打を無防備に受けそうになる。

 しかし、それでも諦めて死を受け入れる訳にはいかない。

 たとえ手立てが見えなくとも、生きるのを諦めてはならない。

 納得もしていないのに、自分で自分の自由を放棄するなど信条に反する。

 何より、雄也の死はアイリスの死でもあるのだから。

 だから、どれだけ焦りが大きくなろうとも、今の雄也には必死に頭を回転させて状況を打開する方法を模索する以外に選択肢はなかった。

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