④後出しのルール

「……アサルトオン」


 邪悪な笑みを浮かべながら雄也と同じかけ声を口にするドクター・ワイルド。


「貴様っ!」


 そんな彼の姿に雄也は言い知れぬ怒りを抱いた。

 憧れたヒーローの言葉を穢されたかのようで。

 しかし、だからとおいそれと仕かけることはできなかった。

 ヒーローの変身シーンで攻撃するのは御法度とかそういう問題ではなく、たとえ変身していない状態であっても相手の強さは計り知れないからだ。

 迂闊には飛び込めない。


《Evolve High-Anthrope》


 そして低く歪んだ電子音が鳴り響くと共に、邪な敵に似つかわしくない煌びやかな六色の輝きを放ちながら金色の装甲が彼を包む。


「くっ」


 同時に放出された強大な魔力が、衝撃波の如く襲いかかってきた。

 それだけで、遠く離れた位置にいる対策班の一部が気を失って倒れていく。

 ハッキリ言って六大英雄とも格が違う。

 やはり彼こそが敵の核なのだと改めて認識させられる。


「相変わらず、趣味の悪い姿だな」

「悪の組織の大首領としては最高に似合っておろう」


 確かに雄也のパチモン、もとい後期改良型のような姿は近年の敵役としては相応しいものがあるかもしれない。敵に金色を割り振るのもよくあることだ。


「では、始めようか」


 そしてドクター・ワイルドは構えも取らずに告げた。

 一見した限りでは隙だらけに感じる。

 だが、本能が危険を察知し、どうしても一歩を踏み出せない。

 それでも相手に弱みを見せないように、無理矢理に構えだけは取る。


「っと、その前に……」


 そんな雄也の虚勢など歯牙にもかけず、彼は大袈裟な手振りを見せると――。


「〈グラヴィティプリズン〉」


 唐突に魔法を発動させた。

 直後、まるで全身に鉛を埋め込まれたかのように体が重くなり、膝を屈しそうになる。

 と同時に、その影響を受けたようにドクター・ワイルドの後方で何かが墜落した。


「なっ!? アイリス!?」


 それは背後から彼に急襲をかけたらしい彼女だった。

 どうやら〈チェインスツール〉で足場を複数作り、視覚的には死角となる後方上空から迫っていたようだ。

 ドクター・ワイルドを倒しさえすれば最大の脅威がなくなるのだから、彼女の判断は一概に間違いとは言えない。が、相手が悪かった。


「この魔法を前に、立ってもいられない者は大人しく見物しているのである」


 彼は嘲るように見下すような素振りを見せると、思い切りアイリスを蹴り飛ばした。


「アイリス!!」


 彼女は呪いのよって呻き声も上げられないまま遠くの建物に叩きつけられ、そのまま地面に伏してピクリとも動かなくなる。

 しかし、LinkageSystemデバイスを介した魔力の供給が途絶えていないところを考えるに、意識を失ってしまった訳ではないようだ。

 重力を操作しているかのようなドクター・ワイルドの魔法によって、身動きが全くできなくなってしまったのだろう。

 属性特化形態ならば雄也と互角以上の彼女がこれでは、他の面々も動けなくなっていると考えて間違いない。

 アレス以外の対策班は言わずもがなで、下手をすれば押し潰されかねない。


「ドクター・ワイルド、貴様っ!!」


 疑似〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉ですら僅かに動きが鈍ってしまう中、アイリスを傷つけたことへの怒りを原動力に体に力を込める。

 そしてドクター・ワイルドの力への恐れに似た危機感をその感情で捻じ伏せ、雄也は地面に張りついた足裏を引きはがして大地を蹴った。

 そのまま正面から突っ込み、腕に装備したままのガントレットを叩き込まんとする。


「遅い。甘い。まだまだであるな」


 が、その一撃はドクター・ワイルドの右手によって軽々と受け止められてしまった。


「とは言え、ふむ。まあ、及第点というところか」


 彼はそう呟きながら、雄也の拳を掴んだまま大きく腕を振り上げる。

 それに伴って雄也の体は人形のように振り回され、そのまま地面に叩きつけられた。


「がはっ」


 その衝撃によって灰の中の空気を吐き出させられる。

 更に息が整う前にアイリスと同じように蹴り飛ばされ、雄也は地面を転がった。


(まだ、こんなに力の差があるなんて……)


 正直、考えが甘かったとしか言いようがない。

 僅かなりとも彼の目論見を崩せると考えたことは、思い上がり以外の何ものでもなかった。疑似〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉の力ならば、と楽観的に見積もってしまった。

 縮まらない力量差に焦り、愚かにも無意識に下駄を履かせてしまったのだろう。

 希望的観測という奴だ。


「少々期待外れではあるがな」


 だが、だとしても、身勝手にも落胆した様子を見せるドクター・ワイルドを前にこのまま素直に引き下がる訳にはいかない。

 それではこの男に屈したまま、心までも彼の駒になり下がってしまう。だから――。


『皆、収束した魔力を俺にくれ!!』


 雄也は一矢報いるために全員分の《Convergence》状態の魔力を欲した。

 今できることは、全力の力を六属性分束ねる以外ない。

 あるいは、それによって想像以上の力が発揮できるかもしれない。


『ま、待って! まだそこまでの負荷に耐えられるか分からないよ!!』


 と、そうした雄也の求めに対し、メルが苦しげな声で叫ぶ。

 体を押し潰さんばかりの重みに耐えながらも、こちらの心配をしてくれているようだ。


『しかし、敵の首魁が無防備を晒している絶好の機会でもある』

『全員の全力を集めれば……もしかしたら届くかもしれないしね』

『今後、このような機会があるか分かりません。賭けてみるべきですわ』

『ユウヤさんが、そう望むなら』


 絞り出すように告げた四人に続き、遠くに伏せたままでいるアイリスもまた何とか手を僅かに動かして同意を示している。


『で、でも……』

『姉さん。理屈の上では大丈夫なはずなんだから、もう後は兄さんを信じよう! 正直、私もあいつには腹が立ってるの! 一撃お見舞いしてやらないと気が済まないわ!』

『…………そうだね。そこはわたしも同じ気持ちだよ』


 クリアの言葉に同意して、珍しく声に怒気を滲ませるメル。

 母親のこともあるし、そうした感情を抱くのは当然だろう。


『メル、頼む。力を貸してくれ。ここで戦わないと次、立ち向かえないかもしれない』


 それこそ、そのままズルズルと彼の筋書き通りに流されていくだけになりかねない。

 その思いをぶつけるように言う。


『……分かった』


 すると、メルも根負けしたように了承してくれた。


『お兄ちゃん。魔力の負荷にも、あいつにも絶対に屈しないで!』

『ああ!』


 そして彼女のエールを支えに再び立ち上がり、ドクター・ワイルドと向かい合う。


「ふ。今更そう気張らずともよいのである。既に貴様の現時点での実力は見せて貰ったのであるからな。もう吾輩の今日の用事は済んだのである」


 メルの励ましから十秒。未だドクター・ワイルドが嘲弄染みた口調でくどい身振り手振りを交えながら言う中、各々Convergenceが完了したようだ。

 正にその次の瞬間、LinkageSystemデバイスを通じてその莫大な魔力が一気に流れ込んでくる。

 先程まで供給されていた彼女達の魔力。雄也自身の魔力。それらの上に叩きつけられるように受け渡されたそれは、全身を焼き尽くさんばかりの熱さを持って体中を駆け巡る。


(ぐ、う)


 その六つの属性の力は、雄也自身の属性魔力のバランスの悪さによって安定せず、不安定さは歪みとなって両手両足に痛みを生む。

 気を抜けば、光属性の魔力を起点に全てがバラバラになってしまいそうだ。

 主観的にはその感覚に長く長く耐えていたようにも思うが、しかし、そうした感覚はほんの一瞬の間に抱いたもの。


「むっ!? 貴様――」


 それが証拠に、ドクター・ワイルドが雄也の中に発生した膨大な魔力の奔流に気づいたのは全ての力が十分に全身に行き渡った刹那の後のことだった。

 それとほぼ同時。崖っぷちにある魔力の制御が転げ落ちてしまう前に地面を蹴る。


「疑似〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉!」


 そのまま雄也は肉体の限界を超えた強化を全身に施し、残る全ての力を右足に込めて左足で間合いを一気に詰める一歩を踏み切った。

 そして過剰な身体強化によって、撃ち出された弾丸の如く水平に敵へと突き進み――。


「レゾナントアサルトブレイクッ!!」


 全てを貫かんばかりに、右足を突き立てんとする。


《Towershield Assault》


 だが、その一撃が直撃する直前、歪んだ電子音が鳴り始めると共に突如として壁の如き盾がその前に出現した。


「ぐ、うぅっ!?」


 当然、そこまで来て急な方向転換することなどできる訳もない。

 雄也の攻撃はそこにぶち当たり、己の捻り出した威力に応じた衝撃が返ってくる。


「う、うおおおおおおっ!」


 それでも疑似〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉の推進力を高めて無理矢理反作用を押さえつけ、そのまま盾の上から押し潰さんとする。


「ぐ、く、お、おお」


 それに対し、ドクター・ワイルドは初めて苦しげな声を発した。

 今までの演技染みたものとも違う素の声色で。

 だが――。


「おおおっ!!」


 結局のところそれだけで、彼が力を入れて押し返すと、雄也はいとも容易く弾き飛ばされてしまった。


「がは、あ、うく……」


 そして跳ね返された勢いそのままに、背中から地面に叩きつけられる。

 一撃に全霊を賭け、ギリギリの制御を行っていたが故に体勢を整えることもできないまま無防備に。


「ク、ククク……」


 そんな傍から見れば無様な格好を晒してしまった雄也を前にして、しかし、ドクター・ワイルドは今までのような嘲りの色のない楽しげな声で笑う。


「クハハ……フゥウーハハハハハッ!! やればできるではないか!!」


 歓喜に染まった高笑いと称賛。

 そんなものを敵から投げかけられて喜べるはずもない。

 相手の意図がどうであれ、受け手にとっては侮辱以外の何ものでもない。

 だから、雄也は地に伏したまま悔しさに奥歯を噛み締めた。が、そうした思いとは裏腹に体は過剰な負荷に限界を超え、もはや指先一つも動かせなかった。

 挙句、重力を増すかの如き魔法の圧迫感によって呻き声も出せない。


「この調子で行けば、間もなくであるな」


 そうして完全に行動不能になった雄也を尻目に、ドクター・ワイルドは口の中で呟くように続ける。


「次が最後の闘争ゲームとなるであろう。しかし、その前に――」


 それから彼はこちらに視線を寄越した。

 同時に雄也の体を圧迫する力が全て消え去る。

 とは言え、消耗が激しく立ち上がることはできなかった。

 むしろ、だからこそ魔法を解いたのだろうが。

 その証拠にアイリス達は未だに見動きを封じられているようだった。


「一つ半端に留まっている闘争ゲームがあったな」


 そんな中で一人自由に動き、わざわざ雄也の傍に来て言うドクター・ワイルド。

 一体何のことかと尋ねるように雄也が僅かに顔を動かして見上げると、彼は遠くに倒れ伏すアイリスへと目を向ける。


「……アイリスの、呪いか?」


 その仕草を見て、雄也は息も絶え絶えに問いを口にした。


「その通りである。……ああ、いや何。別に急かすつもりではないのである。ただ、どうやらルール違反があったようであるからな」

「ルール違反、だと?」


 彼女の呪いを解けなかったことに何か関わりがあるのかと、続く言葉に集中する。


「あの呪いは貴様自身の魔力で〈ヘキサディスペル〉を使わなければ解呪できん。そして他人の魔力を使った場合は、ペナルティが課せられるのである」

「なっ!? 聞いてないぞ、そんなこと!」

「言っていないから当然であろう。……まあ、説明を怠ったことについては確かに吾輩が悪い。だが、吾輩は謝らん。予測できたことのはずであるからな」


 ドクター・ワイルドには全く悪びれる気配がない。

 それどころか、今度は普段の彼らしく声色に愉悦に満ちている。

 恐らく、最初からそうなると想定していたのだろう。


「そ、そんなもの、言われなければ……」

「ふ。歯切れの悪いところを見るに、貴様も分かっていたのではないか? ペナルティがあることについてはともかくとして、少なくとも吾輩の意図については」


 雄也は彼の言葉に口を噤んだ。

 実際のところ、アイリスの呪いは雄也が六属性全ての力を得るための動機づけの一つであるだろうということは最初から理解していた。

 しかし、だからと言って後出しのルールを許せるはずもない。

 許せるはずもないが、結局闘争ゲームはドクター・ワイルドが吹っかけてきたもの。

 彼の都合よくルールが定められ、時に捻じ曲げられることすらも想定すべきだった。

 開示されたルールを基に、想定できる敵の意図に沿って、僅かな瑕疵もないように行動しなければならなかったのだ。


「ペナルティの内容については後で確認するとよかろう。だが、余り悠長にしていると大変なことになるぞ?」


 そのまま煽るように半笑いで言うドクター・ワイルド。

 急かすつもりがないなどと、どの口が言うかという感じだ。

 だが、それはそれとして、この口振りではペナルティとやらは時限式かそれに相当する効果があるものと考えるのが妥当だろう。

 問い詰めて詳細を教えてくれる男ではないので、早急に調査しなければならない。

 もしアイリスに苦難が降りかかるものだったら、と気持ちが焦る。

 そうこう雄也が考えていると――。


「では、今日のところは去らばである。フゥウーハハハハハッ!!」


 彼はそう告げ、高笑いと共に姿を消してしまった。

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