②VSフォーティア

 真紅に彩られた薙刀を構えて迫り来るフォーティア。


「やめろ! ティア!」


 そんな彼女に対し、雄也は中途半端に身構えて後退りしながら叫んだ。

 直前の言動からして、そんな制止の言葉は通じないと頭では理解しつつも。

 案の定、フォーティアはそれで思い留まるようなことはなく――。


「くっ」


 薙刀を振りかざし、それを以って再び攻撃を仕かけてこようとした。


《Sword and Bullet Assault》


 それを前に、咄嗟に武装を生成して備える。

 右手に剣。左手にハンドガン。

 それぞれを手にし、一先ず銃口を彼女の足に向けて引金を引く。

 しかし、そんな生半可な攻撃がフォーティアに届く訳もなく、真紅に輝く弾丸は容易く薙刀によって防がれてしまった。

 それでも牽制にはなったようで、前進の勢いが一時的に削がれる。


「はあっ!!」


 その僅かな隙を突き、雄也はフォーティアの武装を弾き飛ばさんと薙刀の柄を狙って全力で右手の剣を振り抜いた。

 が、彼女はそれを真正直に受けるような真似をせず、後ろに大きく跳び退って回避する。

 それを追うように左手の銃を構え、雄也は追撃を仕かけた。


「メル、クリア、下がれ!」


 そのまま連続で弾丸を放ちながら、双子に叫ぶ。

 キニスとの戦いでもそうだったが、水属性たる彼女達を互いに攻撃の威力が増幅する火属性と対峙させるべきではない。余りにリスクが高過ぎる。

 もし攻撃を受ければ致命傷となりかねない。

 逆に今この場においては、彼女達の攻撃でフォーティアを殺してしまいかねないという問題もある。それも避けたい。


「わ、分かったわ」

『お兄ちゃん、ティアお姉ちゃんをお願い!』


 二人も雄也の懸念を重々承知しているようで、素直に後方に退いた。


「アイリス達もバックアップに専念してくれ! 今はとにかく俺が抑える!」


 水属性程ではないとは言え、彼女達の攻撃ではフォーティアが傷つく可能性が高い。

 その点、火属性の形態を取っている雄也ならば互いに威力が軽減されるため、とりあえず均衡状態を作り易い。

 そうして時間を稼ぎ、その間にフォーティアを元に戻す方法を考えなければならない。


【一先ず任せる】

「分かりましたわ」

「気をつけて下さい」


 各々そう応じ、彼女達も後退する。

 それを確認して雄也はフォーティアへと意識を集中させた。

 彼女は今正に薙刀を巧みに操って、迫る無数の弾丸を最小限の動きで防ぎ続けていた。


(操られてるようだけど、ティアの技は健在か)


 現状の彼女との間には、キニスのように単純な生命力や魔力の差はない。

 条件としては生身の実戦訓練とそう変わらないはずではある。しかし――。


(……厄介だな)


 彼我の戦力を分析し、雄也はそう結論した。

 実のところ、と言う程意外な話でもないが、今まで技だけを競ってまともに彼女に勝った試しはない。

 何より、ただ相手を倒すことだけを考えればいいという状況でもないのだ。

 キニスとは別の意味で圧倒的に不利な戦いとなるだろう。

 それでも今は何とかして均衡を保ちながら、己を失ったフォーティアの正確な状態を見極めなければならないと、ひたすら間合いに入らずに牽制を続ける。


「っ!?」


 とは言え、相手は技量に優れたフォーティアだ。

 魔力の弾丸をばら撒くだけで均衡が保てる程、甘くはない。

 彼女は薙刀で真紅の光弾を弾かずに最小限の動きで回避すると、次のそれが届く前に薙刀を投げ槍のように投擲してきた。

 それと同時に射線から急激に横に動き、大きく回り込むように近づいてくる。


「くっ」


 一瞬、飛来する薙刀の方に意識を囚われ、銃口の向きを彷徨わせてしまった。

 先に到達するのは投擲された薙刀。

 ならばと雄也はハンドガンを捨て、剣を両手で持って薙刀を叩き落とした。

 そして即座にフォーティアへと体を向ける。

 その時には彼女は間近にまで迫り、徒手にて攻撃を仕かけてきていた。


(間合いが近過ぎる!)


 迫る拳を前に、剣による迎撃は間に合わないと判断する。

 だから、雄也はその武装をも捨てて、こちらも無手で応じた。

 そのままフック気味に放たれた鋭い殴打をよく見極め、のけ反るように避ける。

 と、フォーティアは更に蹴りで追い打とうとしてくる。

 対して雄也は、姿勢を低くしながら右の拳を当てて軌道を上にずらした。

「ぐっ……」


 攻撃の重さに腕に痺れが走る。

 しかし、それに見合った効果はあり、彼女は僅かに体勢を揺らがせることができた。


「だあっ!」


 そこを狙い、左の拳を叩き込まんとする。が、フォーティアは躊躇いなく後方へと引き下がり、攻撃を命中させることはできなかった。

 彼我の距離が開いたため、互いに仕切り直すように態勢を整え直す。


《Twinbullet Assault》


 雄也は両手に銃を作り出し、即座に双方の銃口を彼女に向けて引金を引いた。


《Glaive Assault》


 対するフォーティアは再び薙刀を作り出し、その長柄の武装を自身の前方でタービンの如く超高速で回転させ始めた。

 余りの速さに残像で隙間が見えなくなり、傍目には真紅の円板のようになっていく。


(何て出鱈目な)


 その光景を前に、雄也は思わず愕然としてしまった。

 そんなやり方で先程の倍の弾丸を当たり前のように防ぎ切っている様は、まるで漫画だ。

 改めてフォーティアの技量を思い知らされる。

 その彼女は、そうしながらもジリジリと前進して間合いを詰めてきていた。


(……どうする?)


 内心で舌打ちしながら、ここからどう行動すべきか頭を回転させる。


(彼女が操られているのは間違いない)


 そこだけは火を見るより明らかだ。

 割と悪ふざけをする彼女だが、これは正気の沙汰ではない。

 問題はその度合い。

 どこまで意思を奪われているかだ。


(もし……もしも、〈ブレインクラッシュ〉を受けていたら)


 最悪の予測が頭を過ぎり、焦燥を抱く。

 人格を破壊するその魔法を使われていたら、その時点でどうしようもない。

 フォーティアを救う術はない。


(い、いや、その可能性は低いはずだ)


 こんな真似を仕かけてくる存在は唯一人。

 オルタネイトレベルの力を持つ者に容易く干渉できる存在もまた、唯一人しかいない。

 今回も間違いなくドクター・ワイルドの所業だ。

 であれば、腕輪の力を解放させたフォーティアを、簡単に〈ブレインクラッシュ〉を用いて使い捨てるとは思えない。

 何かしら救う手立てがあるはずだが……。


(敵を信じなければ希望も持てないなんて、どこまで行ってもアイツの掌の上なのか)


 その事実に奥歯をギリッと噛み締める。

 いずれにせよ、今は必ずフォーティアの意思を取り戻すことができると自分に強く言い聞かせた上で、その術を探るしか選択肢はない。


「ユウヤッ!!」


 と、プルトナに名を呼ばれ、ハッとして意識をフォーティアに戻す。

 思考に囚われている間に彼女は再び間近に迫り、二丁拳銃による銃撃の間隙を縫うように今度は正面から突っ込んできた。

 かと思えば、一瞬視界から消える。

 直前の動きで視線を低くしたと察知し、視線を下げた時には薙刀の切っ先が地面を舐めるような低い位置から急激に迫ってきた。


「く!? おおおっ!」


 その鋭い切り上げに対し、雄也は咄嗟に銃身を交差させて受け止めようとした。

 しかし、十二分に力の乗った斬撃に、本来の用途ではない使い方で応じては余りにも頼りない。案の定、容易に押し込まれそうになる。


「くっ、ぐ、う」


 馬鹿正直に押し戻すのは不可能。

 だから、力の交差が垂直に近くなるようにしつつ再び銃を手放す。


《Twinsword Assault》


 そして雄也は、微かにずれた軌道を掻い潜ってフォーティアに向かいながら両手に剣を生み出し、連続の斬撃を繰り出した。正にその瞬間――。


「がは!?」


 薙刀の刃とは逆。柄の先端で横腹を叩かれ、肺の空気を吐き出す。

 意識の外から入った攻撃とその痛みに、一瞬思考が乱れる。

 そこから何とか己を取り戻し、再びフォーティアの薙刀を認識した時には遅かった。

 真紅の刃が首筋に迫る。

 同属性故に即座には致命傷に至らないはずではある。だが、それによるダメージは致命的な隙を作り、絶体絶命の状況へと追い込まれてしまうだろう。


(間に合わない!)


 剣で受けようとするが、既に遅い。余りにも遠い。

 どうしようもない危機的状況にあって引き伸ばされた主観時間の中、雄也は迫る紅の刃を見続けることしかできなかった。

 そして、その切っ先が辿り着く直前。

 突如として視界に入ってきた二振りの琥珀色の短剣がそれを押し留め、次いで漆黒の手甲がフォーティアを狙って突き出される。

 それに対し、彼女は無理に応じるようなことはせず再度後退した。


「アイリス!? プルトナ!?」


 完全にフォーティアとの戦いに集中していたため、二人の乱入に少し驚いてしまう。

 彼女との戦いに意識を囚われ、視野が狭まってしまっていた証だ。

 強敵である以上に、親しい相手が人形の如く操られている様に内心ショックを受けていたのだろう。

 そう自己分析して、冷静さを取り戻さんと一つ深く息を吐いておく。


「助かった。ありがとう」


 それから雄也は感謝を口にしつつ、多対一となることを警戒してか若干間合いを開くフォーティアへと視線を戻した。


「……けど――」


 そうしながら二人を下がらせた理由を思って僅かに口ごもる。


【ティアを傷つけたくない気持ちは分かる】


 と、アイリスが雄也の考えを汲み取ったように文字を作った。


【けれど、そうも言ってられない。ユウヤ、ティアを元に戻す方法は思いついた?】

「……いや、全然だ」


 自分のことながら考えが甘かったと言わざるを得ない。

 戦いながらでは何も考えつけない。

 正直フォーティアとの戦いに振り回されて、それどころではなかった。


【なら、もうティアを拘束して直接体を調べるしかない】

「それは……そうだな」


 アイリスの言い分は全く以て正しい。

 手がかり一つないまま均衡を保っても何も変わらない。しかし……。


「ですが、彼女相手に傷つけないように無力化するなんて真似は不可能な話ですわ」


 フォーティアの言う通り、相手が相手だ。

 格下ならともかく、同格かそれ以上のフォーティアでは単純に拘束するだけでも難しい。

 ある程度ダメージを与える必要がある。


「……ティアを助けるためなら、仕方がないか」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、一度後方を確認する。

 攻勢に出るからと言って、さすがにアイリスやプルトナも水属性のメルクリアを前に出すつもりはないようで、イクティナを護衛につけて更に下がらせている。

 そこまでリスクを取るべきではないし、フォーティアを傷つけることを厭わないとは言っても水属性の攻撃では本当に命に関わりかねないのだから当然だ。


「……よし。アイリス、プルトナ。行くぞ!」

【了解】「任せて下さいまし!」


 覚悟を決め、こちらの出方を窺っているフォーティアへと向き直る。


《 《 《Convergence》 》 》


 そして、三人同時に魔力の収束を開始した。


《Convergence》


 と、それに応じるようにフォーティアもまた魔力の収束を行う。

 それから十秒弱、一転して静けさと共に睨み合う。

 そして準備が完了する直前――。


「行きますわよ!」


 プルトナのかけ声と共に、彼女とアイリスが駆け出した。

 そのまま左右からフォーティアを挟み撃つ。


《Final Twindagger Assault》

《Final Gauntlet Assault》

「レイヴンアサルトナックル!」


 左から無言でアイリスが両手の短剣を振るい、右からプルトナが叫びながら拳を叩き込まんとする。その瞬間、追撃を決めるために雄也は地面を蹴った。


「なっ!?」


 しかし、フォーティアは二人の攻撃を無防備に受け、しかも何らダメージを受けた様子を見せずにいた。目を凝らすと、二人の武装に込められた魔力が霧散している。


(これはっ!?)


 その様子に驚愕する間に、フォーティアは薙刀を握る手に力を込めた。


《Final Glaive Assault》


 直後、電子音と共に一気に解放される魔力を帯びた切っ先が空間を滑り、最も近い位置にいたアイリスへと向けられる。

 予想外に攻撃を容易く防がれた彼女は体勢を崩しており、己の力では避けられそうな状態にない。属性的に優劣のない彼女では、当たれば間違いなく致命傷となるだろう。


「くっ、おお!」


 だから、雄也は無理矢理方向転換し、アイリスを突き飛ばした。

 それによって彼女は刃の軌道から外れる。

 が、逆にこちらがその先に無防備な姿を晒す形となり――。


「ユウヤッ!!」


 プルトナの悲痛な叫びが響く中、雄也はフォーティアの攻撃の直撃を受けてしまった。

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