第二十三話 代償

①赤い靴

「フォ、フォー、ティア」


 少しずつ、指先から乾いた土くれのように崩れていくキニス。

 彼は最後の力を振り絞るように、その動作によって崩壊が進むのも顧みずにフォーティアの名前を呼びながら彼女へと手を伸ばした。


「何故、俺ノ、モノニ……」

「まだ執着があったとは驚きだね。けど、お生憎様。アタシは誰のものでもない。アタシ自身のもの。力に溺れるような奴に自分を委ねる気なんて更々ないよ」


 対してフォーティアは冷たく、嫌悪に滲んだ声で吐き捨てた。

 それから戦地の如く荒廃した街並みを見回し、更に怒りを加えて続ける。


「散々っぱら暴れやがって」

「全テ……貴様ノ、セイダ。貴様、ガ」

「はあ?」


 そしてキニスから返ってきた言葉に彼女は、予想外の言い分を聞いたとばかりに貯水の外れた声を上げ、それから一瞬思考が停止してしまったかの如く動きを止めた。

 短くない間を絶句し続けた後、ようやく頭が再起動したのか固く拳を握り締める。


「……ったく、この期に及んで。馬鹿は死んでも治らないみたいだね。最期の最期まで悪いのは自分じゃなく周りだってかい?」


 フォーティアは、やれやれ、とでも言うように首を横に振り、そんなキニスに対する呆れと諦観を込めて大きく嘆息した。


「オ前、ダケハ、許サ、ナイ」


 しかし、彼は聞く耳を持たず、怨嗟に塗れた目を彼女に向ける。

 その視線を受け、フォーティアは「ふん」と鼻を鳴らした。


《Convergence》


 そうしながら彼女は魔力を再度収束させ、力なく倒れるキニスを踏みつけて口を開く。


「それはこっちの台詞だよ。アンタのエゴに巻き込まれたせいで、一体どれだけの国民が無意味に死んだと思ってるんだ」


 続いた言葉は、強烈な憤怒で彩られていた。

 彼が引き起こした被害を思えば、王族ならずとも当然の反応だ。

 周りには倒壊した建物と転がる焼死体。

 改めて見なくても余りにも酷い光景で、精神的に来るものがある。

 視覚だけなら超越人イヴォルヴァーによって空中から叩き落とされた死体と同等か。

 臭いや熱さ、五感の全てを含めるなら今までで最も凄惨かもしれない。

 そうした事態は往々にして前振りもなく、全く以て理不尽に訪れるものだ。

 それでも、それを目にしても大きく狼狽したりせずにいられた辺り、それなりに経験を積んでしまったとでも言うべきか。


「死ぬ前に数えてみなよ!! 何人殺したのかをさ!!」

「……多少、死ンダ、トコロデ……女神、ノ、加護、ニヨッテ、補填サレル。……弱者ナド、数ヲ、減ラシタ……方ガ、王族ノ、使命、ニ、合致スル」

「っ! アンタはっ!!」


 虫の息にありながら、それでもキニスには何ら反省が見られない。

 その様子にフォーティアは声を荒げて更に前のめりになった。

 しかし、実際のところ単純な効率のみを考えた場合、彼の言い分は理解できなくもない部分がある。

 異世界アリュシーダの全人口は一億人。

 その内、基人アントロープは二五〇〇万人。他の種族は各一二五〇万人。

 それこそが女神に定められたと言われる数。

 妊娠、出産のタイミングによって僅かな誤差は出るらしいが、基本的に上限を超えていれば新たに人間が生まれることはない。

 故に、王族が子供を残し易くするために一定期間該当の種族に子作り禁止令が出たりする訳だが、今それは余談だろう。

 いずれにせよ、全人類が同時に死に絶えるようなことでもなければ、どれだけ数が減ろうと最終的にはその数に収束する、ということになる。

 弱者の淘汰が多様性を狭めて人類滅亡に繋がるリスクを考えずに、強者のみを選定するという試行を行うことも不可能ではないのだ。


(勿論、だからって人の命、自由を奪っていい理由にはならないけどな)


 論理を理解はするが、認めることはできない。

 フォーティアではないが、ハッキリ言って反吐が出る。

 当然、彼女もまた同じ気持ちを抱いているようだ。

 一層強く怒りを顕にし、装甲が軋む程に両手を固く握り締めている。


「俺、ハ……掟、ニ、準ジテイル、ダケ、ダ」

「…………もう、いい。黙りなよ」


 怒りに我を失うのを必死に抑え込むように言った彼女は、更に言葉を続けた。


「終わりを待たず、アタシが止めを刺してやる」

《Glaive Assault》


 フォーティアの意思に呼応するように電子音が鳴り響き、その手に武装が生み出される。

 紅蓮の輝きを帯びた反りのある刀身に槍の如く長い柄。

 以前彼女が好んで使っていた薙刀の形そのものだ。


《Final Glaive Assault》


 更に電子音が続き、蓄えていた魔力がその刃に集まっていく。

 既にキニスの肉体からは魔力が霧散しており、属性の耐性はないに等しい。

 そんな相手に対して変身状態のフォーティアが魔力を収束させて放つ一撃は、もはや過剰威力と言っても過言ではない。

 フォーティアのキニスに対する激情が感じ取れる。


「さよなら、キニス。軽い気持ちで他人の意思、自由ってもんを蔑ろにした者の末路を噛み締めて、地獄に堕ちな」


 そして彼女は薙刀状の武装を大上段に構え――。


「クリムゾン……アサルトスラッシュッ!!」


 地面ごと叩き潰さんとするように紅蓮の刃を振り下ろした。


「ア……」


 その一撃は異形の頭に叩き込まれ、装甲を破壊して首の根元まで真っ二つにする。と共に、衝撃が地面まで突き抜け、舗装された道が叩き割られた。

 破砕の音が街全体に響き渡る。

 その残響が消え去る頃には、キニスは呆気なく命を失っていた。断末魔の叫びを上げるようなこともなく。

 直後、彼が絶命したことを証明するように、僅かに残っていた生命力で押し留められていた体の崩壊が一気に進んでいった。

 やがて鎧竜の巨体の全てが、赤い光を帯びた粒子と化して消滅する。

 フォーティアはその光景をジッと見つめ、完全にその存在が消え去っても少しの間、微動だにせずに佇んでいた。


「ティア……」


 色々と言ってはいても、さすがに血縁が相手では思うところもあるだろう。


「……ふう。全く、小物が力を持つとタチが悪いにも程があるねえ」


 しかし、彼女はそうした部分を見せずに、雄也の呼びかけに振り返って苦笑する。


「背景が薄っぺらいから、戦うにしても唐突だったしさ」


 一つ大きく嘆息し、それからフォーティアは僅かに視線を下に向けた。


「けど……そこらのチンピラだろうと思想犯だろうと、同じ力が振るわれたなら同じだけの被害が出る。理不尽なもんだよ」

「…………そうだな」


 続いた彼女の言葉に、雄也は同意して頷いた。

 大義名分を掲げて殺すから被害が増える訳でもない。

 逆に、大義名分を掲げて戦うから必ず被害を抑えられる訳でもない。

 勿論、戦う当人にしてみれば、そうしたものを心に抱くことによって実力以上のものを発揮できる、ということもあるかもしれない。

 しかし、被害の大小で問題となるのは、結局のところ最終的に出揃った力。思いによる補正があろうとなかろうと、最後にぶつかりあった力の大きさ如何でしかない。

 被害者にとってみれば、大義名分の有無は全く以て関係ない話だ。基本的には。


(まあ、余計な信条や背景に触れて、殺そうとしてくる相手に同情したり、助けて貰ったのにモヤモヤしたりするってことはあるかもだけど)


 異形の特撮ヒーローなんかは、助けても恐れられる展開も多いし。


(……いや、それはちょっと違う話か)


 いずれにせよ、思いがあっても力がなければ誰かの命を守ることはできないし、思いがなくても力があれば誰かを傷つけることができてしまう。それが現実だ。

 だからこそ己の信念を貫かんとするなら、どうしても力が必要になる。

 勿論、力を得たら得たでそれに溺れないように強い意思を持たなければならないが。

 特撮ヒーローを真似て戦わんとするのであれば。


(とは言え、今優先すべきは力の方、だよな。今回は、ティアが変身できるようにならなければ間違いなく負けてた訳だし。……もっと、もっと強くならないと)


 荒廃した街並みを見回してから、握った拳を眼前に掲げて強く思う。

 それから雄也はフォーティアに視線を戻した。


「にしてもドクター・ワイルドの奴、龍星ドラカステリ王国に恨みでもあんのかっての!」


 と、彼女はまだ苛立ちが収まっていないようで、そう言いながら瓦礫を蹴飛ばす。

 霊峰オロステュモスの噴火による被害が落ち着いたところでのこれでは、確かに文句の一つも言いたくなろうというものだ。

 しかし、恐らくドクター・ワイルドにそうした感情はないだろう。

 効率のいい闘争ゲームを行える場かどうか。それだけに違いない。


「お疲れ様ですわ」


 そこへ、周囲に被害が広がらないように下がっていたプルトナ達が戻ってきた。

 戦いの余波に備えて変身していたようで、全員各属性を示す色の装甲を纏っている。


「ユウヤさん、ティアさん。お怪我はありませんか?」


 続いて、イクティナが呼びかけに合わせて視線を移しながら気遣いの言葉を口にする。

 彼女達は戦況を確認していたはずであるため、途中フォーティアが変身して参戦してきたことも承知している。しかし……。


「兄さ――」


 少し遅れて合流したメルとクリアは状況を把握していなかったため、未だ真紅の装甲を身に纏ったフォーティアの姿を見て、驚きと警戒を顕にした。


《Change Ichthrope》


 そして咄嗟に変身して身構える。

 この瞬間まで生身でいたのは、避難誘導に際しては異質な姿を取っていては混乱を引き起こしかねないという判断からだろう。

 それに反して変身したのは、目の前にいるのが本当に敵の真超越人ハイイヴォルヴァーだったなら正しい選択だ。

 が、この場では少々早計と言うべきか。


「大丈夫。ティアだ」

『ティアお姉ちゃん?』


 雄也の言葉に疑問気味に問いかけるメル。


「そ。アタシだよアタシ」


 そんな彼女にフォーティアは頷きながら答えた。

 その声を聞き、表に出ているクリアがホッとしたように体の緊張を解く。


【ティアなのはいいとして、一体どうやって変身できるようになったの?】


 と、いつの間にか当たり前のように隣にいたアイリスが、空中に文字を浮かべて問うた。

 メルクリアとは対照的に、彼女は警戒を緩めずにいる。


「そうだ。俺もそれが聞きたかったんだ」


 苦戦を強いられていたからこそ後回しにしたが、一段落した以上はハッキリさせておかなければならない。

 魔力吸石が足りないからと焦燥感に駆られていたフォーティアを見ている以上は。


「それは……」


 雄也達の問いに対し、彼女は普段のサッパリした物言いとは逆に言い淀んだ。

 そのまま少しの間、場に沈黙が流れる。


「ティア?」


 促すように名前を呼ぶも、彼女は口を開かずに視線を下げるばかりだった。

 その様子に只ならぬものを感じ、嫌な感覚が背中を這う。

 そのまま更に不自然な程の静寂が続く。

 が、その間フォーティアは俯いたまま身動き一つせずにいた。


「ティ、ティア?」


 明らかな異常。

 戸惑いつつも再度名前を呼びながら、恐る恐る近づく。。


「あ、う……く」


 すると、何かに耐えるような呻き声が耳に届いた。


「に……に、げ……」

「危ない!!」


 次の瞬間、苦しげに何かを言わんとしたフォーティアを遮り、プルトナが叫ぶ。

 その時には眼前に薙刀の紅蓮に煌く刃が迫り――。


「っ!?」


 しかし、それは甲高い金属音と共に弾かれ、雄也の耳のあたりを覆う装甲を掠めて外れていった。目を凝らすと、アイリスが両手に持った短剣を振り抜いた格好でいる。

 どうやら彼女が咄嗟に武装を生成し、薙刀による一撃を防いでくれたようだ。


「ティア、どうしたんだ!?」


 内心混乱を抱きながらも身構えつつ強く問う。


「か、から、だ、勝手、に」


 対してフォーティアは息も絶え絶えという感じに答え、そうしながら彼女の体は鈍い動きで再び攻撃の態勢を作った。

 普段の彼女から考えれば余りにもぎこちない動き。

 それは己の意思に反する体に抵抗しているかのようで、事実その通りなのだろう。


「うう……く……」


 やがてフォーティアの声は小さくなり、彼女の体は拘束が緩んだかの如く滑らかな動きで薙刀を上段に構える。

 そして彼女は、万全の速度と共に再び襲いかかってきたのだった。

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