④火と火を重ねて
「ティ――」
「フォーティアアアアアッ!!」
雄也が再び彼女に呼びかけるのを遮って、キニスもまた怨嗟の中に僅かな歓喜の色を滲ませた声で再度叫ぶ。ようやく目的の人物に会えた、というところか。
「オ前ニ認メサセテヤル。俺ノ、強サヲオオオオッ!!」
そして強く意気込むように咆哮するキニス。
しかし、フォーティアはそんな彼に全く反応を示さず、真紅を基調とした仮面に覆われた顔をこちらへと向けた。
「ユウヤ。加勢するよ」
それから彼女は淡々とキニスを無視するように言う。
「その姿、一体どうやって……」
「話は後。今は被害を食い止めないと」
恐らく、目の前の
その上で敢えて、単なる害獣の如く扱っているのだ。
「貴様アアアアッ!!」
そうした彼女の挑発的な態度に、キニスが激昂して叫ぶ。
プライドが無駄に高い彼としては、当然過ぎる反応と言うべきか。
「俺ヲ見ロ!! フォーティアアアアッ!!」
「……はあ。うるさいね」
そこでようやくフォーティアは、煩わしげに溜息をつきながら彼に目を向けた。
「しかし、随分な姿になっちまったね。キニス」
それから彼女は冷たく吐き捨て、更に続ける。
「言っちゃ悪いけどさ。今のアンタはこの国の脅威、ただの討伐対象だ。それ以上でも以下でもない。話すことなんて何もないよ」
「キ、貴様ッ!!」
「だから、煩いっての」
尚のこと声を荒げるキニスに、心底鬱陶しそうに返すフォーティア。
対してキニスは抑え切れない怒りを示すように体を震わせ――。
「殺ス。殺シテ俺ノ強サヲ証明シテヤル」
一転して低く抑えつけた声で宣言する。
感情の臨界を超えたとでも言うように。
「……はあ」
その反応に血縁者として複雑な感情を抱いてか、深く嘆息するフォーティア。
「結局、アンタはアタシのこともこの国の人々のことも、自分を誇示するための装飾品程度にしか思ってなかったって訳だ。だから、そんなことになる」
静かに、強く。
ほとほと失望したと告げるように、フォーティアは侮蔑の色濃い言葉をぶつける。
「手にしたものをひけらかして、優越感に浸りたいだけなんだろ?」
そうしながら彼女は、ゆったりとした動きで戦闘の構えを取った。
訓練でよく対峙した体勢だが、これまでとはそこから受ける圧迫感が段違いだ。
つまり幻や偽物ではなく、彼女は間違いなく腕輪の力を解放したということだ。
(一体、どうやって……)
そこに引っかかりを覚えるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「ただそれだけなら単なるクズで済んだ話だけどね。その挙句、王族でありながら自国の民を殺すなんて……アンタは本当にどうようもない奴だよ。本当に、反吐が出る」
フォーティアは徐々に声に怒気を強めていく。
如何に王族であることに拘りのない彼女とは言え、こればかりは許すことができないようだ。何だかんだと言いながら、祖国を案じる気持ちはあるのだろう。
「ウルサイ……黙レ……」
対して、キニスは一層低く硬い声を出した。
フォーティアの糾弾染みた指摘に、今にも暴発してしまいそうだ。
「同時に憐れだね。力に溺れ、振り回されてるだけの人間の姿ってのは。見苦しいにも程があるよ。たとえ与えられたものだったとしても、それを飲み込めるだけの意思の強さがあれば、こんなことにはならなかっただろうにさ」
「黙レエエエエエエエエエッ!!」
遂には空の果てまで轟かんばかりに絶叫し、キニスは全身を躍動させてフォーティアが立つ瓦礫へと頭から突っ込んでいった。
感情のまま後先を考えていないためか、その動きは今までで最速。
何より急激な静から動への変化故に、雄也は咄嗟にフォローできず――。
「っ! ティアッ!!」
彼女の名前を叫んで危機を知らせることしかできなかった。
直後、轟音と共に瓦礫の山が弾け飛び、その衝撃によって更に細かく砕かれたそれらが四方に散らばって落ちてくる。
その光景は相手の攻撃の馬鹿げた威力を雄弁に物語っていた。
「ティアッ!?」
「大丈夫」
思わず駆け出そうとすると、すぐ傍に軽い着地音がして肩に手を置かれた。
「当たらなければどうってことない、ってね。あれぐらいでやられるアタシじゃないよ」
その言葉に振り返り、真紅の装甲に包まれた彼女の姿を確認して安堵する。
しっかり直前で回避していたようだ。
「フォーティアアアアッ!!」
と、次の瞬間、飛び散った瓦礫を己の体に降り積もらせたキニスが、絶叫と共にそれらを大きく振り払い、翼を広げて高く飛び上がった。
「死ネエエエエッ!!」
そして彼は、上空から全体重を乗せて滑空してくる。
そのまま体当たりしようという心積もりのようだ。
破壊力は恐らく《Convergence》の一撃並。
しかし、フォーティアの挑発のおかげか、攻撃は単調なものに戻っている。
「ユウヤッ!」
彼女の呼びかけと視線を受けて、雄也はキニスの突進を横に飛んで回避した。
フォーティアもまた全く同じ方向に避け、並んで共に次なる攻撃に備える。
「ティア。あいつには火属性以外の攻撃は通じない。火属性の攻撃にしても、生半可なものじゃ効果がないぞ」
「ああ。見てたから知ってるよ」
「見てた?」
彼女は避難誘導に当たっていたはずなのにどこで、と疑問を抱く。
しかし、それを問い質す程の暇はなく――。
「次、来るよ!!」
キニスが旋回して再び襲いかかってこようとしているのをフォーティアに教えられ、雄也はハッとして意識を敵に戻した。
とは言え、感情に任せて攻撃してきていたために勢いを殺し切れなかったのだろう。
方向転換の軌道は大きく膨らんでおり、態勢を整えておくには十分だった。
タイミングを計って、今度もまた横に避ける。
『ティア。策はあるのか?』
そうしながらも、雄也は〈クローズテレパス〉を以ってフォーティアに問いかけた。
勢い込んで参戦してきたのだから、状況を打開する術を持っていて欲しいところだ。
いつまでも回避だけをしている訳にもいかないのだから。
今はまだキニスも冷静さを欠いているようであるため、馬鹿みたいに単調な攻撃を繰り返している。が、いつ攻撃パターンを変えてくるか分かったものではない。
特にブレス攻撃を交えられると厄介にも程がある。
『そりゃ勿論、方法は一つさ。アタシとユウヤの力を合わせてキニスの力を上回る。それ以外にないだろう?』
『力技のゴリ押しか。シンプルで分かり易いけどな』
『他に方法があるかい?』
火属性以外無効化などというチート染みた状態に対しては現状、選択肢はほとんどない。
一応、守護聖獣ゼフュレクスとの戦いの後、メルやクリアと対策を考えてはいたが、小手先の工夫で即座にどうこうできるものはなかった。
『タイミングが重要だぞ』
『いつも一緒に訓練してるだろ? いけるさ』
雄也の体を覆う真紅の装甲をコツンと叩き、軽やかな口調で言うフォーティア。
仮面の奥に彼女の朗らかな笑みが透けて見える。
『……そうだな』
そんな彼女の言動に触れると、簡単なことのように思えてくるから不思議だ。
《 《Convergence》 》
だから、雄也達は魔力の収束を同時に開始させ――。
「アサルトレイダー!」
もう一度旋回して突っ込んできたキニスを、巻き戻し再生するかのように回避しつつ、力技のゴリ押しに欠かせないそれを再び傍に呼び寄せた。
全ては最大火力を出すために。
しかし、そうは言いながらも〈
それを用いれば、身体能力を限界以上に高めることで、属性攻撃の威力は変わらずともスピードの向上に伴って基礎的な攻撃力を向上させることができる。が、この方法で最も重要なのは二人の力のバランスだ。
均衡が崩れれば、どちらかの攻撃の威力しか通らない。それでは意味がない。
同属性の攻撃を、タイミングを合わせて叩き込む必要がある。
それを以って、現時点での火属性攻撃最大威力を作り上げることができるのだから。
(十秒。魔力収束完了だ)
そしてアサルトレイダーを含め、全ての要素が出揃う。
後は攻撃の機を窺うだけだ。
「コノッ!! 二人纏メテ死ンデシマエッ!!」
正にそのタイミングでキニスは、滞空しつつ炎を吐き出さんと大きく息を吸い込んだ。
その様子からして、雄也達に有効な技だからとか冷静な判断によるものとは思えない。
だが、いずれにせよ脅威は脅威。
特に感情が昂った今、相手も全身全霊を込めて撃ってくるだろう。
こちらも無傷ではいられまい。
『ユウヤ、ここが勝負だよ!』
それでも雄也はフォーティアの叫びに頷き、腰を落としてタイミングを計った。
傷つくことを恐れていては戦うことなどできはしない。
それに、強大な攻撃だからこそ大きな隙が生まれると言うこともできる。
彼女の言う通り、今この瞬間こそ勝負をかけるべき時だ。
『合わせて!!』
そしてフォーティアからの〈テレパス〉に応じて、右手を迫り来る炎に向け――。
「「〈オーバーグランエクスプロード〉!!」」
同等の力を、同時に、同じ場所へ。
フォーティアのそれと重ね合わせるように爆発を巻き起こす。
それは単純に二発撃ち込む威力には留まらず、互いに増幅し合い、キニスの攻撃を減衰させると共に爆炎によって一瞬敵の視界を遮った。
「くっ」「う、く」
それでも尚、弱め切れなかったブレス攻撃の余波を受け、全身に鈍い痛みが走る。
それはフォーティアも同じようだったが――。
『突っ込むよ!!』
苦痛を振り切るように脳内に彼女の叫びが響き、雄也は地面を蹴ることで応えた。
そして左右に分かれ、キニスの背後へと回り込まんとする。
「「〈オーバーグランエクスプロード〉!!」」
途中、更に爆炎を四方に撒き散らし、念入りに敵の目を眩ませながら。
「グ、オオオオオオオオオオオッ!!」
対して、キニスは煩わしげな絶叫と共に、早急に視界を確保せんとするかのように大きく翼を羽ばたかせた。
それによって爆発で巻き上げられた砂塵が弾け飛び、遮るものがなくなる。
しかし、その時には雄也は、彼の背後でフォーティアと合流していた。
滞空していた鎧竜の真下を抜けてきたアサルトレイダー共々。
「グッ、後ロカ!?」
「遅い!!」
僅かな時間とは言え、雄也達の姿を見失った隙は大きい。
如何に優れた身体能力を持とうとも、その巨体故に雄也達程小回りが利くはずもない。
『行くよ、ユウヤ!』
『ああ! アサルトレイダー!!』
呼びかけに従い、馬状の魔動器は高く跳び上がると共に巨大な杭の如き形へと変化する。
《 《Final Arts Assault》 》
同時に雄也のMPドライバーとフォーティアのMPリングから電子音が重なるように鳴り、蓄えた魔力を解放させると共に二人はタイミングを合わせて跳躍した。
「あの世で懺悔することだね。キニス!」
「「〈ダイレクティブエクスプロード〉!」」
そして声を揃えて後方に爆風を発生させて推進力とし――。
「「ツイン・クリムゾンアサルトクラッシュ!!」」
雄也は右足、フォーティアは左足に魔力を集中し、杭に変じた魔動器に叩き込んだ。
更に爆風の勢いで足の裏をそれに押しつけ、一体となってキニスへと突き進む。
オルタネイト級二人分の収束魔力は足の装甲を通じてアサルトレイダーに流れ込み、その魔動器自身が魔力結石から抽出した魔力とも溶け合って強大な力と化していく。
「うおりゃあああああああっ!!」「たああああああああっ!!」
そのまま気合いの叫びと共に雄也達は爆炎による加速を重ね、振り返ったキニスの胸部に巨大な杭と化した魔動器を叩き込んだ。
鋭く研ぎ澄まされた先端は紅蓮の装甲を砕き、竜の鱗を穿つ。
「グガッ!? ギ、アアアアアアアアアアッ!!!」
雄也の数倍もある杭の半分以上が己の体に突き刺さった衝撃、激痛にキニスは断末魔の叫びの如き絶叫を上げた。
その状態ではもはや飛行を維持できず、巨体が地面に墜落して轟音を響かせる。
落下の衝撃で更に杭が食い込み、鎧竜は大地に縫いつけられる格好となった。
「ア、ガアア」
更に、魔動器に蓄えられていた雄也の全力の正味二倍以上ある魔力がその体内で解放されて荒れ狂い、火属性に耐性があって尚、体内をズタズタにしていく。
「アアア、アア……」
やがて叫ぶ力もなくなったかのように、彼は声を掠れさせながら膝を突いた。
そして巨体の末端から風化したかの如く粒子と化し、徐々に崩壊が始まっていく。
それを以って雄也は、キニスが歪んだその力を完全に失ったと確信したのだった。
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