②イクティナの実家へ

 獣星テリアステリ王国での戦いから三日。

 雄也達は襲撃を予告された翼星プテラステリ王国を訪れていた。

 メンバーはアイリス、プルトナ、メルとクリア、そしてイクティナ。

 フォーティアとラディアは、戦いでは足手纏いになるからと七星ヘプタステリ王国に残っている。


「ここがイーナが生まれ育った街か」

「はい。聖都テューエラ。守護聖獣ゼフュレクスの加護ある街です」


 雄也の言葉に頷いて、しかし、どことなく複雑そうな声色でイクティナが返す。


「ゼフュレクスがいるから聖都なんて呼ばれてますけど、見ての通り田舎田舎町です」


 さらに続けた彼女の言う通り、確かに七星ヘプタステリ王国の王都ガラクシアスや獣星テリアステリ王国の王都クテーノスと比べてしまうと田舎な印象を受ける。

 しかし、正直牧歌的で悪くない雰囲気だ。建物は疎らだし、視界には緑が多い。

 スイスの高山地帯の街という感じで、日本人的にも何となく印象がいい。


「いい風ですわ」


 長い黒髪を片手で押さえながらプルトナが言うように、程よく風が流れている。

 標高も高く温度が低いため、夏場であっても非常に過ごし易そうだ。


「王都の方はどんな感じなんだ?」

「えっと、すみません。私は行ったことがないので分からないです。聞いた話だと七星ヘプタステリ王国と余り変わらないそうですけど……」


 その口振りからすると、どうやらイクティナは王都を経由したりせず、この街から直接七星ヘプタステリ王国に来たようだ。と言うよりは、そもそも――。


「私の一族は聖都を離れること自体、ほとんどありませんから」


 守護聖獣ゼフュレクスの守り人という由緒正しい家柄故の慣習があるのだろう。

 意外とイクティナも箱入り娘だったらしい。


「ユウヤさん、何だか失礼なこと考えてません?」


 驚きやその他諸々の感情が表情に出ていたのか、イクティナが微妙に頬を膨らませながら問いかけてくる。


「いや、イーナもお嬢様だったんだなって改めて思ってさ」


 真正直に答えると、彼女は反応に困ったような半端な表情を浮かべた。


「無駄に長く続いてるだけの家ですよ」


 それから嫌そうに言って、小さく息を吐くイクティナ。

 彼女のコンプレックスを考えると失言だったかもしれない。


「それはそれとして、本当に真翼人ハイプテラントロープの封印の楔ってゼフュレクスなのかな?」


 と、丁度フォローになるようなタイミングでメルが疑問を口にする。視線が合ったところを見るに、実際一種の助け船のつもりだったのだろう。

 妹分の折角の心遣いなので、この場は乗っておくことにする。


翼星プテラステリ王国の国王なら知ってるって話だったのに、ラディアさんに問い合わせて貰ったら『絶対とは言い切れない』だからなあ」

「本当に分からないのか、部外者には教えないってことなのかな」


 雄也の言葉に小首を傾げるメル。


【前者ならさすがにお粗末】

「まあ、確かにな」


 アイリスの文字には同意だが、正直もう余り関係のない話だ。何が封印の楔であれ、ドクター・ワイルドは雄也達に対しても六大英雄を差し向けてくるだろうし。

 むしろ、まず誰か一人を倒して六大英雄を揃えさせない、という方針で行くならば、僅かなりとも戦力を分散して貰った方が好都合だ。


「で、イーナの家ってどこにあるんだ?」


 何はともあれ、まずは一つの目立ったシンボルである守護聖獣ゼフュレクスの元へと向かうため、イクティナに尋ねる。


「あ、えっと、あっちの山の頂上辺りです」


 と、彼女は斜め上を指差しながら答えた。

 その方角には、高山地帯にあって一際鋭く高くそびえる山が二つ。

 高度としては富士山ぐらいあるだろうか。

 ちなみに現在地点は、富士山の三合目ぐらいだ。


「ああ、あれか」


 イクティナの指と視線の向きから右側の山の頂き付近に目線をやると、この街の家と比べてかなり大きな建物が視界に入った。家と言うより屋敷だ。


「見た目的にもそうだけど、こうも離れた位置にあると街の一部って感じがしないな」

「魔法で飛べばすぐですから、視界に入るぐらいであれば同じ街と見なす感じです。……自由に飛べない人間には余り実感が湧かない話ですけどね」


 イクティナはそう言うと、少し落ち込んだように視線を下げる。

 以前の魔力を上手く制御できない彼女を思えば、理解できる反応だ。


「まあ、今は飛べる訳だし、身近に感じられるんじゃないか?」

「どうでしょう。今更な気もしますけど」


 雄也の言葉に「うーん」と首を傾げながら微妙な顔をするイクティナ。

 彼女にとっては帰郷のはずだが、それ程感慨はなさそうだ。

 ここからの距離以上に、心が離れてしまっているとでも言うべきか。


「それで、結局あそこまでどうやって行くんですの?」

「あ、一応地道に登ってくルートもあります。見ての通り、かなり遠いですし、ちゃんと整備されてるか分かりませんけど」


 プルトナの問いに、少し言いにくそうにイクティナが答える。

 地道に登り降りした経験があるのかもしれない。


【それは面倒。空を飛んでショートカットすべき】


 そうイクティナの言葉に対して文字を浮かべたアイリスの表情は、その文字の通り面倒臭そうなものだった。

 確かに視覚的に距離を感じてウンザリする。

 とは言え、もはやこの世界アリュシーダの常識外となっている身体能力であれば楽勝だろう。

 だとしても、ショートカットできるものならしてしまった方が合理的ではあるが。


「って、ワタクシは飛べませんわよ!?」


 と、横からプルトナが慌てた様子で待ったをかける。

 確かに闇属性では、魔法を使用しても無理な話だ。

 魔動器を使えば飛行はできるかもしれないが、速度はお察しレベルだし。

 そう納得して、やはり地道に行くしかないかと思ったところで――。


「……あ、ユウヤが抱きかかえて下さるのであれば、構いませんが」


 彼女は一転してシナを作りながら、こちらを見て言った。

 すると、雄也が何か反応する前にアイリスが文字で彼女の期待するような視線を遮る。


【それは駄目。プルトナのことは私が抱える】


 それからアイリスは、視線を誘導するように双子に目をやりながら文字を続けた。


【ユウヤはメルとクリアをお願い。多分、二人も飛べないだろうから】

「え? あ、う、うん。そうだね」


 急に話を振られ、メルが若干棒読みで返す。少し気まずそうだ。


「……と言うか、アイリスも飛ぶことなんてできませんわよね?」

【私は〈スツール〉を使えば空を走っていける。それもかなりの速さで。だから、安心して抱えられるといい】


 今更の突っ込みにサラッと答えたアイリスは、予備動作なしに音もなくプルトナに近づくと有無を言わさず彼女を肩に担ぎ上げた。


「ちょ、荷物みたいに持たないでくれません!?」


 柔道の肩車のように持ち上げられたプルトナはそう喚きながら暴れるが、ガッチリとホールドされていて逃れられないようだった。

 怪我人の救助にも使用される安定した担ぎ方だが、プルトナがジタバタしているせいで人さらいのようにも見える。

 もっともアイリスが非常に小柄なので少々間の抜けた光景だが。


【ユウヤ、イーナ、早く】


 プルトナを抱えたまま振り返って急かすアイリスに苦笑しつつ、雄也はメルクリアに視線を移して近くに来るよう目で促した。


「えっと、いいのかなあ」

『別にいいんじゃない? ……あ、半分ぐらいで代わってよね、姉さん』


 双子はそんな言葉を交わすと、メルが主人格だからかおずおずと近づいてきた。


 朝の時は積極的なのに、何となく申し訳なさそうだ。

 とにもかくにも、触れられる間合いまで来たのでヒョイと抱き上げる。

 勿論、アイリスがプルトナにしているような雑な感じではなく、ガラス細工を扱うように丁寧に。格好としては、お姫様抱っこの形だ。


(って、あれ? よくよく考えたら――)


 ここまで来ては今更だが、足場を作って行けるのなら水の道を作って進んでいくことも不可能ではない気がする。が、まあ、そこはご愛嬌というところか。

 恐らく双子も気づいていたからこそ、そんな反応をしたのだろう。


「いいなあ」


 と、メルクリアの様子を見ていたイクティナが羨ましそうに口の中で呟く。


【して欲しいのなら、後でして貰えばいい】


 そんな彼女に対し、落ち着いた様子でアイリスがそう提案した。


「……アイリス。何だか、また少し丸くなりましたわね」


 しみじみと言うプルトナだが、今はアイリスに担がれたまま。何とも間の抜けた姿だ。

 しかし実際、そんなプルトナに対する態度は一先ず考えなければ、獣星テリアステリ王国から帰ってきてこっちアイリスの様子には余裕が見えるようになった気がする。

 父親に認められたからかもしれない。とは言え――。


「では、ワタクシも」

【プルトナは駄目】

「何でですの!?」


 相変わらずプルトナには辛辣だ。

 これは幼馴染故の気安さという奴かもしれない。


「ま、まあ、とりあえず行こうか」

【賛成】「『はーい』」「行きましょう」

「酷いですわ……」


 全員にスルーされ、プルトナは体の力を抜いてぐったりとした。その影響で収まりが悪くなったのか、アイリスは彼女を微妙に担ぎ直していた。


「「アサルトオン」」【アサルトオン】


 そして、お荷物状態のプルトナやお姫様抱っこされているメルクリアを除いて、移動効率を高めるために変身を宣言する。


《Change Phtheranthrope》

《Evolve High- Therionthrope》

《Evolve High- Phtheranthrope》


 次いで電子音が三つ重なるように鳴り、雄也とアイリスとイクティナは、それぞれ対応した姿となった上で全身を装甲に覆われた。

 一応プルトナが認識操作をしているので、基本周りの目を気にする必要はない。

 イクティナには悪いが、この片田舎にそれに耐えられる程の実力者はそういないだろうし。

 とは言え、この場にこの状態で長居している理由はない。


「「〈エアリアルライド〉!」」【〈チェインスツール〉】


 なので変身が完了するとほぼ同時に、雄也とイクティナは空力制御による飛行補助のために、アイリスは足場の連続作製を行うために魔法を発動させた。

 そうして空中を直線的に突っ切って、雄也達はイクティナの家へと向かった。

 空を行けば当然最短距離を立ち止まらずに突き進むことができるため、見る見る内に屋敷が視界の中で大きくなっていく。

 やがて建物の全容が見えなくなるぐらい近づいたところで、雄也はその前の少し開けたところに降り立った。イクティナとアイリスもその後に続く。


《Change Anthrope》《Armor Release》

《Return to Phtheranthrope》《Armor Release》

《Return to Therionthrope》《Armor Release》


 そして、それぞれ元の状態へと戻り――。


「ほら、クリア」


 それから雄也は軽く屈んで、抱きかかえていた彼女をゆっくりと地面に降ろしてやった。


「う、うん」


 前言通り途中で主人格になっていたクリアは、どことなく名残惜しそうに雄也が再び直立するまで手を離さずにいた。

 その様子が何ともいじらしく、一度軽く彼女の頭を撫でてから他の面々に視線を移す。


「ひ、酷い目に遭いましたわ」


 と、アイリスに運ばれてきたプルトナは、地に足をつけた途端ガクッと膝を突き、両手も地面に突いてぐったりとした。


「どうした?」

「揺れて、気分が……」


 どうやら、一種の乗り物酔いのような状態になってしまったようだ。

 飛行ならば安定もしようものだが、足場を踏んで駆けてきたアイリスに担がれては上下に激しく揺さ振られてしまったことだろう。

 特にあの酷い体勢では、いくら身体能力に優れた彼女であっても影響は免れまい。変身せずに変身状態の速度を体感していたのだから尚更だ。


「うぐっ」


 そしてプルトナは口元を抑え、必死に色々なものを堪えていた。

 その様子はさすがに少々不憫で、傍に寄って背中をさすってやる。


「大丈夫か?」


 すると彼女は何度か深呼吸してから、最後に一度だけ大きく息を吐いて立ち上がった。

 回復の速さは、ダブルSの面目躍如というところか。


「ありがとうございます。もう大丈夫ですわ」


 軽く微笑むプルトナに頷き、雄也はイクティナに視線を移した。

 そろそろ本来の目的に戻ろう。


「じゃあイーナ、早速だけど……」

「は、はい」


 ゼフュレクスの元へと向かう前に、一応は守り人に話を通しておく必要がある。

 黙っていて、異変を感じた彼らが戦いの場に来てしまっては邪魔にしかならない。

 だから、勝手知ったるイクティナに挨拶をお願いしていたのだ。

 実家との確執は理解しているが、見も知らぬ人間よりはマシだろう。


「で、では」


 そしてイクティナは恐る恐る玄関の扉に近づくと、ドアノッカーを控え目に鳴らす。

 その音は彼女が込めた力に比べると、過剰な程に大きく響いた。

 魔動器か何かで音を増幅していると見て間違いない。


「はーい!」


 と、奥からイクティナに似ているが少し幼い声の返事があり、パタパタと駆けてくる軽い足音が近づいてきた。


「あ……」


 それに対し、イクティナが気まずそうに一歩後退りする。


「イーナ?」

「……妹です」


 彼女がそう答えた次の瞬間、玄関の扉が開いて目の前にやや小さな女の子が現れた。

 見た感じ、メルやクリアよりも年下か。


「あ、お姉ちゃん!」


 容姿もまたイクティナをそのまま幼くしたようなその少女は、彼女を認めると嬉しそうな笑顔を見せた。姉の妹に対する引け目とは裏腹に、妹の方は姉を慕っているようだ。


「……アエタ、元気にしてました?」

「はい!」


 どこか観念したように妹に話しかけたイクティナに、尚のこと笑みを明るくして頷く少女。どうやらアエタという名らしい。


「って、お姉ちゃんのお友達ですか!?」


 そのアエタはこちらを見ると、キラキラした目で見上げてきた。


「初めまして! アエタ・ハプハザード・ハーレキンです!」


 そして彼女は元気よく自己紹介をする。

 年齢相応という感じの態度は、印象が悪くない。ほっこりする。


「アエタ、そんなにはしゃいでどうした? 一体誰が来たと言うのだ」


 と、そこへ少し遅れて四十代ぐらいの翼人プテラントロープの男性が現れた。


「お、お父、さん……」


 そんな彼を前に、突然委縮したようにか細い声を出すイクティナ。

 父と呼びかけられたその男性は、娘の姿を目にして――。


「イクティナ。何故お前がここにいる」


 不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、そう忌々しげに口にしたのだった。

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