②四人目

    ***


「因果なものだな。この俺が魔星サタナステリ王国の末裔と対峙することとなるとは」


 目の前にはプルトナと同じく漆黒の装甲に全身を覆われた存在。

 その中身は七・一九事変において解放された六大英雄の一人、真魔人ハイサタナントロープスケレトスだ。

 封印の楔が父親の命だったこともあってプルトナと因縁が深く、こうして相対しているとどうしても心が乱されてしまう。


(逸っては危険ですわ。今は落ち着きませんと)


 だからプルトナは、平静を保つために敵から目を逸らさないまま大きく息を吐いた。


「さて、と。俺達も始めようか。お前の力、見極めさせて貰おう」


 偉そうに上から告げてくるスケレトスに内心反感を強めながらも、先制を譲ってくれるならと攻撃の手順を脳裏に巡らす。


《Gauntlet Assault》


 そしてプルトナは漆黒の籠手を作り出して構えを取り――。


《Convergence》


 魔力を収束させながら地面を蹴った。


「はあっ!!」


 そのまま一気に相手との間合いを詰め、黒の装甲に覆われた拳を叩き込まんとする。

 しかし、相手は六大英雄と謳われた男。単純な攻撃が通るはずもない。

 果たして容易く避けられてしまうが、それは想定内のこと。

 ある程度攻撃の軌道に偏りを作って回避先を誘導している。

 だからプルトナは数度の攻撃の後、渾身の殴打をスケレトスが次の瞬間に存在すると予測される位置へと放った。

 少なくともプルトナの認識の中では絶妙のタイミングで繰り出した一撃。

 それは間違いなく敵に吸い込まれ、初めて命中させることに成功したが……。


「軽い」


 恐らく回避できずとも防御は可能だったはず。にもかかわらず、スケレトスはプルトナの攻撃を無防備に胸部の装甲で受け止めていた。

 手応えは完璧だった。なのに、彼に堪えた様子は欠片もない。ダメージは皆無だ。


「技量は中々のものだ。その歳にしてはよく研鑽を積んでいると言える。しかし……どうしようもなく弱い。純粋に力が足りない」


 スケレトスは淡々と事実を告げるように言うと、その身に秘めた強大な魔力を解放しながら無造作に腕を振るった。

 対してプルトナは咄嗟に後退しようとした。が、間合いが近過ぎて回避できない。

 それでも何とかミトンガントレットを体の前に立てて防御するが――。


「ああっ、ぐ、う」


 その上から受けた余りに大きな衝撃に弾き飛ばされ、プルトナは地面を転げてしまった。

 すぐに体勢を立て直そうとするものの、両腕が痺れて感覚が鈍ってしまって儘ならない。


(こ、これ程まで……)


 身を以ってスケレトスの攻撃の強さを実感すると同時に、にもかかわらず彼が依然として本気ではないことも分かり、絶望的なまでの力の差も理解させられる。


「闇属性は魔法による攻撃のバリエーションが乏しい」


 さらにスケレトスは諭すようにそう言いながら、立ち上がろうと足掻くプルトナに対して漆黒に彩られた魔力の塊を放ってきた。

 単純極まりない力の集合体でしかないが、そこに込められた魔力は現代のいかなる魔法よりも強大で驚異的だと一目で分かる。何とかして直撃は避けなければならない。

 だから、プルトナは痺れた片手を無理矢理支えにして、もう一方の腕の装甲で迫り来るそれを叩いて軌道を逸らそうとした。


「くうううああああああっ!」


 魔力密度の高さが抵抗となって重たさを、その威力が熱さと激痛を感じさせる。が、それは一瞬のことで感覚が鈍るのを通り越してなくなってしまう。


「あああああっ!!」


 それでも我武者羅に腕を振り切って、そのおかげで魔力の塊は後方の彼方へ消え去った。

 だが、体は負担に悲鳴を上げ、息を荒げてしまう。

 プルトナはそんな己と、しばらく使いものにならなくなった片腕を意識して愕然とした。

 スケレトスのこの攻撃でさえ、あの日の魔星サタナステリ王国で雄也が受けたものよりも大分加減されているというのに。


「遠距離からの攻撃は、このような単純極まりないものしかない。だからこそ、闇属性には技は当然として力が必要となる。搦め手で敵の息の根を止めることは難しいからな」


 確かに相手が同格以上であれば、精神干渉は基本的に通用しない。

 そうなると、攻撃手段は先程のように魔力の塊を撃つか肉弾しかなくなる。

 その時、確かな威力を伴っていなければ決め手に欠ける結果となるのは避けられない。


「闇属性に絶対的な力が求められる理由はそれだけに留まらない。例えば――」


 スケレトスはそこで一旦言葉を区切ると、人差し指を向けてきた。


「〈シャドウミラージュ〉」


 次の瞬間、スケレトスの姿がブレ、かと思えば複数の彼に取り囲まれる。

 プルトナ自身もよく知る魔法。その効果は幻影を見せる精神干渉だ。


「精神干渉の影響下に陥れば勝負は決まる。だからこそ闇属性の人間だけは精神干渉に屈してはならない。屈すれば確実に全滅してしまう。そうならないために必要なのは……」


(純粋な生命力や魔力)


 即ち彼が再三言っている通り、単純な力だ。

 視覚に対しては比較的干渉し易いとは言え、属性の相性があって尚、精神鑑賞の影響を受けてしまうなど話にならない。

 しかし、こればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないし、ましてや今この場で都合よく急成長できる術などあるはずがない。


(それでも、せめてこの精神干渉だけでも解かなければなりませんわ)


 オルタネイトと同等の力を得てさえ、想像以上に力の差があることは理解している。

 しかし、認識を狂わされた状態では、次に何を選択するかの判断もつかない。

 だから、プルトナは今この瞬間だけでも精神干渉に抵抗することができる術を考え――。


《Platearmor Assault》


 己の漆黒の鎧をさらに覆うように、追加装甲を作り出した。


《Final Arts Assault》

「レイヴンアサルトディスチャージ!」


 事前に《Convergence》で蓄えておいた魔力を追加装甲に解放し、さらに全身を循環させる。そうしながらプルトナは立ち上がって駆け出し、スケレトスに殴りかかった。


「成程、魔力の供給量を一時的に増やすことで精神干渉を打ち破ったか。一時的に身体能力の補正も強まり、多少は攻撃が重くなったな」


 彼の言う通り、既に視界に虚像はない。

 拳の先にいたのは本物のスケレトスだ。

 だが、プルトナの全力の一撃は、片手で難なく受け止められてしまう。

 それでも初めて防御行動に出た辺り、先程無造作に攻撃を食らっていた時よりも脅威に感じはしたのだろう。それでも――。


「もっとも、後が続かなければ意味がないがな」


 呆れたような彼の言葉通り、その時には既に魔力を攻撃のために消費し過ぎてしまい、《Convergence》による蓄積分は完全に枯渇してしまっていた。


「だが、まあ、現段階では合格としておこう」


 スケレトスはそう告げると、視線を別の方向へと移した。


「奴も許容範囲だな。しかし……」


 それから彼は、雄也の方へと向けていた目線をさらに移動させる。


「パラエナの相手は駄目だな。奴に堪え性が欠片もないということもあるが、それ以上にあの娘は戦闘に全く慣れていない」


 その言葉にハッとして、プルトナはスケレトスの視線を辿った。

 すると、ユウヤの《Convergence》状態を超える強大な魔力を解放させたパラエナが、今正にメルクリアを攻撃せんとしている様が目に映る。


「メル! クリア!」


 それを前にして、プルトナは思わず二人の名を叫んだ。が、そんなものが敵の攻撃を抑止してくれる訳がなかった。


    ***


「無防備過ぎて思わず様子を見ちゃったけどお。罠も何もないのかしらあ?」


 散開し、パラエナとの一対一を形成した直後、彼女は間延びした声でそう問うてきた。

 隙だらけの馬鹿にしたような言動。しかし、それを慢心と見ることはできない。

 格上故の余裕であり、そうとは思えないが、意図的なものと考えて間違いない。

 メルとクリアの力を見極めようとしているのだ。


『姉さん、あれを』

「〈マルチアトラクト〉!」


 そんな敵を前にして、メルは妹の声に内心で頷きながら、パラエナの周囲を取り巻くように無数の魔動器を転移させた。


「これは何かしらあ?」


 訝しげに、しかし、無防備なままにそれらを見回して首を傾げる彼女。

 勿論、その問いに答えるつもりはない。


「まあ、いいわあ」


 パラエナは心底どうでもよさそうに言うと、無造作にその内の一つを鷲掴みした。


『自分から掴むなんて、馬鹿な奴!』


 当然その正体は罠に他ならない。そして起動は接触式。

 だから、動作することを確信したクリアが〈クローズテレパス〉で威勢のいい声を出す。

 実際、パラエナが触れた魔動器はその機能を発揮し、瞬時に強烈な輻射を放つ小さな火球と化した。確かにその輝きが目に映った。はずだったのだが……。


「〈オーバークウェンチ〉」


 軽く呟いたパラエナの言葉と共に輻射の輝きは刹那の内に消え去り、同時に握り締められた手によって魔動器は潰されて完膚なきまでに破壊されてしまった。


「小賢しい真似をするものねえ」

『そ、そんな』


 その様を目の当たりにしてクリアが愕然とする。

 正直、メルも妹と同じ気持ちだった。

 曲がりなりにも火属性の魔力結石を利用した魔動器だ。水属性のパラエナであれば、属性の相性的にダメージが増加するはず。

 しかし、軽度の火傷すら負った様子はない。


「こんな小細工で私の動きを鈍らせられると思ってるのかしらあ?」


 彼女は呆れたように息を吐くと、魔動器の合間をすり抜けるように急接近してきて――。


「反応もできないのお?」


 つまらなそうに言いながら掌打を鳩尾に放ってきた。


「ぐ、かはっ」


 初めて浴びるような強烈な一撃に、肺の空気を全て吐き出してしまう。

 さらに、内臓に通った衝撃によって一瞬息ができなくなり、メルは膝を突きながら酸素を求めて必死に喘いだ。


「はあ、はあ、うぅ」

「一撃で終わりい? 困ったものねえ」


 メルが呼吸に意識を囚われている間に、再びパラエナが近づいてくる。

 そして横合いから首を掴まれ、そのまま持ち上げられてしまった。


「あ、ぐ」

『姉さん、変わって!』


 答える間もなく体の支配権が失われ、同時に苦痛が全て消え去る。


『クリアちゃん!』


 それは即ち妹が全ての痛みと苦しみを引き受けたということ。

 だから、咄嗟に再び体を操ろうとするが、彼女の強い意思で阻まれてしまう。


《Twinbullet Assault》


 そのままクリアは両手に銃を装備し、銃口をパラエナの腹部に押しつけて引金を引いた。

 しかし、群青色の弾丸が放たれるより早く、パラエナは首を掴む手を大きく振り上げて装甲に覆われたメル達の体を放り捨てた。


「う、く」


 地面に背中から叩きつけられ、クリアが呻き声を上げる。


『クリアちゃん! わたしが戦うから!』

「だ、駄目よ。姉さんだけに、苦しい思いをさせられないわ」


 メルの言葉にクリアはそう答えると、地面に手を突きながら何とか立ち上がろうとした。


「はあ、駄目ねえ。期待外れも甚だしいわあ」


 対してパラエナは追撃をすることなく、大きく嘆息しながら首を横に振っていた。


「技がなければ力もない。一つの体に二つの心があるようだけれど、それを生かす訳でもない。こんな子が私達の糧になるとはとても思えないわあ。貴方達は外れねえ」


 それから彼女は失望したと言わんばかりに冷めた目を向けてくる。


「ユ……じゃなくてワイルドも気に食わなければ殺していいって言っていたものねえ。新しい相手を用意して貰った方がいいかもしれないわあ」


 一瞬言いかけた言葉にメル達が疑問を抱く前に、パラエナは雰囲気を一変させた。


《Archery Assault》《Convergence》


 そして弓状の武装を作り出し、メル達と同じように電子音と共に魔力を収束させ始める。

 間違いなく彼女は本気だ。本気でメル達を殺すつもりだと肌で感じ取れる。

 だが、それを覆す力は今のメルにもクリアにもない。


「あ……」


 その事実を前にクリアが怯えた声を出し、後退りしながら体を震わせた。

 妹の恐怖心が伝わってくる。

 だから、メルは姉として妹を痛みから遠ざけるために体の支配権を奪った。戦意が衰えたクリアからそうすることは容易かった。


「じゃあ、さようならあ」


 最後まで間延びした声で何ら意気込むこともなく、蓄えた魔力を極限まで圧縮した矢を作り出し――。


《Final Archery Assault》


 超絶な威力を宿したそれを引き絞って解き放った。


「っ!」


 その気配を前に足が竦んで動かない。

 もっとも、たとえ動けたとしても回避はできなかっただろうが。


「お兄ちゃんっ」


 思わず目を瞑って助けを求めるように叫ぶ。


「あらあらあ」


 正にその次の瞬間、突然体に横向きの力が加わり、メル達は地面に引き倒された。

 直後、後方で巨大な破壊音が鳴り響く。


「な、何が……」


 その音がメル達に当たらなかった矢が後方に着弾したことによるものだと気づき、その結果に至った理由を把握するために目を開ける。


【二人共、大丈夫?】


 そうして目に映ったのはそんな文字と、メル達を立ち上がらせようとする琥珀色の装甲を纏った小柄な存在。その正体は名乗られずとも分かる。


「アイリスお姉ちゃん?」


 メルの問いかけに彼女は静かに頷くと、メル達を背中にパラエナと対峙した。


【私が相手】


 そして文字を浮かべ、そのまま構えを取るアイリス。


「ふうん。まあ、貴方は少しマシなようだけど、今は邪魔しないで貰えるかしらあ。私はそこのでき損ないを処分しないといけないのよお」

【させない。ユウヤが手を離せない以上、メルとクリアは私が守る】

「へえ。できるものならやってみなさあい」


 愉快そうに声に笑いを含ませながら、プルトナもまたアイリスに応じて構える。

 ここに、新たな局面の幕が切って落とされようとしていた。


    ***

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