③出立の前に

 アイリスの生まれた国、獣星テリアステリ王国を訪れる。

 ただそれだけならば〈テレポート〉を使えば如何様にもなる。それこそ今すぐにでも。

 しかし、さすがにアポイントもなく一国の王に会うことはできない。


【私は妾の子だから】


 繰り返し作られたアイリスの文字通り、王族とは言え彼女の立場は少々弱いのだ。

 そして、それだけに彼女が自ら国王にアポイントを取るには色々と面倒な手順が必要らしい。不可能ではないが、時間がかかって迂遠だとか。

 そういう訳で雄也とアイリスは今、より確実で早急に国王と交渉できるようにするために、現獣星テリアステリ王国国王の兄にしてアイリスの伯父であるオヤングレンの元を訪れていた。

 一介の賞金稼ぎバウンティハンターだった以前とは違い、今では賞金稼ぎバウンティハンター協会の長となっているが、逆に一定の場所に留まっていることが多くなって連絡が取り易くなっている。

 顔見知りだし、国王程に面会が難しい訳でもない。


「で、今日はどうしたんだ?」


 そうして場所は賞金稼ぎバウンティハンター協会の協会長室。

 彼のイメージに合う質実剛健な感じの黒い机の奥で、同じく黒の光沢ある椅子に背中を預けながら、オヤングレンは机を挟んで立つ雄也達に問うてきた。


【お父様に会いたい】

「……何でまた」

【婚約者を紹介する】


 こちらをチラッと見ながらアイリスが率直に綴った文を読み、オヤングレンはその意味を正確に咀嚼しようとするかのように一瞬だけ動きを止めた。

 それから彼は、再び口をゆっくりと開く。


「部屋に入ってきた時から気になっちゃいたが、それは冗談じゃなかったみてえだな」


 そうしながら彼はアイリスの首元に鋭い視線を向けた。


【冗談で首輪はしない】

「そりゃそうだ」


 ムッとしたように文字を作った姪に、オヤングレンは苦笑気味に言う。


(いやまあ、そういうプレイでつける奴はこの世界でもいそうだったけどな……)


 購入した時に見たポップを思い出しながら心の中で呟くが、きっと獣人テリオントロープはそんな真似をしないのだろうと思っておく。


「この前、店に来た時からまさかとは思ってたが、あのアイリスが、しかもユウヤが相手とはな。裏事情を知る前だったら信じられなかっただろうよ。いくら異世界人だっつってもな。言っちゃ悪いが、そこらの基人アントロープがアイリスに勝てるとは思えねえ」


 この世界の常識からすれば、その感覚は全く間違いではない。

 雄也が、と言うよりもドクター・ワイルドに与えられた力が完全に異常なのだ。


【ユウヤはおじさんよりも強い】

「……ハッキリ言ってくれるじゃねえか。まあ、実際そうなんだろうけどよ」


 そうは言いながらも、余り認めたくなさそうな顔をしてオヤングレンは言う。

 面と向かって誰かより劣っていると言われて、素知らぬ顔でいられる者などそうはいまい。Sクラスの賞金稼ぎバウンティハンターとしてのプライドもあるだろう。


「世代交代って奴かね。俺にも協会長なんて余計な肩書きがついちまったぐらいだしな」


 とは言え、彼はその事実を受け入れない程狭量ではない。

 それこそ一組織の長たる器はある立派な大人なのだから。


「っつうか、お前自身ももう俺より強いんだよなあ」

【そうでないとユウヤの正妻は務まらない】


 オヤングレンの言葉に応じるように慎ましやかな胸を精一杯張り、アイリスは自慢するように文字を作った。

 そんな姪の姿に、オヤングレンは呆れたように小さく息を吐いた。


【それでまず、おじさんは認めてくれる?】

「認めるも認めないもねえだろ。獣人テリオントロープは実力が全てだ。実力がある奴にゃ望みを押し通す権利がある。……まあ、俺はそれがなかろうと祝福してやるがな。獣星テリアステリ王国の外でまで掟に従えとは言わねえよ」

【ありがとう、おじさん】


 そう感謝の文を作りながら僅かに頭を下げるアイリス。

 対してオヤングレンは、こそばゆそうに微妙に視線を上にずらしながらフッと笑った。

 父親のことをお父様と呼んでいる彼女が、伯父である彼をおじ様ではなくおじさんと呼んでいる辺り、少し柔らかい態度以上の親しみを持っているのかもしれない。

 そんな彼に認められ、彼女もどことなく嬉しそうな表情をしていた。


「しかし、変わったな、アイリス」

【そんなことない。私は変わってない】

「なら、ありのままでいられる居場所を見つけたっつうことだろ。何にせよ、喜ばしいことだ。アイツも安心できるだろうさ。表立っては喜べねえだろうけどな」


 アイツというのは彼の弟、アイリスの父親たる国王のことで間違いない。

 以前アイリスも父親と組み手をしたことがあるようなことを言っていたし、いつも妾の子と自虐してはいるが、父親からの愛情はあったに違いない。

 対象的に、周囲からどのような感情を向けられていたかは、お察しだろうが。


「で?」

【でって?】

「紹介して認められて、それだけじゃねえだろ? 勿論認められたいって気持ちがないとは言わねえが、お前なら他人にとやかく言われようと気にしないはずだ」


 割とマイペースな彼女の性格。

 オヤングレンは当然把握していて、疑問と推測を口にする。


【さすがおじさん】


 対してアイリスはあっさりと、別の目的もあると示唆するような文字を作った。


【婚約祝いに土属性の魔力吸石が欲しい。大量に】


 そして、その目論見もサラッと明かしてしまう。


「大量の魔力吸石が何に必要なんだ?」

【ユウヤと肩を並べて戦うために】

「……つまり、オルタネイトの力を得るためか?」

【そう】


 オヤングレンの問いかけに、アイリスは文字を浮かべながら首肯した。


「成程な。魔物を討伐して得られる魔力吸石には限りがある。だから、獣星テリアステリ王国の備蓄で賄おうって腹か。で、婚約者の紹介を出しにしようって訳だ」


 彼は合点がいったという感じに腕を組みながら二度頷くと、さらに言葉を続ける。


「しかし、さすがにそりゃあ難しいと思うぞ。国が保管している魔力吸石はどこまで行っても国の財産で、国王の私物じゃないからな」

【それは分かってる。百%の成果は期待してない。少しでも足しになれば儲けもの】


 伯父の冷静な指摘にアイリスはそう返した。


「もし駄目だったら?」

【どうもしない。既に低い獣星テリアステリ王国での私の評価がさらに低くなるだけ。それは私にとってどうでもいいことだから、失うものはないも同然。なら、多少なり魔力吸石を得られるかもしれない可能性に賭けてみて損はない】


 マイペースさを表に出した彼女の論に、オヤングレンは困ったように口を噤んでしまった。それから少し間を置いて彼は再び口を開く。


「まあ、お前が納得しているんならいいさ。なら、すぐに面会の約束を取りつけてやる」


 そう言って、彼が机の上に設置された通信機に手を伸ばした正にその瞬間――。


「っと、タイミングが悪いな」


 その魔動器に微妙な魔力の変化が生じ、通信が入ったことが知らされる。


「すまねえ。少し待っててくれ」


 オヤングレンはそう断って立ち上がると、協会長室を出て行った。

 部屋を出る間際、険しい表情になっていたのが少し気になる。


「何か問題が起きたのかな」

【分からない】

「……時間がかかるかもしれないから座って待ってようか」

【ん。そうする】


 雄也の提案に素直に頷いたアイリスと共に、雄也は応接用のソファに向かった。

 それは二人がけで真ん中に肘かけがなかったため、彼女はそうするのが当然とばかりにピッタリ横に腰かけてくる。

 そうすると必然的に肌と肌が触れ合うが、これぐらいでは最近は余り高揚感もなくなってきた。朝抱き合ったりしているぐらいだし。

 どちらかと言うと安らぎの方が大きい。


「しかし、父親に挨拶か。何か緊張するな」


 いわゆる「お父さん、娘さんを下さい」を想像して、若干怖気づきながら言う。


【もし、婚約を認めてくれなくて力づくで引き離そうとしてきたらどうする?】


 すると、アイリスは至近距離から試すように見上げてきた。

 ちょっと表情が不安そうなのは、雄也の中の微妙な畏縮を感じ取ったからだろう。


「そりゃあ――」


 だが、それに対する答えは決まり切っている。

 少しばかり怖気づいたのは、恋愛経験の不足から来る心配以外の何ものでもない。

 彼女に対する気持ちは僅かたりとも薄れていないのだから。


「力づくで意思を捻じ曲げようとするのなら、力づくで抵抗するだけだ。……まあ、アイリスが迷惑でなければ、だけど」

【迷惑なんかじゃない。嬉しい】


 不安も晴れたようで、作った文字通りの表情を浮かべながら少し体重を預けてくる彼女。

 もっともアイリス程の実力があれば、オヤングレンが言った通り、相手に認める認めないの選択肢を与えることなどそもそもないのだろうが。


「待たせたな」


 と、そこへ険しい顔つきで戻ってきた彼が、そう言いながら戻ってきて――。


「……お前ら、そういうことは家でやってくれ」


 くっついている雄也達を見て呆れ気味に嘆息した。


「えっと、さっきの通信、何だったんですか?」

「やめる気はないってか。まあ、いいけどよ」


 やれやれと言いたげに肩を竦め、それからオヤングレンは色々と諦めたように雄也の問いに答え始めた。


「どうやら水星イクタステリ王国の封印までもが解かれてしまったらしい。そして、ご丁寧にも次の予告を残していったそうだ。全く、馬鹿にした話だがな」


 言っていて苛立ちを思い出したのか、憤怒の形相を見せるオヤングレン。

 そこから滲み出る威圧感を前にしては、並の人間ならば圧倒されてしまうだろう。下手をすれば失神してしまうかもしれない。

 それ程の怒りを今正に口にしたことだけで抱くとも思えない。


「えっと、それで次はどこの封印が?」


 だから、雄也は半ば答えを確信しながら尋ねた。


「……獣星テリアステリ王国だとよ」


 と、オヤングレンは眉をひそめながら忌々しそうに吐き捨てる。


(やっぱりか)


 予想通りではあるものの、的中して喜べる話でもない。

 雄也もまた彼と同様に眉間にしわを寄せ、そうしながら故郷への襲撃予告を知らされたアイリスの様子を横目で盗み見た。


【だったら尚更行かないと】


 伯父に比べると若干淡白な反応を見せながら、彼女はそう文字を作る。

 そこまで故郷に強い愛着はないが、そうすべきだと理解はしているという感じだ。

 国そのものに対しては余りいい感情がないのかもしれない。


【これ以上ドクター・ワイルドの好きにさせる訳にはいかない】

「……伯父としちゃ止めるべきなのかもしれねえけどな。協会長としちゃそうはいかねえ。全く情けない話だが、お前達に頼るしかねえ。変身できないアイリスでさえ、雄也達以外の誰よりも強いからな」


 申し訳なさそうに「すまん」とつけ加えるオヤングレンに、アイリスは首を横に振った。


【別に構わない。私にやれることはやる】


 それから彼女自身もまた少し悔しげに文字を改め始めた。


【ただ、それでも六大英雄やユウヤと比べると明らかに見劣りするから、矢面に立つことはないと思うけれど。足手纏いになるから】

「……そうか。まあ、そうだな」


 少し安堵したように呟いたオヤングレンに対し、アイリスは【ただし】と大きめに文字を作った。それから一旦それを消して新しく文章を浮かべる。


【魔力吸石を手に入れてユウヤ達と肩を並べられるようになったら話は別だけれど】


 そして改められた文を見て、オヤングレンは複雑そうな顔をした。

 伯父としては当然の反応ではある。

 しかし、他の親族は余りそうした気遣いをしてくれないのだろう。

 アイリスにとっては特別だったようで、彼女は仄かな嬉しさを表情に過ぎらせていた。


「まあ、正直、俺もアイリス達には戦って欲しくないですけどね」

【ユウヤ一人で戦うのはさすがに無理】

「分かってる。そう思ってるだけだ。ちゃんと弁えてるさ」


 被害への備えなど現実的な判断をすれば、それを押し通す訳にはいかない。

 それに、間違いなく彼女達も容認しない。そんな子達ではないと分かっている。


「とにかく、無茶だけはすんなよ。お前は何でもない顔して大それたことすっからな」

【そんなことない。ね? ユウヤ】

「え? あ、いやあ……」


 アイリスに同意を求められるが、ユウヤは言葉を濁した。

 窮地に飛び込んできたり、MPリングをいきなり身につけたり。

 正直、オヤングレンの言い分の方が正しいと思う。


【ユウヤ、酷い】


 微妙な雄也の態度に対し、アイリスは軽く唇を尖らせた。


「ごめんごめん」


 一応謝ってはおくが、訂正はしない。そんな意図に気づいてか、アイリスは尚のこと不機嫌そうに微妙に頬を膨らませて腕を抓ってきた。


「だからイチャイチャするのは家でやれよと」


 呆れたように嘆息し、それからオヤングレンは表情を引き締め直して纏めに入る。


「悪いが、封印の件で呼び出されているから話は終わりだ。とりあえず、今日の話はアイツに伝えておく。封印の方はどうなるかは分からねえが、心構えだけはしておけ」


 そして彼は返事を促すように、アイリス、雄也と順に見た。


【ん。分かった】

「分かりました」

「よし。じゃあ、俺は行く。繰り返すが、無茶はすんじゃねえぞ」


 雄也達の返答を受けてそう言うと、オヤングレンは〈テレポート〉で協会長室から去っていってしまった。


(……仮にも協会のトップの部屋に放置とか。防犯意識は大丈夫なのか?)


 まあ、この場は信用されていると思っておくことにする。

 アイリスについては彼にとって身内でもあるし。

 とは言え、これ以上ここにいても仕方がない。


「……帰ろうか」

【ん】


 アイリスを促して一緒に部屋を出る。


「しかし、何か大ごとになりそうだな」

【タイミングがよ過ぎる。気にしておくべき。わざわざ予告してるのもおかしい】

「……そうだな」


 これもまたドクター・ワイルドの闘争ゲームの一環なのかもしれない。

 そう思うと焦りが内心の生じようというものだ。


【けれど、何にしても当面の目標は変わらない】


 ドクター・ワイルドによる被害を最小限に防ぐため、戦力を増強する。

 その時になって力足りずに膝をつかないように。

 焦らず着実に、けれども急いで。

 それ以外にはない。


(絶対に奴らの好きにはさせない)


 雄也はそうやって心に言い聞かせ、アイリスと共に家路についたのだった。

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