②戦力増強のために
「ラディアさん、お帰りなさい。ティアも」
夜。雄也達は、フォーティアを連れて自宅に帰ってきたラディアを総出で出迎えていた。
「って、ティア? どうしたんだ?」
そうして目の当たりにしたフォーティアの顔に驚き、思わず心配して問いかける。
普段の気のいい明るい表情は鳴りを潜め、眉間にしわを寄せた硬い顔つきとなっていた。
あのフォーティアがと思うと、余程の問題が起きたとしか考えられない。
「まあ、立って話すのも何だ。談話室に行くとしよう」
答えを示さずに歩き出したラディアに促され、今は一先ず全員で彼女の後に続く。
それから談話室に入り、各々所定の位置に着いたところでラディアは再び口を開いた。
「以前ドクター・ワイルドが
「……ええ」
神妙な声と共に頷いたのはプルトナ。
正にあの時のことを思い出しているようで、表情は冴えない。
「そして、これまでの言動から残る英雄達をも全て復活させようとしていることは、予測できていることと思う」
「はい。……え、まさか!?」
ハッとしてフォーティアを見る。と、彼女は顔を強張らせながら頷いた。
「
そして予想通りの言葉を悔しげに口にするフォーティア。
彼女はそこまで言うと、唇を噛んで押し黙ってしまった。
「えっと、
そんな状態のフォーティアに聞くのは憚られ、雄也はラディアに視線を向けて問うた。
「火山だ。かの国で聖域とされる霊峰オロステュモス。ドクター・ワイルドによって封印が解かれ、さらにその影響で噴火してしまった」
「噴火!? そ、それで、被害は?」
「甚大だ。王都ダーロスでは数十万の死者が出た」
「す、数十万!?」
現実味のない数字に思わず絶句する。
火山噴火により一夜で滅んだと有名なポンペイでも数千人。最大規模の火山災害でさえ直接的な被害は数万人規模。正に桁が違う。
「ま、待って下さい。何だってそんなに……その山って一体どこにあるんですか?」
聖域と聞くと人里離れた場所というイメージがある。しかし、それではそこまでの被害が出ることなどあり得ない話だ。
王都から遠くにあってその被害なら、それこそ世界規模の災害になっていなければおかしい。
「霊峰オロステュモスは王都ダーロスの目と鼻の先。突然の噴火と恐るべき速さで迫る火砕流を前にして、〈テレポート〉を使えないレベルの者はほとんど死に絶えてしまった」
「どうして、そんな場所に王都を?」
「封印の地を視界に収めておきたかったのだろう。神聖云々は一般人を遠ざける後づけに過ぎん。ただ、逆にそのことが都市を発展させる礎となってしまったようだがな」
基本、六大英雄が封印されている地は王族にしか伝えられていないはずだ。
そうなると意図的につけ加えられた神聖という属性だけが人々の心に残り、安寧な生活を送るための加護があると思い込まれてしまったのかもしれない。
「この千年は噴火なんてなかったみたいだしね」
人格が表に出ていたクリアが補足するように言う。
『完全に制御下にあるって警戒してなかった部分もあるかも』
さらにメルが〈テレパス〉で続けた。
成程そうした条件下であれば、甚大な被害が出たのも理解できる。
元の世界であっても、もし火山のすぐ傍に人口が密集していれば同等以上の死者が生じるのは想像に容易い。
だからこそ災害による被害を予測して未然に防ぐ防災という考えが必要な訳だが、そこまでの意識は
【それで、どうするの? 今更何かやれることがあるの?】
一通り聞くべき情報は得られたと判断してか、そうアイリスがラディアに文字で問う。
過去を変えられる訳でもなし、既に起きてしまったことはどうしようもない。
これからどうするかを考えるべきだ。
「現状あの国のためにお前達ができることは何もない。これまで通り、力を蓄えることだけに集中することだ。次なる悲劇を防ぐためにも、な」
アイリスの問いに対するラディアの返答はもっともだが、さすがにフォーティアには納得しがたいものがあるだろう。
横で聞いていた彼女は唇を噛んで俯いていた。当然の反応だ。
「ティア……」
王族など煩わしいという感じのフォーティアだが、それでもやはり祖国に起きた災害を前にして平静でいられるはずもない。
だから、雄也はそんな彼女の名を気遣うように呼んだが――。
「アタシは、大丈夫。大丈夫だよ」
フォーティアは気丈に複雑な感情の全てを呑み込み、真っ直ぐに顔を上げて言った。
その辺りは、力だけは棚ボタで得た雄也とは違う精神的なタフさが感じられる。
「いつまでも悔しがってないで、鍛錬を積まないとね」
それでもやはり彼女の声は自分に言い聞かせるような色を帯びていた。が、この場は気づかない振りをしておく。
そんなところを突っ込んでも詰まらない。
【けれど、普通のやり方じゃ戦力差は埋まらない】
そんな雄也と同じ考えを持ってのことかは表情からは判別がつかないが、アイリスは無駄な同情を表には出さずに淡々と指摘する。
「その通りだ」
それに対し、ラディアは同意の言葉と共に深く頷いた。
「現状あちらはドクター・ワイルドと六大英雄が一人の
言葉尻を濁しながら、彼女は険しい顔をする。
たとえ数字の上で対等に持っていくことができたとしても実力差が大きければ意味がない。状況は厳しい。
「いいえ、ラディアさん。ワタクシもいますわ!」
と、そこへプルトナが起伏の激しい胸元に手を置きながら、存在を主張するように声を上げた。微妙に重くなりかけた空気の中ではその姿は頓珍漢で、少々雰囲気が緩む。
「お前は一体何を言っているのだ」
正に今日の今日の出来事だったので、ラディアに伝えていなかったのだろう。
彼女は呆れたように言いながら、プルトナを訝しげに見た。
プルトナはその視線に答えるように少し大仰に構えを取り――。
「アサルトオン! ですわ!」
《Evolve High-Satananthrope》
やや女性的な電子音を鳴らしながら
「お、お前……」
「プルトナ!? 一体どうやって?」
絶句気味に驚いたラディア以上に、フォーティアが驚愕を顕にする。
「お姉様に頭を下げて魔力吸石を譲って頂きましたの。ユウヤの助けとなり、ドクター・ワイルドに対抗する力を得るために」
変身前とは打って変わって真剣な様子で告げるプルトナ。
そんな彼女の姿にラディアは「成程」と納得したように頷いた。
「……だが、一度奴の手で国を滅ぼされかけたという事実がなければ、そのようにうまくことは運ばなかっただろうな」
「そうですわね。さすがのワタクシも、あの事件がなければ国の財産を使わせて欲しいなどとは口が裂けても言えませんわ。長期的には返却するつもりですし」
納得できる理屈がある現状でも未だ罪悪感は大きいのか、プルトナは少しばかり俯く。
《Return to Satananthrope》《Armor Release》
「だからこそ、この力は正しく扱わなければなりません。必ず」
それから彼女は変身を解除し、打って変わって堂々と顔を上げた。その姿からは自身の出自に対する誇りが感じられ、彼女ならば力を悪用しはすまいと信じられる。
「国から魔力吸石を借り受ける、か。真っ当な選択肢ではあるけど……」
フォーティアはプルトナと同じようにした場合のシミュレートを頭の中で行ったようだったが、結果は芳しくなかったようで渋い表情をして首を横に振った。
「まあ、アタシと
「しかし、現実問題としてユウヤ以上の力を持つ敵が増えてしまった以上は、こちらも戦力を増強させなければならん。早急にな」
ラディアもまた難しい顔を見せながら続ける。
「とは言え、アイリスの言う通り、普通の鍛錬で辿り着ける領域程度では実力不足も甚だしい。やはり腕輪の力を完全に解放し、利用する必要がある」
こうなると全てドクター・ワイルドの思惑のままになっているようで少し癪だ。
だが、他に選択肢はない。やむを得ない。
「メルとクリアは少しでも戦いに慣れ、その力を己のものとすることだ」
「『はい、先生!』」
「これはワタクシもですわね」
元気よく声を重ねて返事をしたメルとクリアに続き、自戒するようにプルトナが言う。
「そうだな。感覚の差にも慣れねばならん」
そんなプルトナの言葉を肯定し、それからラディアはフォーティアを振り向いた。
「ティアは
「……はい」
対して、彼女はもどかしそうに眉をひそめながらも頷いた。
「そしてアイリスは――」
【一刻も早く戦力が必要な現状では、私はのんびり魔力吸石集めをしていられない。そうするつもりもない】
アイリスはラディアの言葉を遮るように文字を浮かべ、さらに空間に綴っていく。
【早くユウヤと肩を並べたいから】
所定の位置ということで既にすぐ隣に座っていた彼女だったが、さらに雄也に近づいて肩を触れ合わせながら文を示した。
【だから、
「奪うってそんな物騒な」
【私は妾の子だから。それぐらい強い気持ちでいかないといけない】
そう続けて少し表情を硬くするアイリス。
少なくとも
だが、それだけに弱者や半端者に対しては直接的な侮蔑もあったのかもしれない。
もっとも、アイリスがダブルSを超えてしまった今となっては、そのような侮りはもはやギャグにしかならないが。
「それはそれとして、元々は国の財産ということを忘れてはいけませんわよ?」
アイリスの置かれている立場と国が持つ魔力吸石の位置づけはまた別の話だと言うように、プルトナが注意を言葉にする。
【分かってる。使い方を誤るつもりはない】
「なら、いいですわ」
アイリスが浮かべた文字を見て、プルトナは安堵したように頷いた。
「アイリスについては一先ずその方針で考えるとしよう」
二人の様子を見届けてから、ラディアが再び口を開く。
「そして……残る腕輪が二つある」
「風属性と光属性、ですね」
「ああ。これの扱いも問題だ。誰に使わせるべきか……」
ラディアは雄也の確認を肯定しながらも悩ましそうに頭を抱えた。
そんな彼女の姿に雄也は内心驚いてしまった。
「イーナとラディアさんが使うんじゃないんですか?」
「イクティナは……どうなのだ? 実際のところ魔力制御は」
「わたし達が作った魔動器が合ってたみたいで大分上達しましたよ?」
曖昧に問うたラディアに、メルが横合いから答える。
元々素質があり余る程あったから彼女は苦しんだ訳で、それも克服した今、腕輪の担い手として相応しいと思う。
「お前が言うのであれば問題ないだろう。タイミングを見計らって渡してやれ」
ラディアは「彼女の魔力なら魔力吸石なしに条件を満たせるだろう」とつけ加えた。
必要な魔力吸石の量が変わるのは、アイリス達の時に既に明らかになっている事実だ。
「光属性の腕輪は――」
「……その件は保留だ。私よりも相応しい者がいるかもしれんからな」
「そんな、先生以上の実力者なんてそうそういませんよ」
「実力がないとは言わん。だが、即座に変身できるようにはならんだろう。直近の戦力としては数えられん。私では
苦虫を噛み潰したような顔をするラディアに、彼女の
傀儡勇者召喚を行おうとした際に殺害された光の巫女ルキアから過剰に糾弾されていたことを考えれば、プルトナのようにはいかないことは分かる。
「ですけど……」
「普段収集している光属性の魔力吸石についても、今はユウヤの
確かにリソースが限られている以上、保留も選択肢の一つではある。しかし――。
「進化の因子の恩恵ぐらいは受けておくべきでは?」
フォーティアが問うた通り、腕輪の効果は何も直接的な進化(変身機能)だけではない。
「それについては問題ない」
と、ラディアはそう答えるとメルクリアを振り向いた。
「二人に腕輪を分析して貰い、進化の因子を与える機能だけを再現した魔動器を作って貰った。既に私も進化の因子を宿している」
「す、凄いな、二人共」
黄金と赤銅の二つの魔動器を作った上でそれとは。思わず目を見開いて驚く。
(いや、凄いのは進化の因子の補正か?)
見た感じ以前のように無理をしているようには見えないので、短期間でこれ程の成果を上げられる程に意識と言うか、ものの見方が変化したのだろう。
進化の因子がかつては誰にでも備わっていたことを考えると、二人の本来の才能を称賛すべきか、それに制限をかけていた世界を憎むべきか。少々複雑な気持ちになってしまう。
それはともかくとして――。
「それなら世界中の人に進化の因子を与えられるな」
そうすれば各々の力でドクター・ワイルドに対抗できるかもしれない。
勿論その分だけ色々と危険はあるに違いないが。
「ううん。それがそううまくはいかないみたいなんだ」
「どういうことだ?」
淡い期待を否定され、雄也は首を傾げながら問いかけた。
「何か、一定の生命力と魔力がないと進化の因子が定着しないみたいなの。何か変な法則と言うか補正と言うか、呪いみたいのがあるのかもしれない」
と、既に臨床実験を行ったのか、メルはそれに基づいた推論を口にした。
『だから、今のところは進化の因子が広まることはないわよ』
続けてクリアが姉の答えに補足を入れる。
二人の言うことが本当であれば残念だが、カエナのように自由を履き違えた存在がボウフラのように湧いてくることはないとポジティブに考えておくべきか。
「ともかく、私は私で鍛錬を怠るつもりはない。が、現状すぐに私が腕輪を使って得られる効果は極めて少ないのだ。タイミングを見極めるべきだろう」
「……分かりました」
釈然としない気持ちは残るが、彼女の論を崩す論理も思いつかない。
そうである以上、今優先すべきは――。
「それよりも、まずはアイリスだ。一旦
【何とかする。婚約報告のついでに】
「………………んん?」
真面目な話をぶった切るようなアイリスの文字に一瞬目を疑う。だが、まあ、割といつもの流れではあるし、親への報告も不必要とは言えない。
「ってことは俺も行くのか?」
なので、雄也はそう普通に問いかけた。
心の中に残る常識は「魔力吸石を融通して貰うのとは関係ないんじゃなかろうか」と訴えかけてきているが、いつものことだとスルーしておく。
長く接している内に、彼女の言動に完全に慣れてしまったのかもしれない。
【当然。ユウヤが一緒に来ないと成り立たない。婚約者をちゃんと見せないと、婚約祝いの名目で魔力吸石をせびれない】
冗談か本気か分からない色々と台なしなことをさらに綴るアイリスだが、周りからの突っ込みはない。
皆もまた、彼女の平常運転だとして諦めてしまっているのだろう。
そのせいか真剣な話し合いという雰囲気もなくなり、自然と解散の空気が流れ出す。
「まあ、何だ。自分の故郷だから大丈夫とは思うが、妙な真似はするなよ?」
【大丈夫。問題ない】
自信満々にない胸を張るアイリスに深く溜息をつくラディア。
何はともあれ、そんなこんなで
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