【官能小説】寂しがり屋な人妻たち

蒼井ねぎ

①兄嫁・橋本彩

彩さんに刻まれた兄さんの闇

 兄さん。


 俺、アンタのことがずっと嫌いだった。

 勉強もスポーツもできて、活発で誰にでも優しくて、学校の先生も、クラスメイトも、近所のお爺ちゃんもお婆ちゃんもみんながアンタのことを好きになったよな。


 アンタを見た後に、俺を見るときのみんなの顔。


 どこをどう褒めていいのか、どう接していいのか、困ったような、悲しいような表情を一様に浮かべてた。


 俺は劣等生で、ただ星が好きな暗い少年だったから、それも仕方ないかなって自分に言い聞かせてたけどやっぱり傷つくんだよ。ずっとずっと苦しかったんだよ。おかげでひねくれた大人になってしまったじゃんか。


 でもさ、兄さん。でも、彩さんだけは違った。俺に対しても他の人と接するときと同じような笑顔を向けてくれる。タカちゃんって気軽に呼んでくれる。慕ってくれる。優しくしてくれる。


 だから仕方ないだろ? 

 母親以外で、女の人に生まれて初めて優しくされたんだからどうしようもないだろ?


 速攻だったよ。彩さんのこと、俺が好きになるまで。


 ああ、兄さん兄さん兄さん!!


 本当にいい嫁さんもらったよな。ずるいよアンタばっかり。欲しいモノ、何でも手に入れてさ。


 大きな声では言えないけど、小さい時に買ってもらった宝物の望遠鏡で、俺さ、毎日のぞいてんだ。実家からアンタのマンションを。 

 彩さんが掃除する姿を、彩さんが洗濯する姿を、彩さんが料理している姿を。夜はカーテンが閉まっているから、昼間だけだけど。


 彩さんはショートカットが似合う美人ってだけじゃないよな。胸が大きくて、腰がきゅっとくびれてて、色白で足が細くて――。


 なあ、いいだろ? アンタが手に入れた数々の戦利品の中から、少しくらい分けてくれてもいいだろ?


 兄さんよ。


 今日、出張で家を空けてるんだってな。彩さんに誘われたよ。うちで一緒に夕食でもどうかな? ってさ。

 俺、もう自分を抑えられない。ごめんよって、一応謝っておく。俺、これから兄さんたちの愛の巣に向かうから。ビールと日本酒を買って向かうから。


 ああ、彩さんと2人きりの食事。すき焼きするんだってさ。楽しみだな。



 ×   ×   ×   ×   ×



 想定外の展開になった。


 すき焼きを食べながらお酒を飲み、リラックスした感じで彩さんと話していた。彩さんは俺の要領を得ない話にもあいづちを打ち、笑ってくれた。

 どこかのタイミングで彩さんに熱い想いを伝え、間違いなく断られるだろうから、そしたら経験がない俺に手ほどきして欲しいと懇願し、それでも断られるだろうから強引にいくつもりだった。


 義理の弟に手を出されたなどと、彩さんは兄さんにも両親にも誰にも打ち明けられないだろう、という算段。


 なのに……。


 俺のしろどもどろの告白を真剣に聞いてくれた彩さんは告白が終わった後、嬉しい……、と涙をこぼしたのだった。


「タカちゃんがそんな風に私を想ってくれて嬉しい。私もタカちゃんのこと大好き。でも、それはやっぱり恋愛感情とは違くて……」


 慌てた。俺に向けられた女の人の涙なんて見たことはなかったから、どう対処すればいいのか分からなかった。


「ご、ごめん。彩さんごめん。ああ、俺余計なこと言っちゃって……ホントごめん!」

 

 この状況で手出しするなんてさすがに出来ない。彩さんが涙を止めないから、俺はほとんどパニック状態になった。


「その、兄さんの嫁さんだって、だから、こんなこと考えちゃダメだって、でも、寝ても覚めて彩さんのことしか考えられなくて、白い肌に触れたいとか、抱きしめたいとか、あ、いや、そんなつもりじゃ……何言ってんだ俺!」


 彩さんは顔を上げ、無理に作った笑顔で俺を見つめ、白くないよ、とつぶやいた。「美白とかね、けっこう気を配って頑張ってたの。夫が肌の白い女性好きだから。でも……」


 ふいに立ち上がった彩さんは、ベーシュのパーカーの胸元に手をかけた。そしておもむろにジッパーを下げ始める。

 呆気に取られ、その様子に目を奪われていると、彩さんはパーカーを脱ぎ捨ててTシャツ姿になった。

 

 俺は生唾を飲み込んだ。

 彩さんはTシャツの裾にも手をかけ、ゆっくりと上にたくし上げ始めた。目の前で何が起きているのか理解できなかった。ドキドキして心臓が破裂しそうだった。口の中がカラカラに乾いて唾を飲み込むのにも苦労した。


 彩さんはTシャツを脱ぎ捨去り、上半身下着だけになった。酔いのせいで、ほんのり紅く色づいた胸元が妙にエロティックだった。


 だが……。


 胸元に釘付けだった視線を動かしたら、青黒い跡が目に入った。肩、脇腹などに数か所。彩さんが背中を向けると、そこにも数か所。


「それ……」

 しぼり出した声が震える。俺は彩さんの体に何が起きているのか、おおよその察しが付いてしまった。

 誰にでも優しくて快活な兄さんが彩さんの体に刻みつけた闇。笑顔の裏に、どれだけの苦悩を彩さんは今まで隠していたのだろうか。


「やっと打ち明けられた…タカちゃんが、優しいから」

 ホっとしたような声ではあったが、彩さんの涙は止まらなかった。胸がつぶれそうだった。こんな切ない泣き声を俺は知らない。

 兄さんへの怒りが込み上げてきた。その熱さに全身が焼かれそうだった。


 恥をさらしてまで訴えたかった彩さんの精一杯。彩さんは助けを求めている。俺が兄さんの暴力から彩さんを救うために何ができる?


「逃げよう」

 それが最善策に思えた。

「俺と一緒に逃げよう」

 そうじゃなければ結局兄さんに丸め込まれる。兄さんがサイコパスだとは思いたくないが、サイコパスは暴力を利用して人の心を掌握しょうあくするのが上手いと聞く。多かれ少なかれ、兄さんにもそういう要素があるのではないか。


「彩さん、逃げよう!!」


 涙をどっと溢れさせ、彩さんはその場に崩れ落ちた。「恐いよ、タカちゃん。助けて。私のこと助けて……」


 俺は彩さんの震える肩を後ろから抱きしめた。手の平に吸いついてくる柔らかい肌だった。

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