第八二話:オヤジの中に魔力を流し込め!

 勇者だ――

 世界を救った勇者。

 黒髪に、精悍な相貌。

 間違いなかった。

 全盛期の、俺の小さいころ、俺のあこがれの対象だったオヤジが立っていた。


「お、オヤジ……」


「よう、少し休んでろ。ボロボロじゃねぇか……」


 オヤジは俺を見て行った。

 その手で巨大なガチホモの拳を受け止めている。

 今、この瞬間もギチギチと音をたてて、オヤジとガチホモ王の腕が押し合っている。


「アインをお嫁さんにする戦い…… 花嫁の父親の反対―― また、それも一興か」


 バリトンボイスで狂った言葉を垂れ流し続けるガチホモ王。


「なに言ってんだ、コイツ?」


 本当に不可解そうな顔をして、俺の親父のシュバインが言った。


「お嫁さんにするのだ。アインを我が花嫁とし、バンバン孕ませ、赤ちゃんをいっぱい産んでもらうのだ!」


 オヤジが心底、嫌そうな顔をして俺の方を振り返った。


「なんだこれ?」

「変態のガチホモ。なんか、俺を嫁にして孕ませたいらしい」


 後ろに下がった俺は、オヤジに端的に説明した。

 口にするだけでおぞましい状況だ。


 いつの間にか、俺の右拳と、右ひざには、回復の水球ができていた。

 透明な水が水球を形成し、俺の傷を完全に包んでいる。痛みはない。


『サラームか?』

『アインに死なれると、私はホームレスになるわ』

 

 どうやら、サラームの配下の水の精霊が俺の治療をしているようだ。

 小さな水の精霊が俺の傷の周辺を飛び回っている。

 オヤジには精霊は見えないだろう。

 

 オヤジは、黙って俺からゆっくりと、視線を離した。

 そして、その顔をガチホモ王に向けた。

 

 ふひゅぅぅぅ――


 俺の親父が空気を吸い込む音が聞こえた。


「俺の大事な息子を嫁にしたいだと……」


 勇者の俺の親父。その背中がプルプルと震えている。


「ほう―― 貴様…… なるほど、精霊マスターの父親はあの勇者であったか――」


「そうだよ。悪いが、子どもの喧嘩に親がでるぜ。ダートリンク家の家訓だ」


 牙のような歯を見せ、鋭い笑みを浮かべる「雷鳴の勇者」シュバイン。

 毎回のように俺の母親。つまり嫁のルサーナにボコボコにされていたオヤジの姿はどこにもなかった。


「おお! この子にしてこの親ありか…… そそる良い目だ」


 ポッと顔を赤く染めるガチホモ王。


「こいつがガチホモ王かよ。これまたずいぶんと醜悪な姿だ」

 

 ガチホモ王は腕と足に自分の部下であるガチホモ四天王を装着している。

 異形だ。醜悪な異形。

 しかし、そいつは姿が最悪なだけじゃない。

 精神性も最悪。

 男同士の繁殖を目指してやがる。

 とにかく、変態の頂点に立つ奴だといってもいい。


 不意にその黄色く濁った醜悪な目玉を俺に向けるガチホモ王。

 

「アインよ―― 初めてが3P、しかも父親が一緒の親子丼というのはどうだ? 俺は悪くないのだが……」


 重低音のバリトンボスで、狂ったことを訊いてきた。

 吐き気がしてくるのを、堪える俺。

 やべぇ……

 人違いで、オヤジに襲われそうになったことを思い出した。

 しかし、そのトラウマですら、軽く凌ぐ今この状況。


「ああ――

 親子丼

 勇者と精霊マスターの親子丼

 父子で俺の子ども孕み、赤ちゃんを産む――

 なんと、素晴らしいことなのか……

 父と子、そして俺。溶けるまで混じり合うのだ――」


 バリトンボイスが歌うように、狂った言霊を空間に放っていく。

 空間そのものが汚されそうな勢いだ。


「コイツが、ガチホモ王かよ…… クソ以下だな」


 オヤジが吐き捨てるように言った。

 完全に同意する俺。


「クソ? クソまみれが好きか―― んん~?」

 

 俺は無事な方の腕で口を押えた。何でもありか…… コイツ。

 すっぱいものがこみ上げてくる。オヤジが来たことで、俺の緊張が緩んだのか。吐き気が少し強くなる。


『ガチホモ王×アイン×オヤジか…… 黄金カードだわ。どうなるの?』

 

 腐って発酵が進んでいる精霊のサラーム。

 こいつの脳内も大概腐ってやがりました。


『お願いします。少し黙ってください』


 ちょっと下手に出てお願いする俺。

 実際、コイツのおかげで、俺は2本脚でなんとか立てるようになった。。

 右拳も外見上は傷が目立たなくなった。まだ、両方とも動かすとかなり痛いが。


「まずは、父親を凌辱し、助けに入る息子も凌辱。そのまま、孕ませの宴となるのだぁぁ!! 父子同時孕ませ。嗚呼、壮大な夢か!」


 ガチホモ王はおぞましい発言と同時に、グンッと腕に力を込めた。

 まだ、ギシギシとオヤジと押し合っている腕だ。


 徐々に、串刺しにされた四天王の体がパンパンになっていく。

 皮膚に血管が浮きだした。そして、破裂。ピューピューと細い血の筋が流れ出す。

 ガチホモ王の腕に貫かれた口は涎(よだれ)を垂れ流し。

 肩の挿入された辺りからは、泡をともったなった白濁液が吹きだしていた。

 覚えのある、生臭く嫌な臭い…… 腐ったイカのような臭い。


 魔素――


 あの白濁液は魔素か。

 

 魔素は魔力の元になるものだ。

 魔素を魔力回路に流し込み、魔力を生成、そしてそれを精霊に与えることで魔法を行使する。

 それが、この世界の魔法の仕組みだ。

「禁呪使い」のエロリィという精霊に頼らず、自力で魔法を使う存在もいるが、例外だ。

 そして、魔力は魔法以外にも使われる。

 ライサがやっているような身体強化だ。


 俺もマネしてみたが、パワーはアップするが、耐久力は全然アップしない。

 軽自動車の車体に、戦車のエンジンを積むようなものだ。

 だから、攻撃すると、パワーに負けて、体がぼろぼろになっていく。

 治療中の右拳と右膝のように。


 俺はオヤジと拳の押し合いをやっているガチホモを見た。

 4本の手足を四天王のヤオイゲートに挿入。そして合体。


 右腕にアナギワ・テイソウタイ。

 左腕にホモ・リンゴ。

 2人とも、拳が貫通し、口から拳を出している。

 完全に瞳孔が開きっぱなしで、もはや自我が存在しているようには見えない。


 左右の脚にはそれぞれ、木冬木風とアナル・ドゥーンが突き刺さっている。

 挿入部分からは大量の白濁液。魔素を噴出させていた。


「おそらくは、全員の魔力回路を統合し、大量の魔力を生み出しておりますな」


 俺の背後から淡々とした声。読み上げソフトのような抑揚のない声が響く。


「セバスチャーーーン!!! てめぇ、どこにいやがった?」


「このままでは、魔力回路が一つしかないシュバイン様は分が悪うございますな」


 他人事のように淡々と言う。俺の爺さんの侍従のセバスチャン。

 こちらを能面のような表情でジッと見ている。

 つーか、その一個も錆びついて回らねェンだよ。俺の親父様は。


「分が悪い?」


 俺はこの正体不明の、存在が拡散したり集束したりする侍従を見つめた。

 コイツを見てもどうしようもないので、俺は振り返る。

 オヤジは、ガチホモ王のデカイ上に、ヌルヌルした拳を掴み踏みとどまっていた。


 ヒュン――

 コマ落としのフィルムのように腕が動いた。


 ガチホモ王の腕ではない。

 俺の親父の腕でもない。


 アナギワ・テイソウタイの左腕だった。

 ガチホモ王の右腕に貫かれた四天王だ。


 そいつが、ガチホモ王に貫かれながらも攻撃を繰り出した。

 空間に穴をうがつような攻撃だ。

 虚ろな目のまま、パンチを繰り出す四天王筆頭。


 オヤジは、すっと首を傾けるだけで、その拳をギリギリのところでかわす。


「ほう―― 今のをかわすかよ…… さすが『雷鳴の勇者』か』

 

 口元に獰猛で変態の極限の笑みを浮かべるガチホモ王。


「のろくせぇ拳だ―― あくびがでるな」


 次の瞬間、オヤジがぶれたように動かされた。目で追い切れない動き。

 そして、凄まじい振動と激しい音が空間を揺らした。

 視界が揺れる。

 爆音と粉じんが巻き上がった。


 粉じんの中、オヤジが床に叩きつけられていた。


「がはっ!!」 


 肺の中の空気を丸ごと吐き出すかのような声を上げるオヤジ。


「オヤジぃぃ!!」


「あの攻撃はパンチではなく、投げへの布石でしたな。無拍子。しかも巨大な2本の腕で掴まれてしまっては、シュバイン様でも対応は厳しいですな」


 淡々と見たまんまの事実を告げるだけのセバスチャン。なんの感情の揺らぎも感じさせない平坦な言葉だ。


 ガチホモ王は、木冬木風が挿入された右足を上げた。

 巨大なガチホモ付の足だ。

 思い切り踏む潰すつもりだ。

 唸りを上げる巨大な足。


「オヤジ! 危ない!」


 俺の声と同時に転がる、「雷鳴の勇者」シュバイン。

 凄まじい地響き。床が陥没。ピシピシと壁にまでヒビが入っていく。


 しかしオヤジは、かろうじて、ガチホモのストッピング攻撃を逃れた。

 そのまま勢いを殺さず、ガチホモ王都との間合いを空けた。


 思わず、俺はゴクリと唾をのみこむ。

 躊躇していたのは一瞬。

 俺は魔法を叩きこむ。

 

『閃風斬!』

 

 空間すら切断する魔力の生み出した倶風の刃が吹っ飛んでいく。

 

「むだだぁぁあぁぁ!!」


 ブンと腰をひねって、俺の魔法を股間から生えたブッとい槍で弾き飛ばす。

 魔法が天井に跳ね飛ばされ、当たったところを、サンルーフに変えた。


「ちぃぃ!! なんて奴だよ……」


『これは、魔力充填120%のラマーズ砲しかないわ……』


 サラームのつぶやき。


『なんで、それが、いつの間にか俺の必殺技みたいなポジションに収まってんだ!!』


『生成された高密度の魔力を、この特殊解で導き、圧縮された16次元多層時空間をコンパクト化した上で、軸線上に爆縮させる。その際のホーキングふく射とガンマバーストにより、立ちふさがる全ての愚かな敵は骸と化すわ――

 それがラマーズ砲だわ。人類に残された最後の武器』


 以前より、設定がきっちりしてきたようだが、俺はいやだ。

 つーか、オマエ人類じゃないから。精霊だから。


 シュバインが俺の方に来た。

 俺の守るように前に立つ。

 しかし、その呼吸が荒い。

 そうだ、確かオヤジは魔力回路が全然回らないはずだ。

 ってことは、今まで純粋な身体能力で対応していたのか……


 俺はオヤジの背中を見つめた。

 なんともいえないデカイ物に見えた。


 ガチホモが、妖しく黄ばんだ視線をこちらにゆっくりと向ける。


「親子丼~~、3Pで、種、俺の種をつけ、パンパンになってもらうのだ。父子共々な…… ぐひゃははははははーー!!」

 

 ?体合体した、ガチホモが一歩、二歩とこちらに近づいてきた。

 濃厚な変態ガチホモのオーラが空間を変質させ、捻じ曲げているように感じた。


「しかし、シュバイン様はなぜ、魔力回路を回さないのですか?」


 セバスチャンが淡々と疑問を口にする。


「錆びてんだよ。オヤジは長い日本での生活で、魔力回路がさび付いて動かないんだよ」

 

「まあ、そうだな。そういうことだ―― ちょうどいいハンデってことだな」


 不敵な笑みを浮かべ、言い放つシュバイン。

 

 魔力回路がさび付いていても、敵に挑む。

 そして、この超絶的な変態ガチホモと身体能力だけでやりあっていた俺のオヤジ。

 やはり、勇者なのだろう。俺のオヤジは勇者だった。


「いや、さび付いた魔力回路を、回す方法がありますな」

 

 セバスチャンが、どうと言うこともないという感じで言った。


「「なんだと!!」」


 俺とオヤジの声がハモル。

 ジッと俺たちを見つめるセバスチャン。

 

「いや、アイン様の濃厚で高密度の魔素と魔力を同時に送り込めば、シュバイン様の魔力回路の錆が落ちるかと思われますが」


「本当か! しかし…… あ……」

 

 俺はセバスチャンを見た。なんの感情も見えない顔だ。

 なんか嫌な予感がした。


「オヤジの身体の中に魔力とか流し込むのか?」


「左様にございます。アイン様」


「その方法ってさ……」


「なにをおっしゃいますか、アイン様。ご婚約者様に、散々魔力、魔素を流し込んだり、流し込まれたり、もはやその道のプロと言っても過言ではございません。このセバスチャンが愚考いたしますに…… その技、この大陸でナンバーワンかと」


 それ技かよ? なんなのそれ?


「つまり、オヤジとベロチュウ……」


「さすが、アイン様、その通りにございます」


「一向に構わんぞ! 魔力回路を回すためだ。息子とのベロチュウ、それで勝てるなら、なんでもやってやるよ――」


 ビシッとかっこよく決めているが、よく考えると、勇者が口にしていい言葉ではない。


『キター!! ここで、想定外のアイン×オヤジね!』


 腐った精霊の声が脳内に響く。アホウか。

 なんで、俺はオヤジとベロチュウするんだよ。

 いやまて…… 

 コイツを使えば。

 俺は今までの精霊・サラームの行動を思い出してた。


 コイツ確かシャラートの身体の中に侵入していたな……

 まてよ。

 コイツのアンビリカルケーブル経由でもしかしたら……


『サラーム! 俺の中から出て、ちょっとオヤジの中に入れ』

『なにそれ?』

『オマエに魔力を流し込むので、オヤジの魔力回路を回してくれ。体の中からだ』

『えー、ベロチュウの方がいいと思うわ。ほら、私は、羽虫だし! そういう難しいのはちょっと……』

『黙れ…… やれ、黙ってやれ』

『……わ、分かったわ…… もう、やればいいんでしょ』


 ブツブツいいながらも、俺の胸からニュルンと顔を出したサラーム。

 見かけは、四枚のキラキラした羽のついた少女。

 日本で、俺の中に引きこもっていたせいか、アンビリカルケーブルみたいなものが、腰についている。


「どうしたアイン、俺とベロチュウするのが嫌か……」

 

 年相応におっさんになっているが、超美形のおっさん。

 俺のオヤジの見た目は超一級品なのだ。

 その顔が俺に迫る。


「まて! オヤジ! 早まるな!」


「アイン、出来れば、銀色の髪の方を、こう…… 前にもってくるとかできんか?」


 俺の言葉を無視して、真剣な顔で注文を付けてくるオヤジ。

 どー考えても、俺を嫁の代用品にする気満々だ。

 まあ、ルサーナと再会したはいいけど、ずっとボコられっぱなしだし。

 弟か妹ができるようなことは、だいぶご無沙汰なのだろう。


「いや、ベロチュウ無しでも魔力を送り込む! オヤジの魔力回路を動かしてやる!」


「なんだと!」


『行け! サラーム!』

『もう、分かったわ』


 俺にしか見えないサラームがオヤジの身体に着地。

 そして、ヌルヌルとその身体の中に入っていく。


「いくぜ! 魔力回路、全力回転」


 今までセーブしていた魔力回路。

 七つを一気連結。

 重低音の唸りを上げ、魔素を魔力に変換していくパワーユニット。

 俺の身体の中に、人類の魔力の限界ともいえる一級魔法使いの100兆倍の魔力が生み出される。

 それをサラームに流し込む。そして、そいつを直接、オヤジのさび付いた魔力回路にぶつける。


「いけぇぇ!!!!」

 

「ああああ! アイン! なんだ? なんだこれは?」


 俺とオヤジの間には細いアンビリカルケーブルがある。

 それが、青白く発光している。


「ぐぉぉぉぉぉ!! 魔力回路が! 魔力回路が! 回る! 回る!! うぉぉぉ!!!」

 

 拳を固め、天に向かってビリビリと絶叫する俺のオヤジ。

「雷鳴の勇者」シュバイン・ダートリンク。


 その世界を救った伝説の力が解放されようとしていた。

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