第六六話:【閑話】残された人々 奈津美ちゃんSOS

 パンゲア暦19××年7の月―― 異世界は天変地異の炎に包まれた。


 大地震を遥かに超える超火山噴火 ――隕石の衝突が原因との説―― 

 パンゲア城を中心とする一体に火柱が上がり、そこに巨大な火山が形成された。

 火山は噴火を続け、巨大な地震を引き起こす。

 その巨大な地震は、一瞬でパンゲア大陸を引き裂いていた。

 地殻変動により巨大な大陸は5つに引き裂かれた。


 しかし、異世界が壊滅とか滅亡の危機に瀕することはなかった。

 意外に頑丈だった。


 そもそも、魔物やドラゴン、剣に魔法の世界なのである。

 元々、生活水準も低く、破壊される様な立派なインフラもないのである。

 ただ、天候の変化による食糧供給不安は、多くの流民、難民を出していた。

 

 この天変地異は、現在大陸で展開されている人と人の争い。

 いわゆる「戦争」という物にも影響を与えていた。


 大陸の盟主国家、パンゲア王国。

 そして、男だけの繁殖を目指す狂信者の国、ガチ※ホモ王国。


 大陸面積の60%を占める国土を誇るパンゲア王国とそこに侵攻を開始したガチ※ホモ王国の戦争。

 後に「第二次ノンケ狩り戦争」と呼ばれることになるこの戦争も、大異変を境にその様相を大きく変えていた。


 そのパンゲア城を取り囲んでいた15万人を超えるガチ※ホモ王国の軍勢はもろに超火山噴火の直撃を受けた。

 その結果、一瞬にして、その軍勢の大半を失ってしまったのである。

 各地に侵攻していたガチホモ軍も大異変の影響を受けずにはいられなかった。


 引き裂かれた大陸により、道路網は寸断。

 陸路輸送に頼っていたガチ※ホモ王国の兵站はボロボロになった。

 そうなると、当然、占領地からの収奪に向かうのが戦争というものだ。

 しかし、過酷な収奪は、各地での反発を招いた。

 大異変による食糧生産の不足もそれに輪をかけたのだ。


 兵站を寸断され、占領地域での反乱によりガチホモ軍はその勢いを急速に失っていた。


 神聖ロリコーン王国、ナグール王国など、パンゲア王国の同盟国、衛星国は、各地で反撃を開始。

 ガチ※ホモ王国の周囲を包囲。すでに、その戦争は最終局面を迎えていた。


 一方、この天変地異も、戦争からも影響を受けてない地域もあった。

 大陸随一の温泉街・フィナーバッシュヘルズセンタ村。

 そこでは、天変地異や戦争を上回る一大事が発生していた。


 少なくとも、そこに住民にとっては――


        ◇◇◇◇◇◇


「魔王様がぁぁぁ!! 魔王様が御隠れになったのじゃぁぁ!!」


 それは朝の礼拝の時間だった。


 目の前から突然、池内先生が消えた。

 すっといなくなってしまったのだ。


 ワタシ――

 船橋奈津美(ふなばし なつみ)も、その光景を見ていた。 


 温泉宿の老主人は毎朝、池内真央先生を拝むのである。

 なんでも、この温泉街では、魔王が商売繁盛の神として崇められている。


 先生は魔王の化身であるということで、信仰と崇拝の対象になっていた。


 その先生が目の前でいなくなってしまった。


 温泉宿の老主人は、腰を抜かして、ガクガクと震えていた。

 

 消えてしまう直前、池内先生はいつも通り、よくわからないことを言っていた。


「ああん~ そんなに私を拝んで…… でも、ダメなの。ああ、もう私の心は一つに決まっているのよ、うふ(ああ、天成君、どこへ行ったのかしら、この28歳の熟れた体をもて遊んで捨てるなんて…… なんて、酷い生徒なのかしら。ああ、でも私はそんな天成君から離れられないの。ああ、呼んでるのね? 天成君、真央を呼んでいるの? この年上の大人の女を必要としているのね、うふ)」


 先生は、自分を崇める人たちに、女のワタシから見てもゾクっとするような妖艶な眼差しを向け、いつも訳の分からないことを言っていた。

 池内先生は外見がすっかり変わってしまった。

 ただ、内面は変わらなかった。この世界に来て外見が変わっても中身は同じ先生だった。相変わらず意味不明だった。


 池内先生は男子から人気があったが、英語教師としては、英語より言っている日本語がよくわからなかった。

 ちょっと、受験が不安に思うときもある。今となっては受験よりも、今後の人生がどうなるかもわからないけど……


 というわけで、池内先生が突然消えてしまったのだ。

 訳の分からない言葉の余韻だけを残して。


「先生――」


 ワタシはただ、今まで先生のいた場所を見つめ、そう呟くだけだった。

 そして、ワタシの胸の内には黒い不安の種が生じていた。

 

 ワタシたちはどうなってしまうのか。

 先生がいたから、ワタシたちはここで生活できた。

 その先生がいなくなってしまった。

 この先、この異世界で、ワタシたちはどうなるのか。

 いつの間にか、その不安が私の心の中を支配していた。


        ◇◇◇◇◇◇


「特に変わらないわね」


「そうね」


 私の呟きに、津田沼春子(つだぬま ぱるこ)が言った。

 彼女は陸上部だった。私は剣道部。私の少ない友人の1人だった。

 先生がいなくなって3日が過ぎた。

 とくに、ワタシ達の生活には変化が無かった。

 今まで通りの部屋で寝起きして、特に何もするわけでもなく、ご飯も食べさせてもらっている。


 でも、この状況が妙に不安だった。

 なんだろう――


「ああん」とか「うふ」とか「ううん」とか「大人の女」とか限定された語彙でクネクネと意味不明な日本語を繰り出す先生。

 ダンジョンの中で、なにかあって姿が変わってしまったけど、先生は先生だった。


「先生、どこいっちゃッたんだろうね」


 春子は膝を抱え、不安げに言った。

 いても、なにを言っているか意味不明の先生だったが、唯一の大人としていないとやはり不安になる。


 その気持ちは私も一緒だった。


「そうだね……」


 今、私たちは豪奢な絨毯の敷き詰められた部屋にいる。

 私はその絨毯の上にゴロンと転がった。

 上等の絨毯だった。

 この部屋だって、「魔王」と崇められた先生がいたから用意してくれたものだ。

 先生がいなくなってしまっては、今後どうなるか分からない。

 転がったワタシは、天井を見つめた。


 意味もなく、天井の染みのような汚れを目で追っていた。


 この温泉宿の生活は悪くなかった。

 21世紀の日本に比べられるものではなかったけど、あの気が狂いそうになるダンジョンの中よりは数100倍マシだった。

 いや、比べること自体、この宿の主人の人に悪いくらいだ。


 私は他の女子たちに目をやった。

 やっぱりみんな、どことなく不安げにしていた。

 この温泉街で池内先生は、魔王として崇めまつられていた。

 おかげで、ワタシたちは、この温泉街でそれなりの待遇の生活をしている。


「こんな、訳の分からない異世界に飛ばされなければ」


 絨毯の模様を指でなぞりながら、春子(ぱるこ)が言った。

 そもそも、ワタシたちがこんな変な世界に来たのはアイツのせいだ。


 天成・アインザム・一郎。

 銀と黒の髪の毛の変な奴と思っていた。

 あまり話したことはなかった。いつも、不機嫌そうな怖い目をしていた。

 父親は有名だったけど、息子は得体のしれいない奴だと思っていた。

 

 それがこっちの世界。つまり異世界人だったのだ。

 あの真ん中で銀と黒の髪に分かれた、バカのせいで自分たちはこんな目にあっているんだ。


 でも、自分たちはまだマシかもしれなかった。

 先生はあんなになってしまった。

 目のやり場に困る露出の多い黒い服に、真っキンキンの金髪。

 そして、人間じゃあり得ない大きな2本の角が髪をかき分け生えてる。

 ゲームとか漫画に出てくる「サキュバス」とかそんな感じ。


 あんなんじゃ、日本に戻っても先生を続けるのは難しいと思う。

 どうするんだろう……


「奈津美…… 大変なことになりそう――」


「わ! びっくりした」


 柱に顔を半分隠した同級生がいきなり声をかけてきた。

 市原恵津子(いちはら えつこ)という女子だ。

 この世界に来るまではあまり話したことはなかった。

 ダンジョンの中で、一度班を組んでから、よくワタシに話しかけてくるようになった。


 なぜか、彼女はいつも、柱とか壁とか、半分物陰に隠れながらこっちを見ていることが多い。

 変な癖だと思う。


「私、見たわ。ここの宿屋の人たちが会議しているのを……」


 独特の抑揚のある言葉で、恵津子は話し始めた。

 この世界に飛ばされて、彼女は最初は泣いて過ごすことが多かった。

 ワタシはなぜか、慰め役をやることが多かった。

 ワタシだって、悲しかった。早く家に帰りたい……


「会議ってなによ」


 ワタシより先に春子が言った。

 上目づかいで恵津子に視線を送っていた。

 相変わらず、恵津子はなぜか、柱の陰にいた。

 よく意味が分からない。


「見たのよ―― そして、聞いてしまったの」


「だから、なにを?」


「生贄を出すって……」


「生贄? なによそれ?」

 

 唇をとがらせて春子が言った。

 ワタシも意味が分からない。

 ただ、嫌な予感はした。


「だから、先生を呼び戻すための生贄。それを私たちの中から出すって…… 宿屋の人が言っていたの。 私は見たのよ」


 ボソボソと独特の抑揚で話す恵津子。


「「えーー!!」」


 ワタシと春子の上げた声に、部屋の中のみんなが振り返った。


「どうしたのよ? いきなり大声出して」


 浦安音澄(うらやす ねすみ)という女子だ。クラスヒエラルキーの上の方にいる。

 あまり話をしたことがない人だった。


「ううん、なんでもない。なんでもないから」


「ふーん……」


 訝しそうにこっちをジッと見つめる浦安音澄。

 普通であれば、美少女といっていい顔立ち。

 でも、あれには叶わない。

 どう考えても無理だわ――


 ワタシたちをこっちの世界に連れてきた元凶ともいえる存在。

 あの天成の、女たちだ。3人の女。

 それに、天成の母親という女の人。

 全員、異常なくらいキレイだった。あり得ない。

 しかも、全員、あの目つきの悪い天成の許嫁だという。

 自分たちの国、なんだっけ…… ぱ、なんとかという国に帰るまで、一緒の部屋に寝ていた。

 信じられなかった。


 浦安音澄は、興味を失ったように、スッとこちらから視線を外した。

 そして、取り巻きの中に戻っていった。


「アンタ! ちょっとこっち来て!」

 

 ワタシは小さい声で、市原恵津子を呼んだ。

 恵津子はスッと音もなく、歩いてこっちに来て座った。

 

「ねえ、その話本当なの? 生贄って」


 声をひそめ、私は恵津子に訊いた。


「本当よ。私は見た―― 会議の様子を一部始終見たの。この世界のドロドロした闇だわ」


 独特の芝居のような口調で恵津子は言った。

 そう言うと、彼女は目を押さえた。


「怖い…… だって、処女を生贄にするって…… 私処女だし」


 ポリポロと恵津子は泣きだした。

 ワタシたちに話したことで、感情のスイッチが入ったみたいだった。


 彼女は家で可愛がっているネコがいて、日ごろからネコに会いたがっていた。

 異世界を物陰から見張る事でなんとか精神を支えている。それが彼女だった。

 それで、見なくてもいい会議なのを見てしまったのだ。


「え…… でも、処女かどうかとか、どうやって……」


 春子の声が震えていた。


「うん、一人一人確認するって……」


 ぐすぐすと、鼻をすする音を交え、とんでもない情報を明かす、恵津子だった。


「ちょっと…… どうすんの? それいつ?」


「なんか、揉めてた…… 確認役を誰がやるかで揉めてた…… トーナメントで決めるとか、なんとか……」


「なによそれ!!」

 

 ワタシは体の芯が震えてきた。

 当然、ワタシも処女だ。多分、声の震えからして、春子もそうだ。

 どうすれば…… 

 でも、生贄ってことは、殺されるってことだ。

 そんなので、先生が戻ってくるわけがない。

 そもそも、先生がどこに消えたのかもわからないのだから。


「あ、天成君たちに、連絡をとって、助けてもらえないかな」


 弱々しく、恵津子が言った。

 しかし、あいつらがどこに行ったのか、私はよく覚えていない。


「確か、パンゲア王国っていっていたわね」


 か細い声で春子がいった。確か、そんな感じだった。

 うん、間違いないかも。


 何日か前に、彼らは、魔法で飛んで行った。

 名前は分かっても、どうやって行くのか?

 そして、誰が行くのか。

 ここにはスマホもない。直接行って、助けを求めるしかない。

 でも、そのパンゲア王国がどこにあって、どのくらい離れているかも分からない。


「ねえ、アンタたち、さっきからコソコソなに話してるの?」


 いつの間にか、後ろに浦安音澄がいた。

 腕を腰に当て、偉そうに座っているこっちを見下ろす。


「あ、あの…… 出て行った天成君たちが、どうしているかなって……」


 とっさにごまかすワタシ。


「はぁ~? あのバカとビッチたち?」


 ハンっとバカにしたように、浦安音澄は言った。


「そうね、あのバカの千葉と天成はよろしくやってるのかしらね。こっちは大変なのに!」


 彼女はこれ以上不機嫌な話題には参加したくないという感じで踵を返すと、元に戻っていった。

 ホッとする私。

 生贄の話は、ワタシたち3人だけの秘密にしないとダメだ。

 大変な騒ぎになる。


「そうよね…… あの、千葉がいっしょなのよね」

 

 吐き捨てるように春子が言った。

 千葉というのは、ウチの学校を代表するとびきりのバカだ。超バカといっていい。

 ただ、勉強が出来るという以外は、完全にバカだ。


 県下有数の進学校ともいえるウチの学校で成績は常にトップ。

 県内でも順位は片手で数えられる範囲にはいるほど、「勉強だけ」はできる。

 でも、それだけだ。

 

 人格は完全に崩壊していたし、オタク趣味全開で隠そうともしない。

 いつも、デカイカバンを持ち歩いていた。

 なんか、盗撮動画を集めているという噂もあった。


「腐りきった日常の壁を突き破れ! 生活保守主義者の凡俗が! 3次元の女なんぞ興味が無い! 負け組だ」


 口を開けば、メガネをクイっと持ち上げ、このような意味不明なことを叫ぶ。

 ある種頭のおかしな人間だった。それに比べれば、異世界人でも天成の方が幾分まともに見えた。


 その千葉は、この異世界に来たら、更に生き生きとしだした。


 バケツで煮込んだ、得体のしれない肉をガツガツと食っていく。


 私たちも、泣きながら、嗚咽を堪え、それでも生きるためにそれを口にした。


 そんな私たちを見て、彼は「それでも大和民族の末裔かぁッ」と罵倒してきた。

 もはや、思考回路が私たちとは完全に違っていたのだと思う。


 そして、あまつさえ、エルフに変身してしまったのだ。

 そんな、千葉も一緒なんだ。

 助けを求めるってことは、千葉に助けを求めるということなんだ……


 なんだか、凄く嫌な気分になった。


「ねえ、本当に、どうすればいいの」


 恵津子がジッとこっちを見つめて言った。

 ワタシはそれに返事をすることができなかった。

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