第三九話:惨劇の物理法則(エネルギ=質量× 光速度の2乗)

 ドガァァァァーーーン

 

「ちょぉぉ! なんだぁ!」

 俺はチュポンと唇を貪る許嫁たちから口を離した。

 銀色の細い糸が、3人の許嫁の間に伸びていくが、それどころではない。

 凄まじい衝撃と爆音で体がゆすぶられる。


「魔法による投石攻撃ですか。あ、また来ましたな――」

 

 セバスチャンが冷静に現状を教えてくれた。


 ごぉぉぉぉぉぉーー

 ひゅるるぅぅぅーー


 巨大な物体が風を切って進む音が聞こえた。

 俺は顔を上げた、岩石だ。巨大な岩石が飛んできている。


 ずがぁぁぁーーん


 更に着弾。石造りの城壁をぶち抜いて、がれきを巻き上げていく。

 凄まじい破壊力だった。

 

「もうね、せっかくいい感じだったのにガチホモ殺すわよ」


 俺にしがみ付いていたエロリィがひょいと地面に着地した。

 長い金髪ツインテールが揺れる。

 先ほどまでのトロ顔から普段の強気な眼差しに戻っている。

 吸い込まれるような碧い瞳でガチホモの群れを見下ろしていた。


「魔法使いですか…… 見つけ出して、まずは殺しますか」


 メガネの奥の切れ長の目が妖しく光る。エロ痴女モードから、暗殺モードにスイッチが切り替わったシャラートだ。

 いつの間にか、両手にはヌメヌメと凶悪な光を放つチャクラムが握られている。


「あはッ、殺すなら、私もやるから。皆殺しの前に、血祭りにあげるか?」


 ゆらりと緋色の髪をたなびかせ、超絶美少女が凶悪な言葉を吐く。

 ライサだ。彼女は拳にハメ込まれたメリケンサックを握りこんでいた。


 もしかして、この3人を投入すれば俺は何もしなくてもいいんじゃないか?

 チラリとそんなことを考えた。

 1人あたり5万人か…… 軽く殺しそうだよ。俺の許嫁たちは。


「フッ、大質量の岩石による攻城―― 所詮は我々が3000年前に通過した場所だ。投石機(キャタパルト)を使うか魔法を使うかの差。本質は変わらん」 


 斬れるような笑みを浮かべながら、エルフの美少女が言った。

 外見はエルフの美少女だけど、中の人は一味違う。

 濃厚なアニヲタ、軍ヲタである男子高校生、千葉君なのだ。

 エメラルドグリーンの長い髪が月明かりの中を揺れていた。


「敵は我等を包囲し、岩石を撃ちこんできています。今の我々には、これを防ぐ方法はございません」

 

 セバスチャンが微塵も悲壮感を感じさせず、淡々と言った。

 確かに城のあちらこちらは壊れている。岩石攻撃の爪痕が生々しく残っているのだ。


『ねえ、アイン』

『なんだよ、サラーム』

『こっちも、石をぶつけてみたいわ』

『え? そんなもんでいいのか』


 思わず聞き返してしまった。


 俺の体内に引きこもっている精霊様が所望したのは石を投げ返すことだった。

 案外、おとなしい攻撃方法に俺は少し安堵というか拍子抜けした。


 コイツなら、巨大な竜巻でも作るとか、無数の稲妻でここに地獄を現出させるかと思っていた。

 もしくは、真空の刃を無数に作って、15万人を残らずミンチにするとか……

 とにかく、残虐性に関しては、とても「精霊」とは思えない存在なのだ。

 命を奪うことになんの躊躇もないことでは、俺の許嫁以上だ。


 まあ、どんな方法にせよ、ここ阿鼻叫喚の地獄が現出することは確実と思っていた。

 それが、投石か……

 岩石を投げ返すくらいなら、本当におとなしい。

 それでガチ※ホモ王国の軍隊が潰走してくれるなら、必要以上の殺戮もしなくていい。

 うん、サラームにしてはまともな提案だ。


『いんじゃね? 投げてみるか』

『じゃあ、やってみるわ』

 

 サラームが俺の胸のあたりから、にゅるーんと顔を出した。

 キラキラとした光がこぼれ落ちる。月明かりより強い光だ。


 こいつも見た目は可愛い少女のような顔をしている。

 キラキラと全身が輝いている。知らない人が見れば確かに聖なる存在に見えなくもない。

 

 俺の中に引きこもり、全方位ヲタと化した「精霊」なのだが、一般人の考える「精霊」の概念からは程遠い。

 精霊というよりはもっと別の何かだ。なんというか、無垢な邪悪さの塊という感じだ。

 サラームの精神構造は、俺が異世界で出会った者の中でも、最悪レベルといっていい。

 ただ、今のところは心強い味方ではあるのだが。ヲタ仲間というか師弟でもあるのだ。


『あ、ちょっと待て、一応説明しておくわ――』

 俺はサラームとの脳内会話を中断した。


「俺がガチホモどもに、報復の鉄槌を下す―― 石だ。この俺の力で奴らにも巨石の雨を降らしてやる」

 

 銀色の髪の毛を指でかきあげながら、俺は言ってやった。

 おそらく俺の銀と黒の髪の毛は、月明かりと漆黒の夜のコントラストのようになっているのだろう。

 つまり、今の俺の外見はかなりカッコいいのだ。だから、3人も許嫁がいて、全員俺にマジ惚れなのだ。

 

「ほう、それは見事な提案でございます」


 セバスチャンが恭しく頭を下げる。


「あはッ! んじゃ、アインが石を投げて、残った奴はこっちで皆殺しでいいかぁ。ああ、殺したい。早くぶち殺したいな」


 血のような色のルビーの瞳を光らせ、ライサがウキウキとした言葉を吐いた。

 その精神性は、完全にシリアルキラーだ。超絶美少女で俺の許嫁なのだ。

 いつの間にか、釘バットまで手にしている。

 メリケンサックに釘バットで武装した美少女だ。


「ああ、アインの攻撃では、私たちの出る幕はなさそうです―― 天才ですから」

 

 すっとシャラートがチャクラムをしまった。どこにしまったのかよく分からん。

 プルンと巨大なおっぱいが揺れる。さっきまで俺がモミモミしていたおっぱいだ。

 今日は後29回揉むことができる。


 俺の腹違いの姉で婚約者の彼女は、俺へのベタ惚れ歴が一番長い。

 なんせ生まれたときから俺を狙っていたという生粋の痴女だ。

 俺も、メガネで巨乳で黒髪のこのお姉様がかなり好きなのであるが。


「もうね、アインは強気すぎるのよぉ~、私にもやらせないさいよ…… でも、そんな強気なとこも、ちょっといいかも」


 金髪ツインテールのプリンセス。エロリィが上目づかいで俺を見つめている。長い金色のまつ毛がキラキラと光っている。

 奇跡のような美少女だ。


 3人の許嫁は俺にぞっこんであることをあらためて確認した。気持ちいい。

 このまま、ガチホモを滅ぼし、イチャイチャとハーレムライフで行けるのではないか。

 俺が当初考えていた、異世界ライフプランは、かなり現実味を帯びているのではないか。


「確かに、面白い提案であるが―― アイン……」

 

 俺の4人目の婚約者が口を開いた。エルフの美少女。エメラルドグリーンの長い髪と繊細な肢体を持った幻想世界の住人だった。

 しかし、その中身は俺の高校のクラスメイト、千葉君だ。出席番号18番の男子高校生。


 ふわりと優雅な舞を舞うように、俺の方に向かって歩を進めてきた。


「なんだ? 千葉、問題があるのか?」

「この城内には、向こうが飛ばしたような巨大な石はないぞ」

「ん? そうか……」


 俺は城壁から周囲をみた。こちらに撃ちこまれた岩石は着弾の衝撃でバラバラになっている。

 確かにデカイ石というのは、この城内は無いように見えた。


『はッ! なに言ってるのよ、このヘタレエルフが、石なんてくっつけて大きくできるわ』


 サラームはニュルニュルと俺の体内からはいずりだし、空中を飛んで周囲を見た。

 キラキラと月明かりを反射する4枚羽がパタパタと動いている。

 ただ、腰の部分から俺の体に向け、細いひものような物が伸びてくっついている。

 

 サラームは、日本で生活していた12年間、俺の体内に引きこもっていた。

 魔素が少なく、俺の体の中でしか生きていけなかったからだ。

 そのせいか知らないが、今も、アンビリカルケーブルのようなもので、俺とサラームはつながっている。


「石はでかくできる。小さいのをくっつければいいからな」

『そのとーりだわ!』

「ほう……」


 エルフの千葉の視線は俺ではなく別の場所を見つめていた。先ほど撃ちこまれた岩石の着弾したところだ。

 城壁が粉砕され、瓦礫の山になっている。

 すっと、思案気に人差し指を口に当てるエルフの千葉。視線を天に向けつつ小さくなにかつぶやいていた。


「大きさに拘らなくともいいのか…… 面制圧ならば、数か……」


 くるりと千葉は俺の方を向いた。


「なあ、アイン、一式陸攻と九七式重爆の運用思想の差は爆弾搭載の形式にある――」


 いきなり軍ヲタ以外には理解不能の一言をぶちまける。

 俺はアニメと漫画とラノベとゲーム専門のヲタではあるが、千葉の言っているのが旧日本軍の爆撃機の話というのは分かった。

 ただ、なんでそんなことをここでいうのかは理解できなかった。

 ポカーンとしている俺に、千葉は説明を開始した。

 

 よーするに、小さな石を数多くまき散らした方が15万人を殺すにはやりやすいという話だった。

 でっかい爆弾を数個落とすより、数多くの小さな爆弾で面をカバーしてしま方がいいという話だった。

 例えの方が難解で、意味がわからん。


『ふーん、要するに石を雨あられのように降らせて皆殺しにすればいいというわけね』


 サラームも千葉の言っていることが理解できたようだ。


『どーするサラーム?』

『いいわよ。よく考えて見れたら、石の大きさなんて関係なかったし――』

『そうか……』


 まあ、拳骨くらいの石でも人間は当たれば死ぬからな。

 

「分かった、千葉。面制圧だな。とりあえず、やってみるわ」


 俺は千葉の提案に乗ることにした。

 

『んじゃ、サラーム、始めるか』

『分かったわ!』


 俺の魔力回路が回転し、大気中の魔素から膨大な魔力を生成する。

 12年間の日本の生活で、俺のオヤジは魔力回路を錆びつかせたが、俺は逆に魔素の濃い異世界で膨大な魔力を作り出せるようになっていた。 

 作り出した魔力がサラームに流れ込んでいるのが分かった。


『いいわねぇ、これだけの魔力があれば、なんでも出来そうだわ』


 精霊サラームが空中にホバーリングしながら、「ニィィ――」と笑った。

 全身の輝きが増してきているような気がした。


 城の中のいたるところにある瓦礫がふわりと宙に舞いあがった。

 まさに砲口に込められた必殺の砲弾と言った感じだ。


「さすが…… アインです。やはり、天才です」

「あはッ。すごいな。やっぱ、惚れ直すな」

「もうね、これを撃ちこむなんて鬼畜なのよぉ、でも、そこがいいの……」


 シャラートとライサとエロリィがうっとりと俺のことを見ている。

 俺はやはりすごいのだな。

 ひひひひひ、さてこれが終わったら、突撃前にさっきの続きをせねばなるまい。


 超絶級の美しい許嫁の視線を感じて俺は有頂天である。

 さっさと、片付けてしまう。

 ちょっと攻撃すれば、潰走すんだろ。


『んじゃためしにまず一発ね』


 サラームがすっと人差し指を突き出し、ガチホモ集団を指さした。


「キーン」と甲高い音が響いている。

 音の方を見た。なんか宙に浮いた石が高速のジャイロ回転をしていた。

 見る見る内に、石が白熱化しているのか、眩い光を放って来ている。

 その石が放つ光で、俺たちの足もとにはっきりと影ができた。 


『おい…… サラーム…… なにやってる?』

『破壊力を増しているわ。高速回転させて、それから高速で撃ちだすわ』

『高速?』

『エネルギーは速度の二乗に比例するのよ。速さは質量を補うわ』


 12年間の日本生活でアニメ、ゲーム、漫画、ラノベを浴びるように吸収した異形の精霊は、中途半端な科学知識を持っていた。

 魔法と科学が融合した、危険な存在になっていた。


『おまッ! ちょっと待て!』


 ひゅん――


 風を切る音が聞こえた。

 俺の言葉は無視され、1発目の石が射出されたのだ。


 一瞬の間が空き、地平の彼方がごわぁぁぁっと明るくなった。

 半円形の光の塊がむくむくと大きくなるのが見えた。

 まるで日の出のようであった。地平の彼方が閃光に包まれている。

 茫然と見つめる俺……


「すごいです。アイン――」

 感嘆の声を上げたシャラートの顔はその光で照らされていた。

 

 どがぁぁぁぁあああああああああああああああああああああーーん


 しばらくして、固形化した空気の塊が俺たちに叩きつけられた。

 爆風だ。凄まじい爆風。

 踏ん張る俺。シャラートが俺に抱き着いてきた。

 柔らかなおっぱいが俺に押し付けられるが、それどころじゃねーよ。

 ちらりと見ると、他の奴らもなんとか、踏ん張っている。

 おい、セバスチャンなんでオマエは、涼しげに立っていられるんだ?

 

『うーん…… ちょっとはずしちゃたわね』


 目の上に掌を当てサラームが言った。遠くを見る時の定型ポーズだ。

 爆風の中でもパタパタと普通にホバリングしていた。


 そして、爆風が止んだ。


「まるで、巨〇兵の一撃だな……」


 エルフの千葉が座り込んだまま言った。

 川の対岸にいるガチ※ホモ軍もざわざわと動き出していた。


「しかし、大きく外れておりますアイン様。正確に狙っていただきませんと困ります」

 セバスチャンが棒読みで言った。読み上げソフトより感情がこもっていない。


『次は外さないわよ!』

『あああ、サラーム、オーバーキル過ぎる! ヤバいって、これヤバい!』


 俺の脳内の叫びを無視して、一気に回転を始める空中のがれき。

 甲高い音と眩い光が空間を支配していく。

 無慈悲な死と破壊をもたらす、前奏曲と光の演舞だった。


 ヒュンと音を立て無数の光が空間を突き進む。

 ビーム兵器のように青白い光の帯を引きながら、ガチ※ホモ軍のいるエリアに次々に着弾していく。


 目の前に繰り広げられているのは、まさに黙示録の惨劇。この世の終わりを告げる天使のラッパが聞こえてきそうだった。

 

『あはははは!! 死ねばいいのに、バカみたいね』

 

 光りと轟音の中、ガチ※ホモの兵隊が殲滅されていく。

 俺たちも爆風と閃光の中、まともに立っていることができない。

 俺の脳内には、精霊様の高笑いまで響いている。


『サラーム、もうやめろぉぉ、十分だ。オーバーキルだ』

『えー、面白いのにぃぃ』


 不意に、俺とサラームは話を止めた。それどころじゃない事態が起きかけていた。


 どどどどどどどどどどどどどどどどどど――


 なんだこれ?

 先ほどまでとは感じの違う腹に響くような重低音の響きが聞こえてきた。

 まるで、地面が揺れているような……

 いや、揺れてるよ! 地震か?


 どがぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!


 巨大な火柱だった。

 ガチホモ軍のいたあたり、散々、高速の石を撃ちこんだあたりから、巨大な火柱が立ち上がっていた。


 まるで、炎でできた巨大な柱が天に突き立つように伸びている。火柱と言うより炎でできた世界樹のような感じだ。


 地面の揺れが止まらない。

 絶叫マシンのように地面が揺れる。

 この世の終焉がやって来たかのような光景だ。


「アイン――」

「な、なんだ? 千葉」

 エルフの千葉が真っ白な顔で、俺の方を見た。完全にへたり込んでいる。


「地殻が、地殻まで破壊したんじゃないか…… お前……」


 笑っているのか泣いているのか分からない顔でエルフの千葉が俺に言った。

 俺しらねーよ。 

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