第三七話:落城寸前! パンゲア王国! 発動「ホモ決号作戦」

「む! ルサーナか。そなたたち、無事でなりよりぢゃ。シュバイン、オヌシの帰還を待っておったぞ」

 パンゲア王国の国王にして、俺の祖父。ガルタフ3世が重々しく口を開けた。

 ただのぼけ老人ではない雰囲気があった。見た目と言葉だけは。


「はい。お父様もご健勝でなによりです」

「お待たせして、申し訳ありません」

 ルサーナとシュバインが恭しく答える。

 健勝かどうかは、甚だ疑問が残ると思うが、特に言うことは無い。

 

「ところで、オヌシらを呼んだのは他でもない――」

 ガルダフ3世はずっしりとした質量のある言葉を吐きだす。

 これが一国の国王の出す、威厳なのか、迫力なのか、凄まじい目力でこちらを見やった。


「予の、予の晩御飯はまだかぁ? セバスチャン」

 キュインと首を回転させた。

 俺の祖父さん、頸椎の関節が滑らかに動く。


「さっき食べたばかりです。陛下」

 王座の右側にいつの間にか、黒い服を着た男が立っていた。

 まさに「セバスチャン」という名前の通りの雰囲気の男だった。


「あああ? そうか?」

「そうです」

「え? なにを食べた?」

「ギンダラの煮付けに、キャベツとジャガイモのスープ、おかゆライスにございます。陛下」

「お…… おかわりはどうぢゃ?」

「しました。陛下」

「したのか! おかわりしたぢゃと! 予はお代わりをしたのか!」

「はい。3杯しました。おかゆライスを」

「そうか…… したかよ…… おかわりしたか……」

 ガルダフ3世はぐっと天を仰いだ。

 そして、力なく肺の中を空気を吐きだした。

 ガックリと、巨大な頭部を下に向け、プルプルと振った。


「ときに、セバスチャン」

「はい。閣下」

「なぜ、予はここにいるのぢゃ?」

 真面目な顔で訊いているガルタフ3世。

 ある種、「実存」とか「存在」とか哲学的な問いかけに聞こえなくもないが、実はそんなことは微塵もない。


「ルサーナ様が帰還してまいりました」

 セバスチャンの言葉にキュインと首を回転させる。そして、俺たちの方を見た。

 俺と視線が絡み合う。「ニィィィ」と獰猛な笑みを浮かべる祖父さん。


「ルサァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアナァァァァァ!! 予の娘! 可愛い娘ぢゃゃぁぁ!」

 絶叫の尾を引いて、俺に突撃。巨体が空気の壁をぶち抜いて吹っ飛んできた。

『サラーム! 吹っ飛ばせ。殺すなよ』

『はーい』

 個体と化したような空気の塊がガルダフ3世を叩く。

 俺の銀と黒の髪の毛が圧倒的な風圧の中を舞う。

 それを十字ブロックで堪えるガルダフ3世だった。

 足元から焦げ臭い匂いを出しながら、ズザーーと後退した。しかし、体勢は崩さない。


「むふぅぅ…… 見事な攻撃…… やはりルサーナか?」

 大剣を抜いて水平に構えた。

 ふらふらとした足取りで、間合いを詰めてくる。

 片手で剣を握り、刀身を指で挟んで構えている。


『ああ、生意気ね。このジジイ。殺そうかしら。ねえ? 殺していい? もう、曖昧になってるみたいだし、殺した方がいいと思うわ』

 攻撃を防がれたサラームがムッとしている。

『一応、俺の祖父さんなので、やめてくれ。曖昧になったからといって、殺すのはよくない』

『ま、いいけど、ジジイはまだやる気みたいだわ』


 ガルタフ3世は戦闘態勢のまま、こちらを見つめている。

「ふぅ、ふぅ」言いながら、ジリジリと間合いをつめてくる。


「はいはい、陛下、おしまいです。ちゃんと玉座についてください」

 セバスチャンの声に王の動きが止まる。

 パンパンと手を叩く。


「おしまい? 晩ごはんか? 晩ごはんの時間か?」

「それは、先ほど食べました」

「なんだとぉぉ! 予は晩御飯を食べたのか?」 


 地獄だった。まさに、地獄のデスコミュニケーションだ。

 それから、延々とセバスチャンとグスタフ3世の晩御飯ネタが続く。

 晩ごはん地獄から一歩も抜け出せない。

 時々、「ルサーナァァァ」と絶叫して剣を振り回す。

 完全に、ぶっ壊れているとしか思えない。

 ガチ※ホモ王国との戦争以前に、王様がこれでは、国は詰んでいるとしか言えない。


『エンドレスジジイね……』

 サラームがつぶやいた。

 晩飯という重力に囚われ、時の永劫回廊をクルクル回るジジイだった。


「なかなか、いい味を出している王だな―― さすが、異世界の王というしかあるまい……」

 エルフの千葉が小さくつぶやいた。

 ふわりと緑の髪が舞う。

「感心している場合じゃねーよ……」


 ドガァァァーーーン


 爆発音とともに、謁見の間の壁がビリビリと震えた。


「なんぢゃ? 晩ごはんの合図か?」

「陛下、畏れながら、ガチ※ホモ軍の攻撃と思われます」

 セバスチャンの冷静な言葉。

「ガチ※ホモだとぉぉぉ!! あの汚物どもがぁぁぁ! 殲滅してくれるわぁぁぁ!」

 獅子吼する曖昧老人。


「いったいどうなっているだ? 戦況は? ガチ※ホモ王国はどこまで攻めてきているのですか?」

 元将軍職にあった俺のオヤジが訊いた。

「皆殺しだ」「殲滅だ」と叫んでいた祖父さんがシュバインの方を見た。


「難しい。戦況は厳しい。しかし、オヌシらがいれば勝てる! 奴らを皆殺しにできるのぢゃ!」

「厳しいのですか?」

「その辺りは、私の方から――」

 セバスチャンが口を開いた。

 祖父さんもそれを止めない。「ウム」という感じで頷いた。

 どうやら、やっと話が前に進むようだ。


「この王城は完全に包囲されています。落城寸前です」

「なに?」

「先ほどの衝撃はおそらく、上級魔法使いによる攻撃です。巨大な岩石を撃ちこんできています。残念ながら、我々にはこれを阻止する力がありません」

『芸の無い攻撃だわ。ゲイだらけのくせに。あはははは』

『全然、上手いこと言ってないからな』

 サラームと俺の脳内のやりとりに関係なく、セバスチャンは冷静に言葉を続けた。

「王城を包囲している戦力はおよそ15万人です。こちらの戦力は城内に1万というところです。以上」

 セバスチャンが恭しく頭を下げた。平然とした顔のまま、己を含む1万人の死刑宣告をした。

 つーか、落城寸前の城に転移してどーすんだよ?

『15万集まろうが、クズはクズよね。命なんて一瞬で消えちゃうから、全部殺して、アニメ見ようよ』

 俺の体に棲む、危険思想の精霊が言った。マジでそれができる能力があるだけに始末に負えない。


「シュバインよ」

 玉座に座ったガルタフ3世が俺のオヤジの名を呼んだ。

「ハッ!」

「逆襲だ。オマエなら出来る。転移魔法で、ガチ※ホモ王国の城に跳ぶのぢゃ。ガチ※ホモ王の奴のタマ取ってくるんじゃぁぁ」

「あ……」

 オヤジが固まった。オヤジは12年間の日本での生活で完全に魔力回路が錆びついてしまった。魔法が使えなくなっている。

 身体能力は高いままだが、空間転移の魔法は使えない。

 そもそも、自分の娘婿を鉄砲玉に使うというか、特攻作戦投入というのが、すごい。

 あれか、高貴なる者の義務というやつか?

 俺はよく知らんが。


「王様! 恐れながら申し上げます!」

 くいっとエアメガネを持ち上げながら、千葉が言った。エルフなのだけどね。

「む? キサマは? 何者だ? 晩ごはんを持ってきたのか?」

「違います、王様―― 作戦です。この私に作戦があります」

 千葉が言い切った。

 大丈夫かよ。

 千葉は、生粋の軍ヲタでもある。

 特に旧軍のことに関しては、ほとんどオタを通り越している。

 あれだけのアニメ好きのくせに「艦〇レ」を絶対に認めていない奴なのだ。


「む? 作戦だと? で、貴様、何者?」

「はい、あの方は、アインザム様の婚約者となります」

 セバスチャンが紹介した。頷くエルフの千葉。


「なに! 孫の婚約者だと…… よし、作戦を言ってみろ、晩ごはんはその後だ……」

 いまだに、晩ごはんの地平から抜け出せないお爺様。


「セバスチャン! 敵の総兵力、敵本国における予備兵力は?」

 エルフの千葉が訊いた。

「各地に遠征しておりますので、本国の予備兵力は1万を切るかと」

「なるほど……」

 エルフの姿をした千葉は顔を掌で隠す。思考してますって感じのポーズだった。


「エロリィちゃん」

「はぁ、なによぉ?」


 凄まじくかったるそうに返事するエロリィだった。

 もはや、王様の前にいるという自覚ゼロ。というか、彼女も王女なのであるが。

 金髪ツインテールをプラプラ揺らして、後ろ手に組んで、千葉を見やった。


「超絶天才のエロリィちゃんは、どのくらいの規模大きさの空間を転移できるのだろうかと?」

「そうね、転移魔法は、距離と質量の積が、魔力量に比例するのよ」

「例えば、この城全体を飛ばすとすれば、ガチ※ホモ王国まで可能ですか?」

「軽いわね。全然軽すぎて、もうね、今すぐにでもできるわよ」


 おい、千葉、お前、なにを考えている?

 俺の想像通りだと、「城ごと特攻」って作戦を考えているように聞こえるけど。


『ふーん、全体で特攻、突撃は敵を倒す王道ね…… さすが、認めざるを得ないわ』

『ヲタ知識だけで全てを語るなよ。城ごと突撃する戦争とか冗談じゃねぇよ』

『じゃあ、どうする? 今すぐ、全部殺す? それでもいいわよ』


 うーん、今は包囲されている敵を全部ぶち殺した方がいいような気もしてきた。

 俺とサラームなら出来るだろうし。


「なあ、千葉」

「なんだ? アイン」

「今は、包囲されている敵をどうにかした方がいいと思うのだが?」

「うむ、それが出来ればそれもありだ。しかし、15万は大きすぎる。こちらの被害も無視できないだろう。それよりもだ! 一気に敵本国に突撃だ。一気に本国を落とす。それで戦争は終わりだ――」


「いや、俺なら、全員ぶち殺せる――」

 俺はさらりと言った。

 銀と黒の髪をかきあげてやった。


「さすがです。アイン――」

「あはッ! 言うなぁ。ま、出来るだろけどさ」

「もうね、強引なのよおぉ。がっつぎすぎなのよぉ」


 俺の婚約者たちが、俺絶賛だった。ちょっと、気持ちいい。


「よし! 殺せ! ぶち殺すのぢゃぁぁ! ガチホモをぶち殺すのぢゃぁ! 汚物をこの世から消し去るのぢゃぁぁぁ! 晩ごはん前にな!」

 ガルタフ3世が絶叫する。


「えーということで、作戦は、城を包囲している15万人を、アインザム様が皆殺し、その後、エロリィ様の魔法で、城ごと突撃ということでよろしいでしょうか?」

 冷静にセバスチャンがまとめに入った。

 なんという、雑なまとめ。雑な作戦。


「作戦決行は明日0200。本作戦を『ホモ決号作戦』と命名することを提案します」

 ビシッとした千葉の声が響く。

 俺はうんざりした気持ちでその言葉を聞いていた。

 それにしても、なにそれ。最悪の作戦名に聞こえるんだけど。

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