第二四話:バトル・オブ・ダンジョン!
空間を圧するほどの存在感。
なんだろう、2歳の時に見たカオスドラゴンより小さいのに、圧倒的に禍々しく見える。
その存在が、空間を歪がめているような感じだ。
俺の膝がガクガクと細かく震えた。
「ほう…… 異形の6本腕かぁ。デザイン的にはH・G・ギーガの影響が見えるような気がするが? どうだ? アイン?」
「余裕だな。千葉(仮称)」
千葉が言うように、ガルガリオスと名乗った異形のモンスターは6本の腕が生えていた。
通常の位置にある腕が2本。背中から4本の腕が生えていた。
「黒鉄、呪王、炎焔、水魔、土硬、闇穴よ―― 我が6本の腕の贄となるか」
煮えたぎった溶岩をかき混ぜたような声。
聞いているだけで、気力が萎える。
「アイン、下がってなさい」
「分かりました! お姉様」
シャラートの言うとおり、素直に下がる俺。
千葉だった美少女エルフも下がる。
池内真央先生は、状況が飲みこめてないのか、棒立ちだった。
妖艶な目つきで、モンスターを見つめる。
「先生! 危ない!」
池内先生は危ない先生であるが、状況はもっと危ない。俺は先生の手を引いた。
「あん、天成君、強引ね、うふ(ああ、いきなりどうしたの? もう、でも男の子のこんな強引なとこも嫌いじゃないの、うふ)」
「先生、それはどーでもいいから! アイツ、危険だから!」
池内先生は妖艶な眼差しをモンスターに送る。泣きボクロのある目。
「ああん、ダメ…… こんな大きいの。しかも、一度に6本なんて…… ああ、ダメよ、私、気が遠くなってしまいそう。ああん(だめよ、真央。しっかりしないと。天成君の前で大人の女として、ちゃんとしているところを見せるの。ううん、違うわ。これは教師としての務め…… うふ、でもちょとは期待してしまうかも)」
こんな事態でも平常運転でダダ漏れの内面描写。
外見も人外だが、精神性ではとっくに人外だったのかもしれない。
パタパタと背中の羽がはばたいている。
そして、俺たちの前に2人が立った。
シャラートとライサだった。
「殺します――」
シャラートは氷のような目をして、チャクラムを両手に持っていた。
ストレートの長い黒髪のクールビューティ。俺の異母姉にして、婚約者だ。
すっと目が細められる。値踏みするようにモンスターを見つめている。
完全に殺人マシーンモードに入っていた。
暗殺者として英才教育を受けた超一流の暗殺者。
6歳の時点で、その戦闘力は他を圧倒していた。
「あああ、殺すか? 死ぬか? あはッ!」
もう一人はライサだった。獰猛な笑みを浮かべ、敵を見つめている。
俺の婚約者。緋色の長い髪とルビーのような瞳の超絶級の美少女だ。
シャラートを「静」とするなら「動」の美少女だ。
スラリとした肢体からは想像つかないほどのパワーを持つ。
殺傷本能の塊のような、美少女の形をしたジェノサイド兵器だ。
さらに1人。エロリィが俺たちの後ろにいた。彼女は大きく間合いを開けていた。
「今から、特上の禁呪をぶちこんでやるのよぉぉ!」
その口元から、ちょこんとした八重歯が見える。
神聖ロリコーン王国のプリンセスにして「禁呪使い」だ。彼女は呪文詠唱の時間が必要なのだろう。
空間すら歪める凄まじい「禁呪」を使う。
彼女は「禁呪」での攻撃を狙っているのだろう。腰を沈め、両手を大きく広げている。
それだけで、青白い魔力光が全身から立ち上がっていた。
まるで、極光(オーロラ)に包まれた北欧の美少女だった。
「小虫どもが…… 先に行きたくば、我を倒せ」
ガルガリオスの声だけで空間に凄まじい圧力が生じた。まるで暴風のような圧力。
「上等ぉぉ~」
ライサが牙をむいて笑みを浮かべる。
これから始まる闘争に対する歓喜の表情だ。
シャラートの目は冷たいままだったが、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
俺の婚約者たちは、殺し合いが大好きだ。
すっと、ライサが一歩だけ間合いを詰めた。
緋色の長い髪が、異形から出る圧力によって宙を舞っていた。
左右非対称の長い髪。
血の色をした髪だった。
ギュッと拳を握り込んだのが分かった。メリケンサックだ。
なんでできているの分からないが、鋼のような光沢を見せる凶器だった。
ザンッ!
飛んだ。ライザが弾けるように突っ込む。残像を置いてきぼりにするような機動だった。
一直線に、ガルガリオスに突っ込む。
弾丸のような機動だった。
「おらぁぁぁ!! 死ねやぁぁ! ド畜生が! ぶっ殺してやる! 死ね! 殺す!」
砲撃のような右拳が唸りを上げる。
バガァァァーーン!!
凄まじい音が響く。部屋の壁がビリビリと震え、ホコリが舞った。
拳と拳が正面衝突したのだ。
ガルガリオスが放ったのは背中から生えている腕の一つだった。
巨大なハンマーのような腕。まるで鉄塊のような腕だった。
電信柱を何本か束ねたような太さがあった。拳は巨大な鉄塊だった。
それが、ライサの拳と正面から衝突した。
空中でギリギリと押し合う2つの拳。
「ぬがぁぁ!!! くそがぁぁ!!」
ライサが吼えた。
固く張った弦をはじくような高い音がした。
腕を振りぬいたのはライサだった。巨大な鉄塊のような拳が吹っ飛ぶように後方に弾かれた。
その細い体から想像できない超絶的なパワーだった。
「ぬぅ、黒鉄の腕を弾きよるか……」
「あはッ! 死ね! 喰らいやがれ!」
ライサは振りぬいた右拳を戻すことなく、そのまま前方に回転する。
縦回転のハリケーンだ。蹴りだ。パンチを撃ちこんだ回転力を生かし、そのまま跳び上がり前転した。
スラリと長い脚が天に向かって突き立ち回転する。それは、振り下ろされんとする巨大な剣だった。
ガルガリオスの直上にライサの踵(かかと)があった。唸りを上げる攻撃。
空を切り裂き、直上から急降下するライサの足。
『へえ、この女、魔力回路から魔力を直接筋肉に流すんだぁ』
サラームの言葉が俺の頭の中に響いた。
ガルガリオスは土色をした腕でガードを固めた。
背中に生えている腕だ。これも太い。
その腕に、ライサの蹴りがぶち込まれた。
「ちぃぃ!」
止められた。ライサの蹴りがその腕で止められた。
「土硬の腕よ…… なまなかな物では壊れぬ」
3本目の腕が、にゅるっと伸びた。それはムチか、ある種の触手のような動きをした。
鈍色の腕だった。
それは、空中でよけることができなかったライサの体に巻きついた。
「呪王の腕…… 全身の骨を砕いてやろう」
「がはッ!」
ライサのルビーの瞳が苦悶の色を浮かべる。
腕が体に巻きついている。
ギリギリと音を立てるように、ライサの体に腕が食い込んでいく。
凄まじい力がかかっているのが分かる。
「くそがぁ…… 力が……」
「呪王の腕は力では抜けられん」
ガルガリオスの頭上に黒い影が出来た。
音も気配もなく、シャラートが頭の上に立っていた。
寒気のする笑みを浮かべている。両手にリング状の刃物、チャクラムを握っていた。
「暗闇の中で恐怖しなさい――」
シャラートは、腕にチャクラムを握ったまま、その目玉に叩きこんだ。
2発同時。
左右の眼球にリング状の刃が突き立った。
シャラートは、チャクラムを握り、ふわりと地に降りる。
「シュバァァァ――」という音をたてながら、墨汁のような血が噴き出す。
「むがぁぁぁ!!」
岩石の亀裂のような口から苦悶の咆哮を上げた
目から潤滑オイルのような真っ黒い血を流している。
「痛いんですか?」
喜悦の笑みを堪えるような表情で、モンスターを見つめる。
チャクラムに付いたどす黒い血を指でぬぐうと、自分の頬にそれを塗った。
「ぬがぁぁ!! 殺してやる!! ぶっ殺す!! てめぇぇぇ!! 絶対に殺す!」
咆哮するライサ。体をブンブンとしならせている。
ブチブチと太いゴムがちぎれるような音がした。
「ビチーン」となにかが千切れる音がした。
瞬間、ライサを絡め取っていた腕が千切れ飛んだ。
ライサが、強引なパワーで、引きちぎったのだった。
凄まじいパワーだった。
そのまま、着地し獰猛な笑みを浮かべる。
左右非対称の長い緋色の髪が舞った。
瞳の色が赤いルビーの色―― いや、血の色だ。
指を一度伸ばし、再び拳を握り込んだ。メリケンサックのある拳だ。
ガルガリオスは千切れた腕を振り回し、絶叫した。
「呪王がぁぁ! 呪王の腕がぁぁぁ」
「てめぇ、死にくされ!!!」
突っ込むライサ。
シャラートの気配も闇の中に吸い込まれたようにすっと消える。
「小娘がぁぁ! やってくれたなぁぁ~」
ビリビリとダンジョン全体を震わせるような怒声だった。
炎を思わせるオレンジ色の腕が伸びる。ブンブンとデタラメな方向に振り回されている。
目が見えないため、無茶苦茶な攻撃になっている。
「あぶねぇ!」
俺は頭を下げた。さっきまで俺の頭のあった空間をオレンジの腕が通過した。
焦げ臭い匂いと、圧倒的な熱量を感じた。
その腕が、壁に食いこんだ。一瞬で壁が融解。沸騰しだした。
それは、灼熱の腕だった。
壁は溶け溶岩のように床に流れる。部屋全体が凄まじい熱量に支配された。
「融けろ! 燃えてしまえ! 我が炎焔の腕を喰らえ!」
「喰らうかよ! そんな雑な攻撃!」
ライサが吼える。
声のする方向に腕が唸りを上げて迫る。
それをかいくぐって突っ込む。
敵の拳とライサが交差する。緋色の炎と、オレンジの炎が交差したように見えた。
灼熱の業火の拳が、ライサの直近を掠めるように吹っ飛ぶ。
かいくぐったライサの拳が、ガルガリオスの顔面に食い込んでいた。
振りぬくライサ。
顔面が変形して、たたらを踏んだ。
次の瞬間、ガルガリオスの喉元から血飛沫があがった。
チャクラムが魔物の喉をかき切っていた。
「もがぁぁぁぁああああああ!!」
血が喉につまりゴボゴボとした濁った叫びを上げた。
そして、轟音とともに、地面に倒れた。
床が跳ね上がるかと思うくらいの振動があった。
『ふーん、強いわね』
この戦いをじっと俺の中で見ていたサラームが言った。
言葉は俺の頭の中に流れ込んでくる。
『全員、俺の婚約者……』
ちょっと複雑な気持ちだ。
『違うわよ。あの魔族よ。あれ、強いわよ、かなり』
『え? マジか?』
『そうね、昔殺したカオス・ドラゴンなんて問題にならないわね』
サラームは情け容赦ない精霊だ。
精霊というより、もはや精神性は悪魔に近いんじゃないかと思うくらい。
命なんてゴミクズくらいにしか考えてない。
はっきり言って無茶苦茶強い。だから他の存在を「強い」なんて言ったことはない。
長い付き合いで、そんなことを言ったのは初めてだった。
たいてい『殺そうか?』って話をして、OKすると瞬殺する。
無敵の精霊様なのだ。ヲタで腐っているけど。
『サラームなら、斃せるのか?』
『それは当然だわ!』
『じゃあ……』
『私の体にある魔力だけじゃ厳しいかも』
『え?』
『アインの魔力を使えば確実だわ』
『俺の魔力?』
『そう、結構溜まってるでしょ?』
地球はこの世界に比べ、大気中の魔素が少ない。
魔素は魔力の元になるものだ。人や精霊は、魔素から魔力を作り出せる。
ただ、魔力を作り出す能力においいては、精霊よりも人の方が強力だ。
だから、精霊は人から魔力をもらって現実世界に干渉する。
日本での生活で、サラームは俺の中に棲むことで、魔素の薄さをカバーしていた。
そして、アニメ、漫画に毒されたヲタ精霊と俺は、作中の技を魔法で再現したりしていたのだ。
それが、結果として俺の魔力を大きくすることになった。
マラソンの高地訓練みたいなものだろうか。
『サラーム単独の魔力じゃだめなのか?』
サラーム単独でも、完全武装1個師団に匹敵する戦力のカオス・ドラゴンを瞬殺する。
『私が使える魔法に比べ、魔力量が少ないわ。精霊自体が持っている魔力量は限られるし』
『いままで、その限られた魔力で、あんなことを……』
『だって、ほら、私は精霊王になるくらいだから、そこらの精霊とは違うし。でも、コイツはやっかいだわ』
『そんなすげぇのかよ……』
俺はひっくり返って、今にも死にそうなモンスターを見た。
このまま、俺の許嫁連合が勝利するような気がするんだけど。
俺が戸惑っていると、後方から声が聞こえてきた。
「ひゃははははははは!! 前座がおぜん立てしてくれたのよ! 私の禁呪を喰らわせて完全終了なのよぉぉ! 最後のキメは私なのよぉぉ!」
まるで、オーロラのような光に包まれながら、エロリィが叫ぶ。
聖なる光に包まれた北欧美少女だった。いや、幼女か。
光りの立ち上がる流れの中、長い金髪が意思をもったかのように舞っていた。
美しい、一葉の絵見ているような感じだ。
エロリィは、グッと両手を天に向け突き出した。そして掌を上に向けた。
『元〇玉?』
サラームが言った。
『ああ…… エロリィちゃんは、美しい……』
自分も美しくなったエルフの千葉(仮称)が言った。
うっとりとした口調だ。
なんか、前かがみになって、股間を押さえている……
なにしてんだ?
そして、エロリィの禁呪詠唱が響いた。
「ああん、らめぇ、熱いの欲しいの、中に欲しいのぉぉ、私の魔力回路の中までドピュドピュ注ぎ込んで欲しいのぉ~。あああん、らめぇ、魔力回路が魔力の味を覚えちゃうのぉ、あああ出てるぅぅ、ドピュドピュ出てる、あああだめ、コンコンしないで、魔力回路の入り口をコンコンしないでぇぇ~。あああん、壊れちゃうのぉぉ。もうパンパンなのよよぉぉ。溢れちゃう。ああん、ああん出る、きちゃう、なんか来ちゃうのぉぉ、行くぅぅぅぅ!」
荘厳な旋律であった。聞く者の心を清浄にさせる何かがそこにあった。
エロリィの金髪ツインテールが魔力光の奔流の中を揺蕩っている。
そして、彼女の両手の中に、閃光が結晶化したような光の弾が出来上がる。
すげぇ、熱い。離れていても、サウナどころの話じゃない。
「プロミネンス・エクスプロ―ション!」
ビクビクンと体を痙攣させるながら、絶叫するエロリィ。
完全にアヘ顔になって、口の端から一筋の涎をたらしている。
それだけ、「禁呪」とは体に負担が大きいのだろうと俺は思った。
痙攣しながら、ガックリと膝をつくロロリィ。
「あぁハァ…… らめぇ、らめなのぉぉ……」
吐息のように、言葉を吐きだしていた。
なぜか、Wピースを決めていた。
呪術的な意味か?
そして、彼女の「禁呪」により生じた火炎弾が、宙を飛ぶ。
そのまま、倒れていたガルガリオスを直撃した。
轟音と熱気の塊が俺の全身を叩いた。
至近で爆弾が爆発したようなものだった。
腕で顔をカバーして、何とか耐える。
髪の毛が熱でチリチリになるかと思った。
狭い場所で使う魔法じゃない……
こっちが死んでしまう。
目を細めて、俺はガルガリオスを見た。業火包まれ、のたうつ様に動いている。
なにかを叫んでいるのだろうが、炎の音で聞こえない。
「ひゃははははははぁぁ!! もうね、私は天才のプリンセスの禁呪使いだからぁ! これで死んだのよぉぉ! 消し炭のも残らないのよぉ! 100億万度なのよぉぉ!」
トロ顔の痙攣状態が復活したエロリィが絶叫した。
しかし、戦いはまだ終わってなかった。
灼熱の業火の中、そいつは動いていた。
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