第89話夫々の事情(近江・諏訪・会津恵日寺・青崩城砦群・躑躅城)

2月近江観音寺城:第3者視点


「しかし管領殿、幾らなんでも外聞が悪すぎるだろう」


「いや大丈夫だ、関所破りのために少人数で獣道を行き来しておる、特別に献上品と分かるような違いはないのだ」


「しかしな、ほとんどが商品とは言っても、その中から良い物を選んで帝と朝廷に献上しているのは確かであろう」


「しかし献上品を騙(かた)って、多くの荷を関所を破って運んでいるのは確かだ」


「ふむ、確かにそれは言えるな。関を通らず不法に我が領内を通過しているのは確かだ」


「それに献上品を忍びが運んでいるなど誰も思わん、甲賀や伊賀の者共にも、ただの忍狩りとして命じたらいい」


「ふむ、だがやはり気が進まんの」


「六角殿、貴殿も荘園や皇室領を押領しておるではないか、今更献上品を奪うことを躊躇(ちゅうちょ)しても仕方あるまい」


「しかしな、う~む、管領殿はそこまで追い込まれているのか? 荷を奪わねば軍を維持できぬのか?」


「確かに軍資金は苦しい、だがそれだけではないのだ、義信めが御所警護を言い立てて、近衛府兵を御所内に集めているのは知っておろう」


「うむ、それは知っているが仕方あるまい。三好との合戦で京を焼いてしまい、御所内で雑兵が乱暴狼藉を仕出かしたのだからな」


「あれは三好の雑兵共がやった事だ!」


「まあそう言うしかないが」


「もしこのまま義信の資金が御所に流れるのを許したら、今御所にいる5000の兵に加えて、今は儂の指揮下にある1万兵の大半が裏切って、近衛府に参集するのだぞ。そうなれば、畿内の勢力図が一気に書き換わるぞ! 後は雪崩のように続々と、近衛府と言う大義の下、義信が京に大軍を集める事になるぞ、奴めは上洛する事なく銭だけで畿内を制圧してしまうぞ」


「確かにその恐れはあるかもしれぬが、銭に集まった有象無象の雑兵など、恐れる事は無いと思うがの。だがそこまで管領殿が言うのなら、やるしかあるまいな」


「もし義信が言い掛かりをつけて来たら、関所破りを取り押さえようとしたら、抵抗したので成敗したと言えばいい」


「義信が正規の献上御用を押し立ててきたらどうする?」


「今の世は山賊や海賊が横行しておる、高価な荷を運ぶ行列は、例え献上御用であろうと無事では済まぬさ」


「そう言うしかあるまいな」






3月信濃諏訪城:第3者視点


「冷たいね茜ちゃん」


「うん、でも若様のためだもの、それに貝を川や池から集めてくる民の方が、もっと冷たい思いをしているわ。私たち奥勤めは、最後の仕上げをするだけだから、彼らに比べたら楽な方よ」


「そうだよ桔梗ちゃん、最初は私たちも貝を集めてたじゃない」


「そうだね楓ちゃん、タガメや蛙も集めて食べたね。また食べたいね!」


「若殿が帰られたら薬として食べようね、そうね、あの頃は1000人で1日1人100個以上集めたね」


「そうだったわね、でも直ぐ御年寄たちだけで集め出して、私たちは諏訪に移動したわね、後で甲斐では水腫の病に成るから、御年寄だけで集める事に成ったと知って、少し若殿を恨んだわ」


「でもそれは御年寄たちが、私たちのために進んでやってくれていたのですよね」


「紅ちゃん・・・・そうね、そうだったわね。私たちが少しでも生き延びる事ができる様に、命を懸けて甲斐の水田や河川で働いてくださっていたのですよね」


「そうですよ楓様。私たちがくノ一として身体を売って歩かず、こうして奥勤めできているのも、若殿と御年寄衆のお陰です。桔梗様も冷たいなどと、文句を言ってはいけませんわ」


「文句は言ってないわ紅ちゃん、ただ本当の事を言ってるだけ。やりたくないとか嫌だとかじゃないの、子供たちのためにも仲間たちのためにも、できるだけ沢山真珠を養殖しないといけないのは分かっているわ」


「そうですね桔梗様。今では2万人以上の民が、1日1人100個以上の貝を、雨の日も風の日も貝を集めてくれていますもの」


「城と言う城の、内濠と中濠が養殖場になっていますが、集めた貝全てが育ってくれるはずもなし。育ったとしても、全てがよい真珠と言う訳でもないものね紅ちゃん」


「そうよね、私たち奥勤めの娘子軍5000兵は、各城砦の最奥を守り真珠を育てる。そして若様の子供を宿し、無事に育てるのが御役目」


「茜ちゃんたちは若様の御子を産めたけど、私たちにはその御役目はこないわ」


「でも紅ちゃん、思い人ができたら何時でも結婚してもいいのだし」


「なかなか若様よりいい男なんていないよ、子供も欲しいから、年増になったら適当な男で妥協するけどさ」


「もう紅ちゃんたら、はいはいおしゃべりは止めて手を動かしましょ。できるだけ優しく丁寧(ていねい)に、死んでしまったり不出来な真珠にならないように、心を込めて最後の作業をしましょうね」


「「「「「はい茜さま」」」」」






3月陸奥岩谷城の山之内一族援軍:曽根昌世視点


「曽根殿、やっと色よい返事が参りましたな」


「俊清殿、恵日寺の僧兵は3000でしたね?」


「はい、我らが蘆名盛氏の黒川城に向けて進軍すると同時に、僧兵も黒川城へ向けて進軍すると申しております」


「条件は鷹司卿からの寺領の安堵でしたね?」


「はい、鷹司卿の一向宗との戦いと出羽三山僧兵への対応を鑑(かんが)み、早々に鷹司卿に味方する方がよいと判断したのでしょう」


「まだ全面的に信用するわけには参りませんが、今は蘆名を攻めるより、この地を死守することが大切です。若殿の御味方が一か所でも敗れれば、一気に均衡が崩れる恐れがあります。恵日寺が味方に参ずると言うのなら、黒川城攻めの先陣を務めて頂きたい。その事は儂からも説明いたすが、俊清殿からも説明して下さるか?」


「承りました、我ら山之内家は鷹司卿のお陰で家を保つ事が出できた。さらに領地を切り取る事ができるなら、できる限りの奉公をさせて頂きます」


 勝って手柄を立てるよりも、負けないようにしなければ、若殿の足を引っ張ってしまう。それに3000の僧兵を、そのままにしては後々禍になるかもしれない。ここは先陣で消耗してもらおう。






3月青崩城砦群:楠浦虎常視点


「楠浦様、雪で傷んだ城の修築は、ほぼ終える事ができました」


「御苦労、生産衆の弓矢の増産備蓄は進んでおるか?」


「はい、名人用の複合強弓と今まで通りの大弓、複合弓や弩に大弩砲と、職人ごとに頑張ってくれました」


「うむ、後で検分に参ると伝えてくれ」


「は!」


 はてさて、この春こそ遠江に攻め込む事ができるであろうかの?


 御屋形様の代になって遠ざけられ、我が家運も尽きたかと思われたが、若殿付きになったお陰で常に前線に立つことができた。


 大切な拠点を任され、いざ今川家との決戦先陣と逸りたったのはよいが、戦いは他所ばかりで一向に今川攻めの下知などない。


 若殿は、徐々に若武者ばかりを御側に置いて戦うようになられた。我らの様な老将には、拠点を守らせるばかりじゃ。


 今川との国境、大切な伊那を守る御役目とは分かってはいても、やはり寂しいものがある。若武者などに、今川・北条・上杉との、大切な国境の守りを任せられぬのは分かっておる、分かってはおるが寂しい。


 ようやく今川が攻めてきて、いざ反攻と思えば、帝からの和睦の使者じゃ。若殿も帝など放っておいて、今川攻めを決意して下さればよいのにのう、春が待ち遠しいのう。






甲斐躑躅城:真田幸隆視点


「皆よく集まってくれた」


「「「「「は!」」」」」


「今日は皆の忌憚(きたん)のない意見を聞きたい、腹蔵(ふくぞう)なく話すように」


「「「「「は!」」」」」


「美濃にいる義信から、援軍の要請があった。美濃の守備には、美濃土岐家庶流の原昌胤(はらまさたね)に行ってもらうが、それとは別に、義信に付いて各地を転戦する者を募(つの)ることになった。そこで真田家から希望する者がいるか問いたい」


「「「「「希望します!」」」」」


「ふむ、全員が希望するのだな?」


「「「「「は!」」」」」


「元服前後の者には、義信の小姓もしくは近習を務めてもらう。綱吉は真田家の当主ゆえ、信濃に残ってもらう。幸隆、頼綱、隆永、幸定の4人には、義信の軍に加わってのらう。幸景と綱重の2人には、最悪の場合に真田の血脈を残すために、信濃に残ってもらう。以上である」


「「「「「は!」」」」」


真田綱吉:真田家長男

真田幸隆:真田家次男

矢沢頼綱(やざわよりつな):真田家3男

常田隆永(ときだたかなが):真田家4男

鎌原幸定(かんばらゆきさだ):真田家5男

海野幸景:真田家6男

萩原綱重:真田家7男


真田綱重:真田綱吉長男

真田信綱:真田幸隆長男

真田昌輝:真田幸隆次男

真田昌幸:真田幸隆三男


「兄者、やっと功名の機会が巡って来たの!」


「そうだな頼綱、何の因果が早々に御屋形様に味方したために、合戦の機会に恵まれなかったからな」


「そうなんですよね。甲斐の譜代衆の一族一門は、寄騎を希望すれば、若殿の軍勢に加わり、功名稼ぎの場を得られました。小笠原の旧臣などの、若殿に降伏した者たちは、近衛府将兵に取り立てて頂けた。我々の様な、御屋形様に降伏した信濃衆が、一番不遇となりましたからね」


「そんなこと言っても隆永、お前たちは機会を得たではないか。儂や幸景や綱重は、この期に及んでも信濃に居残りよ」


「しかし兄者、若殿が今まで寄騎衆を使われた手法を見れば、甲斐譜代衆を公平に参陣させておられた。譜代衆に褒美の銭を与えたり、一族を扶持武士として分家させておられる。恐らく我ら真田一族も、交代で参陣させて頂く事に成るのではないかな?」


「幸隆もそう思うか、儂もそれに期待しておるのだ。だが期待外れになった時の、幸景と綱重の落胆を思って口にしなかったのじゃ」


「まあ真田一族としては、すでに光明は射しております。綱重殿、信綱、昌輝、昌幸に関しては、若殿の近習や小姓に取り立ると、御屋形様が明言されました。努力次第では、若殿の側近に取り立てられる事も、夢ではございませんぞ」


「精進いたします、幸隆叔父上」


「我らも精進します、父上」






3月美濃稲葉山城:義信視点


 さてと、確認だけはして置かないとな、嫁盗人と謗(そし)られるのは嫌だ!


 諏訪に帰れば6人の妻妾がいるのだ、好きで人の婚約者を側室にしようなどと思っている訳ではない。あくまでの戦略上必要だから、新たに側室に加えるのだ。


 本人を呼びだして確認すると、実力で侍大将にまで出世したので、今更国に帰る心算はないと言う。


 それにすでに妻も迎えており、彼女を側室に直すなど考えられないとも言う。


 ここまでは、影衆が調べた事と相違はない。


 国元の本家も強かな国衆だから、今の情勢は十分に把握しているはずだ。その上でどちらに付くかの判断を下すだろう。


 あの家がこっちに付いてくれれば、一気に情勢が有利になる。以前今川家でしくじったから、清廉潔白(せいれんけっぱく)に拘(こだわ)るのは止めた。当人無視だが、政略結婚を申し込む。


「ならば婚約解消を早々に伝えてやれ、御主を待って婚期を逃しては可哀想だし、本家の跡取りもいなくなる。本家乗っ取りを画策して、嫁取を隠していたと言われては、御主のためにもならぬし、嫁の実家も本家に謗(そし)られるぞ」


 ああ嫌だ、やるとは決めたが、自分がこれからやる事を思うと、口が限りなく苦い!

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