第13話天文14年(1545年 )8歳・諏訪御寮人

天文13年1544年12月:躑躅ヶ崎館の善信私室


「義信! 切腹を命じる!」

「そんな馬鹿な! 駿河侵攻は賛成したではありませんか!」

「若君、未練でございますぞ、潔くお腹(はら)をめされませ!」

「てめぇ~穴山梅雪、裏切り者のてめ~に言われるいわれはねぇ~!」

「ささ、潔くお腹(はら)をめされませ、できぬなら、首刎ねてから腹を開いて差し上げましょう」

「梅雪! 殺すぞワレ! オンドレ、舐めとったらドタマカチ割るぞ!」

「そのような下賤(げせん)で野蛮な言葉を話されるなど、武田の若に相応しくありませんな、お覚悟!」

「うぁ~!」

「ゼィゼェゼェゼェ・・・・・」

「また夢かよ!」

 今度は何の深層心理だ?

 よく考えろ、大切な何かを見落としているかもしれない。まずは俺の力の源泉はなんだ?

 それは、河原者と山窩・修験者のネットワークと技術・知識だ。これは絶対手放せない、だが夢の暗示にある様に譜代家臣団からの妬(ねた)み嫉(そね)みは無視できない。そうだ、最近譜代家臣団の領民が、俺の領地に逃げてきてると報告があったんだ!

 このままでは、俺が家臣団の統治を崩壊させていると恨まれるか?

 だが税制は6公4民で、国衆にとって低すぎる訳ではない。だがやむをえない、場合によっては7公3民の税率を認めないといけない。

 楽市楽座による、商人の高遠城への集中が妬(ねた)まれているか?

 仕方ない秘策を教えてやるか。たんに楽市楽座を導入するだけでは領主の利は薄い、大切なのは専売品の導入だ。生活に絶対に必要なものを専売品にすれば、商人から見れば誰から買っても払う金額は同じなのだが、領主から買えば関所の関税もなく、商売をする免許費用も払わなくて済む。だからこそ商人も集まり、商品を作る職人も集まる。増えた人も専売品を買うから、人口が増えた数だけ領主は儲かる。そして肝心の専売品は塩だ!

 塩なしには人は生きていけない、だから必ず全領民は購入する。しかも他の武田領の相場と同じ値段にしてあるから、買う人は専売品にされても何の痛痒(つうよう)も感じない。いやそれどころか、冬季の行商人が来なくなる時期ですら、ふんだんに塩が売られているから安心できるのだ。俺の塩は関所破りで仕入れ値が安価だから、お陰で莫大(ばくだい)な利益を俺にもたらしてくれている。俺の支配地の民は、約1万5000人で1人1年塩で100文の利益を俺に与えてくれたら、総計1500貫文の利益がある。ま、信長の政策を真似ただけだけど。

 後は・・・・・先日の曽根昌世の例があるか!

 譜代家臣の子弟で、希望する者は近習に取り立てるか?

 信玄に許可を願うか?

 いや、正直に相談しよう。

 さて、次は河原者と山窩の忠誠心を維持する方法だが・・・・・今は着の身着のままでやって来た難民を小人として採用している。基本待遇は餓死しない程度の最低ラインだが、歩合があるからとても喜んでくれている。男は稗と粟が1人扶持5合で、女子供は3合。だが歩合として、狩猟漁労に参加した場合は、獲物の4割分が食事に供される。

 足軽として槍働きできる難民は、基本男で1人扶持玄米5合、合戦参加時は臨時手当で2升の玄米と戦場での乱妨取(らんぼうと)りが認められている。信玄が甲斐の民を喰わすためにしきりに行う手だが、俺は自分の家臣には禁止している。狩猟採集の獲物の4割は足軽の物だが、獲物は当日の市の相場で買取り、人数割りで銭を支払うようにしている。

 武士待遇に成ったものは、銭で扶持を支給して兵農分離を推し進める心算だった。だが彼らの土地への執着、いや、定住できる家・里への執着は大きかった。実質手取りが少なくとも、田畑が欲しいと懇願された。出世頭の飛影は、今では知行200石だ。次いで、城代の荒山善剛と竜崎善武が知行60石となっている。

 難民出身者の中には、知行地や耕作地の近くに家を持つ者もいる。だがそんな者でも、支配地城内の越冬集団小屋使用権と食料庫使用権を与えた。敵に攻め込まれた場合、他国に逃げるも城に逃げ込むも自由だが、決して見殺しにはしないというアピールだ。

 素破として他国を探りに行っている者や、荷役として交易に携わっている者は、地位としては小人から武士まで待遇はまちまちだが、美味しい歩合を設定している。武田領内で1服16文と、とても安価に医療活動を行っている永田徳本先生だが、彼を支援しているのが俺であるのは全領民の間で噂(うわさ)に成っている。薬の材料を俺の家臣が集めているし、子供たちを弟子として送り込んでいるのだから当然だろう。

 問題はその薬で、武田領内で先生が処方するのは安価だが、荷役が領外に持ち出せば値が跳ね上がるのだ。特に精力剤と蚯蚓(みみず)製の解熱剤は、駿河や遠江に運べば1服200文は下らない。

 1000服を甲斐から持ち出せば、帰り荷の利益を計算しないでも、1行程200貫文の売価で原価を5割としても利益は5割もあり、その利益の内4割を荷役の歩合にしてある。生きて帰れば40貫文の利益だ!

 ま、荷役の信用度に応じて与える荷の価値は千差万別。裏切って逃げれば、飛影が地の果てまで追い死を与えるだろう。漢方薬材料は、難民が増えるほど大量確保できている。

 1年間の俺の利益は、荷役1人の1交易平均6貫文として、1000人の荷役が10交易で6万貫文。

 この荷役による利益が、俺の力の源泉だ。だからこそ、道々の者を護る姿勢と与える土地は、常に確保しておかねばならない。そのためには、そうそうにやらねばならないことがある。

 それと高遠と藤沢の領民は、税制を貫高制から石高制に変更した。貫高制は、軍需物資を銭で買わねばならない国衆や大名にとっては必要だが、銭を得るために、商人に農産物を買いたたかれる農民には損が出てしまう。

 俺は密交易で軍資金を確保できているので、銭よりも食料を確保したいのだ。よって、生産物の6割をきっちり収めてもらう方が、俺にとっては有り難い。民を餓えさせないことを基本に置いているから、飢饉時の夏に幾ら米価が高騰しようが、大切な食料を売って銭に変えたりしない。高遠と藤沢の領民にも狩猟採取参加を認め、獲物はその日の市での売買価に応じて、4割を参加人数で割り銭で支払った。だから領民は、大切な食料を売り払って銭にする必要がない。だから商人に買い叩かれて損をする事もない!


天文14年1545年4月:躑躅ヶ崎館の信玄私室


「諏訪姫よ、これが儂の長男太郎善信じゃ」

「善信様、お初にお目にかかります、諏訪頼重の娘・頼菊(よりきく)と申します。善信様のお陰で、寅王丸改め千代宮丸と共に暮らすことができるのだと、御屋形様からお聞きいたしました。本当にありがとうございます」

「我一人の力ではありません。山本勘助も奔走(ほんそう)してくれました、従姉(いとこ)殿。それに何より我らは血を分けた従姉弟(いとこ)同士、千代宮丸殿も従弟(いとこ)です。今後は決して争うことのないように、信を固く固く結ばねばならない。それには共に暮らし、同じ喜びと悲しみを味合うことが一番です」

「はい、ありがとうございます」

 俺の心からの想いが通じたのかな?

 涙ぐんでくれている。

「不安や心配事、不測の事があれば何時でもお話しください。ご存じかもしれませんが、薬や食料品に関しては不足なくそろえております。少しでも体調が優れない時は、遠慮なくご相談ください」

「頼菊よ、善信には役目がない限り、毎日ここに訪ねる様に申してある。決して遠慮することなく、何でも話すがよい。家臣どもの中には、其方(そなた)や千代宮丸を低く見る者もいよう。だが儂と善信が共に大切にすれば、何時かは払拭(ふっしょく)できる。これから産まれるであろう、儂との子のためにも決して遠慮するでない」

「そうですよ頼菊殿、御屋形様との間に産まれる子は、紛れもない我が弟か妹。兄弟争うことのないように、深い深い情愛を築いていきましょう!」

「ありがとうございます」

 姫の瞳からは涙が滂沱(ぼうだ)として流れ落ちている。

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