第66話後始末

「想定通り逃げ出しましたな」

「そうだな」

「与一郎殿の献策通りでしたな」

「儂だって、こうなることくらい分かっていた」

「では、与一郎殿の献策を退け、徳川殿を追撃されますか」

「儂はそれほど馬鹿ではないぞ」

「では三介殿の始末をなされるのですな」

「いや、それも与一郎の策通りにする」

「私は清州で頚を刎ねておくべきだと思いますが」

「まだ儂が手を汚すのは早い」

「では与一郎殿の献策通り、三七郎殿に首を斬らすと言われるのですか」

「そうだ」

「兄弟の情で、三七郎殿が三介殿を許されると厄介ですぞ」

「それはない。あの二人の憎しみは、互いを喰い殺すまでなくならんよ」

「ですが、三七郎殿の側近の者が止めるかもしれませんぞ」

「有り得んよ。これだけ三介殿の悪い噂が流れているのだ」

「三七郎殿の母親が、兄弟は仲良くすべきと諫めるかもしれません」

「相手が他の兄弟なら、和解する可能性もあるが、愚かな三介殿なら、その可能性はない」

「絶対とは申せますまい」

「確かに何事にも絶対はないが、まず間違いなく、三介殿は自分の悪い噂を払拭する為に、先に三法師様に逆らったのは三七郎殿だと罵るだろう」

「・・・・・上様と左中将様を弑逆した黒幕は、自分ではなく三七郎殿だと、三介殿が言い出すと言われるのですな」

「あの方の愚かさは度し難いから、そんな事を言えばますます立場を悪くし、せっかく助かった命も、三七郎殿に奪われると言う事も分からぬのだ」

「そうなれば、我らとしても万々歳なのですが」

「上手くすれば、互いに殺し合って、相討ちになってくれるかもしれぬ」

「確かにそうなればん、万々歳でございますが」

「では、後始末に行くとしようか」

 秀吉は、家康を追撃しなかった。

 それよりも織田信雄を捕らえて、尾張を安定させることを優先したのだ。

 城兵が信雄の命令を無視して、清州城を開城した。

 織田信雄に従う者は、僅かな忠臣と血族だけであった。

 北畠家からの旧臣も、信長の元旗本衆も、ほとんど信雄を庇わなかった。

 尾張衆は、残らず秀吉の元に参集し、三法師君を奉じ、御次公に従うことを誓った。

 長秀と与一郎が集めてきた人質に加え、美濃衆と尾張衆も秀吉に人質を差し出し、宝寺城に軟禁されることになった。

 肝心の織田信雄は、織田信孝に預けられた。

 幽閉状態の信孝が人を預かるなど前代未聞だが、多くの者が秀吉の真意を理解し、事実上の死刑判決だと思った。

 秀吉は尾張衆に家康に備えるように命じ、尾張の旗頭に信長の遺児の一人、六男・織田信秀を任じ、後見役に高山右近を残した。

 黒田官兵衛を残さないのは、織田信秀を奉じて官兵衛が謀叛を起こすのを警戒したからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る