第64話腹芸
黒田官兵衛が始めた謀略を、秀吉が追認して加担した結果、上様と左中将様を弑逆した光秀の謀叛は、織田信雄が首謀者である事になってしまった。
そして織田信雄を唆したのは、甲斐信濃を欲した徳川家康だと言う事になった。
あくまでも美濃から始まり、羽柴家の影響下にある諸国に忍びが広めた噂であったが、それが真実のように人々に話され始めた。
徳川家康に雇われたと言う、武田旧臣や伊賀衆が証言したのだから、織田信雄と徳川家康がどれほど抗弁しようと、もう噂を打ち消すこと出来なかった。
実際今、織田信雄と徳川家康は同盟しているし、清州の話し合いでも、信雄は最初から最後まで織田家の家督を要求していた。
そして甲斐信濃に後北条と上杉が攻め込んできた時には、家康が侵攻許可を求めてきたが、その時には武田遺臣や信濃衆を手懐けていた。
そもそも上様が命じた武田家臣根切りに逆らっていたのだ。
何より穴山入道の領地を横領している。
「律儀殿」と言われているが、実際には酷いものだ。
それに対して秀吉は、大切な自分の奴隷兵と軍資金を貸し与え、滝川一益・森長可・毛利秀頼の旧領奪還に手を貸している。
そして実際に森長可・毛利秀頼の領地を取り返し、朱印状まで与えているのだ。
この差が噂に真実味を与えていた。
織田家に仕えていた者は、織田信雄と徳川家康を激しく憎んだ。
今織田信雄に仕えている、織田信長の旗本衆だった者は勿論、尾張に領地を持っていたので、信雄の家臣とされた者も激しく憎んだのだ。
今迄は、上様の息子とは思えない愚か者と馬鹿にされているだけだったが、今は増悪の対象となってしまっていた。
家康は激しく動揺した。
追い込まれていた家康は、捲土重来を期して、信雄と秀吉と和議交渉をしようとしていたのだ。
自分はあくまで、上様の遺児である信雄に頼まれて兵を出しただけで、三法師様にも御次公にも逆らう気はなかったと言い訳する心算だった。
だがもうその手は使えなかった。
織田家の家臣達の眼に宿る増悪は、歴戦の家康が恐怖し毎夜悪夢に苛まれるほどのモノだった。
このまま尾張にいたら、何時信長の遺臣に奇襲されるか分からない。
信雄の使者だと偽った信長の元旗本衆が、刃を向けてくるかもしれない。
尾張の国衆や地侍が運び込んだ兵糧に、毒が混ぜられているかもしれない。
背後にある織田家の城が、何時兵を上げるか分からない。
一刻も早く三河にまで撤退したかった。
だが今撤退すれば、秀吉が追撃してくるのは目に見えている。
兵力で劣る家康は、堅城に籠る事と、精強無比と言われる三河衆が中核にいる事で、何とか秀吉軍に対応しているのだ。
裏崩れが起こりやすい撤退戦で大軍を迎え撃つのは、家康と三河衆でも厳しい事だった。
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