第63話流言飛語

「官兵衛殿、あの噂は本当であろうか」

「あの噂とは、どの噂でしょう」

「徳川殿が、光秀の黒幕だと言う噂だ」

「真実でしょうな」

「しかし噂の中には、儂が光秀と結託していたというモノまであるぞ」

「殿が光秀と結託していたと言う噂の根拠は、中国大返しなど、事前に光秀の謀叛を知らねば出来ぬと言う根拠でございます」

「噂の根拠はそうなっておるな」

「ですがそれは、上様が援軍に来てくださるので、街道に万全の手配をしていたことが役立っただけでございます」

「その通りだ」

「それに殿の軍勢は、阿波大返しも美濃大返しも成し遂げており、当たり前に出来る事なので、何の根拠にもなりません」

「そうなのだ。余りに酷い噂に胸が痛むのだ」

「しかしながら、徳川殿の噂には真実が多く含まれております」

「どう言う事だ」

「徳川殿は、光秀の謀叛の前から、上様の命に逆らい、武田の遺臣を密かに匿い、甲斐信濃を攻め取る準備をしていました」

「なに。それは真か」

「はい。甲斐信濃に入り、武田の遺臣や信濃衆から直接話を聞きましたので、間違いございません。ここに伴いました、武田の遺臣や信濃衆に聞いて頂ければ確かでございます」

「だがな、事前に分かっていたのなら、命懸けで伊賀を越える必要はなかったのではないか」

「それも徳川殿が流した嘘でございます」

「なに、嘘なのか」

「はい。与一郎殿に召し抱えられた伊賀衆に確認しましたら、光秀が謀叛を起こす遥か前から、服部を使って伊賀に繋ぎをとり、安全に三河に帰る手筈を整えておりました」

「何たることじゃ」

「しかもそれだけではございません」

「他にもあるのか」

「はい。伊賀者を使って、穴山入道を殺しております」

「それは、穴山殿の領地を横領する為に謀殺したと言う事か」

「伊賀者の話では、それが真実と言う事でございます」

「何たることだ。徳川殿が上様と左中将様を弑逆したと言うのか」

「ここまでは、間違いのない真実でございます。しかしそこから導き出される恐ろしい事がございます」

「なに、他にもっと恐ろしい事があると言うのか」

「三介様でございます」

「まさか、三介様が光秀の謀叛に加担していたと申すのか」

「もしかしたら、黒幕かもしれません」

「そんな話は信じぬぞ。いかに織田の家督が欲しかったからと言って、あれほど可愛がってくれていた、父親と兄を殺させるなど、人のすることではないぞ」

「確かに信じたくない話ではございますし、私の想像でしかありませんが、今実際に徳川殿と手を組み、織田家の家督を狙っております」

「それは、そうだが」

「それに血統から申せば、三法師様が家督を御継ぎになられ、叔父君である三介様達がそれを支え、我ら家臣が御助けするのが武家の習いではありませんか」

「その、通りだ」

「それを清州の話し合いでは、自分が上様の次男だから織田の家督を継ぐべきだと、最初から最後まで頑強に言い張っておられました。それは上様と左中将様さえ亡き者にすれば、織田家の頭領に成れると思い込んでいたのではありませんか」

「黙れ、もうその事は申すな」

「はい」

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