Epilogue
Epilogue.ガイ・フォークス・ナイト
新聞紙の顔。黒インクで描かれた表情は厭らしい笑みを浮かべており、口元には八の字の髭がある。帽子や衣服は古着や古紙で形作られ。新聞紙や藁で作られた体は、いかにも燃えやすそうだ。
そんな人形は、ひょいとかがり火の中へ放り込まれる。木々と共に、燃料の一部となる。
魔術協会の広場。普段は人が往来するだけの場所に、今日は木が組まれ火が起こされていた。時計塔魔術学校に通う学生達は、祭りの前日まで配られていたガイ・フォークス人形をその炎の中に投じ、王が無事であったあの日を祝う。手の空いている局員達は、籠にキャンディやクッキーを入れて、幼年部に通う小さな魔術師の卵達にそれを配っていた。
夜の闇を裂くように。その炎と白煙は立ち上っていく。
「これが、ガイ・フォークス・ナイト、ですか……」
「あぁ、凄いだろう? 普段は協力のきの字も知らないような魔術師が、こうしてかがり火を焚くんだ。王の無事を祝って」
ベディの問いかけに、隣に立つノエは小さく頷いた。その頬や腕には、つい先日のバネ足ジャック事件で負った傷が未だ残っている。だが、大分薄くなっていた。それだけでベディは胸の内でほっと安堵の息を吐く。
ノエ達の携わったバネ足ジャック事件は、何とか無事に解決させることが出来た。しかし、それは幕を開けばかなり凄惨な事件となってしまった。優秀な
事件の全貌を知るという意味でも、レイラを逮捕出来たことも大きい。ただ、彼女はホワイトチャペル地区で攫い、研究のために利用した人間の数までは数えていなかった。彼女に言わせれば、「実験で死んだマウスを数える必要があるか」とのこと。彼女がもしホワイトチャペル地区の住人を気に掛ける人間であれば、その被害者数がもっと多いということも明るみに出たことだろう。だが、研究で犠牲となった彼らはその被害者数に数えられることなく、闇の中に葬られる。
それが、この事件のすべてだった。
「……アレン様は、大丈夫でしょうか」
「どうだろう……。彼とは会っていないから、分からない。でも、今大変だろうね」
姉は犯罪者として捕まり、相棒であった
「……でも、きっと彼なら立ち直れる。大丈夫。……彼の心の中では、ミスター・フォークスの言葉が響いていると思うよ」
「そう、ですね」
「そうそう! ノエの言う通り!」
「っぅわ」
後ろからガバリと飛びかかられ、ノエは驚いた声を零す。肩に乗せられた腕は日によく焼けた褐色の肌。
「フォル」
名を呼べば、フォルトゥナートは「なはは」と楽しげな声を上げている。その声に重ねるようにして「俺もいますよ」とかかった。その方を向けば、ヴィンセントも傍に立っていた。
「ヴィンスも……。気づかなかった……」
「ははは。ほらほら、辛気臭い顔してんなよ。全員死ぬことなく事件は無事に解決。ヤードの奴らから金を巻き上げることは出来たし、そもそもあの陰気臭い嫌味なあいつはバネ足ジャックにされて死亡。こうして生きられてんだから、そう暗くなる必要ないだろ? それに、そろそろメインディッシュの花火、上がるはずだぜ?」
そんなフォルトゥナートの言葉が言い終わるかどうか、といったところで、ぱっと夜空に光が放たれた。続いて、ドォンと腹の奥底に響く音が鳴る。常に街に響く
「これが花火、ですか……」
「花火、見るのは初めてですか?」
「はい。……とても美しいですね」
僅かに目を輝かせて夜空を見上げるベディに、ノエは小さく口元を綻ばせる。
「きっとこの空が汚れていなければ、もっと綺麗に見えるんでしょうけどね」
「こればっかはしょうがねぇだろ。まさか
「止めたところで、この煤煙や排煙が綺麗になくなるとは思えないけど。ま、でも確かにそうかもなぁ」
ノエは、どんどんと音を鳴らして打ち上がる花火をぼんやりと眺めた。その彼女の横顔を見ていたフォルトゥナートは、どんとノエの背中を叩いた。うわ、とノエの体がよろめくのを、彼が支えてかがり火の元へと引きずっていく。
「俺様、まだ籠ン中にキャンディー残っててさ、さばくの手伝ってくれよ、ノエ!あと、ここだと寒いだろー、火に当たりに行こうぜ?」
「いや、キャンディーくらい自分でさばいて欲しいし、別に寒くはないんだけど、ってちょっと!」
「こらこら、あんまりノエを困らせるんじゃねぇですよ」
そのまま半ば引きずられるようにしてフォルトゥナートに連れていかれたノエを、ヴィンセントがとぼとぼと急ぐわけでもない速度で歩いて行く。ベディはそれをじっと見つめ、それからふっと炎の中に投げ入れられるガイ・フォークス人形に目を向けた。
最期、彼の呟いた言葉。その中に込められた思いは、ベディもよく理解できた。
ガイは、アレンが何も言わずに信じてくれたことを杭とし、この世にとどまることを選んだ。それと同じように、ベディもノエの親身に話しかけてくれた言葉で、この世で彼女を守り続けることを誓った。
あの日のガイの最期は、いずれ迎える己の最期の光景と同じだろう。ベディは確信めいたものを抱いていた。
ベディは、そっと瞼を下ろし、それから開ける。そして、かがり火の焔で輝く己の主をじっと見つめた。
「貴方はきっと、望んでいないと仰るでしょうね……。それでも私は、きっと」
「ベディ!」
薄暗い考えを巡らせていたベディの意識を引き上げるように、ノエから明るい声がかかる。見上げていた目線を少しだけ落とせば、フォルトゥナートを止めるヴィンセントと、その傍らに立つノエの姿が。
ぱちっと、ベディとノエの視線が合う。そして彼女は、常と変わらぬ柔らかな微笑をベディへ向ける。
「ほら、こっち」
「はい、ノエ」
自らのことを呼ばう
その胸中に、薄暗いものを抱きながら。
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