7.バネ足ジャック
「バネ足、ジャック……?」
アリソンの言葉に、ベディが復唱して首を傾げた。
「……ロンドンの都市伝説屈指の有名な異形――切り裂きジャックと二分する、もう一つのジャックですよ」
「お芝居や小説の題材にもなってますのに、知りませんの?」
「申し訳ございません、無知なもので……」
ミーアの棘のある言葉に、ベディは素直に頭を下げる。そんな彼の服の裾を掴んで引き寄せ、その形の良い耳へノエはぼそぼそと知識を吹き込んだ。
「一八三七年十月某日、グリニッジの繁華街にポリーというウェイトレスがいた。若くて美しい彼女が、最初の犠牲者。彼女の服をずたずたに引き裂かれ、痴漢行為を働いたとされている。それが、数十年に及ぶバネ足ジャック事件の始まりだ」
そこからロンドン市内のあちこちで、黒衣を纏った謎の怪人が出現するようになった。その正体はいまだ不明。犯人と思しき人物もアリバイがあったり、捕まえても最初の事件の模倣犯であったり、と真犯人の特定とはならず。結局、数十年経っている今でも、真実は闇の中。これによりバネ足ジャックは、ロンドン市内でも指折りの都市伝説の異形となったのだ。
異形として出現するようになった彼の特徴は、以下のようなもの。身痩躯の男。黒いマントを身に纏っている。瞳は赤く、口からは硫黄臭い吐息と共に青い炎を吐き出す。手の先には鉄製の鉤爪。そして醍醐味、超人的に跳び上がることが出来る。
「なるほど……。その異形の怪人が、また出たということですか」
「そういうことですね。で、どこで出たんですか?」
「メイフェアとファーリンドンの路地だ。両者ともに、軽い火傷と浅い裂傷で済んでいる。三名の被害者からの言は既に聴取済み。……だが、その中で気になる言葉があったので、それを君達へ伝えておこうかと思い立ってね」
「気になる点?」
「その二か所で被害にあったのは、ファーリンドンで娼婦が二人とメイフェアで早期帰宅中だった中年男性が一人。まず、バネ足ジャックという異形は、複数を襲うことはないはずだというのに、二人の女性を襲っている。二点目。背丈は痩せた男ではなく、小さな子どもくらい。定説と異なる。そして、三点目。ガイ・フォークスを模した仮面をつけていたそうだ」
ガイ・フォークスという名前に、ノエとフォルトゥナート、ベディがぴくりと反応する。
「子ども、ですか」
「あぁ。だが、襲われたばかりの錯乱状態の人間の言葉をどれだけ信用するかは、君達次第だ。以上、伝えるべき内容は伝えた。好きに料理して、今後の作戦に役立てると良い」
言いたいことだけ言って、それでは、とアリソンはあっさりと立ち去っていった。
「あのー、ありがとうございましたー」
フォルトゥナートは、表情をキラキラと輝かせたまま振り返る。彼特有の知的好奇心が全面に出た表情だった。
「ッ聞いたか、バネ足ジャックってよ! 超面白そうじゃんか!」
「はいはい聞いてますよ。……アリソン課長がわざわざ伝えに来たということは、何か使える情報があるかもしれねぇってことですかね。ね、ノエ」
「……急に自分に話を振ってきたね」
「ガイ・フォークス。何か聞き覚えがあるんですか?」
ヴィンセントは、じっとノエを見つめる。ノエは、小さく身を引きつつ、静かに溜息を吐き出した。
「……フォルと一緒に依頼を受けただろう。そこでちょっと、色々あった、というか。その、簡潔に言えばガイ・フォークスの
乾いた笑い声を零すノエに、ミーアが「はあっ!?」と大きな声を上げて喰いついてきた。
「
「ノエ」
「分かってるよ。ちゃんと説明する」
ノエは頭を掻きながら、三人で行ったウォーカー討伐の依頼についての説明を下。そして、その時に出会った少年とガイ・フォークスの魂を持つ
「……その
「
「……完全には否定しねぇんですね」
「未知の部分があるのは事実だから。……彼を手掛かりとすることは、着眼点としては悪くはない」
「なら、どうするべきかという道筋は分かりましたね」
ヴィンセントは足を組んだまま、口元に微笑を浮かべつつそう言った。
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