3.同期組、結成せよ!
アーネストは頭を掻きつつ、苦笑いを浮かべる。
「こちらとしてもまだ捜査二日目で、君達へ提供できる情報はあまりない。僕達の方でも捜査は続けていくが、君達の方でも原因追及を頼みたいんだ。今後同じように煙突掃除組合が狙われていったら、市民生活にも影響が出てくる。どうかよろしく頼むよ。依頼料は、君達が組合員を見つけたら支払うということで」
「……それってさ、おっさん。つまり、俺様達が見つけられなかったら金払わないってこと?」
眉根を寄せて、頬杖を付いたフォルトゥナートは問う。
アーネストの言葉をそのまま受け取るのならば、組合員を見つけた場合にのみ依頼料を支払うということになる。つまり、警察側が先に見つけた場合には支払われない。そういう受け取り方をしてもおかしくない言い方だった。
彼は椅子から立ち上がり、背もたれにかけていたコートを取る。
「そう受け取っていただいても構わない。
「わ、私達に依頼金を払う気はないってことですのっ!?」
「……好きに解釈して受け取ってくれ。いずれにせよ、君達に金を払うことはないだろうね」
すなわち、四人の力では組合員を見つけることは出来ないだろう、とアーネストは暗に告げていた。ピリッと部屋の空気が一気にひりつく。
アーネストは、部屋の出入り口へと向かって行く。ヴィンセントは、アーネストが座っていた席を見つめたまま、口を開いた。
「そういうの、俺達がファシュ課長に言ったらどうするんです?」
「依頼の契約違反だとかそういう話かい? 構わない。異形にしては妙だ、人的可能性が高いという情報をこちらが入手できただけでも上々だからね。出禁になったところで、私以外の者が入り込むだけだ。それでは」
アーネストは頭を下げて、すたすたとそのまま出て行ってしまった。その足音が聞こえなくなったかといったところで、フォルトゥナートが目の前のテーブルを勢いよく叩いた。
「ンだよあいつー! 警官にしてはいい奴だと思ったのに、腹立つ!」
「しょうがない。向こうも仕事なんだし。彼がこちらの情報ばかり引き出していたことをおかしいと思えなかった、自分達の落ち度もある」
「でもさ!」
「うるせぇですよ、フォル」
ヴィンセントに注意され、フォルトゥナートは唇を尖らせて目を下に落とす。その姿は、まるで不貞腐れた子どものようだ。
「犯人像が超常じみているから、異形の情報を得たい。が、魔術協会そのものと協力関係に運ぶことはヤードのお高いプライドが許さない。だから、身分を隠して依頼という形で入り込んできた、という感じですかねぇ」
「そうだろうね。狡猾な大人が来ると思って身構えてたら、半端な子どもが出てきて……。向こうも楽な潜入だったんじゃないかな」
「でしょうね。……さて、どうしますか?」
ヴィンセントは、目を閉じてから問いかける。
どうするか。それは、アーネストからの依頼を受けるか受けないか、ということだ。
引き受けたとしても、条件は悪い。ヤード側が持っている情報を、こちら側はほとんど持っていない。また探索するにしても、四人と警官の精鋭では人数差はもちろんのこと、経験の差も生じている。依頼を完遂することは、かなり厳しい状況である。
このまま深く関わらないでおく方が、依頼未達成ということにはなってしまうものの、無駄に時間を割くことはない。
だが、それで納得するかどうかは別の話だ。
「俺様はやるぜ」
フォルトゥナートは、紅茶をぐっと飲みほして、手の甲でさっと拭う。
「魔術師の実力、……というか俺様達の実力を過小評価しやがったあいつらに思い知らせてやるよ」
ひっひっひ、と怪しく笑い出した彼に、ノエは頬杖を付いて溜息を吐く。
「私も、やりますわ」
「意外ですね」
次に声を上げたのは、ミーアだった。
「先に言っておきますけれど、あなた達と協力するんじゃありませんわよ。あの警官の動きに気づけず、あっさりと情報を提供してしまった自分自身が許せないだけですから。それに兄様に知られたら、エンペントル家の恥と思われてしまうかもしれませんし」
「……ノエは?」
「向こうにも向こうの立場があるからね、一概に彼を批判することは出来ないかな。でも、全員がやるなら自分もやるよ。ベディも、構わないかな」
「はい。ノエのしたいことが、私のしたいことですから」
ノエとベディの意見も聞いてから、ヴィンセントは目を開ける。ぎしりと椅子が軋む音を立てる。
「それじゃあ、やりますか。まずは、情報収集からが鉄則ですね」
「んじゃあ、まずは被害のあった煙突掃除組合<ブラック・バグ>に行くのと、異形かもしれねぇって言ってたから、図書館で調べるってのでどうよ?」
「いい線ですね。それなら二手に分けましょう。<ブラック・バグ>へ行くのと、図書館で調べるのと」
ヴィンセントの提案に異を唱える者はなく、三人はこくりと頷く。
「じゃあ、どう振り分けますかね」
「あら、まさか、女の私に犯罪の巣窟に行けだなんて……。英国紳士たるあなた達なら言いませんわよねぇ?」
じとりと、ミーアは三人を見やる。
確かにミーアの言う通り、ホワイトチャペル地区はロンドン市内で最も危険な区域である。だが特務員であれば、そのような場所に足を踏み入れたことがないわけではない。ようは、単なる面倒くさい仕事をしないための言い訳だ。
だが、これを跳ね退けるとさらに面倒くさいことになることは、三人共が既に経験済みである。
「じゃあ、ノエも図書館に行くか?」
「いや、自分はホワイトチャペルに行くよ。自分はともかく、ベディの護衛は戦力換算だ。その方がいいと思う」
ノエは、ちらりとベディに目を向けた。彼は、その目に応じるように頭を下げる。
「じゃ、俺様は図書館な」
「……意外ですね。お前、暴れたい方でしょうに」
「俺様のこと、戦闘狂かなにかと勘違いしてね?」
「あながち外れてねぇと思いますけどね。それじゃ、ノエ、ベディ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ヴィンセントは特に否定の言葉を吐かず、さらりと流す。
フォルトゥナートは、眉間に皺を寄せて、ぷくっと頬を膨らませた。そんな彼の首裏を、ミーアは軽く指先で小突く。
「ほら、さっさと行きますわよ。向こうの方が人間が多いんですから、こちらはそれ以上に動かないと間に合いませんもの。私の足を引っ張らないでくださいな」
「……おーおー、そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ。俺様、少なくともお前より優秀だし」
「へぇ、イタリアの黒の協会のレベルも、たかが知れてますこと」
「あ?」
「何か?」
早速口論をし始めたフォルトゥナートとミーアに、ヴィンセントとノエは小さく溜息を吐き出す。
「ほら、ミーアの言う通り、さっさと動きますよ! 情報収集後は、どこ集合にしますか」
「あー……、それなら俺様の部屋で。外に出る二人の方が帰り遅いだろうしな。っおら、行くぞミーア」
「あなたに言われなくとも!」
ミーアはぶすくれた顔をして、先を行き始めたフォルトゥナートを追って部屋から出て行った。
「……大丈夫でしょうか」
「問題ねぇでしょう。元の性格的に馬が合わなくても、今回は目指すものが一緒ですし、何より今は自分の意志で協力することを選びましたから。なんだかんだ、上手くやってくれるでしょうよ」
「だね。まあ、二人に任せておこう。それじゃ、軽く準備してから落ち合おう」
「えぇ、それでは」
ノエとベディ、ヴィンセントも部屋から出て、それぞれ準備しに自室へと戻って行った。
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