3.闖入者

「はぁ?何で性悪女がここにいるんだよ!」

「あら?助けられておいてそう言うんですの?はーあー、教養のない人って、これだから嫌ですわー」

「あぁ?」

「あぁら、なにか?」


 早速口喧嘩を開始し始めたフォルトゥナートとミーアを、ヴィンセントはどこ吹く風と無視をして、機械仕掛けのカラスを呼び戻して球体に直していた。

 その間に、座り込んでいるノエへ、ベディは剣を鞘へ収めながら彼女の傍へ駆け寄った。


「大丈夫ですか、ノエ」

「……あぁ、うん、大丈夫。くらっと来ただけ。ちゃんと薬は飲むよ」

「それよりも、まずは両腕の手当てでしょうが。ほら、腕、診せてください」


 フォルトゥナートとミーアの言い合いを早々に抜け出したヴィンセントが、ノエの傍で片膝を付き、彼女の外套の裾を捲り上げる。華奢な手の甲や腕に付いた血を流す小さな傷口へ、ヴィンセントは手を翳した。

 暖かな金色の光が、彼女の傷をゆっくりと癒していく。


「ありがとう、ヴィンス」

「ありがとうございます、ヴィンセント様」

「いえ、ノエに無理させましたね。貴方はサポート役なのに、こちらの力が足らず申し訳なかったです」

「そんなことないよ。ヴィンスの方も、耳は……?」

「多少うるせぇですけどね、ある程度慣れて来たみたいで。そこそこの音量は問題ねぇですよ」

「そう、良かった。……ところで、ミーア、どうして君がここに」

 

 ノエの問いかけに、ミーアはびくっと肩を震わせた。しかしすぐにそんな反応はなかったように、外套のフードからはみ出している金髪の毛先を軽く手で払う。


「貴方達が、立ち入り禁止区域に入るところが、目に入りましたから、注意して差し上げようと思いまして。全く、厳罰だけじゃすみませんわよ、こんな場所に足を踏み入れるなんて」

「結構最初の方からついて来てたでしょう、貴方」


 ぽろりとヴィンセントが零した言葉に、ミーアがキッと眦を上げる。そんな表情を見せられても、彼の無表情は一切変わらなかった。代わりに、ミーアの隣に立っていたフォルトゥナートが、嬉々とした表情でその話題に食いつく。


「は?別にこの女居なかっただろ」

「屋根の上ですよ。足音は上手く鼓動マキナの音に紛らせてたみたいですけど。俺の耳の良さ、舐めないで欲しいですね」


 ヴィンセントがちらりとミーアへ視線を投げかける。彼女はぶるぶると身体を震わせていた。寒さではない、怒りでだ。


「はぁ?なんでついてきたんだよ?お前、死の赤外套デス・レッドフードの案件してんだろ?人狼の俺らについてきたって意味ねぇじゃん」

「ノエの話を聞いてたんじゃないですか?あるいは、人狼と応戦したあの日から、俺達のことをこっそり尾けてた、とか」

「ちょ、調子に乗らないでくださる?べ、別に、その!い、行き先が重なっただけで、そこで貴方達を見かけて、それだけですわ!」

「ハァ」

「な、な、なんですの、その気の抜けた返答は!」

「いちいち声を荒らげて、喚かないでください。ただでさえうるさくて、脳の中が割れそうなんですよ、俺」


 ヴィンセントはうんざりした顔をする。それに、カッとミーアは頬を赤くして、更に言葉を重ねようとするが、それにノエが待ったをかけた。


「言い合いしてる場合じゃないよ。逃げた人狼アイツを追わないと。時間がないんだしさ。……ミーアは、どうするの?」

「貴方の推測では、死の赤外套デス・レッドフードに関係するのでしょう?」

「……やっぱ、聞いてんじゃねぇか」

「ちょっと黙ってなさい」


 ぴしゃりと口を挟んだフォルトゥナートにそう言い、ミーアはしゃがんでいるノエを見下ろして問いかける。


死の赤外套デス・レッドフードと人狼は、関係あるのかしら?」

「恐らく、だけれど。死の赤外套デス・レッドフードが人を誘いだした時期と人狼が発見されるようになった時期、死の赤外套デス・レッドフードが人を殺しているわけではなく、行方不明にするという話を踏まえて考えてみて、自分はそういう推論を叩き出した。それだけだよ。確証はない」

「そう。でも僅かにでも関係があるのかもしれないなら、私もついて行きますわ。私の請け負っている任務は、死の赤外套デス・レッドフードの捕縛あるいは討伐。可能性は少しでも潰して置くに限ります。

 それに、エンペントル家の娘として、仕事には一切の手を抜けませんから」


 ミーアはフンと鼻を鳴らし、手当ての終わったノエの手へ自らの手を差し出した。


「今回だけ、手を貸しますわよ」

「……よろしく頼むよ、ミーア」


 ノエはミーアの手を取り、彼女は胸を反らして、それからノエの身体を引っ張り起こした。


「おい、まだ治療は終わってねぇんですけど」

「急がないといけないのでしょう?のんびり治してる暇はないのではなくて?それに、今回の解体者様は攻撃側オフェンスではなくて、防衛側ディフェンスでしょう。なら、自然回復に任せた方が良いのではないかしら?」

「あんたはそうかもしれねぇですけど、俺がしたいから、しますよ」


 ヴィンセントは、反対側のノエの腕の怪我も治し始める。ミーアはハァとあからさまに溜息を吐き、肩を竦めた。

 ノエは手際よく動く金色の光を見て、それからミーアへ視線を向けた。


「で、ミーア。君の魔術は単体には不向きだと思うけれど、対策は何かある?」


 ぴしっ、とミーアの額に血管が浮く。


「あ、貴方、ほ、本当、学習能力がないんですの?!人に魔術のことをとやかく訊くのは、」

「でも、事実だよ。君の魔術具は多勢向きだ。硬度のある単体には特化してない。もし、人狼がまた単体で襲ってきたら、ミーアの魔力と体力を無駄に消費することになるから、どうかなって」


 ノエからすれば善意の言葉なのだが、ミーアからすれば、自身で編み出した魔術を愚弄されている行為にも等しかった。

 だが、そのアドバイスが正しいことも、ミーア自身がよく理解していた。

 彼女は溜息と共に、かつかつとブーツのヒールで二度、硬い地面を叩く。


「対策は有りませんけれど、改良点はありますわ。使えるかどうかは別ですけれども、問題ない筈ですわよ」

「心配だな」

「貴方の単発銃シングル・ショットよりは役に立ちますので、ご安心なさいな」

「あ?」

「あらぁ?図星ですか?」


 再び二人の視線が剣呑な光を灯し出したのを見て、ノエがぱんぱんと手を叩いて意識を外させる。


「喧嘩しない。で、具体的に、どういう魔術なのか教えて欲しい」

「は?」


 そして、再び爆弾を投下した。


「何をどう改良したのか、分からないと作戦に支障を来すかもしれないから。これから人狼の巣に向かう訳だけど、どういう采配で行くのか、ヴィンスの考える手助けになればと思って」


 完全に固まってしまっているミーアに、ノエは気付くことなく言葉を続けた。

 それからミーアからの反応がないのに気付き、ノエが不思議そうな顔を向ける。


「ほ、ほんと、本当に貴方は……ッ!魔術協会に三年も勤めれば常識は少し身に付くものでしょう!」

「でも、必要なことだし」

「……ッ分かりましたわ、折れますわよ。私も、こんな場所で貴方達と一緒に死ぬつもりはありませんし。

 ……簡単なイメージ強化ですわよ。今よりも身体能力は上がりませんけれど、ブーツの先やヒールを魔力でコーティングして、より鋭利で衝撃ダメージを与えやすくなるようにしましたの。各段に威力は上がってますわよ」

「んだよ。大した強化じゃねぇな」

「うるさいですわよ、そこ!」


 また始まるフォルトゥナートとミーアの言い合い。ノエとヴィンセントはほぼ同時に頭を抱えた。

 ベディはそんな周りの様子など無視したまま、ノエの身体を抱き上げた。


「うわ、ベディっ」

「私が抱えて走ります。ノエは魔法薬を服用されてください」

「あ、えぁ、う、うん……、ありがとう」


 ベディに言われるまま、ノエはウエストポーチから魔法薬が入った小瓶を取り出し始める。

 ヴィンセントは未だ耳を押さえつつ、ゆっくりと身体のあちこちを動かす。


「そうだな。無駄に時間使った気がする」

「貴方のせいですけれど」

「あ?」

「あらぁ?何かしら?」

「……はいはい。じゃ、競争しましょうか。先程負わせた傷で、路面には血痕があるみてぇですし。一番先に見つけられた者の言い分が正しいということで」


 ヴィンセントがそう提案すると、フォルトゥナートとミーアそれぞれの眼光が鋭く光る。


「ヴィンス、合図頼むわ」

「はいはい」

「いいですこと!ズルは許しませんわよ!」

「はーい、どーん」


 気の抜けたヴィンセントの掛け声とともに、フォルトゥナートとミーアは同時に、人狼が逃げていった方向へと走り出した。


「……意外と、あの二人は波長合うよね」

「うるささが増すんで、俺は嫌ですけどね。……人狼はこれから増えるでしょうし、ミーアの魔術は役に立つでしょう。俺らも行きますか」

「はい。……ノエ、しっかり掴んでいてください。ヴィンセント様も、疲れた場合はご遠慮なく仰ってください。私なら、二人の重さ程度問題ありませんので」

「お気遣いどうも」


 フォルトゥナートとミーアが腰に提げている吊りランタンの明かりが小さくなっていくのを見ながら、ノエを抱き抱えたベディとヴィンセントも、二人の後を追って走って行った。

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