-第五幕-
其の四十九 傷口に明太子でも塗ろうもんなら、博多の人に殴られる
――水曜日の朝、校舎の『玄関』、下駄箱前にて。
毎日同じルーティンワークを繰り返す『だけ』だった僕にとって、この二日間はあまりにもハードだった。
クラスの不良代表、『須磨 剛毅』に校舎裏で殴られ、
サイコ教師、『鳥居先生』に命を狙われ、
クラスのマドンナ、『如月 千草』に命を救われ、
おっとり美女、『不知火 桃花』に放課後デートを誘われ――
「……はぁ~~~……」
身体的にも、精神的にも……、限界だ。
溜まりに溜まった疲労を吐き出すように、僕は一人で大仰なタメ息をついた。
……なぜ、なぜだ。僕は『平穏な学園生活』をひっそりと送りたいだけだ。なんで次から次へと『受難』が待ち受けているんだ。……いや、放課後デートは別に辛くなかったけど。
これが、『青眼の使命』ってやつだろうか。
…
……暗くなるなぁ、考えるのを止めよう。
僕は自分のネームプレートが掲げられている靴ロッカーに手をかけ、中から上靴を取り出そうとして――
……あれ、何か忘れているよう、な――
「……あっ!」
一人で居るのにも関わらず、大きな声が漏れ出る。
僕は、まさぐるようにズボンの後ろポケットに手をつっこみ、ぐしゃぐしゃになってしまった『ノートの切れ端』を広げた。
ヒントその一
赤眼はクラスの中に居るよ
……ワスレテタ――
昨日の放課後、不知火さんとの放課後デートが始まる直前、
無機質に、僕の下駄箱の中に放り込まれていた、意味深なメッセージ。
『僕の事を青眼だ』って知っている人物が、
如月さんと、『黒幕』と、……今回の事変と無関係であろう『烏丸』以外に、
居るかもしれないっていう、仮説。
…
……一人で考えていてもしょうがないな。昼休みに『如月さん』に相談しよう。
いったん、問題を先送りにしようと、『ノートの切れ端』を再びズボンの後ろポケットにしまおうとした瞬間――
「ナニ見てんの?」
――『耳元』で、
人をおちょくったような、甲高い少女の声が鳴る。
「――ッ!」
声、無き、声をあげながら、
僕は反射的に後ろを振り返り、後ずさるように勢いよく後退したのち、ずらりと積みあがった下駄箱の『壁』に背中をしたたか打った。
声の主――
セーターの袖で覆い隠した掌を口元に当て、背中を丸めながら、ニヤニヤと不気味な笑顔を見せる一人の女生徒……、
――『
「……イマ何か隠したっしょ、何? エロ本?」
御子柴が、猫のように目を丸くしながら、挑発的なトーンでクスクスと笑っている。
「……エロ本がこんなに小さいわけないだろ…、というか、僕を変態に仕立て上げるのはいい加減やめてくれないか、御子柴さん」
「……? あれ、水無月君って、変態じゃないの? 女の子の事、好きじゃないの? ゲイなの?」
「……なんでそうなるんだよ、僕はゲイでも無いし、変態でもない。普通の男子高校生だ。……朝から何を説明させるんだ」
「……えーーっと、両刀ってことでいい?」
…
…
…
……はぁ~~~~~~~~っ。
弱り目に祟り目。泣き面に蜂。傷口に明太子。
……最後のは違うか。
疲れ切っていた僕の脳は、
爆弾娘、『御子柴 菫』との会話を、
明確に『拒否』した。
僕は、くるっと御子柴に背を向け、持っていた革靴をロッカーにしまって上履きに履き替えると、彼女を『居ないもの』として、スタスタと教室へと向かおうとする。
「昨日、不知火っちと一緒に居たでしょ?」
ピタッ、と、僕の足が止まり、
ガバッと、振り返って彼女の顔を見る。
――その、慌てふためいた『様子』そのものが、問いかけへの『肯定』を意味する事には、後になってから気づいた。
靴をかったるそうに履き替えた御子柴が、ニヤニヤと愉快そうな笑顔を不愉快に浮かべながら僕に近づく。
「……なんで、……どこで、……見たの?」
――思わずこぼれた、あまりにも、『意味の無い』問いかけ。
「……どこだっていいじゃん。水無月君さぁ、昨日は如月っちとお昼食べてたよねぇ? うわぁ~~、美女二人を弄ぶなんて、中々やるねぇ~~」
「……! そういうんじゃ、無いから――」
動揺で、声が震えた。
……まぁ、実際僕たちの関係は『そういうの』じゃないし、御子柴が想像するような下衆い三角関係が繰り広げられているわけでも無いんだけど。
……なんだか、『煽るような』言い方をされてしまうと、心が揺れる。
「……水無月君さぁ……」
御子柴は、猫みたいに丸い大きな目をスッ、と細めると――
「――誰が『敵』で、『味方』かは、ちゃんと見極めとかないと、あっさり死んじゃうよ?」
――淡々と、そんな事を言った。
――――はっ?
……死……、なんて?
脳が、フリーズした。
魚のように 、口をパクパク動かしているだけの僕の横を、御子柴がスタスタと通り過ぎる。
「――あ~~、やっぱ朝はネムイねぇ、久しぶりに早起きしたんだけど、やっぱ無理、屋上で昼寝でもしに行こーーっと」
御子柴が、
大きなあくびをしながら両手を一杯に広げて、
軽快に階段を上り始めた。
「――ちょ、待ってッ……」
硬直が解けて、僕の喉からようやく声が出る。
両手に握られているヒモがスルスルと抜けていくみたいに、
御子柴の姿が、僕の視界からフェードアウトしていった。
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