其の二十九 一問一答・五里霧中
「――ハックションッ!」
寒さに限界を迎えた僕の身体が、悲鳴のようなクシャミを吐き出す。
……寒い、寒すぎる……、風邪……、ぶり返さないかな――
「……ごめんなさい、もう少しだから、ちょっとだけ我慢して――」
僕のジャージを羽織りながら隣を歩く如月さんが、眉を八の字に曲げて、久方振りに声を出す。学校から出た後、僕らは暗い夜道を無言で並んでテクテクとただ歩いていた。
――とりあえず、ついて来て――
校門をくぐったあたりで如月さんにそう言われたまま、半そで一枚の僕は両腕で身体を覆い、ブルブルと震えながらただ彼女に付いて行く。
話したい事、聞きたい事は幾つもあったけど、それらは『目的地』に到着してからするべきだと思ったし、世間話をする雰囲気でもなかったので(そもそも、世間話って、何の話をしていいかもわからない)、僕はただ無言で足を動かしていた。
――けど、限界だ、寒すぎる、何かで、気を紛らわせたい――
「……如月さん、これ最初に聞くべきだとは思ったんだけど、僕たち、どこ向かっているの?」
如月さんは、意外そうに目を丸くした後、
「そうか」と何かに納得したように口を丸く開け、
「……そういえば伝えてなかったわね、『私の家』よ」
――しれっとクールな無表情に戻り、そんな事を言った。
……如月さん、意外とコロコロと表情が変わるタイプなんだな。
――って待てよ、『私の家』……?
彼女の思わぬ一言に、今度は僕の目が丸くなる。
「……えっ? こんな時間にお邪魔しちゃって、大丈夫なの……?」
――至極まっとうな疑問だと思ったんだけど、如月さんはなぜか不思議そうな表情をしている。
「……何も問題無いわ。それより、水無月君の方こそ、ご家族の方に連絡しなくて大丈夫なのかしら?」
「……うちは、大丈夫……。基本的に夜中にしか帰って来なくて、この時間はどのみち家にはいつも僕一人しか居ないんだ」
僕の言葉に特に疑問を呈する様子も無く、如月さんは「そう」と短く呟くと、再び正面に顔を向け直した。
――ちなみにだけど、僕は女子の家に遊びに行ったことなんか、無論、ない。
っていうか、今思えば同性のクラスメートの家にすら行ったことがない。
……怖い。経験がないゆえに、『何が待ち受けているのか』がわからない。『何をすればいいのか』もわからない。 ……手土産とか無いんだけど、大丈夫なのかな? 最初の一言、なんて言えばいいんだ? 『どうも、クラスメートの水無月です。如月さんにはいつもお世話になってます』――、いつもお世話て、今日初めて喋ったんですけど、いや、殺されそうなところを助けてくれた、って意味ではめちゃめちゃ世話になっているんだけど――
「着いたわ」
「――だうひゃあっ!」
突然マヌケな奇声をあげた僕を、如月さんが無表情ながら訝し気に見つめている。
悶々と心の中で自問を繰り返していた僕は急速に現実に引き戻され、とりあえず状況を確認しようと眼前の建物に目を向けた。
レトロな雰囲気、レンガ造り、
板チョコみたいなガラス窓が配置されている、茶色い西洋風の扉、
扉に掛かっているプレートには「OPEN」のアルファベット。
……ってここ――
誰が、どう見ても
……少なくとも、僕の目から見れば、
明らかに『喫茶店』としか思えない建物の前に、如月さんは立っていた。
「……えっ、ここ『喫茶店』……、だよね?」
僕は思わず、質問を投げる。
「……ええ、『喫茶店』だけど」
短く、端的に、如月さんは答える。
「……えっ、如月さんの家に向かってたんだよね…?」
再び、僕は質問を投げる。
「……ええ、『私の家』に向かっていたのだけど」
再び、端的に、如月さんは答える。
……何、このやりとり。
混乱が混乱を呼ぶ僕の脳内を救ったのは、
チラリと視界に入った、『立て看板』の文字。
――喫茶『如月』――
……あっ、そういう事か。
「……如月さんちって、『喫茶店』だったんだね」
思わず、僕は如月さんに確認する。
「……言ってなかったかしら」
無表情のまま、少し首を横に傾げながら、如月さんは答える。
「……たぶん、初耳だとおもうけど」
再び、僕は如月さんに確認する。
「……言ってなかったのね」
首を反対側に傾げ直して、如月さんは答える。
……何、このやりとり。
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