-閉幕ノ後-

其の二十八 狂宴、終わりて――


 ――ブォォォォォォォン……


 コンクリートの壁の向こうで、自動車が過ぎ去る音が聞こえる。

 辺りはすっかり暗くなっており、校内に残っている生徒はほとんど居なさそうだった。


 

 ――体育館から脱出した僕らは、とりあえず昼休みに訪れた『校舎裏』に一時避難していた。

 素行の悪いヤンキーか、二人だけの世界に入り浸りたい校内カップルか、はたまた悪戯好きな破天荒娘か―――


 『校舎裏』にはやんごとない事情を抱えている生徒しか訪れない、という事実は経験上学習していた。

 ――如月さんの身に纏っている白いワイシャツには、先ほどの戦いで『カッターナイフ』がぐっさり背中に刺さった跡……、痛々しい赤い染みが広がったままだ、誰かに鉢合わせでもしようものなら説明が面倒である。人が居ない『校舎裏』は非難場所としてはうってつけだった。


 僕らは、コンクリートの冷たい壁に背をもたれさせながら、隣同士でしゃがみこんでいた。


 ――チラッと、如月さんの横顔を見やる。

 彼女は、どことなくボーッとした表情で、空を眺めている。



 ……改めて近くで見ると、とんでもなく美人だな。


 『黒眼』に戻った彼女の目は、決して大きいわけではないが、凛と、どこか強さを感じさせるような輝きを帯びており、長いまつ毛が、ミステリアスにその瞳を覆っている。

 ボンヤリと辺りを灯す街灯の光が、彼女の白い肌をほんのり照らした。

 僕の眼に映る、『彼女』と風景が混ざった『なんでもないワンシーン』が、そのままCDアルバムのジャケットに出来そうなくらい絵になっていた。


 ――何気なく彼女の顔に見惚れていると、僕の視線に気づいたのか、如月さんの黒目が、スッと僕の方へ動いた。


 二人の視線が、交錯する。



 ――ッ!


 彼女に見惚れていた事に気づかれたのが恥ずかしいのか――

 彼女と目が合ってしまったこと自体が恥ずかしいのか――


 とにかく急に気恥ずかしくなった僕は、慌ててバッと空を見上げ、彼女から視線を逸らす。



 ……って、照れてる場合じゃないな……。



 とりあえず、ここでこうしていても仕方がない。

 沈黙に耐えられなくなったこともあいまって、僕は静寂を破るように口を開いた。



 「……せ、背中の傷………。 大丈夫……? 病院…、行ったほうがいいんじゃ――」


 

 僕はしゃべりながら、再び視線を如月さんに向けた。

 いつものクールな表情ではなく、きょとんとした愛らしい顔で如月さんもこっちを見ていた。



 ……さっきも思ったけど、『こういう表情』もするんだな、如月さん――



 如月さんが、何かを確認するように、上目遣いのまま背中をさする。



 「……大丈夫、血も止まってるし、今は痛みも殆ど無いわ」



 ……嘘でしょ。



 「……え、カッターナイフ……、結構ぐっさり刺さってたよ、すぐに血が止まるとは思えないんだけど……」


 

 困惑した僕の表情を尻目に、クールないつもの顔に戻った如月さんが無表情に言いやる。



 「眼が『緑色』の時に受けた傷は、すぐに治ってしまうの。 ……破れた制服は流石にどうしようもないわね。たまたま『夏服』で良かったわ」


 「……」


 ツッコミは、後にするか。

 ――聞きたい事は、『山ほどある』んだ。



 「――水無月君、お願いがあるのだけれど」



 如月さんが、両足を伸ばしスクッと立ち上がる。彼女の声を聞きながら、つられるように慌てて僕も立ち上がる。



 「あなたが来ているジャージの上着……、少しの間、貸してくれないかしら? ……さすがに『このまま』道を歩くわけにはいかないでしょう?」


 無表情のまま、如月さんが首を傾げる。

 コンクリートの壁の向こうで、ブォォォォォォォンと自動車が過ぎ去る音が聞こえた。


 ……僕の着ていたジャージを、如月さんが羽織るのか――



 一人妙な興奮を覚えた僕だったが――


 その後の道中、半そで一枚の僕に襲い掛かる夜の秋風が、

 体温と共に、邪な感情を吹き飛ばしていった。



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