武装かなまら祭り

 わっしょい、わっしょい、クソ熱い熱帯夜に威勢の良いかけ声が響く。

 新御堂筋に行き交う人々が振り返り、そして顔が凍り付く。

 それは雄々しかった。大きく、硬そうだった。


「なんやあれ」

「何ってナニやがな」

「せやな」


 華美に飾られた神輿から木製の巨大なイチモツが飛び出していた。

 担ぐのは雄々しい男達である。人間もいれば異種族もいる。

 鬼や天狗は誇らしげに担いでいるが、何一つ身に纏っていない。そして自身のものを天高く突き上げている。

 彼らは神性存在に魅了されていた。つまり、一時的狂気である。


「こういうの増えよったな」

「まあ、第三次世界内戦が起こったからのう。世界中魔法と奇跡が大安売りやな。

おおかた、また誰ぞ神さんに取り憑かれたんちゃうか」


 90年代に魔術と人外の存在が公開されてから加速度的に世界は神秘を増し、

 今や世界中の大都市のほとんどが魔界都市となっている。

 カルチャースクールに通えば誰でも魔法使いになれる時代だ。

 そして、だからこそ安易な魔術は時に失敗し、神性存在に操られこのような凶行に出るものは後を絶たない。


「ナニやからあれか。マーラ様あたりか」

「ちゃうちゃう、日本でああいうの言うたらかなまら様やろ」

「あー……せやなあ。しかし見事な張り型や」

「いやあほんまにご立派やでえ……なんや担ぎたなってきたな」

「せや、祭りじゃ、楽しまな損じゃ!」


 一連の流れを評し合っていた通行人も魅了され、狂気に墜ちて神輿の担ぎ手に加わろうとする。

 しかし無慈悲にも彼らはミンチ肉となった。

 神輿が激しく前後すると共に、ごろりと巨大な薬莢が転がり出た。

 神輿の中心に据えられたご立派には、アハトアハト高射砲が内蔵されていたのである。


「アハトアハト……!?」

「ああ、ご立派様ってそういう……アホと違うか!?」

「自分それギャグ?ちょっと上手いこと言えてへんやん!」

「笑い取ってる状況ちゃうやろ!逃げな!」


 再生力強化手術を受けていた通行人たちは正気に返って一目散に逃げ出す。

 かーなまら!でっかいまら!というかけ声と共に再びご立派が砲弾を撃った。

 近くのビルに直撃するが、当たった瞬間にビルの防犯システムである防御魔法が発動し、砲弾をはじく。

 他のビルに反射し、そのビルも砲弾をはじく。つまりピンボールである。

 88mmの砲弾が市街地を跳ね回ったらどうなるかお解りだろう。新御堂筋は阿鼻叫喚と化した。



 場所を少し変えて梅田阪急バスターミナル。夜になると路上ライブで盛り上がる場所だ。

 アーティストの卵たちがここから羽ばたくことを夢見て夜を歌で飾る。今も昔も変らない光景だ。


「かわんねえなあ、ここは」


 ただし、昔と違うところはパーピーやウンディーネたち魔歌を歌い、別の場所では魔女たちがチャントを歌っている。

 路上アーティストの聖地は歌による高密度な呪術空間と化していた。


「いや、やっぱちょっと変ってるわ。まあ歌でバフかかるからいいんだけどよ」


 つぶやくのはこの時代では一般的になった退魔師である。

 退魔師組織はいまやいくつもある。そしてこの男「イルマ」はその中でももっとも苛烈とされる「同盟」の制服を着ていた。

 黒い中折れ帽に黒いトレンチコート。暑苦しい格好だが、中は空調ファンや冷却魔術式が組み込まれていて案外快適だ。


「おっ、見かけない顔だな……新顔か。飯食う前にちょっと聴いてくか」


 逆立つ赤い髪にパンクファッション。ハスキーな声をした女性が歌詞のない歌を歌っている。

 音楽性的には勇壮でいながら幻想的なエピックメタルに近い。

 要素がてんでバラバラだが、不思議と調和している。


「いいね、脳にガツンと来る。ハードなロックだ」


 イルマはしばし足を止め、聞き入っていた。

 技術的に荒削りなところはあるが、不思議と情熱を感じさせる。

 曲が終わるとイルマは千円札をギターケースに投げ、CDを手に取った。


「おいくら?」

「1500円だ。アタシのパッションを詰め込んだアルバムだ!」

「悩む値段だな……」

「じゃあシングルはどーだ?こっちはサイトからダウンロードできるぜ。

アタシの名前「パンキー」で検索してくれよな!」


 イルマはスマホを操作するとそれらしきページを見つけた。

 スマホをパンキーの目の前にかざして見せる。


「これ?っていうか君「連合ユニオン」の退魔師もやってんのな」

「そーいうおっちゃんは「同盟アライアンス」の狩人だろ。

アタシとはいまいち方向性があわねーけど、あんたらのパッションはリスペクトしてるぜ!」


 イルマと同様、パンキーもまた退魔師だった。

 ただ「同盟」と「連合」はかなり趣を異にする。

 「同盟」が苛烈きわまりない血に飢えた狩人のたまり場であるならば、「連合」はごく一般的な冒険者の酒場といえる位置である。


「マジで?「連合」の人らって俺ら基本嫌いだと思ってたけど」

「あー、まあ一般的にはそうだな!だけど、それじゃパンクじゃねーだろ?」

「なるほど、アイワナビーザマイノリティってわけか」


 イルマが曲の一小節を軽く歌ってみせる。


「グリーンデイの?おっちゃん意外に良い曲知ってんじゃん!アタシもあの曲は好きだぜ!

歌詞があるのはアタシ向きじゃねーんだが、一曲やろうか?」

「たのむわ」


 イルマが500円玉をギターケースに入れるとパンキーはにひっと笑って一礼する。

 そして曲が始まった。

 権威なんていらない、世間体なんてクソくらえ……そんな意味の英語がハスキーな声と共に歌われる。

 さわやかで、やさしく、それでいて熱い物を感じさせるそんな曲。

 聞き終わるとイルマはもう500円ギターケースに入れて拍手した。


「いいじゃん。帰ったら曲もダウンロードしてみるわ。ウェブマネー使える?」

「もちろんだぜ!ありがとな狩人のおっちゃん!仕事おつかれさん!」

「おう、機会があったらまたな。がんばれよー」


 イルマとパンキーはさわやかに別れようとした。

 ほんの一時つながった縁はまたそれぞれの道を行く。そのはずだった。

 すばらしい音楽の記憶と、胸にさわやかな気分を浮かべたイルマの目にとまったのは、武装かなまら神輿だった。


『かーなまら!でっかいまら!わっしょい!わっしょい!』

「オイオイオイ、こっちは仕事帰りだぞ?さわやかな気分が台無しだわクソが!

あと他のバンドの女の子が悲鳴あげてんじゃねえか!良識というものはないのかよボケッ!」

「オーマイガッ……アレはないだろ……」


 さわやかな夜が一気に暑苦しく殺伐としたものに変る。



 コンマ1秒でそれが神性存在であると認識したイルマは3秒でキレた。まるで瞬間湯沸かし器である。

 流れるように罵倒を行いながら背中にかけたのバッグを開き、中から1mはある無骨なハンマーを取り出す。

 その鉄槌は表面に無数の呪文が刻まれ、叩き潰した獲物の血肉がしみこんでいる。殺意しかない武器だ。


「もう一仕事してくか……腹も減ってるってのによ!TPOをわきまえろよこれだから世間知らずは……」

「お、おっさん!?」

「イルマさんだ。バケモンが前の前にいて、俺には武器がある。狩らなきゃおかしいだろ?」


 そういうとイルマは人混みをかき分けて神輿へと近づく。

 スマホで撮影する人々の先には見知った顔がいた。後輩の狩人だ。


「はーい、避けてくださいねー。近づかないでー。危ないですからね」

「明日来かよ!なんでお前がこっちの区域にいるわけ!?」

「あっ、イルマさん。いや手が空いてるのが今は僕だけで……とりあえず応援が来るまで避難誘導しろってことなんです」


 黒いキャスケット帽子に黒いコートの狩人がイルマに頭を下げた。

 イルマの後輩のアスクという男だ。

 広く浅く沢山の魔法が使えるのでなにかと重宝されている男である。故に彼が一番に現場によこされたのだ。


「なるほど、で状況は?」

「今は物理遮断結界を張って通行人が近づけないようにしてます。

あとアレ、中に大砲が入ってるんですけどそれも結界の外には出さないようにしてます」


 イルマはおおよその状況を把握した。そしてさらにアスクに尋ねる。


「『解析』の結果は?」


 アスクの背中から生き霊のように半透明の女性が出てくる。

 黒髪のエルフで、魔女のような服装だ。アスクの使い魔のようなもの「カルマ」である。


<私から説明しよう。あれはこのあたりの芸術家が作った作品に偶然、神が宿った物だ。

偶然の産物であるが故に複数の神格を不完全に宿す。暴走しているのは純度の低さのためであろう。

だが核は「かなまら様」であるカナヤマヒコだ。他の神格を追い出し純度を高めれば払う手段もあるだろう>


 「カルマ」は見た物を鑑定し解析する権能を持っている。

 彼女の目を持ってすれば相手の事情から背景、弱点までわかるのだ。

 アスクの切り札といえる魔術の精髄である。


「なるほど、で?方法は?」

<うむ、カナヤマヒコは鍛冶の神だ。そして鍛冶においては純度を高めるために鉄を打つ。つまり……わかるだろう?>


 「カルマ」はイルマの鉄槌を見た。イルマは心底嫌そうな顔をした。


「オーケー、つまりこれであのご立派様を叩いて来いと」

<そうなるな。貴公、ちょうど良く炎の呪術も使えるのだろう?一つ鍛冶仕事をしていくが良い>

「軽く言ってくれるなあオイ!マジかよ……」

<だが、狩りとはそんなものだよ>

「知ってるわ!おいアスクまじでやんの?」


 アスクは使い魔の大仰な物言いに申し訳なさそうにしながらもうなずいた。


「本部からも同じような指示がありました。純度を高めて神格を剥き出しにした後、妻神であるカナヤマヒメを泉の森広場に降ろして退散させるみたいです」

「じゃあ召喚師待ちか……泉の森広場って今工事中だったか。じゃあ仕方ねえな。ちょうど人いないんだし」

「そういうことですね。ただ召喚師の人が家が遠いんで間に合うかどうか……」


 そこで背後から声がかかった。

 赤い髪にパンクファッション。背中にはギターケース、手にはエレキギター。パンキーである。


「よっ、イルマのおっちゃん。召喚ならあたしもできるぜ!本職じゃねえけどな!」

「あの、この人は?」


 アスクが尋ねるとイルマは少し驚きながらも答えた。


「『連合ユニオン』の退魔師さんだ。今日は単に路上ライブしに来ただけらしいけどな。

いいのか?あんただって今オフだろうに」

「それはおっちゃんも同じだろ?アタシにもこいつがある。見物してるだけじゃロックじゃないぜ!」


 パンキーは軽くギターを掲げて見せる。


「オーケー、じゃあもう一曲頼むわ。アレの奧さんを呼んでこられるような、とびっきりの熱いラブソングをってくれ」

「オーライ、任せな!」

「じゃあ僕は全体の指揮をとります。うまく泉の森広場まで案内しますよ」

<役割は決まったな……では、作戦を始めよう>


 おう、とそれぞれがうなずき、かくして夜の176号線にて武装かなまら神輿VS三人の退魔師という奇妙な戦いが幕を開けた。



「さて、と……」


 イルマは鉄槌を肩に担いで前傾姿勢を取る。そして大声で罵倒した。


「ようかなまら様!ずいぶんくだらねえもんに取り憑いたな!

一発ウケでも取りたかったのか?笑いの街なめんなよ、そんなんじゃクスリとも沸きやしねえよ粗末様がよ!

おまけになんだ?似たようなもんまで混じってんじゃねえか。今から焼き入れてやるからかかって来いよ!」


 武装かなまら神輿の両横がバカッと開いてガトリング銃が2丁出てきた。

 イルマは疾走をスタートした。

 主砲のご立派様と両サイドの大金時様が弾丸を撃ちまくる。

 しかしイルマは野生の獣の如く左右に蛇行する走り方と緩急のみで射撃をすべてよけていく。


「当たんねえなあ!そんな早さだけでおめでたデキるとでも思ってんのか!」

『かーなまら!でっかいまら!』

「やかましいわ!デカさだけが勝負じゃねえ!テクがなきゃな……紳士の心得だ覚えとけ!」


 最低な煽りを行いつつ、イルマはとうとう神輿の眼前まで到達した。


『かーなまら!』


 両サイドのガトリングが火を噴くが、迫り来る銃弾は見えざる壁によって弾かれた。


「『魔力障壁』!今ですイルマさん!」

「ナイスだ明日来!」


 アスクは今こそイルマがこの技を必要とすると解っていた。イルマも今こそアスクがこの技を使うと信じていた。

 ギリギリまで切り札の一つをとっておいたアスクとの見事な連携だ。

 そうしてイルマは跳躍すると神輿の上に降り立ち、鉄槌を構えて身体ごと一回転した。


「まずは供給源から絶ってやるよ!潰れろオラ!」


 砲丸投げのように振り回されるハンマーでガトリングの銃身が曲がった。

 これで背後から撃たれることはない。そしてイルマはいよいよ本題であるご立派様に槌を振り下ろした。


「思い出せカナヤマヒコ!てめーは鍛冶の神!金床の神だ!

鍛えてやるから鉄槌の味思い出せボケッ!」


 鉄槌が振り下ろされ、がああん、という音と共にご立派様の木片が飛び散った。


「鍛冶といえば炎だよなあ!おめーの兄貴のカグヅチとは違うけどよ、味わっとけ!

焼き入れてやる!粗末様をご立派にしてやるよ!」


 イルマの鉄槌に炎が点る。そして赤熱する鉄槌をイルマはまたしてもご立派様に打ち付けた。


「おめーはカナヤマヒコ!他の混じりもんは要らねえ!

鉄を鍛える時なんで熱いうちに叩くか知ってるよな?不純物をたたき出すんだよ!

だから、もっと熱くなれ、硬くなれ!てめーの本来の姿を思いだせ!」


 があん、があん、と火と熱を振りまきながらイルマは何度も鉄槌を叩き降ろす。

 炎により神輿の屋根が燃え、振り回される鉄槌で銃器たちが破壊され、ご立派を覆う木のパーツは灰になる


「そうら出て行け!不純物共がよ!おめえらの出てくる場所じゃねえ!」


 紛れ込んだマーラやミャグジといった似たような、しかし違う神霊の一部たちが叩き出される。

 やがて、アハトアハトの銃身を元に二回りほど小さいが見事な鉄のご立派ができあがった。


『かーなまら!でっかいまら!』


 狂気に憑かれた担ぎ手たちがうれしそうに神輿を上げる。

 見物人からは拍手が起こった。


「いやなんで俺も参加者みたいなノリになってんの?!」


 いまさらである。見物人からは完全にメインを張るエンターテイナーと思われていた。



「よし、雑霊はたたき出せた……誘導も問題ない。パンキーさん、そろそろです!」

「オーライ、イルマのおっちゃんの熱いパッションは伝わったぜ!今夜はいいギグになりそうだ!」


 いつのまにやら、神輿は泉の森広場の近くまで来ていた。

 パンキーは、すうっと息を吸うと歌を発し始め、ギターを鳴らす。

 最初は優しく、やがて熱く力強く。妻が夫の帰りを待っている、というような歌だ。


『あなたを待っている人がいる。あなたがまっている人がいる。

結ばれたときの情熱はどこへ行ったの?あんたの旦那さんは迷っている。

さあ、帰る家を示してやれ!』


 力強い「叫び」は神仏のいる次元にまで到達し、やがて妻神カナヤマヒメにまでたどり着いた。

 そしてその「彼方への呼びかけ」は神格であるカナヤマヒメの魂を揺さぶり起こす。

 元々ノリがいい神なのだ。そうでなければ神事がああはなるまい。


<よかろう、遊び呆ける夫を諫めるは妻の役目!いざや参らん!>


 そして、梅田地下街、泉の森広場に設置された簡易な女神像にカナヤマヒメは憑依し、顕現する。



『かーなまら!でっかいまら!』


 女神の神威を感じ、かなまら神輿はさらにスピードを上げる。

 そして地下街の入り口へと近づき、そこでイルマが再び鉄槌を振るった。


「ほらよ、てめーの帰り道だ!帰って奧さんにたっぷり絞ってもらえ!バーカ!もう来んなよ!」


 鉄のご立派様を鉄槌で殴り飛ばす。


「方向よーし、力加減よーし、さあ行ってこい!」


 精密なコントロールで飛ばされたご立派は地下街への階段をすっ飛んでいき、

 一度バウンドして泉の森広場の女神像の下腹部に突き刺さった!

 まるで水道管が破裂したかのように白くねばつく何かが地下街を襲った。

 地下街「ホワイティ梅田」は名実ともにホワイティになったのだ。



 かくして迷惑な神性存在による狂騒の一夜は幕を下ろした。

 神はその住処である次元に帰り、白くべたつく何かもすぐに掃除され、担ぎ手をやらされていた狂気に陥った人々は救急搬送された。

 軽く大惨事であるが、いつものことだ。


「お疲れ様ですイルマさん、パンキーさん。助かりました。これ、僕のポケットマネーですけど」

「いらないぜ!今夜はいいセッションができた!それだけで十分だ!」

「それよりそのへんのコンビニで弁当買ってきてくれ。昼からカロリーメイトしか食ってねえ」


 三人の退魔師たちも、また日常に戻っていくだろう。


「なら奢るぜ!アタシもどーせ飯食う気だったし、イルマのおっちゃんからけっこうもらったしな!」

「あー、じゃあ頼むわ。正直疲れた」

「じゃあ、お疲れ様でした」


 だが、ここにかすかな縁が紡がれた。それがどうなっていくのかはまだ誰も知らない。

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