永田町事件あるいは全てのはじまり3
星空の輝く空で鬼院とハルマンが会話と弾幕を交わす。
先手を切ったのは妖怪。鬼院の妖艶な微笑だった。
「妖怪は人を食う。人は妖怪を退治する。それが当たり前の形であり自然な事。
それを曲げる事は誰にも許されないわ」
花火のように優雅な弾幕がみつしりとハルマンに迫り、ハルマンの鉄球がそれを相殺する。
ハルマンはその言葉を聴き、無残な破壊に内心は怒り狂っている。
認めない、許さない。そんな事誰にも吼えさせるものか。
下劣畜生の理など、人の理の前に破れるがいい。
「さほどに妄信されるならばこう申しましょうか。
人は不都合なものはどんなものであろうと排除する。
それが当たり前であり自然であると」
みつしりとした弾幕をハルマンは片手を握る動作でひとまとめに握りつぶし、消滅させた。
そう、人間はどこかの誰だかが勝手に造った道理など蹴り飛ばして更なる高みに上る者。
そうであらねばならぬ。そうでなくば、畜生と同じだ。
故に、鬼院のいう古臭い道理など新しい道理で塗り替えねばならぬ。
「故に私はあなたに二つの選択肢しか与えません。絶滅か、恭順か」
ハルマンが杖を一振りすると30mはある巨大な剣の幻影が鬼院に迫る。
鬼院はそれを扇子で弾くとにらみ返した。
鬼院もまた、方向性は逆であるが似たような事を思っていた。
賢しい、どうしてそこまで小賢しい。
自然の摂理をなぜ変えようとする。なぜそこまで移ろい行く。
自然のままに食い食われ、飽いていればいい、餓えていればいい。
我らは自然の道理に従っているだけ、故に滅びるのはそちらだ。
「いいえ、私達はどちらも選ばない。今までの形をあなた方を打ち倒してでも保ってみせる。それが自然の摂理。私達を絶滅させることも、人と手を取り合うこともありえないと、証明してあげましょう」
鬼院の手から蝶の形をした呪いが飛び立つ。
「自然の摂理といいますがね。ならばこう申しましょうか。変らぬものなどないと。
全ては流転する無常なものでしかないと。あなた方が変らずとも、我々は変る。変らない者はただ時代遅れになるだけです。妖怪と人との関係もまた、そうなのです。あなたはご自由に停滞していればいい。ですが、我々は進む。そうあらねばならない」
だが鬼院の呪いは、全て塩に変って崩れ落ちる。
そうだ、全ては無常だ。自然の摂理であろうとも、時の流れには逆らえない。
いずれ変らざるを得ない。さもなくば滅ぶだけだ。
カンブリア紀の生物がそうだったように。恐竜が滅んだように。
「時代遅れで結構。そこまでして先に進む事に何の意味が?
私達妖怪ははほどほどの所でおだやかに暮らしたいだけですわ。
あなた方人間は犠牲を払って次代を手に入れる。私達にはそれが理解できませんのよ」
鬼院が攻める。扇子を切り払う動作で空間ごと切り裂き、組み替える。
人間は常に犠牲を払って時代を先に進める。そこに一体何の意味があるのだろうか?
今のままで満足していればいい。進歩をするのはいい、だがその犠牲になるのはごめんだ。
そこまでして進んだ先に一体何があるというのだ?
「理解できずとも結構。ただただ時代について行けず、滅びていけばいい。
元より、それが望みなのでしょう?
我々は貴方がたを排除し、生き残った者、恭順を示す者を人間として対等に迎え入れましょう」
ハルマンもまた巧みな飛行術で鬼院の攻撃を避け、逆に呪いを打ち返す。
ハルマンからすればなぜこれほど明確な事が理解できないのか不可解だ。
進歩を止めればただ滅ぶだけ。
そして一度でも進歩のために手を血に染めてしまったら、犠牲にした者のためにもさらに高みに上るしかない。
それが罪だというならば犠牲にされる側に滅ぼされればいい。
生き残った者が再び未来を紡ぐ、それが人の理だ。
「ですが、人となる妖と、どうしても人と敵対したい妖。
どちらも残るのでしょうね。あなた方は徹底抗戦して自治権を勝ち取るつもりだ。
あとは冷戦状態に持ち込むだけ。以前と変らない。明治時代の焼き直しだ」
ハルマンから散弾のように放たれる呪いを鬼院はやはり扇子の一吹きで打ち落とした。
ハルマンは日本刀でもって飛びながら斬りかかり、鬼院は扇子でそれを受けきる。
そのとおり、理の通りには現実は進まない。
異なる理がぶつかり合い、落としどころに落ちる。
それもまた、人の世の理。
「ええ、それが私達の勝利条件。いささか人も強くなったようですけど……
まだ私達には届かなくてよ。
私達は抗い続ける。あなた方は平定し続ける。それこそが妖の理」
にやり、と鬼院が笑う。
鬼院の体がうっすらと透け初めていた。撤退を開始しているのだ。
「忌々しい方々だ。我々はあなた方の理を思想を打ち倒す。何代かかってでも、必ず」
ハルマンの皺だらけの渋面が怒りに歪む。
「ええ、あなたの言う新しい世界にもなるし、好都合でしょう?
人は妖と争い続ける。それは変らない理。
でも、人は理を変え続ける。だから、人と共にある妖も許しましょう。
人の理と妖の理。ぶつかりあった落としどころがこれですわ」
この会話は戦争に一定の道筋をつけるためのもの。
互いの勝利条件の確認だ。
戦闘の結果とは全く無関係に、会話によってこの戦争の落とし所が決まっていった。
「
鬼院が強烈な皮肉を言う。ハルマンの望む世界にも、自らの勝利はあると。
「
ハルマンが裂帛の怒りを叩きつける。必ず平定してみせると。
その視線の先には、すでに鬼院の姿はなかった。
■霞ヶ関・地上
鬼院が消えた。百鬼の軍勢も消えていく。
なお、不幸にも逃げ損ねた者はハルマンにより同時に頭を爆ぜさせられて死んだ。
ハルマンの「天道光破陣」の真骨頂の使い方である。
「傷が癒えていく……これがハルマンの力なのか?」
「おいなんてこった。百鬼の奴ら同時に頭がパーンってなって死んだぞ」
戦場にいる全員の傷が逆再生のように治っていく。
後に解ることだが、この戦争で人間の死人けが人は全く出ていない。
毒煙すらあっという間に分解された。
このるは荒れ果てた戦場跡のみ。
「終わった‥‥‥のか?勝ったのか?」
「ああ、俺たちの勝ちだ。守り切ったんだ」
八百万の軍勢から歓声が上がる。
かくして後の世に人妖戦争と呼ばれる戦いの幕が上がったのだ。
だが、今はひとときの休息に皆、体をあずけていた。
■秘匿回線
後日、ある電話回線にてこんな会話がされていた。
<これでよかったのかねハルマン。日本の議員にはいいエクササイズになっただろう>
<これで日本政府は我々の脅威を理解しました。
バッシングはあるにしろ、黒魔術師や外道呪術師、妖怪達との戦いを始めるでしょう。
法整備も、公的支援も進む。そうしていただかないと困る>
<世界は、再び魔法の力を使うようになる。新しい産業革命、か>
<ええ、誰もが魔法を使えるようになる。これは全く新しい試みですよ>
<人類に黄金の夜明けを、か‥‥‥まあいい、次はどうなる?>
<派手に行きますよ。詳しくは書面で提出します。ご期待を、大統領>
そう、これは終わりではない、始まりなのだ。
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