最後にミカン箱から飛び出したもの。
葦ノ原 斎巴
終わりのはじまり。
ボロいアパート、テレビとコタツ、カップ酒。
真っ昼間から呑む安酒の、なんと満たされることだろう。
窓から吹き込む隙間っ風も、カタカタ笑っているようだ。
まだまだ青かった二十の頃もこんな暮らしをしていたか。
金もなく、夢もなく、ただ生きるのに精いっぱいだった若かりし頃。
このアパートだって、当時まだ少しは小綺麗だった。
そして、隣に座る人がいた。
学生恋愛で間もなく彼女が妊娠をして……勘当され、着の身着のままこのアパートに移り住み。
慎ましやかに暮らしてた。
花嫁衣装を着せられず、新婚旅行も連れていけなかったが。妻は子を抱いて笑ってたっけ。
今じゃもう記憶も擦り切れている。
あれからたった三年で、妻は俺と子を残して昇ってしまい……それからはもう、置き土産だけが俺の生きる理由だった。
その子も結婚して家を出た。自分自身も定年で。
残されたのは、このボロいアパートの家だけだった。
空を見た。
町を見た。
枯れ木しか見えないが、寒風にあたるのも乙だろう。
アパート前の公園に出る。
人っ子一人いやしない。
真冬ということもあるが、俺が思うに遊具がひとつもないことが原因だろう。まだ俺の若かったころはジャングルジムなり鉄棒なり……。鬼ごっこ、かくれんぼ、野球をする小僧の檄が飛んでいた。
このベンチも長らく座られていないのか、座面は腐り、苔むしていた。
と、その下に、似つかわしくない真新しいミカン箱。
なんだ?
覗き込む、と黒い塊がドッと胸に飛び込んできた。
ふらついて尻餅をつく。
気づくとそれは、胸で身を丸くしていた。
なんと温かいことだろう。
空は高く、風は冷たく。それでも腕のなかはぬくもりに満ちていた。
最後にミカン箱から飛び出したもの。 葦ノ原 斎巴 @ashinohara-itsuki
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