第104話水源を探す3
水源の話をしてから、2ヶ月後、北の扇状地で水源らしきものが幾つか発見されたという報告を受けた。今後も調査を繰り返し、水源として利用できそうであれば、灌漑用水路を王都まで引き込むそうだ。
「さて、王妃よ。なんの褒美がほしい?」
わざわざシャールーズに、謁見の間まで呼び出された。シャールーズと真正面に対し、私は拝跪している。両脇にはシャールーズの家臣団が並んでいた。
「私は、この国に来て日が浅く、この国の生活や文化にたくさん触れたく存じます。そのような場を設けていただけないでしょうか」
「宝石やドレスはいらぬというのだな」
「宝石や、ドレスは、陛下から存分にいただいております」
私の回答に、シャールーズは気をよくしたのか声を上げて笑った。
「いいだろう。後で秘密の場所に案内しよう。宝石やドレスより、俺と一緒に居たいという健気さ嬉しく思う」
シャールーズから下がって良い、と言われたので礼儀作法通り一礼して、謁見の間から退出した。
あれ?私、シャールーズと一緒にいたいという願いをだしたんだっけ……?
私は、ランカスター王国に居たときと同じように、この国について師事できる家庭教師とか、国宝の展示とかを見たいです、と言ったつもりだったんだけど。
まあ、良いか。シャールーズが「秘密の場所」と言ったのだから、きっと、王様しか入れない重要な場所なのかも知れないし。
「秘密の場所」への案内は、その日のうちにシャールーズがしてくれた。執務が一段落ついたという昼下がりに、シャールーズが後宮の私の部屋まで迎えに来てくれた。
「王宮内にある場所なのだが、ジュリアには案内していない場所だ」
王宮はとても広く、建物も幾つもあるので私はすべてを把握していない。私がまだ行ったことの無い場所へ案内してくれるみたいだ。
王宮の南の外れにあるということだったので、馬に乗って移動する。短距離であれば、馬での移動をすることも多い。
私は乗馬が出来ないので、シャールーズの前に乗せられた。私は馬の高さが怖くて、腰が引けているのに、シャールーズは、面白がって背後から頭や首筋に唇をついばむように落としていく。
「ちょっと!くすぐったい」
「リラックスして乗っていないと、馬に伝わる」
シャールーズは乗馬になれているので、ゆっくり歩かせているこの速度はなんでもないことかもしれないけれど、初めて馬に乗る私にとっては、上下に揺れるのが怖い。
「俺はお前を落とさないし、この馬はとても優秀だ。戦場で俺を何度も助けてくれた。信じろ」
力強くシャールーズに言われて、私はゆっくり深呼吸をした。やっぱり、怖いので私の体をささえてくれているシャールーズの左手に自分の手を重ねる。シャールーズの体温が伝わって、なんとか落ち着けそうだ。
「乗馬に怖がって俺の手にしがみつくなんて、可愛いところもあるな」
私の耳にシャールーズは、自分の唇を触れさせながら囁く。声音に、面白そうな響きがあるので、後で散々からかわれそうだ。
「しがみついてなんかいないわ!安定しないから触れてるだけ」
「そういうことにしておこう」
シャールーズは、私の耳元で笑って私の耳を唇で食んでから離れていった。
王宮の南の外れには、城下で見かけるような家々が数軒建っていて、小さな街のように整備されていた。
「都市計画のために、住宅の研究をしている場所だ。何軒も建っているように見えるが、手前の二軒以外は張りぼてで、建材の研究用に使っている」
シャールーズは、私が馬から下りるのを手伝ってくれる。
「すごい!こんな場所があったのね」
「この建物は、裕福な商人や下級貴族達が王都に住んでいる屋敷をモデルにしている。後宮にいるよりも、いろいろ分かることがあるだろう」
「ここで生活できるの?」
「もちろん。今日一日はどうにかできるように、さっき食材を運ばせた。楽しみたいだろ?奥さん」
シャールーズが、にやりと笑って私の手を引いて建物の中に入った。比較的こじんまりとした造りの家だが、あちこちに幾何学模様のタイルで装飾されているのが美しい。
「今日は、使用人の数を減らしてあるから、色々気兼ねなく触れてみると良い」
「ありがとう。シャールーズ」
私は彼に抱きついてお礼を言った。
○●○●
部屋の造りや、一般的な裕福な人たちの生活の様式などに一通り触れて楽しんでいたら、夕方だった。使用人に夕食の采配を指示するのも、若奥様の役割、と聞いて、気恥ずかしくなりながら指示を出す。
王族って、こういういことは絶対にやらないから新鮮……!
「もし、ジュリア様さえ良ければ、若奥様風の服装に着替えますか?いつもと雰囲気が変わって、陛下もおよろこびになるかと」
アンナの提案を採用して、私は豪華絢爛な衣装から、ちょっとだけ豪華な衣装に着替えた。いつも付けている頭飾りやイヤリング、ネックレスを外し、質素なものに変更する。
夕食を食べにやってきたシャールーズを玄関ホールで出迎える。ランカスター王国で、お兄様やお父様を出迎えたとき以来だ。
シャールーズは、私の姿を見て驚いた後ぎゅーっと抱きついてきた。どうやら、とてもお気に召したようだった。
いつもより近い距離でクッションに座り食事をする。
「ね、シャールーズ」
警備の関係で寝るのは後宮に戻ることになった。広い天蓋付きのベッドに座って私は、寝そべっているシャールーズに話しかけた。
「私、この国の国民になれてるかしら?ちゃんと、国民になって、この国のために王妃だからできることをしたい」
「ジュリアはよくやっているよ」
シャールーズは、自分の隣の空いている所を、ぽんぽんと叩く。ここに来いということみたい。
「焦らなくて良い。俺もずっとこの国が良くなることを模索している。一緒に考えていこう」
シャールーズに寄り添うように寝そべる。すぐにシャールーズが私のことを抱きしめてくる。最初は、気恥ずかしかったこの距離だが、今は、安心と心地よさをくれる距離だ。
私もシャールーズにとって、そういう人であり続けられたら良いな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます