第103話水源を探す2

 ハマムで蒸されて、体を洗ってもらった。最後に湯につかる。ハマムは、湯量も豊富で惜しげも無く水を使っている。それは王宮に限ったことでは無く、城下にある公共のハマムでも、それなりに湯量が豊富に使われているらしい。

 料金も、一般市民でも手が届く料金設定で贅沢な「水」を使ったハマムが解放されているので、好評らしい。


 周囲が砂漠で囲まれたこの国は、水が貴重だ。都市の発展と供に、人口増加が見込まれ、首都のパルヴァーネフは、数年後には水不足が予測されている。そうなる前に、水源の確保をしたいというのが、シャールーズの考えだが、思ったように水源が見つからないらしい。

 王都周辺の河川から灌漑用水路を引き込んでいるがそれでも足りないのだそうだ。

 故郷のランカスター王国は、水が豊富で水源に困っているということは聞いたことが無い。水瓶として大きな河川が幾つかあるし、山脈も抱えている。


 使用人達が、慌ただしく行き来し始めた。このハマムを利用しようとする人がいるとは思わなかった。


「入りに来たぞ、ジュリア」


 ペシテマルを腰に巻いただけのシャールーズがやってきた。使用人達は慌てている。一応、ここ、女湯だしね。突然やってきた、不法侵入者、王様だけど、男性に困っているようだ。


「お前達は下がって良い。後は、二人で楽しむ」


 使用人達は、動揺していたが王様の命令に従って、次々と風呂場から出て行った。シャールーズは湯船につかっている私を見下ろして、楽しそうに笑った。


「湯につかっているのも良いな」


「ちょ、ちょっと待って。シャールーズ、私の話を聞いて」


「ゆっくり聞いてやるから、大人しくしていろ」


 シャールーズは湯船に入ってくるなり、私を抱き寄せて膝の間に座らせる。そのまま手が、無防備な背中を這いずり回っていたので、慌てて私は、いたずらな手を押さえ込む。

 落ち着いたのは、背後からシャールーズにぎゅうぎゅうに抱っこされている状態だ。腕はがっちり胸の下で押さえ込まれ、足も絡ませ合っている。


 シャールーズの体温を感じるのは、安心するけれど、これはくっつきすぎでは……?


「水源が不足していると、話していたでしょ?」


「ここまできて仕事の話か……」


 シャールーズが呆れたような声を出して、私の頬と自分の頬を合わせて頬ずりをする。どうやら、甘えたい気分らしい。


「何か、良いアイディアが浮かびそうだったんだけど」


 私は振り返って、シャールーズを軽く睨む。


「シャールーズが来た所為で、全部消えていったわ」


「睨むな、可愛い」


 全然、聞いてない!


 結局、思考を中断された私は、シャールーズとハマムで楽しく過ごして、湯あたりして休憩室で休むことになった。



 シャールーズは、湯あたりして休んでいる私を、申し訳なさそうに思いながら、仕事に戻っていった。王様業に休みはないので、仕方が無い。なんだか、シャールーズは、とっても元気良さそうだった。ハマムでリラックスできたのなら、いいのだけれど。


 やっぱり、水源の問題をどうにかしないと、シャールーズは、休んだ気がしないだろう。ランカスター王国では、水源は豊富だが、そこまで水に関連する施設は整っていない。

 公衆浴場はないし、各家庭に風呂もほとんど無い。精々、気の利いた人々が、湯を沸かして体を拭くぐらいだ。裕福な生活を為ている人々が、かろうじて湯船を持っている。上水路は、各ブロックごとに井戸が引かれているし、下水は整っていない。

 水が貴重であるナジュム王国の方が、上下水道ともに、各一般家庭に引かれていて、衛生さに驚いたのだ。きちんと整えられた水路は、やがて、郊外の大規模な農園へと広がり、食糧自給率を支えている。


 近くに、高い山脈でもあれば水源になるのだけれど。

 あいにく、ナジュム王国は高い山脈は抱えていない。だから、頻繁に国境沿いの豊かな草原地帯を巡って小競り合いを起こすのだ。


 ……ん?国境沿いの草原地帯……その先には、山脈……水源……確か、あの山脈は火山で……ということは、扇状地……?


 私は、休憩室のベッドから起き上がった。ここに、シャールーズに運び込まれたときは、めまいと吐き気で起き上がれたものでは無かったが、今は大丈夫そうだ。

 私は使用人に手伝ってもらって、身支度を調える。


 これは、ナジュム王国とランカスター王国の二つの地理が分かっている、私にしか気がつけないことだ。


 私は、急いでシャールーズの執務室に向かった。




 シャールーズは、執務室でアフシャールと、灌漑用水について、話し合っているところだった。私は入室の許可をもらって、部屋の中に入る。

 休憩に来たとアフシャールに思われて、出て行こうとするのを私が止めた。


「アフシャールにも聞いて欲しいの。水源の候補地について」


「面白い、言ってみろ」


 シャールーズの声には、からかいの成分が含まれていた。確かに、私はナジュム王国にちゃんと住み初めて、日が浅いけれど!


「この国の地形図が見たいの」


 シャールーズは、机に広がっている一枚の地図を指した。


「これ以上、精巧な地図はない」


 ナジュム王国の国土を示した地図で、北の国境沿いは扇状地になっている。


「この国境沿いは、扇状地で、すな砂漠では無く、荒野になっている、ということよね?」


「そうだな。荒野がずっと続いている」


「この国境のランカスター王国側は、荒野から徐々に草原地帯となり、最終的には国内有数の山脈に続いているの」


「その山脈は火山地帯で、噴火で作られた扇状地が、この荒野だと?」


「ええ、地下水が扇状地から湧き出ているはず」


 シャールーズは、しばらく考えた後、アフシャールに命じた。


「北部の荒野に調査隊を派遣しろ。地下水が湧き出ているか、もしくは、塩が残っている地帯を探せ。地下水があるはずだ」


「承知しました」


 アフシャールは、命令を実行すべく、一礼して部屋から出て行った。


「見つかったら、褒美をやろう」


「もう、見つける気でいるの?」


「扇状地には、水源があるのでは無いかと、俺とアフシャールも考えていた。だが、ランカスター王国側に、水瓶となる場所があるかは、分からなかったからな。闇雲に探させるわけには行かない」


 シャールーズは、私の方を見て意味ありげに微笑んだ。


「まさか、ジュリアが地政学まで学んでいるとは思わなかった」


「ちゃんと師事したことは無いの。全部、独学よ。家には本がたくさんあったから」


「……そうか。その好奇心のおかげで今回は、助かりそうだ」


 シャールーズは、立ち上がって私の前まで歩いてきて、私のこめかみに触れるだけのキスを落とす。


「送ろう、後宮に戻るのだろう?」


「いいの?」


「アフシャールは、しばらく戻ってこないから、少しだけ時間がある」


 私たちは、いつかそうしたみたいに、恋人繋ぎをして後宮までの道のりを歩いて行った。

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