第88話一ヶ月で金貨百枚用意すること
その日のうちに、劇場の関係者からの証言が集められた。念のためにホールドン男爵に監視を付けているが、別荘から外出はしていないようだ。
ホールドン男爵は領地を半分返上したのに、別荘を維持する余裕があるのが不思議だ。
もしかして、財政面から調べたら、何かでてきたりするのかしら?
でも、財政を調べるとなるとナジュム王国では無理だ。ランカスター王国で頼りになりそうな人といえば、お兄様だけれど、お兄様は新婚だし、領地経営に乗り出しているから、王都のロンドニウムまで来てホールドン男爵の財政状況を調べるのは難しいし。黒い噂でもいいんだけどなぁ。
シベルに頼んでみようか。マーゴ自身は信用しているのだけれど、おそらくマーゴのダウンシャー家は王妃を擁護する保守派貴族の筆頭だ。
ずっと、学校のクラス分けがどんな基準で分けられているか不思議だった。クラス名簿を見直してみて、気がついたのだ。たぶん、家の派閥ごとに分けているのだろう。
私はリベラル派の筆頭、デクルー家の娘だからセイレーン寮。兄もセイレーン寮だった。ルイもおそらくそうなるだろう。
王妃派であるホールドン家、そしてダウンシャー侯爵家は、ドラグーン寮。ジャイアント寮なのは、中立派のシベルの家のアングルシー家と、宰相家でもあるフォーサイス家。クラレンスの家だ。
ジョシュア王子がセイレーン寮なのは、国王陛下の意見が入っていると思われる。
だから、私が十二歳のクリスタベル王妃に殺されそうになった時、マーゴの母親が止めに入ったのでクリスタベル王妃は、少しだけ追求の手を緩めたのか。自分の支持基盤にまで止められたのなら、多少は手が止まる。
歌劇場の関係者から集まった話を総合すると、育ちの良さそうなお嬢さんが、興味本位で楽屋裏に遊びに来ていたこと、出て行ったのを見た人は居ないこと、いつものようにパトロンになりそうな、貴族や金持ちの出入りがあった、という事だった。
パトロンになりそうな貴族や金持ちってある程度絞ることが出来そう。こういう所に来る人は決まっていそうだもの。
決して、お父様やお兄様は、こういう所に来る人じゃないし、シャールーズだって、来ていないと言っていたし。
「名簿も用意しましたよ」
ニルーファルの結婚相手のアフシャールが紙束をシャールーズに渡した。あの歌劇場に出入りしているパトロン候補一覧らしい。
「ここから、しらみつぶしに探すのはおすすめしませんよ。五十人ぐらい居ます」
アフシャールが、言った。
「ナジュム王国人は今回は抜かす。まさか、自国の書記官の娘を売り飛ばすことはしないだろう。普通は、自分の首が飛ぶと思う」
実際は、そういうことをしたとしても、シアーマクは政治の駒にならない娘の行方に関心がないので放っておいたと思われるが。
「そうなると、十人ぐらいまでに減りますね」
「なんだ、ナジュム王国人が大半なのか?」
「ハーレム要員として探すので。他国はだいたい、一夫一妻制ですから」
アフシャールが、シャールーズから紙束を再び受け取り、ぱぱっと紙束を取捨選択して再びシャールーズに渡した。
「金糸雀商会?聞いたこと無いな。ジュリアはあるか、ランカスター王国では大手だそうだ」
「聞いたこと無いわ」
ランカスター王国での大手商会は、いくつか知っているが、金糸雀商会というのは聞いたことが無い。多少盛って、他国で商売を始めることもあるけれど、さすがに「大手」と風呂敷を広げすぎても、商売がうまくいくとは思えない。
「金糸雀倶楽部という紳士倶楽部御用達の商会らしいですよ」
金糸雀倶楽部……?どっかで……。
「ペンリン男爵のポケットから落ちた名刺に書かれていた名前で……」
そう、それの他にどこかで……。
「あ!もう一つ思い出した。ダラム伯爵家が主宰している倶楽部よ」
ダラム伯爵家はクリスタベル王妃のご生家で、ペンリン男爵は、ダラム伯爵家の親戚筋。
金糸雀倶楽部、すっごく怪しい。
「ジュリア、一ヶ月で金貨百枚用意せよ」
「え?百枚?私が?」
「俺が活動資金を用意したら、裏切り者に何をしているか筒抜けだろう」
裏切り者……?あ、もしかして、シャールーズは、シアーマクがランカスター王国の者と内通していて、その人質としてマルヤムを渡した、と推測しているのかも知れない。
「承知しました。王様。貴方の頼みなら」
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