第86話マルヤム誘拐事件


 泣き崩れている身なりの良い女性は、書記官長の第三夫人のナスタラーンだそうだ。ナジュム王国は、お金があり、妻にした女性達を平等に愛するというのであれば、何人でも妻帯していいらしい。

 シャールーズも当然何人でも妻帯して良いらしいので、複数人数の妻について、あとできっちり話し合わなくちゃ。


「偉大なる陛下、どうか、我が娘をお助けください」


 ナスタラーンは、床に両膝をつき頭を床に付けるほど平伏している。どうやら、この国では女性が身分のある男性に直接声をかけるのは、あまり良くないこととされているらしい。

 当然、ナスタラーンの行動も常識外れということらしいのだが……そこまでするほど、ナスタラーンの娘に一大事が起きているのだろう。


「何が起きたか順に話せ。万能の俺でも、事態が分からなければ、何も出来ぬ」


「恐れながら申し上げます。我が娘、マルヤムが面倒を見ていた侍女と共に連れ去られたのでございます」


「それはいつのことだ?」


 シャールーズが従者に合図をし、ナスタラーンの証言を羊皮紙に書き取らせる。


「四日ほど前のことになります。城下で人気の歌劇を見に行くと言って、戻ってきておりません」


「四日も何をしていたのだ」


「夫が内密に探し出すので、黙っていろと。しかし、四日も経ったのに、何も分かっていないのです……!」


 どのような事件も、すぐに捜査をしないと迷宮入りになる確率は高くなる。四日も前のこと、どうやって調べるか。


「何も分からず、ただ、娘は諦めよ、と今日、ただ、それだけを言われて」


 ナスタラーンは、床に伏して声を上げて泣き出してしまった。ナスタラーンの夫は、娘のことが心配じゃ無いのだろうか?


「マルヤムの年齢と特徴と服装を、この者に伝えておけ。俺は少し出るぞ。着いてこい、ジュリア」


 シャールーズは、筆記をしていた従者をナスタラーンに紹介すると、足早に部屋を出て行った。私はその後を追いかける。


「ジュリア、お前に頼みがある」


 面と向かってシャールーズに頼まれることは初めてだ。いつも、なんとなくそのイケメンに騙されるように頼み事を叶えてきてしまっている。

 私は、断るなんて考えもせず頷いた。


「よし、歌劇場を買収する交渉をしてくれ」


「買収は断ってくると考えてるのね?」


 一般的には、貴族が後ろ盾につくというのはビジネスを広げるチャンスだ。やましいことがある場合、その闇の部分まで貴族に知られてしまう危険がある。もしくは……他の貴族が密かにバックアップについていることだってある。

 誘拐だなんて、ひとりではなくて複数人数で計画されている可能性の方が高い。大騒ぎにならず人をさらうなんて、一人では難しい。


「断ってきたら、理由を追及してほしい。うまくいけば、バックに居る誰かがでてくるはずだ」


 シャールーズは、護衛役として変装して着いてくるらしい。王様、いいのかなぁ。




 歌劇場に到着して、すぐに支配人がでてきた。さすがにデクルー家の家紋入りの馬車の威力は違う。今回はチケットを買ってないし、やっかいな客が来たとスタッフの人は思ったに違いない。


「ようこそ当劇場にいらっしゃいました。レディ・デクルー」


 支配人が丁重に私を出迎える。すぐ近くに護衛の振りをしたシャールーズがいる。


「この間、拝見してとても素敵だったの。劇場ごといただけないかしら?」


 当日券を求めてやってくるお客さんでごった替えしているチケット売り場の近くで、私は言った。私の発言が聞こえた人たちから、ざわめきが大きくなっていく。

 貴族がバックアップにつくのは劇場にとっても大きな事で、ファンにも賛否両論いろいろある。


「そういったお話は、ここでは……どうぞ、こちらに」


 VIP席を譲れと言うような内容では無いと分かったものの、結局無理難題を要求してきた点については変わらないと、気がついたのか支配人は、ため息を押し隠していた。


 案内されたのは、応接室だ。護衛であるシャールーズが部屋から閉め出されそうだったので、私はシャールーズも中に入るように言った。

 支配人と部屋で二人きりだなんて、非常識である。男女が部屋で二人きりでいるのは、ランカスター王国でも、ナジュム王国でも「そういう関係にある二人」と思われてしまう。

 支配人であれば、そういったことに気を遣うはずだが、まったくそんな事はないというのは、私との噂を立てたいのか。それとも、私を誘拐するなり、監禁するなり、殺すなりして部屋から出ないようにすれば、噂がたたない。


「劇場を買い取りたいと言うことでしたが、なぜここを?」


「演目が素敵でしたもの。もっとずっと見ていたいのでだったら、劇場ごと買えば良いと思いましたの」


 いいアイディアでしょ?と言わんばかりに無邪気な振りをして笑う。


「いや、しかし……その買収となると、劇場のスタッフを入れ替えたりとか」


「そんなことしませんわ。ただ、デクルー家の持ち物になるのですから、お給金についてきちんと契約書を結ばせていただきますわ」


 だんだんと支配人の顔色が悪くなっていく。おそらく私に買収されると困ったことになるぞ、と思ってるんだろうなぁ。

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