第72話初恋の終わる日
お忍びでやってきたジョシュア王子は、何か言いたそうに私の前にたたずんでいた。
「お兄様のお祝いにきてくれたの?」
「ああ、イーサンは僕を支えてくれる一人になるだろう人だし」
私は知らなかったけれど、お兄様とジョシュアはそれなりに交流があるみたいだ。
「騒ぎになるといけないから、こっそり……ね」
そういって、ジョシュアは、しきりに目線が動いて落ち着きが無い。珍しいこともあるもんだ。
ここは割と蔭になっていて、人が少ないとはいえ時折、陽気な声で騒ぎながらこちらに来る人たちもいる。 物陰で何をしているのか、野次馬に来ているのだろう。私たちが、ただ向かい合って話をしているだけなので、つまらなそうに戻っていく人が多いが。
「二人で話したいのなら、こっちに来て」
ジョシュア王子は、喧噪が気になって話ができないようなので、私は屋敷の空き部屋に案内した。まあ、あれだけ人がいたら、聞かれたらまずいことだったら話しにくいだろう。
私は使用人にジョシュアと私の分の紅茶を持ってくるように頼んだ。ソファに向かい合って座る。
「そういえば、殿下はエディット・フィッツウィリアムの状態はどう思います?」
紅茶が来るまで、殿下は話をしたがらないだろうから、代わりに話を振る。
「魅了の影響はだいぶ無くなってきたみたいだけれど、そうはいっても、ホールドン嬢を慕っていた記憶は無くならないから、困った行動にでてしまっているのだろう」
「分かってるなら止めてくださいよ」
「なぜか、エディットは僕がホールドン嬢に恋心を抱いていると信じて疑っていない」
エディットは、主君のために身を引いた、忠信の厚い悲劇のヒーローのつもりらしい。何を言っても、「アリエルは、貴方を愛しています」というような内容の返答が返ってくるようだ。エディットは、ジョシュアの諫める言葉も、男の嫉妬だと思っているらしい。
どんだけ、恋愛中心の考えなんだよ。
ちょうど良いタイミングで、使用人が紅茶を運んできた。私たちは、紅茶を一口飲んだ。
ジョシュアは、視線を何度もさまよわせて、息をのんだ。
「あの……ジュリア」
ジョシュアは、立ち上がって私の前まで来ると片膝をついて私を見上げた。
「婚約者候補からは外れてしまったけれど、僕は、きみのことが好きなんだ。よかったら、僕との結婚を考えて欲しい。ナジュム国王との婚姻はなんとかするから」
いつになく真剣な表情で、誠実に言葉を発してくれるジョシュア王子。この言葉は、「光と闇のファンタジア」のゲーム中にはなかった。生きているジョシュア王子が、自分の心の内からでてきた言葉なのだ。
私を好きになってくれたのは、嬉しい。だけれど、私の答えは決まっている。
「お許しください、殿下。私は、ナジュム国王を愛しているのです」
最初、シャールーズと会ったときは口の悪い育ちの良いお坊ちゃん程度にしか思っていなかった。彼と、ギティを巡り、ナジュム王国の文化と彼の人柄に触れて、強く惹かれた。
彼と、一緒にいたいと思うし、彼が国王という重責を担うなら、その助けをしたいと思う。
ジョシュア王子の表情が曇る。
「そうか……。僕は、明日、アールシュ帝国へ視察へ行く。三ヶ月ほどの日程だ」
アールシュ帝国へ行く前日に、私にプロポーズしてくるということは、アールシュ帝国へ花嫁捜しに行くということなのかしら。
「お気を付けて、殿下」
「……最後に、君に触れても?」
ジョシュアは、私を立ち上がらせると痛いくらいにぎゅっと抱きしめてきた。その痛さが、私のことを深く思ってくれていたのかと思うと、少しだけ切ない。
ジョシュアは、少し体を離すと私の額に、軽くキスをした。
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