第71話初恋の通る道(シャールーズ視点)
まだ、僕がその力を自覚する前、父上に連れられて隣国の王様の即位記念パーティーに行ったときのこと。僕は、大人達のおべっかに飽きて一人でパーティー会場のお城を探検していた。
さっき窓から、とても綺麗な薔薇園が見えたのだ。僕の家にも薔薇園があってよく遊んでいた。だから、気になってちゃんと見てみたかったんだ。
お城の中は迷路みたいで、迷いながらだけれどなんとか薔薇園まで来ることが出来た。薔薇園は迷路のようになっていて、夏の薔薇が盛りだった。
僕は、出口を目指すぞと意気込んで薔薇園の迷路に入っていった。迷路に入って暫くして、行き止まりになった。そこも見事な薔薇の花の壁だ。木香薔薇というのだっけ。
壁かと思っていた向こう側から、人の声がした。僕より小さい女の子の声だ。
「いたっもう、こんどはこっちの髪の毛なの!」
銀色の髪の毛の小さな女の子の後ろ姿が見えた。どうやら長い髪の毛が薔薇の蔓に絡まってしまったようだ。
「大丈夫?」
髪の毛がほどけなくて身動き取れないみたいだから、僕は手伝ってあげようと思った。彼女は、振り返って僕の姿をその瞳に映し出したときに、僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。
可愛い……!すごくとっても
銀色の髪の毛にちょっとだけつり上がった目は猫のようで、今は潤んでいる。バラ色の頬に、ぷるぷると柔らかそうなピンク色の唇。ふわふわのドレスが似合っていて、そう、まるで薔薇の妖精みたい。
「僕が解いてあげるよ」
「ほんと!ありがとう」
笑った顔も可愛い!
僕はいつも以上に真剣に彼女の髪の毛を薔薇の蔓から解いた。
「さ、解けたよ」
「ありがとうございました」
お城に遊びに来ているならば、どこかの貴族の令嬢なのだろう。彼女は優雅にお辞儀をした。このまま名前も知らないで、彼女と別れるのは惜しい。
「レディ、よければ名前を教えてください」
僕は、本で見たとおりに片膝をついて彼女に懇願した。
「レディは気軽に名前を教えませんわ」
「貴女の名前を知らなければ、結婚の申し込みもできません」
「け、結婚……!」
彼女の顔がぽぽぽっと真っ赤に染まる。風が出てきたのか、薔薇の花びらが風に乗って舞い落ちてくる。
「どうか僕と結婚してください」
僕は、彼女の潤んだ瞳を見て、この瞳に捕らわれたいと願ってしまった。
……あの時の、俺の渾身のプロポーズの返事は何だったか。
あの時初めて出会って、どうにかこうにか彼女が何者であるのか分かってからというもの、毎年ギティで逢瀬を重ねている。
彼女は、あの時の薔薇の妖精の印象が変わらぬまますくすくと成長をしている。いや、最近はちょっとばかり女っぽくなってきた。時折、彼女のつける香水の良い香りに、その肌を舐めてみたくなる。
ギティで会うたびに、俺はどんどん彼女に惹かれていった。最初は顔の良さしか見ていなかったが、彼女のなんでも受け入れてみる態度に、興味を引かれた。
ランカスター王国の貴族は、基本的に他国の者を見下している。他国の血が混じるのを嫌がる。そういう閉鎖的なところがあるのだが、ジュリアだけは違った。色々なモノが混じっているナジュム王国が、面白いと言っていたのだ。
それまで俺は、見下してくるランカスター王国を俺の国の領地にすることしか考えていなかったけれど、そうじゃなくて、世界中のすべての物が集まると言われている俺の国は、すべてのモノが混じることが強さで、誇りなんだ。
俺のこの先祖返りした力だって、きっと……。
それにしても、あの女。俺がプロポーズしたことすっかり忘れているのでは?
「よぉ、久しぶりだな。ジュリア」
いつになったら、俺が何の約束も無く、なぜジュリアがギティに来るのが分かるのか気がつくんだろうな。俺は、初めて会ったときの俺とは違う。俺は、自分の力を自覚している。
「久しぶり、シャールーズ」
ジュリアをハグすると、去年より小さく感じた。どうやら俺の方が成長したようだ。このままどんどん大きくなって、ジュリアを守れるようにならないとな。
それにしても、ジュリアは良い匂いがする。首筋に顔を埋めて、ジュリアの香りを堪能する。香水だけじゃ無い、ジュリアの汗の臭いが混じって、それが余計に肌を舐めてみたくなる。
よりによって、今年はコブ付きらしい。姉弟は顔立ちがよく似ている。二人とも猫みたいだ。
ジュリアが、バザールですれ違った花嫁を、羨ましそうに、悲しそうに見ていたのが印象的だった。
俺が見通せた未来では、ジュリアがナジュム王国の花嫁衣装を着ていた。絶対、その未来を俺がたぐり寄せる。
俺が正式に立太子したことで、兄が反乱を起こした。反乱鎮圧の最中に、ジュリアがギティに来ることをしり急いで、進路をギティに向けた。
俺の力で、砂嵐がギティの街を襲うことが分かっていたから、なんとしてでもジュリアを守らなければ。
ファルジャードの家にいたジュリアを、ファルジャードがいつも用意してくれている俺の部屋に連れて行く。天蓋を閉じて、毛布に包まれるように背後からジュリアを俺の腕の中に閉じ込める。
最近、すっかり女らしくなったジュリアがじっと俺のことを見つめる。
これ、キスして良いのだろうか。
俺は、生唾を飲み込んだ。ガラにも無く緊張しているみたいだ。彼女の唇にそっと触れる。柔らかさにたまらなくなって、何度も何度も繰り返す。
そっと彼女の方に体重をかけると、あっさりとジュリアはベッドに倒れ込んだ。のしかかるように俺はキスを続ける。
「あの……私、その……婚約者が」
まだ、正気を保てるほど俺に夢中なわけではないみたいだ。さっきまで、俺の唇貪っていたのに。
「何?」
「候補だけど、婚約者がいて」
それって、浮気だろ。
「……浮気か」
浮気じゃないならなんだ。俺は最初に出会ったときにプロポーズしていたよな。
ごちゃごちゃ何か言っているようだけれど、このままキスで誤魔化して、流してしまえば俺に夢中になるだろう。
○●○●
反乱を鎮圧して、すぐに俺の即位が決まった。俺の先祖返りした力が、国王に相応しいと重臣達が認めたからだ。
俺は、王になってすぐにジュリアを手に入れるためにあらゆる手を打った。
ジュリアは、お互いに家名を知らないと思っているようだが、俺は初めて会ったとき、名前も家名も調べさせた。
知らないふりをしていたのは、何も知らないと思っている俺に対してどういう態度を取るか知りたかったのだ。貴族の娘として扱わないことを怒ったりもしなかったし、ナジュム王国の伝統や文化にも理解を示してくれた。
なにより、俺が誇りに思っている他者に対して寛容であるこの国を素敵だと思ってくれたこと。
俺は、ジュリアに出会えて良かったと思う。
会えなければ、俺は先祖返りしたこの力で、押しつぶされてダメになっていただろう。反乱を起こすのは兄では無くて、俺だったかも知れない。
ああ、本当に、俺は運命を変える、薔薇の妖精にあったのかも知れない。
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