第59話共鳴石


 ナジュム王国の錬金術学校での授業が始まった。私の講師はニルーファルという名前の女性で、私と同年代だ。薬草と錬金装飾具の専門家らしい。

 私の他に生徒が二名。合計三名で、授業を進めるらしい。講義は王宮に与えられた、学校として利用できるマフシード宮で行われる。マフシード宮は、私の部屋の向かい側にあった建物だ。

 薬草学は、実際に王宮の薬草園で行われる。薬草園というか庭園の一つがまるごと薬草を使われているというか、本当にとても広かった。あそこに生えている植物を全部覚えるのは、とても時間がかかりそうだった。


 今日の講義内容は、鉱石に錬金術を使って効力を追加し、装飾品に加工する方法だ。実践的で、完成度を上げればちゃんと、お店で売ってもおかしくないような装飾品を作れるような講義内容になっていた。

 装飾品というと身を飾るということが主な目的だけれど、身を飾る以外に装飾品を持っている人にとって役立つ機能が付加されているという品物を私は作りたい。

 たとえば、私が身につけている身代わりの耳飾りみたいに。ただ、これは精度の上下はあるものの一般的に流通している当たり前の装飾品なので、金儲けをするにはライバルが多い。


 講義の後は、製作時間に割り当てられている。マフシード宮内にある施設はどこでも出入り自由なので、まずは図書館に向かうことにした。



 図書館は、天井がドーム状になっていて、そこに星座が描かれている。星の位置に石が埋め込まれているので、もしかして夜になると光る仕掛けになっているのかも知れない。

 中央が吹き抜けになっていて壁に沿って大きな本棚があり、びっしりと本が並べられている。大半がナジュム語の本で、ランカスター王国にいるときには、目にしたこともない錬金術の本がたくさん並んでいた。


 当たり前だけど、やっぱりランカスター王国は、錬金術が遅れているみたいだ。


 手近にあった薬草について書かれた本をぱらぱらと見ながら、私はため息をついた。この本、翻訳されたら生活の役に立つことが結構ありそうだ。この本と、鉱石について入門用の本を借りた。


 生徒達には、マフシード宮内で個人用の錬金術工房が割り当てられている。私は、マフシード宮内の部屋の他に自分の部屋にも錬金術工房がついているのだが、いちいち自分の部屋に戻っているのは時間の無駄なので、マフシード宮内に割り当てられた工房へ向かった。

 工房は、流し台に錬金術釜を置く台、薬品棚が設置されている。カスタマイズは自由にして良いということだったので、今度この殺風景な部屋に、色とりどりのタイルでも貼ろうかと思う。

 本を読みながら、課題の装飾品のアイディアの断片をメモに書き出していると、シャールーズがやってきた。


「邪魔するぞ」


「暇なんですか、王様……」


「その呼び方」


「ここは、誰が聞いてるか分からないですし」


 マフシード宮は思っていた以上に人の出入りのある場所だ。私とシャールーズは婚約者同士だが、公表していないので、関係を知らない人たちもいる。変に会話を聞かれて、面倒なことにならないようにしたい。


「これをやろう」


「なんですか、これ」


 シャールーズが私の手のひらに乗せたのは、何の変哲も無い灰色の石だ。手触りは硬い石だ。シルトのように手で簡単に折れる物ではない。


「共鳴石と呼ばれている錬金術で作り出した鉱石だ。使い道が分からない石の一つだ」


 錬金術研究所で別の目的の鉱石を作ろうとして、失敗した結果出来上がったのが共鳴石らしい。


「面白い特性を持っている。片方を貸せ」


 シャールーズの手に、共鳴石を一つ乗せる。シャールーズは、その石を指ではじくと私の手の中にある石も同じように震えた。


「え?共鳴してるの?」


 私の驚きに、シャールーズは満足そうに微笑む。


「波動でも出ているのかと思って調べたが、石と石の間に紙を置いてもぴくりとも動かなかった。不思議だろう?」


 この特性が分かったときに、石から波動がでてもう一つの石を揺らしているのでは?という仮説がすぐに出てきたらしい。石の周辺を吊した紙で囲ったが、紙は揺れず中にあった石だけが、揺らしている石と共鳴していたのだという。

 実際に、波動が出てたら兵器利用可能だったので、そんな力じゃ無くて良かったとも思う。


「これを有用利用してみせよ」


「えー?私、もうちょっと違う鉱石にしたいなと思って……」


 私が抗議しようとするのをシャールーズが止める。私の腰を抱き寄せて、くすぐるように背中を優しく触れてくる。


「役に立つ物が作れると、期待している」


 背中がくすぐったくて、ぞくぞくするような感触に気を取られ、シャールーズの黒目がちな瞳に覗き込まれて思わず首を縦に振る。


「よし。では、今夜、外出する服装で待っていろ」


 シャールーズは優しく目を細めて、私の髪を指に絡ませキスをする。リップ音が耳元で響いて、息を飲み込んで胸の高鳴りを抑えていると、シャールーズが私の額に唇を落として、部屋から出て行った。


 あー!私、毎回このパターンで、シャールーズのお願いを聞いている気がする……!!

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