第47話先生たちの協力


 さすがに錬金術を使ってまで教室から追い出されたので、分が悪いと思ったのか、リッツ先生は悪態をつきながら去って行った。

 ただ、さすがにこの騒ぎで何も事情を聞かないというわけにはいかないのだろう。ベックウィズ先生に放課後、教科担当室に来るように言われた。


 アリエル・ホールドンの虚言癖はどうにかならないだろうか。仮にここが「光と闇のファンタジア」のゲーム通りに進む世界だとしても、ライバルであるジュリア・デクルー嬢がヒロインのアリエル・ホールドンをいじめることはあり得ない。

 全年齢対象の乙女ゲーム入門といっていい位置づけだったので、ヒロインとライバル令嬢の戦いは、学業の成績だけで勝敗が決まる。卒業式の日に最終成績を知らされ、負けた令嬢はだまって退場し、翌日、弟以外は全員処刑されて終わる。



 後味が悪そうに見えるが、王子とヒロインの結婚式のスチルが表示される中、さらっと地の文でその後の令嬢の行方がでてくるだけなので、さほど気にならない。

 いざ生まれ変わってみれば、気にしろ!とは思うけれど。



 私は放課後、錬金装具科室に向かった。なぜかジョシュア王子、マーゴ、シベル、クラレンスが一緒だ。本当はこのいつものメンバーで、お茶会をするはずだったのだが、私がホールドンの所為で先生に呼び出されていると知った彼らが、着いていくと言ってきかなかった。


 錬金装具科の教科担当室は錬金術棟の一階にある。いろいろな錬金術で作られたアイテムが教室に山のように積み上げられていて、一日籠もっていても楽しい部屋だ。


「また、ぞろぞろ引き連れてきたね」


 ベックウィズ先生は私たちを見るなり、呆れていった。


「先生、デクルー嬢は何もしていないです」


「知ってる。錬金術学科の先生も生徒も、誰も彼女がホールドン嬢をいじめたとは思っていないよ」


 まさか、ジョシュア王子が私の冤罪を晴らそうとわざわざ来てくれたとは思わなかった。まあ、先生も私がいじめていないことを知っている人なので、意味はなかったけれど。


「今日、呼んだのはホールドン嬢にどう対抗するのか考えようと思ってね」


「対抗ですか?」


「入学してそろそろ三ヶ月。ホールドン嬢はデクルー嬢にいじめられていると、ずっと訴えている。物理的に不可能でも、魔法学科の連中は真実だと疑っていない」


 ベックウィズ先生は、私の状況に気がついていてくれたのか。


「馬の合わない生徒というのは、それなりに居て問題を起こすことも多々ある。それは学校生活ならではの悩みだ。世界が狭いからな。だが……ホールドン嬢とデクルー嬢はそういう問題でもなさそうだ」


 私は、ジョシュア王子たちの方へ振り返った。みんなが言うべきだ、と頷いてくれた。


 私たちは、ベックウィズ先生にホールドン嬢が常時魔法を使っているのでは無いかという仮定を話した。

先生も半信半疑だったが、私たちの具体的な説明に最後は納得してくれた。


「そういうことなら、魔力の鑑定をはやくやってしまったほうがいいな。ウィンダムあたりにやらせるか」


「ウィンダム先生と仲がよろしいのですか?」


 シベルが意外そうに尋ねた。


「同級生だよ。これでも当時、学校の人気を二分していたんだ」


 ベックウィズ先生はかっこいいんだけれど、こういうこと言っちゃうから、二分するほど人気があったとは思えない。


「ウィンダムには俺から話しておく。そのときは、殿下にもご協力をお願いしますよ」



●○●○


 その日、というのは意外と早くやってきた。何をどう話したのかわからないが、ジョシュア王子をのぞくいつものメンバーは、以前ベックウィズ先生と話した教室の物陰でじっと待機している。ベックウィズ先生曰く、目立たなくする魔法石で結界を張っているから、そこから出なければOKなのだそうだ。


 先生が言っている「そこ」がどの程度の広さなのかわからない。説明してくれる前にウィンダム先生がやってきて、ベックウィズ先生から魔法石を何個かもらって私たちとは反対側の物陰に隠れた。


 すると、すぐに次の来客だ。今度は、二人組でジョシュアとホールドンだ。ジョシュアは、この世の終わりを見てきたかのような、とんでもない表情をしていて、きらきら王子様には到底見えない。ホールドンは、王子の腕にしがみついて、胸の谷間を一生懸命王子の腕に押しつけていた。


 押しつけるほど、谷間が無いのに。


 時折、ジョシュアの方を見上げ、うっとりと見つめて微笑む。私と対峙したときとは全然違う顔をホールドンはしている。


「先生、今日はお招きありがとうございます」


 ホールドンが優雅にお辞儀をする。元々の素材はいいのだからこうやって普通にしていると、とんでもない美少女に見える。


「どうぞ、座って。二人とも、仲が良いね」


「やだぁ先生ったら。私たち、運命の恋人なんです」


 ホールドンが顔を赤く染めて、恥じらいながら王子との関係を告白する。


 うーん……。アリエル・ホールドンが転生者だと思ったんだけれど、こんな台詞ヒロインは言わないんだよね。「運命の恋人」とか「運命の相手」みたいなことはヒロインも攻略対象者も誰も言わないのだ。


「運命の恋人とは、凄いね」


「はい、もう、私たち離れたくないんです」


 ジョシュア王子は、すっごく離れたそうにしているけれど、ホールドンががっちり腕を押さえている。


「ただ……ジョシュア様の婚約者のデクルー様が……私を……邪魔に思っていて」


 ホールドンは、はらりと瞳から大粒の涙をこぼす。


「私がいけないんです。身分も考えずに……ジョシュア様を好きになってしまって……」


 ホールドンは、両手で顔を覆ってしくしくと泣き出してしまった。普通、ここでジョシュアが「そんなこと無いよ」とか言いながら慰めて絆を深めるのだろう。ホールドンは、ちらちらと隣に座るジョシュア王子を見ている。


 ジョシュア王子は、知らないとばかりに無表情で座っていて、とても怖い。


「私たち、こんなに……愛し合っていて……でも」


 さきほどより、ちらちらとホールドンがジョシュア王子を見ている。ちらちら。

 どうしよう、すっごく笑いたい。

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